あらすじ
学校には存在しない教科を、町の本屋さんが教えてくれた。
『夕暮れに夜明けの歌を』『文化の脱走兵』の著者が贈る、待望の最新エッセイ集!
「私たちは家で、列車で、道端で、詩を読んだり聴いたり思い返したりしながら、ひそかに世界の声に共鳴し続ける。どこかからきた声は一瞬にして私のものになり、いつまでも残りながら、同時にほかのすべての人のもとに戻っていく。また誰かが、この不安なときを越えられるように。」(本書より)
不安な時代だからこそ、救ってくれる本と記憶がある。
明日がきっと大丈夫になる、心の明かりを灯してくれるエッセイ集。
【もくじ】
最初に読めなかった本/だいぶ奥のほう/きのこと詩を狩る/ややこしい山/笑わせたい/白鯨号、海へ行く/落葉注意!/真夜中の事実/背表紙の学校/ふつうの市民の市長選/拳を掲げた善だなんて/通学路の近道/はじまりを掴む/年老いた先生の繰り返す日々/砂糖の楽園/空港に急ぐ/名簿順に並ぶ/大人が笑うとき/不安なときを越えて/あとがき 脱走兵のスタミナ
【装幀】
名久井直子
【装画】
Mirjam Wilke
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
10代の頃、住んでいた街の本屋さんに毎日のように行っていた。本の背表紙を眺めるのが好きだった。店の中を端から端まで上から下まで全部見てお気に入りの背表紙を見つけると嬉しくなった。
Posted by ブクログ
『文化の脱走兵』に好印象をもち、大きな期待感で手にしました。ロシア文学研究者・翻訳者である奈倉有里さんの最新エッセイ集です。本作も、発想と視点の豊かさに引き込まれました。
奈倉さんの文章は、どうしてこんなに心に沁みるのでしょう。多分、本や文学へのあふれる想いはもちろん、私たちの今抱える不安や孤独を超え、平和への決して押し付けがましくない温かな祈りに近いメッセージが伝わるからではないかと思います。
本への渇望の記憶が今の自分を形づくり、その希求が本の究極形となり今につながっているとか、書店で新潮文庫(岩波文庫も)の背表紙を眺めることが好きだったことに触れ、文学が生きる営みと同義で学校に他ならないと言い切るとか…。本好きの方だったら皆が全肯定するに違いありません。
これらの語りの要所にロシア文学の詩の一節とともにその風景描写が綴られ、偉人と奈倉さんの言葉が共鳴することで相乗効果をもたらし、排他的な扇動や嘘の多い世の中にある私たちの心を濾過し、社会への心の持ちようを教えてくれるようです。
奈倉さんの誠実な言葉が私たちの心を潤し、優しさと勇気を与えてくれる他、意外にも人を傷つけない駄洒落や笑いも好物のようです。「ゲーテはやっぱり、すげーって」なんて書かれると、え?ぷぷっ!と反応しつつ、そのユーモアに親近感が増します。
あえて原発のある柏崎へ移住し、雪とともに不安を背負って生きることを「柏崎の狸になる」と称した奈倉さん。原発が再稼働し首都圏へ電気を送電し始めても、近所の書店が閉店しても、私たちの心に明かりを灯し続けてほしいです。奈倉さんの言葉は本物です。
Posted by ブクログ
思いと行動と、それを表す言葉が強い。奈倉さんの頭には、きっとここまで膨大に読まれてきたロシア文学の世界と、ご本人が忘れないように大切に保存してきた記憶と、そして何より感情と思考、いろんなものをからませてできたたくさんのことばがあるんだろうな。前作含めて、このかたの視点、世界の捉え方を知れたのはとても幸せなことだし、何かのきっかけになっていると思うのです。背表紙の学校は本好きな人なら覚えのある感覚なんじゃないかなぁ。
Posted by ブクログ
ロシア文学に精通した著者が小さい頃の記憶から現代のウクライナ情勢までを、現代詩の引用をもとに綴ったエッセイ集。
「大人は笑わない」という視点を幼い頃から疑問に持っていたところは私も一緒だった。
大人になって笑わない理由が滲むように理解してきた。
Posted by ブクログ
ロシア文学研究者であり、翻訳者である奈倉有里さんのエッセイ。『同志少女よ、敵を撃て』『ブレイクショットの軌跡』でご活躍の逢坂冬馬さんのお姉さんでもあります。
奈倉さんの思考や文章の温度感が好きです。
前作『文化の脱走兵』でファンになり、待望の新刊を嬉々として手に入れたものの、なかなか多忙にて後回しに。心に余裕がある時にゆっくり読みたかったので。やっと落ち着いて読めて大満足。
今回も、奈倉さんの子ども時代の記憶とロシアの素敵な詩がたくさん出てきます。
どれもが美しく、悲しく、そして強い。
詩は好きですが、あまり読むのが得意とは言えない私は、奈倉さんの文章を読む事でぼやけていたものが透き通って染み込んでくる。そんな感覚です。
今回もロシアの詩をたくさん散りばめながら、反戦、反原発の意を唱えています。でも今回は前回より幅広いテーマで楽しげな話題も多い。あとがきを読むとその理由がわかりました。
これは何度も読み返して反芻したい、そんなエッセイです。
「拳は、暴力はいらない。善と暴力は両立しえない。どれほど善い思想であっても、武力を持てばたちどころに壊れる。」p122
「私たちは家で、列車で、道端で、詩を読んだり聴いたり思い返したりしながら、ひそかに世界の声に共鳴し続ける。どこかからきた声は一瞬にして私のものになり、いつまでも残りながら、同時にほかのすべての人のもとに戻っていく。また誰かが、この不安なときを越えられるように。」p213
Posted by ブクログ
この人の書いたものをよんでいるとあ、ロシア文学を読みたくなる。ほとんど読まずにきてしまったことに少し焦る。まだ遅くないから読もうと思う。
大人の笑顔、本当に大事。子どもが小さい頃は朝から笑顔にさせてもらったものだ。今、笑顔でいられる瞬間をできるだけたくさん作っていきたいなと思う。この
世の中でも。
Posted by ブクログ
ゲームを長時間していたら怒られるのに、
本なら何時間読んでいても怒られなかった子ども時代を思い出す。
寝る前にかいけつゾロリを夢中で読んでいたら、
小1にはもう目が悪くなっていた(遺伝大)
同じ娯楽なのになんでだろう?
大人になった今でもはっきりとは答えられないけれど。
ロシア情勢や詩文にまつわる話も多く、
日本も戦争を見て見ぬ振りできないようになってきたなぁとも思うし、ギリギリまで平和ボケさせて…とも思う。
どんな時も、言葉を紡ぐ人は消えることはなくて
その言葉から学べることを無駄にしてはいけない。
表題の「背表紙の学校」、その次の「普通の市民の市長選」いいなぁと思って読んでいたら、「はじまりを掴む」はもっとよかった。
エッセイ読んでいると、
毎回こんな感じで次々よくて本を閉じた瞬間、
「全体的によかった」という着地点に落ち着く