奈倉有里のレビュー一覧
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逢坂冬馬さんの本が大好きで、そのお姉さんも本を出されていると知り、興味をもち読んでみた。2人の価値観の根底はやはり似ていて、奈倉さんの本も負けないくらいに素敵だった。以下、感想。
文学は、多くの人が生きた証であり、伝えたいメッセージであり、時代、その時の価値観が自ずと反映されている。それを一つ一つ丁寧に紐解きながら、思いを馳たり、自分自身に昇華させたりしている、筆者。
多角的視点と言えば硬い表現になるが、感情や物事の機微に触れる、感じ取る力がすごいし、そんな力を私も読書することでつけていきたいと思った。
ロシアが大好きな筆者だからこそ、ウクライナ戦争に対してのより強い悲しみ、哀愁を感じる。
筆者の心の優しさの中に感じる力強さ。芯の強さ。信念。それは、筆者が文学を通して、多くの世界を、多くの人の気持ちを感じとっているから。たくさんの時間軸を内包するその言葉には重厚感、説得力がある。読者の心に突き刺し、動かす力がある。
筆者が文学の力の大きさや信じる気持ちを感じた。
不幸はどこかで必ず繋がっている。世界のどこかで今もなお起こっている戦争も。
- 好きなもの、好きなことを気前よくふるまうこと、「好き」を分かちあうことを快く思う人が、その基準を確固たるものとして持っている。
本来、こんなふうにして、相手を大切にできたら、世界はもっと優しくなるのだと思った。
↓印象に残った・好きな章
クルミ世界の住人
秋をかぞえる
動員
ほんとはあのとき…
悲しみのゆくえ
君の顔だけが思い出せない
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Posted by ブクログ
「文学キョーダイ!!」を読んで、逢坂冬馬さんとの姉弟関係やお二人の世界観が面白くて、こちらの本も手に取りました。弟さんとの対談の時のほうが、より、面白さ際立っていたようです(対談なので第三者の舵取り有った故かと)。エッセイだし、200ページくらいだし、ペロッと読めるだろと思っていたら、想像よりかなり深い考察や文学的素養が散りばめられており何度か寝落ち。これは、短時間の電車内で一つずつ読むべき本だった…。
ロシアの文学に携わっている人や詩も良く出てきました。猫と鯨の詩はかなり楽しく読みました。ロシア語だと一文字違いなんですって。マザーグースもそうてすが、原文はとても面白いのに訳すと今一つっていう詩、よくありますよね。
あとは、これだけ文学や平和の話してるのに、私が面白かったのはよく道を聞かれるっていうところ。明らかにネイティブじゃないってわかってからも尋ね続けるんかいって、読みながら突っ込んじゃった。ま、私もビクビクしながら歩いてる新宿とか渋谷とか、外国で道を聞かれるタイプの人間なので、共感しました。スマホ普及とともに、道を聞かれなくなったけど、いまだにたまに聞かれます。
この前限度額ギリギリ引き出した直後に入国管理局行きのバスを聞いてきた外国人の方にちゃんと調べて案内できなかったの、申し訳なかったなぁ。テンパってしまった。真夏で暑くて自分もヘロヘロだったし。あ、感想じゃないや。
内容がやや難しいので、高校くらいから。中学校でも楽しく読める子は問題なしです。 -
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ネタバレ
その国で出会ったすべてがつながって。
ロシアに留学していた日々を綴ったエッセイ。渡航時の不安、出会った人々、文学大学の授業、日常と事件、そこから考えた自分、国、文学、言葉。どうして、と問う事態になっている今だからこそ、ロシアを見つめる。
途中まではふむふむと、米原万里を思い出したりしながら読んでいた。しかしアントーノフ先生の話を一通り終えて、これは壮大なラブレターだと思った。恩師への敬愛と感謝を込めた大きな意味でのラブレター。そう思ってから全体的に見て、やはりこれはラブレターだと思う。ロシアへの、文学への。
歴史には詳しくないけど帝国ロシア、ソ連、ロシア連邦と変わってきた中で、幾度ともなく変わる思想と政治と国境。変わってしまう人と、変わらないために戦う人と、どちらもがそれぞれ抱える痛み。著者が見つめるロシアの、一言では言い表せない姿。一言では伝えられないから散文となるのに、直接には表せないから詩になるのに、文字にすると現実とは異なる意味が加わり、ありのままの姿はそこにない。そんな文学の苦悩と価値。文学が語れる言葉は止めてはならない。ありのままじゃないからこそ、読む人がそれぞれ考えるからこそ、文学は時間も空間も超えて人と人を繋げる大きな力を持っている。 -
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神戸のおしゃれな本屋さんで買った。背表紙やタイトルに惹きつけられた。なにか文学の特定のものを探しにいくフィクションかと思っていたが、そうではなかった。ロシアへ留学した日本人の女の人の留学日記だった。ちょっとした時間に読めるコラムのように小気味よく分けられていてた。見出しに詩や文学からの引用が2行ほどあり、その引用になぞらえて、話が展開する。
プロフィールを読むと、ぼくの一年先輩だった。
ここから書くのは、本の内容じゃなくて、この本を読んで思い出したことを書く。
大学で論理学という授業を採った。コンピュータが始まる前に人類が到達していた機械言語の本流のかけらに興味があったのだった。たしか土曜の午前中で比較的のんびりした時間だった。
50代くらいのふつうのおじさんにしか見えない教授は、当時のカセットテープが再生できる機械がビルトインされてた教卓におもむろにテープを入れ、音楽を再生した。
♪目薬さすとき無意識に口を開けてしまう
嗚呼 小市民
再生されたのは、牧歌的なフィドルの音とともに、ダミ声で関西弁の男の歌声だった。
教授、いくらなんでも間違いすぎじゃないか、恥ずかしい、論理学の授業に、嘉門達夫って。。しかもその時はもう2001年だったので、もう古い。
ずっこけそうになっていると、教授は、全くあわててない、いたって真面目なていである。
教授は言った。
「これがパラダイムシフトという。いまぼくは授業という枠組みをすり替えた。枠組みをかえてしまうことをパラダイムシフトという」
教授は最高にダサくて最高にかっこよかった。
話は、この本にもどりますが、
大学のころの、学問にもっとも近づいた気がした数年のことを記録した、とても良質な本でした。
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とても素敵なエッセイだった
ロシアとウクライナの戦争が始まり、ロシアの大学にいた作者が、今どんな風にロシアを見ているのか興味を持ったのです
結果、反戦と平和をただ願い
自然と人を愛している、そんな文章に心を打たれました
戦う勇気ではなく、逃げる勇気を持とう
この本を読めば、その意味が深く理解できることと思います
様々な情報が溢れるこの世界で、正しい情報とは何か?その情報の意味を考えることがどれだけ大切なことなのか?表面だけ見てわかったつもりになっていないのか?
うわべだけの理解になってはならないとずっと思っているけれど、改めて考えることの大切さを知った本です -
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ネタバレあなたとわたしをつなぐことばの魔法。
「はじめに」を読むと何の本なのかわからなくなって面食らう。読み始めて、ああ、言語学習の本かな、と思う。そしてだんだんと翻訳の話だとわかってくる。著者の読書体験に似たものを自分も持っているし、言語学を学んで翻訳を面白く思っていたこともあるので、楽しく読めた。
本を読む文化というのは、共通するところと違うところを見つけて喜ぶ文化だと思う。本著でも紹介されていたように、生活習慣の細かいところや植物の名前などは何を指す言葉かわかってもどういう意味があるのかわからないこともある。原語で読んだ感覚まで伝えようとするのであれば、翻訳の腕の見せ所となる。子どもの頃に読んだ「りんご酒」もロマンティックな思い出だし、シードルを後から知ったのも(そして飲んだのも)新たな出会いとして嬉しかった。
さまざまな言葉で書かれた本に出会える環境はとても幸せなこと。そして平和なこと。ありがたいこと。これからもたくさんの翻訳に出会いたい。 -
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ネタバレ文学研究家・翻訳家の姉、小説家の弟。
この2人が姉弟だったなんて、そりゃ高橋源一郎さんも椅子から転げ落ちるだろう。そんな偶然の一致が起きることは滅多にない。しかしこうやって対談を読むと自分も姉妹だからわかるという雰囲気がある。同じような文化を享受しつつ、ほんの数年の差や本人の受け取り方で異なる視点。別の方向に目を向けているのに、共通する意識。面白く読んだ。
本を読むことの強さを感じる。友だちがいなくたって、いろいろなものに縛られていたって、本を読むことで世界は広がり、自分は変わる。自分もそう思っている。だから本を読めるように生きていきたい。大学はある意味計算ずくで卒業してしまったけど、ひたすら知的好奇心に基づいて深みにはまっていってよい世界は楽しかった。小説家にはならないだろうけど、小説を趣味として書くことはあるかもしれない。
そして戦争と政治について。政治的なものを忌避する気持ちはある。サーカスに浸っていたい気持ちもある。けれど聞くに耐えない主張に対して、自分はNOだと言いたいこともある。小さな声でもいいから言おうと思う。そのためにも本を読み、自分の言動が自分を裏切らないように責任を持っていこう。そういうように生きていこう。 -
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ネタバレ2022年から2024年にかけて、「群像」に連載したエッセイをまとめたもの。戦時だからこそ、源氏物語をロシア語に訳したデリューシナ先生と文学の話をしたり、オンラインゲーム上のチャットでロシアやウクライナやカザフスタンのさまざまな年代の人たちと他愛ない話をしたり、そういう営みが尊いのだと思う。たくさん引用されているロシアの詩や、白秋など日本の詩からもまた、文化すなわち人々の暮らしや日常の気持ちが読み取れる。
子ども時代に帰りたいけれど、子ども時代への切符はないのだという詩もあったけれど、奈倉さんの子ども時代や祖父母のいる新潟県巻町、留学時代の追憶もたくさんあった。住民投票で原発を食い止めた町、巻町に対し、原発を防げなかった柏崎=もう一つの、ありえたはずの巻町に、奈倉さんが移住したところで終わる。
留学した時に、いろんな国の人からその母国語で声をかけられたエピソードが好きだ。はっきりと進路が決まっているわけでもなく異国で生きている様が、そうした他国の人と通じ合っていたのではないか、というのが。仲間かと思って親近感を持たれるのはきっと嬉しいだろう。
「文化とは、根本的なことをいえば人と人がわかりあうために紡ぎだされてきた様式のことです。戦争は、この「文化」を一瞬にして崩壊させてしまいます。のみならず、それまで人と人をつなぐ役割を担ってきた文化が、凶悪にパロディ化されて戦争の宣伝に使われるようにもなります。そんなときに文化の担い手ができることはただ、「ロシアいちばんの脱走兵になった」と誇り、「僕は詩でしか闘わない」と表明したエセーニンのように、武器を捨て、文化の本来の役割を大切に抱えたまま、どこまでも逃げることだけです。」 -
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え? 奈倉有里さんて、あの逢坂冬馬さんのお姉様! いやいや失礼ながら存じ上げませんでした。そもそも今回の選書は、先日読んだ第1回「生きる本大賞」受賞作『死ぬまで生きる日記』(土門蘭さん)つながりで、本作が第2回生きる本大賞・第76回読売文学賞を受賞しているからでした。
奈倉さんの肩書が、ロシア文学研究者・翻訳者となっており、逢坂さんの本屋大賞受賞作『同志少女よ、敵を撃て』や連なる作品も、姉弟が互いに刺激し合い、影響し合ってる?と想像しました。(お二人の対談本『文学キョーダイ!!』も読んでみたい!)
肩書から受ける硬派な印象とは裏腹に、文章が綺麗で穏やかさと誠実さを感じます。あちこちに過去の記憶が登場し、ひぐらしの声、土の感触、猫や鯨の空想など郷愁を誘うものから、新潟・ロシアで過ごした冬の厳しい寒さや雪の情景の筆致が、表現に深さと豊かさを与えているようです。
そして忘れてはいけないのが、本書の根幹をなすであろう「平和を希求する思い」で、静かな「圧政者批判」も含まれていると受け止めました。奈倉さんの考え方・行動から、権力や大勢(悪しき体制も)には従わない勇気と強い意思を感じます。
何よりも本・文学の力を信じている点に120%賛同し、敬意を表したいです。未読の方はぜひ本書を手にし、「文化は脱走する」「柏崎の狸になる」の意味を確認してみてください。 -
Posted by ブクログ
『夕暮れに夜明けの歌を』が本当に素晴らしかったので読んですぐに注文した本『文化の脱走兵』。奈倉さんの静かで穏やかな筆致はそのままに、2022年から始まったロシアによるウクライナ侵攻の影が落ちるなか、何を見て、何を感じ、何を心のよすがに生きていくか、人間性を失わないためには何を大事にするべきか、奈倉さんだけの言葉で語られる。好きなものや好きなことを大事にすること、それは誰にも脅かされないこと、常に心に脱走兵を住まわせること。
だけど、いくら心に脱走兵を住まわせていても、それが心の中にいるだけではどうにもならなくなってきていることも事実だと思う。このエッセイが書かれてからも、ウクライナ侵攻の先は見通せないし、イスラエルは今度はイランを攻撃した。私個人の心の中の脱走兵は、私にしか作用しない。世界にいる人ひとりひとりが心に脱走兵を住まわせて、自分の内面世界を大事に抱え続けたなら、そうして非戦の人たちが増えていくなら、それに越したことはない。だけど、権力はそのやわらかな脱走兵たちを蹂躙していくだろう。抵抗すれば逮捕されたりするようになってしまった世界の中で、それでもまだ日本においては逮捕されないということを考える。抵抗の権利だけは脅かされたくない。この先どうなるかわからないけど。