宮沢賢治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ通読して4ヶ月でやっと読み終わった本。「ぼく星」というドラマきっかけで、実際に宮沢賢治(以下賢治とする)の作品を読んでみようとなってみたものの、文体に慣れるのに時間がかかってしまった。ただこの文庫は賢治の作品の全体像を総括していたため、時間をかけてこの文庫を読み終えることができてよかったと思っている。『銀河鉄道の夜』は、賢治の宇宙像とジョバンニとカンパネルラの友情から語られる哲学を描いていて、名作とされる所以を感じた。『セロ弾きのゴーシュ』は、ゴーシュが動物たちとの関わりを通して、セロ弾き・または人間としての成長を描いている。はじめ解説で「この作品を「ハッピーな内容」をもつものとする見方に疑問を投げかけている」とされていたことに驚いたが、この作品が晩年に描かれ、かっこうを通して「死」や「孤独」と向き合っていたことから、単なるハッピーエンドではない、ということが理解できた。私は『猫の事件手帳』も気に入っている。猫社会を通して、賢治や今現代を生きる私達の社会を風刺しているからだ。その他にも『双子の星』や『よだかの星』など賢治の宇宙像を鮮明に表している作品や、『飢餓陣営』や『ビジテリアン大祭』など、演劇に力を入れた賢治の喜劇チックな作品など、多様な短編小説が収録されている。まだ賢治の作品を手に取ったことのない方に、読んでいただきたい。
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Posted by ブクログ
ネタバレ賢治の独特な感性で、岩手の風景が幻想的なイーハトーブに変貌する。ユーモラス(時には辛辣)な童話を通して、自然との向き合い方について考えさせられる。
自然あっての人だ。そのことを忘れてしまい、横暴を振りかざしてしまっては手痛いしっぺ返しを喰らうやもしれぬ⋯
1,どんぐりと山猫
どんぐり裁判の判決を通して、世の中に人の優劣など無いと説く。
2,狼森と笊森、盗森
大きな岩が語る、森の名前の由来。それはまさに、人が森と共生を試み自然に順応しようとしてきた歴史そのものだった。
今でも人は、森の住人たちに粟餅を上げることが出来ているだろうか⋯
3,注文の多い料理店
小学生ぶりに読んだ。怪しさを積み重ねて積み重ねて⋯見事な怪談だ。大人になって読むと、ふたりの男には賢治なりの文明批判がこめられているのかもしれないなと思った。
4,烏の北斗七星
敵と憎み合い戦わずとも済む世の中を夢想しながら戦う烏たち。矛盾に満ちた世界を烏の兵隊の心情を通して告発する。なんだかハッとさせられる童話であった。
5,水仙月の四日
賢治の独特な世界を堪能した。星や動物、植物と、東北の山々を彩るものたちが、賢治の手にかかると幻想世界の住人に様変わりする。水仙月って、何月なのだろう。
6,山男の四月
山男は妖怪? それとも妖精? 解説によると「遠野物語」にも出て来るらしい。
漢方薬に変えられてしまった山男の脱出劇で、山男が終始ユーモラスで面白い。
7,かしわばやしの夜
柏の木の歌合戦に立ち会うことになった樵の清作。ユーモラスな詩歌の披露の場が清作への批判の場に変化していく。
山の所有者には許可を得ている。
では木には? ⋯考えさせられた。
8,月夜のでんしんばしら
電信柱の軍隊が、軍歌を歌いながら勇ましく行進していく。賢治のユニークな発想が光る。ドッテテドッテテ、ドッテテド⋯♪
耳に残る。巻末には楽譜が載っていた。
9,鹿踊りのはじまり
伝統行事「鹿踊り」の由縁となった出来事がファンタジックに描かれる。落ちている手拭いに怯え、周囲をぐるぐる回る鹿たちがとてもかわいらしくてたまらなかった。
10,雪渡り
四郎とかん子は小狐紺三郎と出会い月夜の幻燈会に招待される。人の子と狐たちの愉快な歌を通した交流がファンタジック。現実でもみんながみんな、こんな風に仲良く出来れば良いのになと思わずにいられない。
11,ざしき童子(ぼっこ)のはなし
座敷童子とはどんな存在かを、4つの挿話を通して紹介する作品である。別の屋敷へ移る際、瞬間移動とかじゃなくて普通に交通手段を利用するのかと驚いた。怖い気もするけれど、会ってみたい気もする。
12,さるのこしかけ
小猿の大将に導かれ栗の木の中の階段を上っていくと、広い草原が現れる。主人公の楢夫くんは、草原で小猿たちにイタズラを仕掛けられる。小猿たちが小さいからとナメて、尊大な態度をとったからだろうか。
14,気のいい火山弾
ベコと呼ばれる石は、その形故に、周りの石からからかわれたりしている。蚊からも嫌味を言われる始末。嘲笑されまくるベゴ石の大逆転が痛快だ。だが、単純な出世物語にあらず。己の役目とは何か、静かに問い掛けて来る。たった数ページにこの深みはすごい。
15,ひかりの素足
幼い兄弟が雪山で遭難するお話。冒頭から不穏な予兆が散りばめられており、読んでいる間ずっと胸がざわざわした。
弟くん(楢夫)の笑顔の意味が冒頭とは全く異なるラストがとても切ない。
16,茨海小学校
狐の小学校の科目は狩猟術(獲物をどう捕るか)や護身術(猟師から如何にして身を守るか)である。護身術か⋯考えさせられる。
17,おきなぐさ
蟻と会話したり、風を読むひばりとお話したりと、想像力の豊かな童話である。
ラストシーンの美しさと儚さと言ったらない。命は美しい、ということだろう。
18,土神ときつね
美しい樺の木を巡る、小汚いが正直な土神と身綺麗だが不正直なきつねの三角関係の顛末が描かれる。とてもストレートな悲劇が訪れる。結末は半ば予想していたものの、なんとも痛ましくて、胸に残る。
19,楢ノ木大学士の野宿
地の文の韻の踏み方がリズミカルで心地良い。リズミカルな文体で、まるで詩だ。どうしてこのような書き方なのだろう。
楢ノ木大学士は宮沢賢治自身が投影されている気がする。鉱物マニアぶりが楽しい。
野宿する楢ノ木大学士の耳に岩石たちのお喋りが聞こえてくる。他にも、恐竜の登場といった幻想描写の面白さが際立ち、読み応え抜群だった。これまでにない読書体験!
20,なめとこ山の熊
猟師小十郎と熊達の、互いを愛しているからこその悲劇⋯。自然と人の関係の複雑さが短い物語の中にこめられていた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレようやく読みました。
以下表題作について。
序盤:おお、余り居心地よくないね……これどうなるんだろうな。おいザネリお前。お前。おまえら。
中盤:銀河鉄道だーー! 幻想的。大学士に思わずときめき鳥捕りがなんか、何か好き。私もその鳥食べたい。
終盤:まあ死後の世界的なあれだと思っ、まって。待って? 待って。待ってわかってて覚悟してるのになんか。え? なんか凄いわかってたのにハラハラする。まって。お父さん。お父さん帰ってくるのあのあのあのあのあの、さぁ!!!!!!!!!!
ジョバンニの不幸は「父親が帰ってこない/仕事による疲労/ザネリという馬の合わない存在」が原因なのですが、父親が金持って帰ってきてザネリもこの件で大人しくなる、となると、最後の二ページ程度で彼の問題はあっという間に片付いているんです。
カムパネルラはいません。
あの友人はそこに居ません。
でもカムパネルラは別に、助けてはくれなかったんです。
曖昧な笑顔と「いじめに加担しない」という立場にいただけなので、プラスの行動はしていないと判断しています。
むしろその態度に傷付いているのが冒頭の質問シーンです。
あの旅は夢に限りなく近くて、一緒に旅して対話したというのはジョバンニの理想でしかないとも見れます。
だとしても、ジョバンニがカムパネルラに対して強い感情(依存にも踏み込みかねない友情)を向けているのは、女の子との会話で不機嫌になったあたりで描写されています。
ジョバンニは自分と向き合ってくれる友人が欲しかったんじゃないかと思います。
カムパネルラの死と同時に三つの問題が好転したことが示唆されます。
うち一つは、カムパネルラが居なくなったからこそザネリが何も言えないだろう、という部分になっています。
あの蠍のように、カムパネルラは「本当の幸い」の為にその身を捧げたのでしょうか?
本当の幸いってなんですか?
ほんとうのさいわいって、なんだ。
■最後に
「カムパネルラ、僕達、ずっと一緒に行こうねぇ」
少なくともあの瞬間において、これがジョバンニにとってのほんとうのさいわいだったんだと思います。 -
Posted by ブクログ
この秋は熊の目撃情報が私の住む町で毎日報道されています。熊騒動のなか、賢治のなめとこ山の熊が浮かびました。本屋さんで賢治の童話集と出会い早速購入しました。昔は人間の都合で狩猟され皮と熊の胆を売られていた熊が今では生活のためではなく人間の暮らしを脅かす為に退治の対象になっています。今年の猛暑は野生動物をはじめとした大自然の中で生きるもの達に大きな打撃を与えてしまったようです。いつもなら冬眠する熊が人里で食べ物を探し彷徨う姿は可哀想に見えます。人間の都合で温暖化し自然の摂理が乱れている地球を賢治が見たらどんな想いを抱きどんな物語を書くのでしょう。