ま、しょうがないですよ。それぞれの状況の中でやれることをやった。お互いにね。
お互いじゃない。君と私は大きく違うんだ。同じ立場じゃない。地動説が異端じゃないと言われて、気付いたよ。
私は、私はこの物語の悪役だったんだ。
クソ、全く驚きだ。
確かに、僕らは敵対した関係でしたね。
この世の中には様々な人がいる。正直者も、嘘吐きも、情けない奴も、勇敢な奴も。さらに驚きなのが、一人の人間にそのすべての要素が入ってることもざらにあるし、それが日々変化したりする。こんなに大勢いるのに誰一人、同じ人はいない。そりゃ争いは絶えないでしょう。
でも、だけどです。
過去や未来、長い時間を隔てた後の彼らから見れば、今いる僕らは所詮、皆 押しなべて"15世紀の人"だ。
僕らは気付いたらこの時代にいた。別の時代でもよかったのにこの時代だった。それはただの偶然で無意味で適当なことで、
つまり奇跡的で運命的なことだ。
だから、絶対そんな訳ないと思いつつも、感情と理屈に拒絶されようともこう信じたい。
今、たまたまここに生きた全員は、たとえ殺し合う程憎んでも、同じ時代を作った仲間な気がする。
面倒くさがって感情を無視してはいけないよ。
最後の日の出が差し込んでくるシーンで号泣した。
私のアレテーは?じゃあお前のは?
アリストなんちゃらはこうも考えた。人は自分の特性を活かしている時が一番幸福だ、と。
告解室っていいな、。
タウマゼインは、
この世の美しさに痺れる肉体のこと。そして、それに近付きたいと願う精神のこと。つまり、「?」と、感じること。
知が人や社会の役に立たなければいけないなんて発想はクソだ。知りたいからやる。それだけだよ。
そしてねアルベルト君。これだけは覚えていてくれ。
真理の探求において、最も重要なことだ。
信じろ。自分の直感を。世界の絶美を。僕は何があろうと、君の好奇心を否定しない。
僕が家庭教師をさせてもらってるが、彼の聡明ぶりには驚くよ。まるで、この少年の内には手練の論理学者が入っているようだ。
だけど、それより注視すべきはその好奇心の強さだ。学術の未来において、これが何より重要な才能だ。
聖アクィナスは知性を、一方では物体的で他方では非物体的と捉えました。身体と魂、理性と信仰、哲学と神学、疑うことと、信じること。これらの矛盾は両立します。何故か、
それが、人間だからです。
奇跡が貴方が生きる場所だったのに、です。
でも、いくら悩んで問うても神は口を開かない。
そうですよ。だから永遠に、私達は考え続けられるのです。私はそれを、幸福だと思いたい。
最後に一つ質問です。
硬貨を捧げれば、パンを得られる。税を捧げれば、権利を得られる。労働を捧げれば、報酬を得られる。なら一体何を捧げれば、この世のすべてを知れる。と、思いますか?その答えを探してください。
今の私は、"圖囚圉国(ずしゅうぎょこく)"を捧げる、と答えよう。