宮脇孝雄のレビュー一覧
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『探偵小説の黄金時代』のマーティン・エドワーズが選んだ、本にまつわる英国ミステリ・アンソロジー。
各作品の前にある作家紹介や解説も良かった。作家の背景や当時のことを知ってから読むと味わい深くなる。
古典英国ミステリ好きにはたまらない一冊だった。
特に印象に残った作品(面白かった順)
■ロイ・ヴィカーズ『ある男とその姑』
断トツの1位。倒叙が好きでこれまで読んできたけど、ここまで見事な作品にはなかなか出会えない。
コロンボの〈あの作品〉を彷彿とさせる、誰にも文句の付けようのない綺麗な鋭いオチ。
単にトリックを見せるための物語ではなく、「焦るがゆえに余計なことをしてしまうよね」という人間心理の描写が見事。
犯人の人物設計から仕掛けまでがすべてが計算されていて巧みな展開に感動した。
2回読んだうえに、ノートに書き出して自分なりに整理したくらい最高だった。
■クリスチアナ・ブランド『拝啓、編集者様』
名前はよく聞いてたけど、初クリスチアナ・ブランド。ブラックな捻りが最高。
■E・C・ベントリー『救いの天使』
★10だった名探偵トレントにまたここで会えるとは。
■フィリップ・マクドナルド『殺意の家』
怪しげな伏線にすっかり乗せられて夢中になった。
■ヴィクター・カニング『性格キャラクターの問題』
サスペンスとして面白い。何でもすぐにできちゃう人っているよね。
■S・C・ロバーツ『メガテリウム・クラブの奇妙な盗難事件』
ホームズ研究家によるホームズのパスティーシュ。
■A・A・ミルン『荒っぽいゲーム』
くまのプーさん作者からは想像もつかない上質なミステリ。
■ニコラス・ブレイク『暗殺者クラブ』
ディテクションクラブがモデルになっているらしく、『探偵小説の黄金時代』を読んでいたのであれこれ想像できて楽しい。
解説にもあるように、前菜からメイン、スパイスの効いたものまで揃ったフルコースを堪能した気分。
ロイ・ヴィカーズとクリスチアナ・ブランドをもっと読んでみたい。
それから作品を精選したマーティン・エドワーズの作品も。
本屋さんで見て急に読みたくなった。
本屋さんはやっぱり良いな。 -
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本邦初単行本となるトマス・リゴッティの短編集。
日本ではなかなか名前が知られていない(自分もそうだった)トマス・リゴッティだが、本国アメリカではカルトホラー作家として名高いベテランで、ブラム・ストーカー賞を4度受賞している。更に驚くのがペンギン・ブックスの古典シリーズであるペンギン・クラシックスにトマス・リゴッティの作品が名を連ねている。
この『悪夢工場』で自分も初めて触れるのだが、決して読みやすいわけでもわかりやすい恐怖が描かれているわけでもないのに妙に印象に残る作品が多かった。
何なら描かれている出来事を理解できなかったり、呑み込めなかったり、わからなかったり、怖くなかったりする人も結構な割合でいそうではあるのだが、一部の層には強烈な影響を残しそうでもあった。
正直、この短編集だけでは物足りない。もっとくれよ、もっとこの世界に浸らせてくれ、という気持ちになった。
次の作品が出ることに期待。 -
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最初の「戯れ」でセンセーショナルに見せつけられ、あとはじわじわドキドキ。
難解で哲学的で芸術的で、なかなか理解できず読み返すこともしばしば。はっきり理解したいけど、それができるようになってしまったら、もう引き返せない気がする。終始不気味で薄気味悪い。曖昧で退廃的。
もみくちゃで意味わかんなくて、この世の終わりって感じ。
感想を言おうとしたらぼんやりした言葉しか出てこない。読解力がないせいかも。
道化師の最後の祭り、魔力、ツァラルが印象深かった。
赤塔はまさにこの本の自己紹介って感じ。
あとがきで、リゴッティが評価され第二集第三集と続いてくれたらと書かれており、同じく私もそれを期待してます。 -
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赤の背景に黒文字という装丁の強いコントラストに惹かれ、手に取った。ホラー小説を好んで読むことはこれまでなかったが、本作では、良くないことが起こりそうな予兆や理屈の通らない現実、物語全体に漂う不穏で不明瞭な感覚を味わうことができた。
未知の世界に足を踏み入れるようで刺激的であり、不穏さそのものを楽しむこともできた。しかし、ラストに読んだ「赤塔」は苦しかった。読み進めながら、どこかで理解することを拒んでいた。嫌悪ではないけれど、これ以上は踏み込めないという感覚があった。それは恐怖だったのかもしれないし、世界そのものが歪んでいるという感覚に耐えきれなかったのかもしれない。
あとがきによれば、リゴッティは精神疾患を抱えながら創作を続けてきたという。作品群は、その苦悩の昇華として生まれたのだろうか。 -
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ネタバレ下巻は暗号解読の達人である幾何学教授の手記から始まる。
上巻は、まずヴェネツィア人の医学生であるコーラの手記から始まったのだが、真面目でお人好しの好青年と思われた彼の姿は、ふたり目の法学生プレストコットの手記によって、いささか様相が変わってくる。
重大な事柄の記述漏れ、明らかな噓。
コーラはなぜ、ロンドンではなくオックスフォードにやってきたのか。
しかしプレストコットの手記も変だ。
尊敬する父の汚名を返上するための彼の行動は、どう見ても常軌を逸してきている。
ヒステリックなその行動を、彼は、さらに魔法をかけられたからだと思い、その魔法から逃れるために、サラを無実の罪に陥れ、死刑へと向かわせる。
そして下巻。
暗号解読の達人であるウォリスは国王に仕えたり、革命後はクロムウェルに仕え、王政復古3年後の今は再び王に仕えるという定見のなさ。
信仰も英国国教会から長老派、そしてまた国教会と行ったり来たり。
要はいつも勝ち組に乗る男が、コーラとプレストコットの手記を読み、その嘘を暴き真実を語る…ことになっているのだけど、これが過去最高に信用できない語り手。
とにかく自分の考えに凝り固まっていて、間違いを指摘されても聞く耳を持たない。
そもそも、最初にコーラの噂を聞いたときは、トルコの海賊にフィアンセを殺されて復讐の鬼になったがりがりに痩せた男だったはずなのに、目の前に現れた小太りの陽気な男をすんなり受け入れる感覚がわからん。
普通なら、「誰だ?これは」ってなるんじゃない?
もう偏執狂と言っていいくらい視野が狭い。(実在の人物なのに、いいの?これで)
最後の歴史学者ウッドが3名の手記の噓や矛盾を暴き、真相を解明するという流れなんだけど。
解明というか、彼は最初から真相を知っていましたね。
ただ、その意味を理解していなかった。
なぜならば、彼は人付き合いの苦手な世間知らずのお坊ちゃんだから。
噂が耳に入るのがいつも遅い。
そして、彼すらも、信用できない語り手だと思うのが、サラについて語る部分。
今なら正気ですか?と言えるその描写も、当時は本気で信じてはいるのだろう。
だけど、真実かどうかはちょっと疑問。
上巻はグローヴ教授毒殺事件の謎が物語の中心と思っていたのだけど、下巻に入るとイギリスという国の歴史の中のブラックボックスが中心になっていた。
王制と共和制、国教会とカトリック、そしてゆれるイギリス国内を虎視眈々と狙う周辺諸国。
どの語り手の真実も、事実から少しずつ乖離していて、最後まで読んでも全然スッキリしない。
だけど面白かったんですわ。
実在の人物が多数出てくるし、歴史がさらに負わせた過酷な運命には愕然とするけれど、続きが気になってしょうがない。
衒学的で難しい本なのに、ぐいぐい読んで、寝不足でございます。 -
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先日、「誤訳も芸のうち」などと悪びれもせず堂々と言い切っている某翻訳家の本を読んだら、解釈と訳があまりにも気持ち悪くて大変にストレスがたまった。(「超訳」は芸のうちかもしれないと思うけど、誤訳は誤訳だろ、と言いたい。まあそのタイトルの本は読んでないけど)
とにかく「口直ししたい!」との思いから、宮脇氏のこの本を、砂漠で水を求める遭難者のような激しい渇望感で手にしました。
すばらしくおもしろかったです!!
宮脇氏の本の中で、一番おもしろかった。
口直しどころか、すごく幸せな気分になりました。というのも、全ページから、著者が読書や文学、もっと言えば、「知識そのもの」をいかに尊び愛しているかが伝わってきます。翻訳や英文解釈という技術的な解説もその愛がベースにあるので、表面的に終わらず奥深く掘り下げていて、そしてとってもおもしろい。
また、この本は「語学好きのためのブックガイド」的側面もあって、そのラインナップが浅学な私などは聞いたこともないような本ばかりで、しかも全部おもしろそう。
なんてことだ、全部は買えないし、読めない! どうしよう!なんて困ってしまう。
一番印象に残ったのは次の部分。
「イギリスの小説は、一見深刻そうな純文学でも、えぐいミステリでも、だいたいユーモア小説だと思っておけば間違いない。少なくとも、翻訳者から見れば、そういうことである」
初めて英語の小説を英語のままで読んだとき、一番に感じたのが、「英語の表現って、いつもどこかしらちょっとユーモラスなんだな」ということ。私が英語の文章を読むのが好きなのも、理由はそこなんだと言ってもいいかもしれない。
日本語という言語にはやや薄めの特性だからか、英語圏の人とのちょっとした会話においてもその違いを感じます。同じことを言うのにも、英語はクスっとくるような言い方をするというか。(日本語は逆に「しみじみとした表現」が得意だと思う)
英文のおかしみが、翻訳で消えてしまう実例、「語順を変えるだけで、原文の味わいを損ねることがある」(held at bayの章)などは、特に興味深かったです。 -
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最近、翻訳のおもしろさに目覚めて、趣味の一つとして好きな本の翻訳をしているのだけれど、むかし読んでいた「週刊ST」に、翻訳者のおもしろいコラムが連載されていたなぁ、と思い出して、改めて読みたくなりました。
「週刊ST」は英語学習者向けの日本語まじりの英字新聞で、紙面では同時通訳者の新崎隆子さんのコラムとこの宮脇氏のコラムが見開きで対になっていて、両方を毎回楽しみに読んでいました。
新崎さんのコラムの方は書籍化されたものを読んで、非常に感動した記憶があり、同じSTつながりの翻訳者の方も本になっていないか探してみると、やっぱり書籍化されていて、見つけたのがこの本です。
翻訳をする上でのコツとか心得が、基本的なことからかなり上級者レベルのことまで、端的に解説されていて、非常に勉強になりました。
でも、コラムという形式で書かれていたためか、全然お勉強っぽくなくて、クスっと笑えるツッコミがあったりしてとてもおもしろいです。
内容も非常に多岐にわたっていて、英語の解釈についてよりも、どちらかというと日本語の作文技術について深く考えさせられます。
また、翻訳にまつわるいろんなトリビアも興味深かったです。
特に驚いたのが、明治期に書かれた作文技術の本に、翻訳技術の項目もあった、ということ。しかも、その内容が今も非常に有用なことに驚愕します。
作文の一つなんですね、翻訳って。言われてみるとそれはそうなんだけれど。
ほかにも、芥川龍之介がすごい勢いで英語の本や英訳本を読んでいたという事実や、半七捕物帳は著者が雑誌に連載されたシャーロックホームズを読んでインスパイアされて書いた、というエピソードなど紹介されていて、ビックリしました。
今と比べると、当時は辞書もまったく充実していなかっただろうし、ネットもないし、海外旅行に行く機会もなかっただろうし、と考えると、昔の文学者たちはすごい、としか言いようがないです。きっと彼らは好奇心が抑えられず、読まずにはいられなかったんだろうなぁ。
環境のせいにばっかりできないな、とつくづく思いました。 -
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さすが翻訳のベテランだけあって、目からウロコの情報が満載。大学生なら必読の一冊だろう。
・拳銃の「三十八口径」は正しくは「三八口径」
・翻訳者のPCには、聖書とシェークスピアを入れておくべし
・textは動詞で「携帯でメールを送る」という意味
・give a laughは鼻で笑う
・back painは背中の痛みではなく、腰痛
・イギリスの小説でbefore the warとあるとき、それは第一次世界大戦のことを指す。
・yesterdayにはすぐに、という意味もある
・nodはうなずく、もあるが、任意の方向に首を動かすという意味
・lip serviceは、口先で神をたたえながら実際にはそうしないこと、というずばりの意味がある。
・起きる、と起こるの違い。起きるは横のものが縦になること。起こるは新しく生じること。 -
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この悪夢感のある装丁、アングラ的でいいですねえ。トマス・リゴッティはブラムストーカー賞を4度も受賞している作家で、期待して私も初めて読みました。
9つの短編からなる短編集です。最初の短編「戯れ」。刑務所の精神科医になったドクターが連続殺人鬼の囚人と面会する。彼は殺人だけでなく脱獄の前科もあり、おかしなことを言う。ドクターは囚人の精神科治療の改善を訴えて赴任してきたが、この囚人と話すうちに途轍もない不安に取り憑かれ、帰宅して幼い娘を寝かしつけたあと妻に仕事を辞めることついて話すが…。気が狂いそうになる結末。読んでいて小さな不安が頭の中に生まれ、杞憂だったかとほっと胸を撫で下ろしたところで急に床が抜ける。あの感じです。アンドレ・ド・ロルドの「ロルドの恐怖劇場」の悪夢を思い出します。
「道化師の最後の祭り」など多くはラヴクラフト的コズミックホラーです。明らかにその影響で書かれています。街の雰囲気、様子のおかしい人々、グロテスクなクリーチャー、終わらない悪夢、いいですねえ。
この作家、不安障害やパニック障害で苦しんでるそうで、病気が良い意味でも悪い意味でも小説世界に影響を与えているようです。ホラーというよりも文学的な匂いも感じさせ、広いジャンルで評価されています。ただ翻訳が少し読みづらい。白石朗や宮脇孝雄の訳した話は頭の中に入りやすいですが、若島正の訳はイメージが湧きにくい。また別の本も読んでみたい作家です。