小川一水のレビュー一覧
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小川一水の超大作の第五巻目。ようやく半分(ただし次の巻はPart3まであるのが見えている)。
今回は、一見これまでの話と繋がりの無いような農夫の話と、逆に明らかに物語の中核であろう被展開体「ノルルスカイン」の話が交互に綴られる。
段々と、これまでの点と点が繋げられて線になってきたと感じられた。
タイトルの「百掬」とはなんなのだろうかとグーグル先生に聞いてみたものの、どうやら造語のようである。
「掬する」には大きく3つの意味があり、
1 両手で水などをすくいとる。
2 気持ちをくみとる。推し量って理解する。
3 手にすくいとって味わいたいと思う。
個人的にはおそらく3の意で使われているのだと -
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自分達が把握していた世界を知り尽くして(そういう気になって)、新たな世界に進出した時。
そこで出会った意思疎通の出来る存在に対して、上から目線で接してしまうのは何故でしょうね。
大航海時代がそうですよね。
全て自分達の価値観に当てはめて、それ以外は劣性であると決め付けてしまう。中学生の万能感ですか。
そんなおばかっちょがかかる悪い病気に、痛烈にしっぺ返しかけてくれます。
未知との遭遇の怖さを教えてくれますね。
なんでもかんでも自分の価値観で、判断してはいけないということです。
知り合うことと、分かり合うことは、大きな違いがある。単純なことです。
個と個なら当たり前のことが、どうして構成 -
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ーーー西暦2349年、小惑星パラス。
地下の野菜農場を営む40代の農夫タック・ヴァンディは、
調子の悪い環境制御装置、星間生鮮食品チェーンの進出、
そして反抗期を迎えた一人娘ザリーカの扱いに思い悩む日々だった。
そんな日常は、地球から来た学者アニーとの出会いで微妙に変化していくが……。
その6000万年前、地球から遠く離れた惑星の海底に繁茂する原始サンゴ虫の中で、
ふと何かの自我が覚醒した――急展開のシリーズ第5巻。
全10章の『天冥の標』はやくも折り返し地点。
独立したピースが壮大なスケールで噛み合う様は、爽快感と更なる好奇心を呼び起こす。
超銀河団規模で繰り広げられる果てなき自然 -
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全10巻の内の6巻目の1巻目というわけのわからないことになっている。
1巻に出てきた怪物と同じ名を持つ少女の物語。
それよりも着目点はもう一方の主人公の少年が所属している集団としてスカウトが扱われているところ。
冒頭の宇宙コロニー内でのキャンプ生活の描写も楽しんで読めたのだけど、なによりも政体も宗教も社会も現代社会からかけ離れていった宇宙時代という設定の中で、スカウトという理念だけは生き残り、活動し続けている人たちがいるという設定そのものがとてもうれしい。
お気に入りの作者だけに、自分のかかわっている活動を扱ってもらう嬉しさもひとしお。
この感覚はなかなか他の人とは共有できないだろうなぁ -
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ーーー「人を守りなさい、人に従いなさい、人から生きる許しを得なさい。そして性愛の奉 仕をもって人に喜ばれなさい」
――かつて大師父は仰せられた。
そして少年が目覚めたとき、すべては始まる。シリーズ第4巻
天冥の標第4章
それぞれのパートを一つの物語として成立させながら、過去から未来への繋がりを意識させる構成は
乗り心地の良い列車のシートから流れる景色を見続けるような、しっかりとした安心感を与えてくれる。
本作では裏表紙にも謳われているように「性愛の奉仕」に関する表現が、質•量ともに高水準で含まれており
そういう意味では読む人を選ぶかもしれないが、シリーズ第4巻まで読み進めてきた中で -
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ーーー西暦2310年、小惑星帯を中心に太陽系内に広がった人類のなかでも、ノイジーラント 大主教国は肉体改造により真空に適応した《酸素いらず》の国だった。
海賊狩りの任にあたる強襲砲艦エスレルの艦長サー・アダムス・アウレーリアは、小惑星エウレカに暮らす人々と出会う。
伝説の動力炉ドロテアに繋がる報告書を奪われたという彼らの依頼で、アダムスらは海賊の行方を追うことになるが……。シリーズ第3 巻。
近頃もりもり読んでる天冥の標第3章
後の《海の一統》にあたる《酸素いらず》達の奮闘を描きながら
彼(と呼んで差し支えがあるのなら"あいつ")の動きもじわりと広がる。
中でもやは -
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ネタバレシリーズ2作目『救世群』から繰り広げられた数多の因果が絡み合うシリーズ第6作。この本、本当に面白い。
太陽系人類が抱え込んだ宿痾「冥王斑」、それを忌避し続けた末の破滅、「全太陽系応答なし」。ここからシリーズ第1作で描かれた『メニー・メニー・シープ』の時代へと移っていくのだろうけど、そもそもメニー・メニー・シープという存在の真実、その住民たちが信じていた真実そのものが揺らぎ始めていたはず。
第7作以降で描かれるメニー・メニー・シープの姿は、人類再生の末に訪れた拡散時代(バルサム・エイジ)のみなし子なのか、それとも黄昏の時代の申し子なのか。興味は尽きない。 -
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本作により、やっと最初の各勢力が出そろい、それらの立ち位置が明確になった感がある。それにしても話が長く、間もあくので前の話を忘れてしまっているためでもあるが、多くの登場人物が登場しながらも実は、その多くが血縁であるという狭い世界でありながらも、話の全貌は未だ見えない。本来、二つの精神的寄生体の戦いの話ではあるが、それぞれが利用する駒としての人類側の陣営が複雑に、その立ち位置を変えることと、サブストリームや異星人たるメイスンがいつのまにやら、相手に取り込まれていたりすることにより、その戦いの様相がより複雑になっている。前にも思ったのだが、太陽系侵略にとっているミスチフ側の戦略が何故、ここまで複雑