笠井潔のレビュー一覧

  • 吸血鬼と精神分析

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    思想と蘊蓄と哲学などを背景に探偵小説てきガジェットを絡ませ物語を展開して行き、終盤の謎解きはめっちゃ驚いた。

    3212冊
    今年111冊目

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    2026年05月03日
  • 三匹の猿 私立探偵飛鳥井の事件簿

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    ネタバレ

    自分の父親を探して欲しいと飛鳥井に依頼して来た少女・田之倉有美。しかし、有美が行方不明になり彼女の母親が新たに飛鳥井の依頼人に。高原で起きた少女猟奇連続殺人事件、有美の母親が大学時代に所属していたサークルの人間関係。

    事件の展開は面白いし、母親たちの人間関係がドロドロしていて良い感じ。矢吹駆とはまた違う感じの飛鳥井のキャラも好き。ただ「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の話が辛い…。

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    2026年04月23日
  • 夜と霧の誘拐

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    『哲学者の密室』の“悲劇”再び
    矢吹駆シリーズ最新作!

    なに…??
    シリーズ…だと?!
    やってしまった、某ゆーき本さんの不治の病、シリーズを飛ばして読むSTR(シリーズ飛ばしてリーディング)ウィルスに感染していたのか…!!

    でも大丈夫だった。でも前作のネタバレがものごっつかった。この辺が気になる方はご注意を。

    タイトルから予想していましたが70年代のフランスを舞台にナチズムやシオニスト、パレスチナ問題のお勉強が出来ます。
    いやしかし、人生に無駄な事などないと中村天風さんも仰ってましたが、本当に無駄な読書ってのも無いですね。
    以前にひまわりめろん師匠の本棚で気になってハンナ・アーレント(よく間違えるんだけど合ってます?!)の『エルサレムのアイヒマン』を拝読したのですが、読んでて良かった…!
    あれ読んでいないとハンナがモデルの哲学者カウフマンとカケルの論じ合いが全部、宇宙語に思えたでしょう。

    いや、読んでても宇宙語翻訳が大変だったよ!!
    笠井さんの知性の暴力が凄い。
    田中芳樹さんの知性の豪速球がなんとかバットをスレスレ掠って行くのに対して、笠井さんの豪速球はデッドボール!!
    痛い、痛い、待って、まだ受け止めきれてないから待って?!痛いよー!!!

    てな訳で素晴らしく読むのに時間がかかりました。
    そして何よりも素晴らしいのはautumn522akiさんの本作のレビュー!(そう言えばシリーズってakiさん書かれてた…)
    こんな紹介の難しい作品を、あんなに分かりやすく且つ面白そうにレビューしておられる!さすがセミプロ!
    さて、お気づきの方もおられるでしょうね。そうです、伝家の宝刀を出します。
    本書に関して詳しくお知りになりたい方は、autumn522akiさんのレビューにGOです!!(放棄した)

    だって全体主義の勉強を再度する事になるとは思わなかったんですよ!
    でもこれじゃああんまりなので、頑張ってもう少し書いてみますよ。なんなんだよ、難しいんだよ(たまには逆切れキャラを出してみた)

    まず本作は単なるミステリーではありません。思想的対決とでも言いましょうか、そもそも本作の事件の根本原因が思想のぶつかり合いなのです。
    誘拐事件から始まる一連の流れにカケルはずっとズレを感じています。
    我々読者もどこか不穏な空気感を感じながらこのズレの原因を主人公のナディアと共に追って行きます。

    なんてこった…。こんな真相なんてあーた…どうしたら良いのよ…。

    このミステリー部分だけでも骨太で読み応え抜群なのに、ここにカウフマンが度々出てくるからこっちは骨折しそうになる(デッドボールで)
    このカウフマンとカケルの対話を省けばぶっとい本がもう少し細くなるのでは無いかと思うのですが、本作においては、特に終章の2人の対話が、笠井さんの書きたい一番の事なんだろうなと思います。

    調べてみると笠井さんの出自は極左闘争にあるので「日本が「唯一の被爆国」と殊更揚言すること」を、カケルに「精神的欺瞞」と言わせるのも頷けます。
    また、アイヒマンの件について『凡庸な悪』に迫害された側もまた凡庸だと言う、私には思い付きもしない思想がバンバン飛び出して来ます。

    歴史、思想、哲学、これらがお好きな方にはミステリー部分も含めて非常に刺さるとは思うのですが、この笠井さんの極左闘争を軸とした思想が受け入れられない方もいるのかなと。
    私はこの辺りは色んな思想を聞いて、ほー、そういう考えもあるのねーと第三者目線で読む人間なのですが(それなりに自分の思想もあるんですけどね)もっと賢くて持論をしっかりお持ちの方だと、反発するかここから派生して持論を展開して楽しむか、別れる作品だと思います。

    なんにせよ、全体的に非常に読み応えのある骨太ミステリーなので、気になる方はカウフマンとカケルからのデッドボールは分からん!と大人しく複雑骨折してミステリーを楽しむのも有りだと思います。
    前作も読んでみたいのですが、連続デッドボールはキツいのでもう暫く間を空けようと思います。

    それにしても犯罪コンサルタントのようなイリイチ…。
    私は君が一番気になるのだけれど、これまでのシリーズでもっと出番がある回はあるのかい?
    きっとイケおじなんだろうなあ。

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    2026年04月01日
  • バイバイ、エンジェル

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    笠井潔の長篇ミステリ作品『バイバイ、エンジェル(英題:The Larousse Murder Case)』を読みました。
    笠井潔の作品を読むのは初めてですね。

    -----story-------------
    ●西尾維新氏推薦――「比類なき精度で描かれた、孤高にして至高の探偵小説」

    アパルトマンの一室で、外出用の服を身に着け、血の池の中央にうつぶせに横たわっていた女の死体には、あるべき場所に首がなかった!  ラルース家をめぐり連続して起こる殺人事件。
    警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人・矢吹駆とともに事件の謎を追う。
    日本の推理文壇に新しい1頁を書き加えた、笠井潔のデビュー長編。
    解説=巽昌章
    -----------------------

    1979年(昭和54年)に角川書店の発行する文芸誌『野性時代』に掲載され、同年刊行された作品……矢吹駆シリーズの第1作です。

    ヴィクトル・ユゴー街のアパルトマンの広間で、血の池の中央に外出用の服を着け、うつぶせに横たわっていた女の死体は、あるべき場所に首がなかった……こうして幕を開けたラルース家を巡る連続殺人事件、、、

    司法警察の警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人矢吹駆とともに事件の謎を追う……ヴァン・ダインを彷彿とさせる重厚な本格推理の傑作、いよいよ登場。

    1970年代パリを舞台にした笠井潔のデビュー長篇……首なし死体というショッキングな事件を軸に、学生文化の残滓や政治思想の影がじわりと滲む思想系本格ミステリでしたね……矢吹駆とナディア・モガールのコンビが、論理と議論を武器に事件へ踏み込んでいく展開で、物語の魅力は、謎解きのロジックだけでなく、登場人物たちの思想や欲望が事件の背景に深く絡みついている点にあると感じました、、、

    犯人像を心理ではなく思想から読み解こうとする姿勢は、なかなか異色で新鮮でしたね……1970年代パリの空気感もよく効いていて、政治運動の余熱や社会のざらつきが、事件の不穏さを増幅していると思いました。

    一方で、哲学的な議論が多いので読みやすいとは言い難い作品でしたね……でも、その重さこそが本作の個性であり、矢吹駆シリーズの特徴なんでしょうね、、、

    首なし死体の謎については、よくある実際の死体を別人と誤解させるため……とは異なる合理的な理由が示されており、とても印象的でした。

    面白かったです……機会があれば、本シリーズの別な作品も読んでみたいです。

    以下、主な登場人物です。

    イヴォン・デュ・ラブナン
     行方不明の零落した貴族の当主

    アンドレ・デュ・ラブナン
     イヴォンの長男、マチルドと異母兄妹

    マチルド・デュ・ラブナン
     イヴォンの長女、演劇科の学生

    ジョゼフ・ラルース
     行方不明のラブナン家の小作人

    ジャネット・ラルース
     ジョゼフの長女

    オデット・ラルース
     ジョゼフの二女

    ジョゼット・ラルース
     ジョゼフの三女

    クレール
     オデットの亡夫

    デュロワ
     クレールの共同事業家

    フロサール
     ラルース家の顧問弁護士

    クレック
     裏で違法行為を行っているアムステルダムの販売員

    マリー・バルト
     ラルース家の家政婦

    ジャック・バルト
     マリーの息子

    マルタン夫人
     オデットが常連客の美容院経営者

    アントワーヌ・レタール
     ジャネットの息子、哲学科の学生

    ジルベール・マシュー
     アントワーヌと同郷の友人

    アラン・リヴィエール
     大学教授、イヴォンの友人

    ルネ・モガール
     パリ警視庁司法警察局警視

    ナディア・モガール
     ルネの娘

    ジャン=ポール・バルべス
     ルネの部下、警部

    マチウ・デュラン
     警察医

    矢吹駆
     謎の日本人青年

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    2026年03月08日
  • 夜と霧の誘拐

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    ラストの20ページこそ読む価値がある、といっても謎解きの面白さではなく、ユダヤ人が、正確には修正シオニストが『アウシュヴィッツ』を金看板にしてパレスチナ人の土地を強奪、掠奪、虐殺して来た事実。そこには『唯一の被爆国』を掲げて、本来請求すべき相手を避けて自らが犯して来た過ちを免罪するための行動を取り続けているこの国もある意味の「共犯者」では無いのか、という疑問が浮かんで消えない。このシリーズの妙味は探偵役の矢吹駆(作家である笠井潔に限りなくニアリーイコールであるが)とさまざまな思想家、哲学者、活動家との対話、議論だが、今回はハンナ・アーレント。ミステリというより今回は、ちょっとした冒険小説の雰囲気もあるが、ストーリーが進む中、矢吹駆との議論が興味深い。今のガザでのジェノサイドは、1944年のシオニストの年次総会で決まった事で、その段階で既に予定されていたとも言える。『アウシュヴィッツ』を錦の御旗にするアンナ・ハーレントに対してコロンブス等のアメリカ・ネイティブに対する虐殺、キリスト教の名の下に行われた暴虐、黒人奴隷問題、さまざまな事例を挙げて追求する矢吹の口調は何故か緩やかなのはどうしてだろう。等等、ミステリ読んだのに出て来る感想はすべて思想と活動の振り返りばかり。しかし面白い、ほぼ一気に読んだ。少し時間をおいて読み直したい。謎解きも、それなりに楽しめたがシリーズが完結しないと不完全燃焼だな。

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    2025年11月21日
  • オイディプス症候群

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    ミステリとしてみたら、長いとはおもっちゃうけどロジックやどんでん返しにやられた。さすが。

    3061冊
    今年289冊目

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    2025年11月11日
  • 薔薇の女

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    ネタバレ

    首を切られた女性の死体。壁に残された〈アンドロギュヌス〉の文字。更に次々に美女の肢体が切断される連続殺人事件と伝説的女優ドミニクの関係者の死。

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    2025年11月08日
  • サマー・アポカリプス

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    ネタバレ

    南仏モンセギュール。南仏財界の帝王と若き後妻、中世史研究家、女性活動家が集まるロシュフォール家。そこで殺害されたドイツ人。カタリ派の遺産を巡る謎。黙示録の騎士に見立てられた連続殺人事件。

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    2025年11月08日
  • 吸血鬼と精神分析

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    ネタバレ

    パリで起きたルーマニアの亡命将校射殺事件。現場には「DRAC」という血文字が。しかし、事件はモガール警視の手を離れ憲兵対へ。その後女性が血を抜かれて殺される猟奇殺人が続く。矢吹駆はこの〈吸血鬼〉事件の犯人が、遺体に動物の徴を残している事に着目。
    ナディアはギリシアでの事件後、神経を病み友人が務める心療内科へ。そこで出会った元体操選手の亡命ルーマニア人少女タチアナ。

    とりあえず分厚くて読むのが疲れる。内容は面白いし、読みやすいけど腕が痛くなる…。前に読んだことがあるのに、完全に内容は忘れている…。ナディアが神経を病んだとか色々あったのに…。

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    2025年10月21日
  • バイバイ、エンジェル

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    笠井潔といえば、巻末の解説で小難しいことを語るおじさんというイメージがあったが、自身の小説でも小難しいことを語るおじさんというのが正解だった。矢吹駆は現象学や直観云々やたら本質めいたことを言ってたけど、解決編を読むと手がかりから論理を積み上げるフツーの名探偵と何が違ったの?とやや疑問。
    それでも首切りの動機と論理は見事。物語の中核にあるのはフーダニットならぬワットダニット。真犯人が明かされたとしても真の真犯人は別の何かなのだ。それは「生物的な殺人」の具体性とは対照的な何か。人民と国家への憎悪が引き金となって人間の心に憑依する倒錯した何か。矢吹駆はそれに理解を示しつつ、それの卑小さを断罪した斬新な名探偵であった。とか分かってる風なことを言いつつ私は著者の深淵なる思想を微塵も理解はできてはいないのだろう。

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    2025年10月07日
  • 夜と霧の誘拐

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    ネタバレ

    三重密室事件の記憶を持つダッソー家の晩餐に招待され、アイヒマン裁判の傍聴記で知られるユダヤ人女性哲学者と議論する矢吹駆。晩餐会の夜、運転手の娘サラがダッソーの一人娘ソフィアと間違えられ誘拐される。身代金運搬役に指名されたナディア。同夜、カトリック系私立校の女性学長の射殺体が発見された。

    『哲学者の密室』の舞台になったダッソー家で再び起きた事件。『煉獄の時』で復活したナディア。間違われた誘拐、連鎖する誘拐、殺人事件と事件の展開が早いし事件の裏に見えるイリイチの影とか面白い。哲学者との議論も頑張って読んだ。

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    2025年09月21日
  • オイディプス症候群

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    ネタバレ

    今までは起きた事件に首を突っ込むだけだったナディアが、初めて事件に巻き込まれて自分も命の危機を感じる。駆も他人のフリをしていて、突然消えたり更に不安。
    事件の展開も良いし、いつもの哲学論やギリシア神話についての考察も頑張っ多。
    1000ページ近い作品が1冊…。京極夏彦みたいな事するな。光文社文庫では『哲学者の密室』『オイディプス症候群』『吸血鬼と精神分析』も上下巻だったのに…。『煉獄の時』も『夜と霧の誘拐』も分厚い文庫になるんだろうな。

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    2025年09月19日
  • オイディプス症候群

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     笠井潔の代表作の一つであり、現象学的思索に満ちた長大な哲学ミステリー『オイディプス症候群』は、2002年に刊行された。
     全865ページという厚さは、その重厚さと深遠さの象徴であり、簡単に読書は難しい。
    本書を読む者には、相応の覚悟と根気が求められる。本書は哲学・思想の論議と、それを基にしたミステリー的展開とを両立させる、難解でありながらも読む挑戦を強いられる。本書は、単なる推理小説にとどまらず、フッサール現象学やイギリス経験論、さらには東洋哲学や宗教思想との融合を追究した、思想的な作品である。

     本書の中心的テーマの一つは、「現象学的本質直観」の概念である。この用語は、フッサールの哲学において極めて重要なものである。フッサールによれば、「本質直観」とは、個別具体的な事象を超え、その背後に潜む普遍的な本質を直観的に捉える認識の能力である。リンゴの色を見たとき、その具体的なリンゴの色彩を超え、すべてのリンゴに共通する「赤さ」を把握しようとする知的態度こそが、「本質直観」の意義である。

     これにより、感覚的経験から抽出される普遍的真理の確立と、その基盤を支えるための現象学的還元の方法論が生まれる。すなわち、先入観や自然的態度を一時的に判断停止(エポケー)し、純粋な意識の構造を分析し、背後の本質を直観することが主眼とされる。

     笠井潔がここで展開する「矢吹駆」の「本質直観」は、これらと一線を画している。それは、あくまでミステリー的探究において、個々の事件の背後にある根源的な思想や歴史的背景を直観的に「見抜く」ことを目的とする、独自の応用思想である。言わば、フッサールの哲学的手法をミステリー作法に転用し、「事件の深層に潜む意味や背景を直観的に理解し」ようとする、アクティブな認識の仕方である。

     例えば、首のない死体の出現という奇怪な事件が起きた場合、その場の事実や証拠の羅列だけでは解決できない。探偵の矢吹駆は、「なぜ首を隠す必要があったのか」「なぜこのような方法で死体を残すのか」といった問いを立て、その背後にある思想や背景を直観的にとらえる。これは、表層的な論理証拠の積み上げを超えた、事件の背後に潜む「意味の系譜」を見抜く行為のようだ。こうしたアプローチは、従来の探偵小説の枠組みにはない、哲学的奥深さと思索行動を伴う。

     この点で、フッサールの「本質直観」と、笠井の「矢吹の本質直観」は、目的において明確な差異を持つ。前者は抽象的な哲学的作業として、個々の事例から普遍的な本質を抽出することに終始するのに対し、後者は事件の「意味」を解明し、社会的・歴史的な側面を直観し、深層にある思想展開や文化的背景を掘り起こすことに重きを置く点で異なるのである。

     さらに本書は、哲学的な論議だけにとどまらず、東洋思想や宗教的な概念にも踏み込む。笠井は、ヒンドゥー教の聖者が語る「彼方にあるものは彼方にあるものだ」「ここにないものはどこにもない」との言葉に、フッサールの現象学のエッセンスを見出す。これは、「ここ」(phenomenon)と「彼方」(beyond)を二分しない、今ある現象そのものの深さを追究する思想といえる。ヒンドゥー思想の「梵我一如」「アートマンとブラフマンの一体性」も、認識の根源にある「自己と世界の絶対的同一性」を示し、現象学の「事象そのものへ」の態度とも共鳴する。

     このように、フッサールの「現象学」は、「事象の純粋記述」を目的とし、「先入観排除」の通奏低音を奏でる。彼の「志向性」に着目した理論は、「対象の意識的構造」を明らかにし、外部世界の本質に迫るための方法論を提供した。一方で、イギリス経験論の系譜を持つ伝統は、「感覚経験のみが知識の源泉」とし、「外界の本質の直接知識は困難」という懐疑的立場をとる。これに対し、フッサールは、「意識の構造」に着目し、「意味」や「志向性」の働きにより、外部現象の本質へと至る道を切り開こうとした。

     ハイデッガーの哲学も絡む。彼は、「私の死を死ぬ」ことの哲学的意義を、個人の非代替性と孤独性において解釈した。死は、「他者にとっての出来事」ではなく、「私にとっての究極の一回限りの経験」であり、その瞬間、あらゆる他者や外界は閉ざされる。自己の死と向き合うことにより、より深い自己理解と自己の実存性を高めることが可能とされる。これは、自己喪失や解放を説いた東洋思想や、西洋の存在論とも呼応し、また、本書の中核的テーマの一つとなる。

     物語の一環として、ナディアと矢吹の哲学的対話も重要な役割を果たす。「自分が悪であることを知った時、どんなに苦しいことか」と矢吹は語る。これは、自己認識と責任の問題を示唆し、悪と闘うこと、それ自体が「究極の離脱(解脱)」につながるという思想を反映している。彼の言う「地上に還って悪と闘え」という言葉は、まさに探偵の倫理と重なる。通常のミステリーでは、謎解きが主な関心事であるが、笠井は「悪と対決し、その本質を理解することこそ、真の目的」と位置づける。

     さらに、歴史的な背景も絡む。1968年の世界的な反体制運動群、フランスの五月革命、プラハの春、アメリカの反戦運動などを引き合いに出し、その時代の社会的変動を文化的背景としながら、矢吹駆や笠井の思想を展開させる。1968年は、「新しい時代の幕開け」かつ、「終焉」の象徴ともなり得る年として、著者の思想的スプリングボードに位置付けられる。

     知性と感情の相互作用もテーマの一つ。ナディアと矢吹の関係性を通して、「男が追いかけ女が逃げる」原理の心理、生物学、社会文化的根拠を考察。進化心理学、文化的ジェンダーステレオタイプに基づき、多層的な解釈を織り交ぜる。矢吹は、「身体的差異よりも、精神的・倫理的な価値の同一性」が人間の根源的な普遍性であるとする。

     こうした思索の合間に、クレタ島のエピソードや迷宮、ミノタウロス伝説といった文化人類学的考察も交え、儀式、魔除け、権力の象徴としての迷宮の歴史性を掘り下げる。迷宮は、ただの迷路ではなく、「死と再生の象徴」「未知なる自己の探索装置」としての深い意味を持っている。渦巻き模様は、生命の循環や宇宙の秩序の象徴であり、その形象は、自然界や神話の中に遍在する。

     最後に、物語のクライマックスにおいて、殺人事件の真相と共に、ウイルス拡散を企てるニコライイリイチの陰謀も明らかとなる。矢吹の「本質直観」により、事件の背後にある「オイディプス症候群」のウイルスの連鎖とその背景に潜む闇の意図が解明される瞬間は、まさに計り知れないスリルと思想的緊張に満ちている。

     総じて、『オイディプス症候群』は、哲学的思索とミステリーの融合を目指した、挑戦的かつ壮大な作品である。笠井潔は、単なる物語の枠を超え、読者に「深層の真実」に目を向けさせるための挑戦を仕掛けている。読者は、膨大な哲学的資料と物語の複雑な網の目を追いながら、自己と世界の根源的な関係性について、さまざまな視点から思弁し続ける必要がある。

     この作品を通じて、現象学の方法論が、ただの学問的な抽象ではなく、人間の存在理解や社会問題の解明にまで及ぶ可能性を示しているともいえよう。したがって本書は、哲学・思想の深淵を探求したい者、ミステリーの枠を超えた精神的な冒険を求める読者にとって、極めて意義深い書籍であると考えられる。

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    2025年09月08日
  • バイバイ、エンジェル

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     アパルトマンの広間で発見された女性の首無し死体、とある一族を巡る連続殺人事件、現象学を駆使する日本人矢吹駆と推理小説好きのナディアなどが複雑に融合した本格ミステリーで、魅力的な謎と哲学思想、衒学要素が絡み合って難しくあるものの最後まで楽しく読めた。

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    2025年05月26日
  • バイバイ、エンジェル

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    「煉獄の時」を読もうと思って、復習の意味も込めて、「哲学者の密室」と「バイバイ・エンジェル」を読み直しました。

    世界大戦を通しての大量殺戮による「死」
    抵抗運動を通してのカッコつけによる「死」
    革命を通しての破壊の通り道にある「死」
    生物的殺人による「死」
    観念的殺人による「死」
    ミステリー殺人事件小説に出てくる論理的な「死」

    バイバイ・エンジェルは、世界同時革命思想がどのように歪んで日本赤軍の思想の下支えになっているのか?を著者なりに小説に落とし込んだものとも言えます。

    わたしは日本赤軍の記憶がないのですが、オウム真理教とオーバーラップしても読めないことはないと思いました。

    煉獄の時は、なかなかのボリュームみたいです。
    気合入れて読もうかな。

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    2025年02月11日
  • 対論 1968

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    ネタバレ

    その運動は壮大なものになり
    世間を争乱の渦に巻き込むまでになった…

    そんな時代を生きてきた2名の対談集。
    正直言ってよくわからないものだったけどね。

    おそらくここに哲学やら何かが
    絡んでくるから、なお一層厄介なのだと思う。

    だけれどもそれに興味を持った人
    しかもさほど密接じゃない人までをも
    死に至らしめた案件はかなり重大事でしょうよ。
    ある種の落ち度だよなぁ…

    で、私の嫌いとする人たち
    というかX上でブロックした人たちは
    あっけなくケチョンケチョンにやられていました。

    そりゃあそうだよ、
    一部の人たちのそれで
    それ以外の人たちがすくわれない構図だもん。
    それと排除という安直さ。

    だからこの系統の人たちは
    大嫌いなのですよ。

    関係ないところ読み。

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    2023年11月28日
  • 煉獄の時

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    重厚長大という言葉がぴったりの本。
    全部理解するのは困難(というか、話の筋をおさえるのも大変)だけど、細かい伏線をしっかり回収していてある種の爽快さはある。
    本題からは少しずれるが、主人公は今で言うところのアセクシュアル、アロマンティックな人。このシリーズが最初に出たのは1979年とのことなので、先見の明があったというか、ちょっと驚き。

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    2023年06月23日
  • 煉獄の時

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    ネタバレ

    矢吹駆シリーズの前2作を読んだ者として、読み終わってひとつやり遂げた感があります。

    日本の奇妙な敗戦とフランスの奇妙な戦勝についての考察が強く印象に残りました。

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    2022年10月31日
  • バイバイ、エンジェル

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    矢吹駆シリーズ第一弾。すんごい小説だ。現象学的推理を駆使して事件を解決する探偵役の矢吹駆、と書くといかにもなミステリに聞こえるがとんでもない。この作品をただのミステリに括るのは難しいだろう。しかし、この矢吹駆という探偵役には現代の想像上の名探偵たちに通ずる原初のなにかがあるのは確か。それでいて事件に積極的に関与することが命題とされている名探偵たちに対する痛烈なアンチテーゼともいえる存在でもあるように思える。名探偵とは真理を探究し追及するものではあるのだろうが、それが死神になることもあるのだと思い知らされた。

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    2021年11月18日
  • バイバイ、エンジェル

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    このシリーズは知人の紹介から読み始めたのだが、名探偵の推理法が現象学的本質直観に基づくという哲学に疎い人間にはあまりにも意味不明なものだったので、てっきり字面から事件のあらましを聞いただけで理屈もなく犯人を当てるトンデモな話かと思い込んでいた。

    実際に読んでみると駆のキャラクター造形のみならず所々に挟まれる蘊蓄や哲学的問答にさらに面食らってしまったが、解決編の推理自体はきちんと筋だっていて妙に安心した。むしろ合うひとにはこのバランスが妙にクセになると思う。

    駆が事件に対して全く積極的ではないことで、ミステリーにつきものの事件の最後まで探偵が真相を明らかにできないという問題を解決している点や、「なぜ犯人はわざわざ被害者の首を切ったのか?」という謎への答えには感心した。最後の思想的対決に作者の熱量を推理パート以上に感じるのもこのシリーズの異色さを表していると思う。

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    2020年03月21日