笠井潔のレビュー一覧
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本書は、1160ページもある大作だ。読むだけでも重労働だ。
ユダヤ人が600万人も虐殺されたことと三重密室殺人が、戦争の時と現在にも起こるという事件に、現象学を学ぶナディアが謎解きをして、矢吹駆が真相を現象学的に解明する。
矢吹駆は、著者の分身でもあり、自分の体験をも重ねる。連合赤軍のリンチ殺人事件の個人的な体験が深く根ざす。それをハイデガーの哲学で解明しようとする。
ハイデガーの『死の哲学』を突き詰めていく。ハイデガーの入門書を読む限りは、『死の哲学』とは言えないと思えた。
ハイデガーは、ナチス党員となり、大学の総長となり、ヒットラーを讃美しナチスになることを鼓舞した。そこに、ハ -
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夏のテーマといえば、『サマー・アポカリプス』訳すと『夏の黙示録』。
フランスは猛暑だった。ジリジリと暑いフランスの情景が述べられる。この表現がうまい。
それにしても、本書は難解である。フランスの翻訳本を読んでいるみたいだ。日本人が書いていると思えない。『ヨハネの黙示録』を読んでいないと、理解の半分もできないだろう。新約聖書は青年の時に読んだが、聖書とは無縁の生活を送っていた。笠井潔の知識量が半端でないことを知らしめる本だ。
事実とフィクションが入り混じって進行していく。
知らない言葉が、ゴツゴツと至る所にあり、それを調べて理解しながら進む。実に時間のかかる作業だ。矢吹駆の『バイバイ -
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前作でストーリーテリングにおいては一皮剥けた感があった笠井御大、真犯人は割と早い段階で予想がつくとはいえ、今作にていよいよミステリとしてもギアが一段上がった気がする。
ミステリ作家って他ジャンルへの転向を除けばアイデア的に先細りするかパターン化して量産するしかないある意味因果な商売なわけだが、まさか還暦過ぎてシリーズ過去作を上回ってくるとは。
しかし、にしてもナディアよ。
前作の一本釣りもそうだが、お前さんの考える物理トリックは………喰ってかかるのをやめただけで、ちっとも大人になっていやしないぞ……。
以下雑感(軽いネタバレ注意。てか笠井御大の評論ってネタバレしまくりだし)。
今回の思想的論 -
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『バイバイエンジェル』を読み、続けて『薔薇の女』を読む。
矢吹駆は、現象学的手法によって本質直観で犯罪の真理に迫る。本書を読み終わって、なぜ矢吹駆の物語が、フランスでなければならないのか?が理解できたように思える。フランス哲学をベースにして、フランスの文学を要素にして、物語を紡ごうとする。笠井潔の言いたいことを本書の中で主張する。実に、巧妙で、綿密に練られた作品だ。そして、五人を殺し、ばらばら死体として、繋ぎ合わせて結合肉体をつくるという猟奇事件の解明が物語となる。よくぞ詰め込んだと思う。
今回の事件の犯人は、「アンドロギュヌス(androgynous)、両性具有」である。
著者は、 -
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著者は、1948年生まれ。私は初めて読んだ。小川哲が、紹介していたので読んだ。実に刺激の強い本で、かなり興味深いヒントがあった。学生運動の闘士で、プロレタリア学生同盟のイデオローグで、連合赤軍事件から、思想的に離れたという人物。
本書は、1970年代のパリを舞台とした探偵小説であり、笠井潔のデビュー作であるとともに、彼の代表的な探偵・矢吹駆(やぶき・かける)シリーズの第一作である。
物語は、パリの高級アパルトマンの一室にて、首を切断された女性の死体が発見されるところから始まる。被害者は富裕な中年女性、オデット・ラルースと見られ、血痕により「A」の文字が記されていた。捜査の過程で、ラ -
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★5 誘拐事件と学院長の射殺事件、ふたつの事件が絡み合う読み応え抜群の超絶ミステリ #夜と霧の誘拐
■あらすじ
矢吹駆とパり警視庁の娘ナディアはダッソー家の晩餐会に招待され、ユダヤ人女性哲学者のハンナ・カウフマンと議論していた。晩餐会のあと、招待したダッソー家の運転手の娘が誘拐されてしまうのだ。そしてナディアは身代金を運ぶのを指名される。
一方、聖ジュヌヴィエーヴ学院では、学院長がピストルで殺害されてしまった。一見、不可能犯罪のように見える事件であり…
■きっと読みたくなるレビュー
★5 出た!化け物ミステリー。今年の目玉のひとつですね。
何がスゴイって、この本の厚みと重みですよ。単に -
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ネタバレ「哲学者の密室」からの続きといえば続きかもしれませんが、内容的には「哲学者の密室」を未読でもなんとか着いていけるとは思います。
でも、読んでおいたほうが無難に楽しめるでしょうか。
「夜と霧の誘拐」というタイトルから、フランクルの「夜と霧」がある程度のモチーフになっていると思ってましたが、直接的なモチーフとしては出てきませんでした。
出てきませんでしたが、小説内で語られる事件の本質直観として「交換犯罪における」「二重化とずれ」とカケルが語ります。
歴史修正主義の問題も小説内で重要なファクターのひとつとして出てきますので、その歴史の偽装行為を「歴史観の交換」と置き換えれば、それに伴う「二重化 -
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ネタバレやっと読み終わった…。一カ月かかりました。
フランスにおける第二次世界大戦前夜、戦中、戦後の政治史だけでなく、文化史、思想史、社会情勢を詰め込んだかのような小説でした。
革命、テロル、抵抗運動、レジスタンス、の意味や意義を作者なりに(バイバイ・エンジェルを素に)再検証しているようでもあり、ナチスのホロコーストを(サマー・アポカリプスや哲学者の密室、薔薇の女を基に)再批判しているようでもあります。
イヴォン(第一作)、リュミエール(第二作)、ルノワール(第三作)、ハルバッハ(第四作)、タジール(第五作)、アスタルテ(第六作)、クレール(本作)など過去のシリーズの登場人物たちがある者は -
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幼少時の全能感を段階的に去勢していくことで
人間は社会性を身につけていく
というのが、精神分析の考え方であるが
人間の考えなんてのはだいたい逆説から逃れられないもんで
徹底した去勢こそ、未だ見ぬ新人類への道だという
そういう発想も出てきてしまうわけなんだ
その背景には、新しい神と古代の神の対立の図式がある
つまり、割礼を要求する新しい神と
生贄を要求する古代の神の対立である
してみると、ニーチェの言った超人というのは
むしろ近代から中世をすっとばして
一気に古代へと逆行する存在なのかもしれない
これは古代神が仕掛けた時限式の陰謀だ
ギリシア悲劇というのも要するに
間をつなぐための生贄の代替物で -
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ー 下からの集産化革命のために闘って斃れるなら本望だが、その可能性は当面のところ失われた。 全体主義でない革命は必然的に敗北するという、二十世紀革命の現実性を背負ったルヴェールの断定をどのように覆すことができるのか。
闘うための旗を奪われた青年であろうと、切迫した戦争からは逃れられないし逃れるつもりもない。しかし革命の旗が存在しないとしたらどうすればいい。この戦争を前に取りうる立場は三つしかない。 第三共和政のブルジョワ秩序を守るために戦うのか、ファシズムの側で戦うのか、ボリシェヴィズムの側で戦うのか。
フランス人の大半は第一を、親ドイツ派のフランス右翼の一部は第二を、コミュニストは第三を -
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ネタバレ思想面について語る知識も言葉を持たないので過去編の構造についてだけ。
作中ではリヴィエール教授がイヴォンのことを話すという体で過去編が始まるが、この過去編はイヴォンを視点人物として構成されている。
わざわざ教授がイヴォンになりきって話すというようなことをするとは考えられない。
つまり、ここでナディアたちがリヴィエール教授から聞いた話と過去編とでは、厳密に考えれば別物の話の可能性が出てきてしまう。
ナディアの思考や作中の会話により、過去編の語りの重要なポイントは読者が読んだ過去編と照らし合わせて了解できるようにはなっているが、イヴォンの心情は確実に教授の話では語られない(あって