笠井潔のレビュー一覧

  • 夜と霧の誘拐

    購入済み

    まいりました。としか言えない

    推理なしで漠然とおそらく犯人は〇〇だろうと思っていたらそれをやすやすと上回る真相でした。あぁ、おもしろかった。カケルシリーズを全作読んでいるわけではないがいまのところ今作が最高傑作ではないか。とても読みやすかったし、多くの人に読んでほしい。あと、かつてあった新潮ミステリー倶楽部でタイトルが予告されていた鏡の国の殺人はどうなったのだろうか?

    #共感する #タメになる #切ない

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    2026年08月28日
  • バイバイ、エンジェル

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    『夜と霧の誘拐』を読むのに苦戦していたところ、これをまず読んでみたら、と紹介してもらいました。なかなか難しい箇所はあるけれども、先が知りたくて、どんどん読み進められました。マチルダの過激な姿に圧倒され、かたや語り手のナディアの受けた衝撃は悲しすぎたけれども、ストーリーは面白かったです。

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    2026年07月18日
  • 夜と霧の誘拐

    Posted by ブクログ

    ふたつの概念がぶつかりあっているとき
    そこにあるのはひとつの対立だ
    つまり、第三者の視点から見ることで
    ふたつがひとつになったわけだ
    これが弁証法
    あるいは構造主義
    もちろんそんなこと言って別に対立がなくなるわけじゃない
    2人の力士がひとつの土俵で取組をやってる
    …みたいな話でしかない
    ところがその外部に第三者の存在を置くことで
    相撲というビジネスが生まれるだろう
    土俵のなかに生じる2重化とズレ…
    すなわち取組と勝敗をうまいこと利用して
    第三者たちはそれぞれの力士から
    なにかしらの甘い汁を吸っているわけだ
    ここまで見ると世の中は、ある対立構造を中心として
    エネルギー循環しているのだとわかる

    このような社会構造を分析していくにあたっては
    目線をメタ領域に持っていかねばならない
    すると分析者は自然と見下ろす格好になる
    ここに社会学の
    鼻持ちのならなさが生じる
    社会学徒は、自分たちが特権的な存在であると
    無意識のうちにせよ思い上がる
    この思い上がりを合理化するために
    しばしば「弱さ」なる属性が持ち出された
    女であること
    ユダヤ人であること
    このふたつの属性をもったハンナ・カウフマンの政治思想は
    本人も気付かぬうちに大衆を疎外していた
    そのこと自体が必ずしも悪いというわけではない
    だけどもし、悪しき存在が「弱さ」を伴って現れたとき
    おそらく彼女はそれを批判しえないだろう
    社会が煮崩れていくのはそういうところからだ
    そして矢吹駆はなにもしない
    それこそ人間の善性を信じる者のスタンスではあるのだが

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    2026年07月05日
  • サマー・アポカリプス

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    矢吹駆シリーズ二作目。
    一作目と全くの地続きながらも更に本格推理としての完成度が上がった二作目。黙示録とキリスト教異端派を主軸に展開されるプロットはまるでオカルトミステリーのようにも見えるが、情感豊かなパリジェンヌ・ナディアの語り口により、まるで南仏旅行記を読んでいるような気分になる。
    哲学探偵矢吹駆の活躍は控えめだが、彼にとっての主題は思想闘争にあり、本作では実在の思想家シモーヌ・ヴェイユを模した人物との対峙にクライマックスが置かれている。その為に事件すら利用する暗躍ぶりは矢吹の探偵としての特異性を浮き彫りにているが、その神秘性や終盤のどんでん返しによって名探偵ぶりを披露してくれる。

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    2026年05月25日
  • バイバイ、エンジェル

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    いやー、早くも決まりました。まだ4月だというのにな。
    そうです私の2026年、年間ベストはバイバイ、エンジェルに決まりました。
    やられたぜー、まさか私が産まれる前の作品が令和8年のベストとは。個人的ミステリー、オールタイムベストでも1位かもだわ、これは。
    この小説はもはやミステリーなんかね、危険な思想書の類いかなんかかね。いやー言論は自由で良かったですね。
    たしかにテーマはあまりに70年代的でありますが、差し引いてもスゴいスゴい、ゴイスーよ。
    何がスゴいって、そう全部スゴいのよ…。
    例えば現象学による推理の解説は長年私がミステリーに対して感じていた違和感を見事に言い当ててるんですな。事実から真実を見出すのには理論の成立では不十分なんよな。もはやアンチミステリーまであるな。
    最期の犯人達との対決時のカケルの死生観もぐうの音も出ん。ぐう。
    オチもヴァンダインのオマージュだし、どんだけ沼に落とすんよ。
    ひとつ分からなかったことは、自殺の意味というか価値よな。
    真犯人の構想の実現と等価なんかね。そうは思えんよな。やっぱカケルやってもうたんか…。
    そもそもバイバイエンジェルってタイトルなんだよダセェなって思ってたんですがね。読後には、まあバイバイエンジェルでしたよ。ごめんなさい。
    もはや何云ってるか分からんでしょう、私も何を書いてるのでしょうか…。兎にも角にもスゲーから読んでくれよ、それからよ。
    感想止まらんので、コレで終わりにします。
    ただの神作品ですた。至高の1冊。

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    2026年04月05日
  • バイバイ、エンジェル

    Posted by ブクログ

    初めから最後まで、難しい事ばかり書かれてたが、とんでもなくおもろい!
    再読しても決して理解できそうにないが、おもろい!
    理解できないとこがまたおもろくて、2作目も読んじゃおうと思いますよ!

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    2026年03月09日
  • バイバイ、エンジェル

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    矢吹駆シリーズ1作目。
    再読。
    デビュー作とは思えない完成度の高い作品。
    まるで本格推理の装丁を施した殺人についての哲学的考察と言っていいような内容はある意味ではアンチミステリみたい。
    神秘的な探偵役・矢吹駆に感情表現豊かで読んでいて楽しい語り手・ナディア、ナディアパパと相棒ジャン・ポールの警察コンビも魅力的。
    革命にまつわる内省は何とも前世紀的だけどエンタメとして充分に消化できる範囲かな。

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    2026年02月26日
  • 夜と霧の誘拐

    Posted by ブクログ

    矢吹駆シリーズ、初挑戦。フランス篇第八段で、ハンナ・アーレントをモデルにしたユダヤ人女性と議論する。この議論がなかなか難解で読むのに時間がかかった。誘拐事件と絡み合う殺人事件の裏に、パースチナ問題と絡み合うのは、70年代の話でありながら、現代に通じており、ミステリーでありながら、色々と勉強になりました。

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    2026年01月07日
  • 夜と霧の誘拐

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    ネタバレ

    世界史の悲劇的な哲学を学び直せた。
    そして、真犯人は……。
    大変、読み応えのある長編でこれだけ長ければソレをソウもできるね、などと皮肉めいた事も思ったりして。

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    2025年12月14日
  • 哲学者の密室

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     本書は、1160ページもある大作だ。読むだけでも重労働だ。
    ユダヤ人が600万人も虐殺されたことと三重密室殺人が、戦争の時と現在にも起こるという事件に、現象学を学ぶナディアが謎解きをして、矢吹駆が真相を現象学的に解明する。

     矢吹駆は、著者の分身でもあり、自分の体験をも重ねる。連合赤軍のリンチ殺人事件の個人的な体験が深く根ざす。それをハイデガーの哲学で解明しようとする。

     ハイデガーの『死の哲学』を突き詰めていく。ハイデガーの入門書を読む限りは、『死の哲学』とは言えないと思えた。
     ハイデガーは、ナチス党員となり、大学の総長となり、ヒットラーを讃美しナチスになることを鼓舞した。そこに、ハイデガー哲学の限界をみる。そして、ハイデガーは、ユダヤ人の虐殺の収容所は知らなかったという説を、ユダヤ収容所の前で、一緒に所長と写真をとっていた。その写真が、ゆすりの原因となり、80歳を超えても、その写真を隠そうとして墜落死する。因果応報の世界でもある。

     そして、ハイデガーの教えを学んだ二人の男ハインリッヒ•ヴェルナーは親衛隊であり、ヘルマン•フーデンベルグはユダヤ人収容所の所長。そして、二人が愛した美しいユダヤ人のハンナ•グーデンベルグ。

     最初に死んだのはハンナ•グーデンベルグだった。そして、収容所からユダヤの囚人を脱走させたのがヴェルナーだった。知られていない影のユダヤ人の命を救った英雄でもあった。そして、大量虐殺と個人的な理由での殺人。その重さを問う。まさに、意欲的な作品だ。そして、矢吹駆の関わった事件に絡んでいく。

     矢吹駆は、『薔薇の女』でのアントワーヌの死に対して、
    「死という鏡さえ与えられるなら、自分にも英雄のように真実の人生を、選ばれた人生を、特権的な人生を生きることができるだろう。青年の思考は、ほとんど必然的に観念的倒錯の罠に落ちてしまう。戦場のない社会で死の可能性に直面することができないなら、意図的に戦場のようなものを、死の危険に満ちた暴力的な環境を、なんとか捏造してしまえ。」

     「現代的なタイプの政治青年は、平和な日常生活に人工的な戦場をしつらえようとして、テロリズムの沼地に誘惑されてしまう」
    と述懐する。

     「ハルバッハによれば、現存在の本来的自己は、死の可能性への先駆において実存する。死の可能性は無数にある生の可能性から、その人間にとって本当に大切な可能性、特別の可能性、人生の中心的な可能性を、はっきりと映し出す特別の鏡なんだ。死という鏡がなければ、人間は無数にある可能性のなかで道を失うだろう。他人の眼を気にしたり、常識に流されたり、日常の些事に追われたりして、本当の自分を生きることなどできはしない」

     「僕は、ハルバッハ哲学でアントワーヌを批判していた。死は追い越しえない可能性なのに、それを欺瞞的に追い越そうと望むことが観念的な倒錯を必然化し、自他にわたる抑圧と悪を生んでしまう。マチルドやアントワーヌを見て、たぶん僕は、そう感じたんだろう」

     ハイデガーの死の哲学を繰り返す。ハルバッハ(ハイデガー)の哲学は、なにも自殺を推奨しているわけではない。死の可能性に目覚めよと主張しているのだ。

     頽落した日常性が、どんなに死の可能性を覆いかくしていても、必然的なものとしての死は、滲みでるようにして日常的な人間の存在を染めはじめる。それが不安の由来なのだ。不安なわたしは、結果として死の可能性を凝視するようにしいられる。しかし、死は切迫しているにせよ将来のものであり、可能性としてしか人間にはあたえられていない。日本では有名らしい小説家(三島由紀夫)が伝統的な作法で、儀礼的な自殺を演じた。

     リトアニア出身で、ユダヤ人で囚人だったエマニュエル・ガドナスは、エマニュエル・レヴィナスがモデル。ガドナス哲学の出発点におかれている、〈ある:イリヤ〉の概念を産み出す。レヴィナスは、ハイデガーのナチス賛美を批判する。

     なぜ、イスラエルの諜報機関が、アイヒマンを追いかけ、裁判をして、死刑にしたかの背景も理解できた。

     宙吊りの死者。ジークフリートの密室。龍の密室。矢吹駆の推理は次から次へと発展していく。そこで見つめた大量死と殺人事件の謎とき。実に刺激的なノイズが見つかる。それにしても、人間はかくも残酷な行為ができるのかと唖然とするばかり。戦争の非人間性を強く感じる。

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    2025年10月22日
  • 煉獄の時

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    ネタバレ

    矢吹駆シリーズ第7弾。

    1978年6月。思想家のクレール(サルトル)がパートナーのシスモンディ(ボーヴォワール)に宛てた手紙が失くなる。そして手紙をネタに誘い出されたシスモンディは、係留中の川船で全裸の女性の首なし屍体を発見する。事件の調査のためナディアと矢吹駆がリヴィエール教授を訪ねると、彼は若き日の友人イヴォンのことを語り始める。39年前、イヴォンも首なし屍体事件に遭遇したというのだ。

    〈消失〉と〈簒奪〉をめぐる現象学的本質直観が、二十世紀の観念論をも批判する802頁の大巨編。ひたすら圧倒されました。

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    2025年10月12日
  • バイバイ、エンジェル

    Posted by ブクログ

    幾度目かの再読。
    何度も読む理由は、純粋に忘れるから。あと、哲学部分がなかなか難しく、年を重ねて、読む度に理解度が上がっているのを実感できるから。あと、この連作は私が一番好きな作品だから。私には何度だって読む価値のある矢吹駆シリーズの第1作目。
    改めて思うが、このシリーズの基盤になる現象学が一番難しい気がする。何度読んでもそう思う。

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    2025年09月14日
  • サマー・アポカリプス

    Posted by ブクログ

     夏のテーマといえば、『サマー・アポカリプス』訳すと『夏の黙示録』。
     フランスは猛暑だった。ジリジリと暑いフランスの情景が述べられる。この表現がうまい。
     それにしても、本書は難解である。フランスの翻訳本を読んでいるみたいだ。日本人が書いていると思えない。『ヨハネの黙示録』を読んでいないと、理解の半分もできないだろう。新約聖書は青年の時に読んだが、聖書とは無縁の生活を送っていた。笠井潔の知識量が半端でないことを知らしめる本だ。
     事実とフィクションが入り混じって進行していく。

     知らない言葉が、ゴツゴツと至る所にあり、それを調べて理解しながら進む。実に時間のかかる作業だ。矢吹駆の『バイバイエンジェル』『バラの女』は、読んで、そのパターンをある程度理解したと思ったが、この本には、歯が立たなかった。

     矢吹駆は、大学生のナディア・モガール(彼女の父親は警部)と一緒にいるとこを、車から撃たれ、肩に傷を負う。矢吹駆は、異端カタリ派を調査している。カタリ派が異教なのか、異端なのかも問われる。異教はキリスト教とは違う宗教、異端とはキリスト教の中での派閥の違いだ。

     矢吹駆は、「カタリ派の運動の中には、魔術と民衆叛乱の自生的な結合がある。正確に言えば、魔術ではなく秘教ということで、マニ教とグノーシス主義を通じて、カタリ派は古代の東方異教の流れを継承している」とナディアにいう。
     カタリ派は、新約聖書のイエスの神は愛と救済の神で、旧約聖書の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神は妬みと憎しみに満ちた残酷な神としている。カタリ派は13世紀に滅びた。

     カタリ派は、物質世界を「悪」と見なし、霊的浄化と禁欲を重んじた。これは、現代の物質主義や権力構造に対する根源的な否定として描かれる。モンセギュール城での集団火刑など、彼らの最期は「黙示録の四騎士」や「終末の予兆」と重ねられ、物語の殺人事件に絡んでいく。
     カタリ派が残したとされる文書や象徴(十字、光、浄化)は、矢吹駆が追う謎の鍵となり、グノーシス的知の探究と結びつく。まぁ。こう書いていても、よくわからない。主流派は、豪華絢爛で、カタリ派は、清貧なイメージがある。この物語は、カタリ派の埋蔵宝物が、聖地モンセギュールに埋めてある。なんか日本で言えば徳川埋蔵金みたいなものだ。そのことが、書いてあるドア文書の一部を矢吹駆は探すのが物語の中心となる。

     夏休みは、バルベス警部の故郷の村の近くに、カタリ派の聖地モンセギュールがあり、そこにいく。
     ジゼール・ロシュフォールはナディアの友人で、モンセギュールにロシュフォールの山荘がある。そこに、歴史学者のシャルル・シルヴァンも滞在する。ロシュフォールは、原子力発電も行う大きな企業である。ロシュフォール家の長女ジゼールは、ナディアの友人だ。ジゼールの母親のジュヌヴィエーヴは、聖地の山から転落して死んでいる。ロシュフォールの下僕ジャン・ノディエが突き落として殺したと言われ、刑に服している。後妻にニコルという美女が収まっている。ジャン・ノディエは、いわくつきの男だ。重要な役割を果たす。彼は、刑を終えて、モンセギュール周辺を宝探ししている。

     矢吹駆の追い求めている文書は、ドア書の削除された一部。コルベール家が持っていたドア書は、1732年にブルボン王家にわたり、ルイ14世がとった。そして、1789年のフランス大革命でブルボン王家が倒れると、フランス共和国のものとなった。そのドア文書の一部が盗まれている。それは、隠されたカタリ派の財宝のことが書かれていたのではないか?それは秘宝伝説もあり、カタリ派の秘宝の伝説が書かれていたかもしれないと推理する。

     ロシュフォールは、原子力発電の建設を行なっていて、そこにロシュフォールの家には脅迫状がきていた。「財宝を狙うものには、カタリ派の呪いがかけられる。黙示録の怒りがその頭上に堕ちかかるだろう」という内容だった。

     ヨハネの黙示録は、白馬、赤馬、黒馬、青馬と4騎士が現れる。それぞれ、弓矢、剣、天秤が使われる。その黙示録の物語に基づいて、4人の人物が殺されることになる。

     ロシュフォールの山荘で、ドイツ人ワルターフェストが最初に殺される。そこには、ロシュフォール夫妻。その娘ジゼール、ジゼールの恋人で原子力研究者のジュリアン・リュミエール、その姉で、原発反対運動しているシモーヌ・リュミエール、カタリ派の大学の研究者シャルル・シルヴァン助教授、ポールソネ神父、そして、ナディアと矢吹駆がその場にいた。当初そのワルターフェストを殺したのが、ジャン・ノディエが犯人とされる。ところが、2番目にジャン・ノディエが首吊りして死んでいた。犯人は誰だということになる。相変わらず、ナディアのナレーションで事件が説明されていき、探偵の役割をする。

     矢吹駆は、『バイバイエンジェル』でマチルド・デュラナンを死に追いやったことを苦しんでいた。自分は悪だと思っている。シモーヌ・リュミエールは、マチルドの知人だった。そこから、矢吹駆のことを聞いていたのだ。シモーヌ・リュミエールは、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ、1909年生まれである。16歳で哲学のバカロレア(大学入学資格試験)に合格し、高等師範入学準備学級で、哲学者アランと出会い、影響を受ける。過激な赤い処女の煽動家として知られる。スペイン内戦にも関与する。彼女は拒食傾向にあり急性肺結核にかなり、体力がなく34歳で死んだ。死後『重力と恩寵』が発刊され、ベストセラーになった。この物語の真骨頂は、シモーヌと矢吹駆の激論だ。これは、笠井潔の自己問答に近い。

     シモーヌ・リュミエールは、西欧秘教の理念に根ざしていて、カソリックの受洗は最後まで拒み通した。カタリ派に高い評価を与えていた。アナルコサンディカリストの戦闘的な革命家だった。第二次世界大戦下のフランスがナチス占領期において、対独抵抗闘争の前線に立った。ドイツと戦う中で「地獄の底」で悪と対峙した経験を持つ。彼女はこの経験をもとに、悪を悪として認識し、それを克服する唯一の道は善の観念に頼ることではなく、むしろ悪を悪としてそのまま受け入れることであると主張する。彼女は現世に存在する悪と向き合い、それを受容することによって神への愛、真の信仰に到達できると説く。この思想は、悪の絶対性と信仰における悪の受容を論じたものであり、そのモデルとして実在の哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想を参照している。

     一方、矢吹駆は、シモーヌの主張を批判し、「人間的な思考を停止し、信仰という非論理的な概念に逃避している」と評価する。彼は、悪を単なる「悪」としてそのまま受け入れることは、思考を放棄することに等しいと考える。矢吹は、悪の根源を徹底的に現象学的に分析し、その構造を解明することによって、悪を超克しようと試みる。彼にとって、悪は絶対的な存在ではなく、分析と理解によりその実体を明らかにし、相対化可能な対象である。この二人の対立は、悪を信仰の対象として受容すべきか、それとも理性の力によって克服すべき対象とみなすかという、根本的な哲学的問題へと帰着する。

     ドア書の一部は、いくつかの時代で、それぞれ重要な意味を持つ。
     1209年に始まったアルビジョア十字軍の結果、カタリ派は異端とされた。モンセギュールがその中心だった。1233年にグレゴリウス3世によって、異端審問官を教皇が直接任命。強大な権力を発揮しカタリ派を弾圧。1252年教皇インノケンティウス4世が拷問を公認。拷問を武器にした異端狩り、魔女狩りは、その後4世紀間で述べ数百万人を虐殺した。鉄槌の異端審問官のサン・ジョルジュのインノケンティウス4世教皇庁あての書翰が、ドア書の一部らしい。そこにカタリ派の「悪魔の秘宝」が書かれていた。とにかく、徹底して拷問し、火刑にして殺した。サンジョルジュが亡くなったのが、サンセルナン寺院だった。その書翰が、サンセルナン寺院の床下に、700年にわたって秘蔵された。それにしても、宗教において、異端審問で虐殺するのは、なぜかおかしい。『チ。地球の運動について』で、異端審問ノヴァクの個人的な異端審問にしているが、実際はひどい異端審問だった。

     その発見が、地元の研究家アンリ・ドゥルニュであり、神父が立ち会った。その時にナチスの親衛隊が二人いて、ドゥルニュが拘束された。書翰はその親衛隊のワルターフェストの手に渡った。ナチスだったワルターフェストは、第1番目の犠牲者だった。アンリ・ドゥルニュの息子が、大学の研究者シャルル・シルヴァン助教授であることが明らかになる。

     ナチズムのことも詳しく書かれていて、シュタイナーがナチズムに反対し、そしてナチスは有機農業を推し進めた。「血と土(Blut und Boden)」は、ナチス・ドイツが掲げた民族主義的スローガンであり、人種的純血性(血)と祖国の土地(土)への結びつきを強調するイデオロギーを、進めた。その中心が、ハインリヒ・ヒムラーであり、ユダヤ人虐殺を推し進めた。

     この事件を通じて、矢吹駆を狙っているのは、悪霊、死神と呼ばれるニコライイリイチであることが、見えてくる。ただ、まだその正体はよく分からない。

     結局、カタリ派の財宝は、分からずじまいで、ロシュフォール夫妻が亡くなり、ジゼール・ロシュフォールと結婚した原子力研究者のジュリアン・リュミエールが、ロシュフォール企業の代表となり、原発を推し進めるのだった。いやはや、すごい物語だった。フランス思想史が、少しづつ理解できるようになった。 

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    2025年08月31日
  • 夜と霧の誘拐

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    前作でストーリーテリングにおいては一皮剥けた感があった笠井御大、真犯人は割と早い段階で予想がつくとはいえ、今作にていよいよミステリとしてもギアが一段上がった気がする。
    ミステリ作家って他ジャンルへの転向を除けばアイデア的に先細りするかパターン化して量産するしかないある意味因果な商売なわけだが、まさか還暦過ぎてシリーズ過去作を上回ってくるとは。
    しかし、にしてもナディアよ。
    前作の一本釣りもそうだが、お前さんの考える物理トリックは………喰ってかかるのをやめただけで、ちっとも大人になっていやしないぞ……。

    以下雑感(軽いネタバレ注意。てか笠井御大の評論ってネタバレしまくりだし)。
    今回の思想的論敵モデルはハンナ・アレント。
    "AとBが計画したCとDの交換殺人の裏には、Aを殺害しBを殺人者に仕立てあげるEの復讐計画が隠されていた"←つまりはこういう真相
    終盤、かのワトソン博士やヴァン・ダイン弁護士と自らを比肩するナディア。
    だからそういうとこだぞ!
    初出は2010年のメフィストか。
    15年前。
    結構経ってるのね。
    あと初版のせいか誤字が多い。
    紙と違って電子書籍なら容易に直せそうな気もするのだが。

    以下やや固めの雑感。
    終章。
    本来ならエピローグに当たる部分だが、シリーズ全般、こと本作においてはここからが本編といってもいい。
    シモーヌ・リュミエール(ヴェイユ)を追いつめたとき以来の語調を見せる矢吹駆。
    今や最も有名なニーチェの箴言となった深淵云々に関する激越な批判。
    ここで更に評価を改めねばなるまい。
    ミステリのみならず、思想小説としても本作は一つの到達点となっている。
    世間的には『哲学者の密室』、個人的には『サマー・アポカリプス』をシリーズ最高傑作と思っていたが、これも改める必要がある。
    最高傑作、ここに爆誕である。

    追記。
    『サマー・アポカリプス』では究極の選択を迫られたシモーヌが予想外の一手を打つことで矢吹駆に只ならぬ衝撃を与えたわけだが、今回、ハンナ・カウフマン(=アレント)のその後は書かれていない。
    既に執筆済みの次作以降に書かれているのだろうか。
    ナディアの締めの文章から察するに、その可能性は低そうだが。

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    2025年08月22日
  • 薔薇の女

    Posted by ブクログ

     『バイバイエンジェル』を読み、続けて『薔薇の女』を読む。
     矢吹駆は、現象学的手法によって本質直観で犯罪の真理に迫る。本書を読み終わって、なぜ矢吹駆の物語が、フランスでなければならないのか?が理解できたように思える。フランス哲学をベースにして、フランスの文学を要素にして、物語を紡ごうとする。笠井潔の言いたいことを本書の中で主張する。実に、巧妙で、綿密に練られた作品だ。そして、五人を殺し、ばらばら死体として、繋ぎ合わせて結合肉体をつくるという猟奇事件の解明が物語となる。よくぞ詰め込んだと思う。

     今回の事件の犯人は、「アンドロギュヌス(androgynous)、両性具有」である。
     著者は、両性具有説を説明する。プラトンの『饗宴(シュンポシオン)』という対話篇の中で、喜劇詩人アリストパネスが語る「アンドロギュノス神話」は、人間の愛の起源を説明する。男女だけでなく、アンドロギュノスという第三の性別が存在した。手足は4本ずつ、顔も2つ、性器も2つあり、身体の各パーツは現在の2倍あった。ゼウスは真っ二つに引き裂きさいた。これ以来、人間は失われた「もう半分」を求めて探し続けるようになった。この「失われた半身への渇望」こそが、人間が互いに愛し合う恋心(エロス)の起源である、とアリストパネスは語る。
     バルザック(著)『セラフィタ』は、両性具有が主人公。スウェーデンボルグの神秘主義思想が色濃く反映されている。
     そして、名門ハンガリー貴族の史上最大の残虐な大量虐殺者バートリ・エルジェベト伯爵夫人の事件から、残虐性を強調する。その残虐性はどこからきたのか?

     また、その物語の作中作家のジョルジュ・ルノワールが、ジョルジュバタイユの「全般経済学」という概念を使い、社会における「過剰なエネルギー」と「消費(蕩尽)」の原理について語る。
     第一に、彼は、近代社会がひたすら生産と蓄積を善とする経済合理性の原理に支配されていると指摘する。しかしながら、これは人間が持つ過剰なエネルギーを解放するものではないため、最終的には破綻をきたすと考える。
     第二に、消費(蕩尽)の必要性について述べる。ルノワールは、この過剰なエネルギーは「非生産的な消費」、すなわち蕩尽によってのみ解放されるべきものであり、その結果として人間は真の生の充実を得ることができると主張する。この「蕩尽」は、浪費や享楽、さらには性的な逸脱や暴力といった形で現れることがある。エジプトのピラミッドは、まさに過剰剰余の消費だとする。
     第三に、これらを性犯罪との関連性に結びつける。彼は、この蕩尽の原理を連続猟奇殺人の動機と結びつけている。すなわち、犯人は社会の経済合理性から逸脱し、過剰な性的エネルギーを「消費」するために犯行に及んでいるとするのである。この行為は社会秩序の外側にある「聖なる領域」に足を踏み入れる試みであり、その中に犯人のアイデンティティが隠されていると推理している。
     それに対して、矢吹駆は、悪を行う悪と、宗教儀礼としての悪を対置する。このルノワールと矢吹駆の論議が、なんとも異質の世界を作り出す。

     太陽の過剰なエネルギーが、破壊を生み出す。なぜか、カミュの『異邦人』の太陽がママンを殺したという言葉に通底する。

     また、ここで出てくる双子がプルーストの『失われた時を求めて』の女性アルべルチーヌとジルベルト。それは男の子の呼び名になるとアルベールとジルベールとなり、それが重要な役割を果たす双子となる。
     
     ドミニクフランスという映画女優は、ナチス登場までは大スターだった。そして、ナチスに協力したとして追放され、双子を産んで、その後自殺する。そして、ドミニク・フランスの出演した映画が毎週火曜日に上演され、その女の主人公の名前の女が殺され、ばらばら死体となる事件。そして、五作目の『アルベルチーヌ』が、殺されるという緊迫感の中で、アルベルチーヌは、誰かとなり、そこから矢吹駆は謎解きをしていくのだ。
     物語としては、哲学的対話とばらばら殺人事件の世界が分裂しているが、笠井潔が何を思想的な格闘をしているかがよく見える作品だ。
     

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    2025年08月16日
  • バイバイ、エンジェル

    Posted by ブクログ

     著者は、1948年生まれ。私は初めて読んだ。小川哲が、紹介していたので読んだ。実に刺激の強い本で、かなり興味深いヒントがあった。学生運動の闘士で、プロレタリア学生同盟のイデオローグで、連合赤軍事件から、思想的に離れたという人物。
     
     本書は、1970年代のパリを舞台とした探偵小説であり、笠井潔のデビュー作であるとともに、彼の代表的な探偵・矢吹駆(やぶき・かける)シリーズの第一作である。

     物語は、パリの高級アパルトマンの一室にて、首を切断された女性の死体が発見されるところから始まる。被害者は富裕な中年女性、オデット・ラルースと見られ、血痕により「A」の文字が記されていた。捜査の過程で、ラルース家をめぐる複雑な人間関係や過去の因縁が次第に明らかになっていく。
     とにかく登場人物が多く、読むのに混乱する。ジョセフラルースが、イヴォンデュラブナンから譲り受けた山で、鉱山を発見し、一躍金持ちになり、ジャネット、オデット、ジョゼットの3姉妹のうち、ジョセフの遺産を受け継いだのが、オデットだった。

     この物語は、大学生のナディアであり、司法警察のモガール警視の娘だった。彼女の同級生に、ジェネットの息子アントワーヌがいて、事件に絡んでいく。
     警察の捜査が進展する中、この事件に興味を持ったナディアは、たまたま知り合った日本人青年・矢吹駆と共に事件の謎を追い始める。矢吹駆は、現象学を駆使して事件の背後にある「真実」を追究する、従来の探偵像とは一線を画したキャラクターである。

     事件はさらなる殺人へと拡大し、ラルース家にまつわる過去の歴史や、スペイン内戦、革命といった大きなテーマが絡み合う。物語は、単なる犯人探しに留まらず、犯人と矢吹駆の間で繰り広げられる思想や哲学を巡る激しい対決へと展開していく。矢吹駆のふっかける論議が絶妙でいいのだ。

     矢吹駆は「現象的本質的直感」に基づいて、事件を考察する。この作品の最も重要な特色であり、これは簡単に言えば、従来の論理的推理とは異なる方法で事件の「本質」を見抜く能力である。

     従来の探偵像への批判が痛烈である。従来の探偵は、現場に残された物的証拠や証言を論理的に組み立てて犯人を特定する。しかし、カケルは、同じ証拠からでも複数の論理的な可能性が導き出されるため、論理だけでは真実の全貌にたどり着けないと考える。

     カケルは、個々の事実や証拠の背後に潜む、その事件をこの世に引き起こした「本質」を直感的に理解しようと努める。カケルのいう「本質」とは、単なる犯行の動機やトリックにとどまらず、その事件を引き起こした個人の思想や、置かれた歴史的・社会的背景までも含む、より根源的な次元のものである。この事件で、首なし死体があるが、なぜ首なしにしたのかを、首を狩るという歴史から考察する。そして、フランスではなぜギロチンだったかなど、現象学の見地から考察する。

     カケルの推理は、哲学者フッサールらが提唱した「現象学」に基づいている。これは、物事を既成概念や先入観にとらわれることなく、ありのままに観察し、その本質を直観的に捉えようとする哲学である。カケルは、この手法を事件の謎解きに応用することで、従来の論理的探偵では見落とされがちな、犯人の内面や事件の深層的意味に迫る。

     要するに、矢吹カケルの「本質的直感」とは、事件の表層的な謎を解くのではなく、「なぜこのような事件が起こらねばならなかったのか」という問いに対して答えを導き出すための、哲学的かつ直感的な能力である。そして、その本質を理解した上で、犯人との思想的な対決へと向かうことが、このシリーズの大きな魅力の一つである。革命がなぜ悲惨な結果になるのか?という考察が、実におもしろい。

     この物語は、推理小説になっているので、なかなかレビューは難しいが、いい推理小説だと納得した本だった。ちょっと、笠井潔は読んでみたい作家の一人となった。

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    2025年08月01日
  • 夜と霧の誘拐

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    正直カケルとカウフマンの討論の三分の一も理解できていませんが、理解できない雰囲気すら楽しめる作品だと思う。ナディアすら、全部は理解できていないようだし。
    ミステリー部分は多重誘拐に殺人と本格的でとても良かった。
    そして真犯人…まあ、実行役より、計画したほうが悪だとは思うのですが、お咎めないままなのもねえ。
    ミステリー界の巨匠が現役で長編を書いてくれるのは本当にありがたい。ファンとしては次作も待ち続けております。

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    2025年06月21日
  • 夜と霧の誘拐

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    ★5 誘拐事件と学院長の射殺事件、ふたつの事件が絡み合う読み応え抜群の超絶ミステリ #夜と霧の誘拐

    ■あらすじ
    矢吹駆とパり警視庁の娘ナディアはダッソー家の晩餐会に招待され、ユダヤ人女性哲学者のハンナ・カウフマンと議論していた。晩餐会のあと、招待したダッソー家の運転手の娘が誘拐されてしまうのだ。そしてナディアは身代金を運ぶのを指名される。

    一方、聖ジュヌヴィエーヴ学院では、学院長がピストルで殺害されてしまった。一見、不可能犯罪のように見える事件であり…

    ■きっと読みたくなるレビュー
    ★5 出た!化け物ミステリー。今年の目玉のひとつですね。

    何がスゴイって、この本の厚みと重みですよ。単に長いだけじゃないですよ、密度も濃いんです。この読み応えがたまらんすね~、じっくり時間をとって楽しむのが吉です。重厚&パワフルなミステリーを堪能してください!

    まず哲学の議論や、様々な思想、戦争、歴史のうんちくが烈しくて大好き。もはや大学の授業や政治運動家の話を聞いてるみたいなのよ。そして矢吹駆シリーズは毎回哲学者がモチーフになってるとのことで、今回は女性ユダヤ人のハンナ・アーレント。いやー、読書って奴はホント勉強になりますね。

    さて本作は黒澤明『天国と地獄』ばりの誘拐劇&学院長の射殺事件。この二つの事件だ同時かつ絡み合うように展開される。誘拐劇のほうは読み手を惹きつけるエンタメ力があるし、学院長の射殺事件はどっぷりと本格ミステリーを楽しめる。

    まず誘拐事件ではナディアが大活躍するんですが、これがアクションマシマシで手に汗握るんですよ。受け渡しが終わるとさらに謎が謎を呼ぶ、この事件の背後には何があるのか…? これはワクワクがとまらん。

    そして射殺事件のほうも謎解きが大忙しですよ。文字どおり分単位で事件経過を追ったり、密室の考察をしたりと全く脳みそが休まりません。

    もちろんこの二つの事件が絡み合ってくるんですが、こんな発想をよくも思いつきましたね。二重化とズレってのは唸ったな~。犯罪を方程式のようにあてはめ、ロジカルにメリデメを詰めながら解き明かしていく手際もエグかった。これはもう降参です、先生の魂のこもり具合に慄きました。

    真相は徐々に明るみになっていくんですが、そのたびに驚かされます。まさかこんな枠組みの話だったとは思いもよらない。解説もしっかりしてくれるし、謎解きミステリーとしての完成度の高さにも感動しましたね。

    哲学、思想、ミステリー、エンタメが密度満点に凝縮された作品、めいっぱい楽しませていただきました!

    ■ぜっさん推しポイント
    物語の終盤、日本における戦争の歴史や価値観について思想が書かれています。特に「唯一の被爆国」に関する記述は目から鱗でしたね。

    私も日本人なので、つい耳障りの良い言葉に流されがちです。しかしよくよく事実を知り、個々ひとりひとりが考えなければいけないんですよね。現在でも世界中で争いが起こっています、決して過去の話ではないのですから。

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    2025年06月13日
  • 夜と霧の誘拐

    Posted by ブクログ

    衒学趣味といわれる。
    確かに哲学や思想、歴史について、作者の知識と嗜好がふんだんに語られるが、小説世界の認識には欠くことのできない、むしろ最大級の魅力である。
    あと何作読めるのか、心細くも楽しみな今後である。

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    2025年06月11日
  • 夜と霧の誘拐

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    「哲学者の密室」からの続きといえば続きかもしれませんが、内容的には「哲学者の密室」を未読でもなんとか着いていけるとは思います。
    でも、読んでおいたほうが無難に楽しめるでしょうか。

    「夜と霧の誘拐」というタイトルから、フランクルの「夜と霧」がある程度のモチーフになっていると思ってましたが、直接的なモチーフとしては出てきませんでした。

    出てきませんでしたが、小説内で語られる事件の本質直観として「交換犯罪における」「二重化とずれ」とカケルが語ります。

    歴史修正主義の問題も小説内で重要なファクターのひとつとして出てきますので、その歴史の偽装行為を「歴史観の交換」と置き換えれば、それに伴う「二重化とずれ」が生じ小説内で起こる殺人事件に繋がっているとも言えなくもないでしょう。

    となれば、「夜と霧」の歴史修正→「夜と霧」の誘拐、という本小説のタイトルの含意に納得がいきます。

    最終章で語られる、イスラエル建国にまつわるシオニズム、唯一の被爆国を語る際の日本、それらが含んでいる欺瞞性の考察はなかなか読み応えがあります。
    ちょっと心配になるくらい攻めてるような感じです。

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    2025年05月20日