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ラルース家事件の傷心を癒しきれないナディアは、炎暑のパリで見えざる敵の銃弾を受けたカケルに同行し南仏地方を訪れる。風光を愛でる暇もなく、心惹かれる青年と過ごす夏期休暇は、ヨハネ黙示録を主題とした連続殺人の真相究明行へと一変する。二度殺された死体、見立て、古城の密室殺人、秘宝伝説、いわくある過去……絢爛に鏤められたモチーフの数々が異端カタリ派の聖地というカンヴァスに描き出されるとき、本格探偵小説の饗応は、時空を超えて読む者を陶酔の彼岸へ誘わずにはいない。口笛が〈大地の歌〉を奏で、二重底に隠された最後のからくりを闡明する瞬間まで、探偵の座を明け渡す矢吹駆。その真意はいずこに?/解説=奥泉 光
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矢吹駆シリーズ二作目。
一作目と全くの地続きながらも更に本格推理としての完成度が上がった二作目。黙示録とキリスト教異端派を主軸に展開されるプロットはまるでオカルトミステリーのようにも見えるが、情感豊かなパリジェンヌ・ナディアの語り口により、まるで南仏旅行記を読んでいるような気分になる。
哲学探偵矢吹駆の活躍は控えめだが、彼にとっての主題は思想闘争にあり、本作では実在の思想家シモーヌ・ヴェイユを模した人物との対峙にクライマックスが置かれている。その為に事件すら利用する暗躍ぶりは矢吹の探偵としての特異性を浮き彫りにているが、その神秘性や終盤のどんでん返しによって名探偵ぶりを披露してくれる。
Posted by ブクログ
夏のテーマといえば、『サマー・アポカリプス』訳すと『夏の黙示録』。
フランスは猛暑だった。ジリジリと暑いフランスの情景が述べられる。この表現がうまい。
それにしても、本書は難解である。フランスの翻訳本を読んでいるみたいだ。日本人が書いていると思えない。『ヨハネの黙示録』を読んでいないと、理解の半分もできないだろう。新約聖書は青年の時に読んだが、聖書とは無縁の生活を送っていた。笠井潔の知識量が半端でないことを知らしめる本だ。
事実とフィクションが入り混じって進行していく。
知らない言葉が、ゴツゴツと至る所にあり、それを調べて理解しながら進む。実に時間のかかる作業だ。矢吹駆の『バイバイエンジェル』『バラの女』は、読んで、そのパターンをある程度理解したと思ったが、この本には、歯が立たなかった。
矢吹駆は、大学生のナディア・モガール(彼女の父親は警部)と一緒にいるとこを、車から撃たれ、肩に傷を負う。矢吹駆は、異端カタリ派を調査している。カタリ派が異教なのか、異端なのかも問われる。異教はキリスト教とは違う宗教、異端とはキリスト教の中での派閥の違いだ。
矢吹駆は、「カタリ派の運動の中には、魔術と民衆叛乱の自生的な結合がある。正確に言えば、魔術ではなく秘教ということで、マニ教とグノーシス主義を通じて、カタリ派は古代の東方異教の流れを継承している」とナディアにいう。
カタリ派は、新約聖書のイエスの神は愛と救済の神で、旧約聖書の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神は妬みと憎しみに満ちた残酷な神としている。カタリ派は13世紀に滅びた。
カタリ派は、物質世界を「悪」と見なし、霊的浄化と禁欲を重んじた。これは、現代の物質主義や権力構造に対する根源的な否定として描かれる。モンセギュール城での集団火刑など、彼らの最期は「黙示録の四騎士」や「終末の予兆」と重ねられ、物語の殺人事件に絡んでいく。
カタリ派が残したとされる文書や象徴(十字、光、浄化)は、矢吹駆が追う謎の鍵となり、グノーシス的知の探究と結びつく。まぁ。こう書いていても、よくわからない。主流派は、豪華絢爛で、カタリ派は、清貧なイメージがある。この物語は、カタリ派の埋蔵宝物が、聖地モンセギュールに埋めてある。なんか日本で言えば徳川埋蔵金みたいなものだ。そのことが、書いてあるドア文書の一部を矢吹駆は探すのが物語の中心となる。
夏休みは、バルベス警部の故郷の村の近くに、カタリ派の聖地モンセギュールがあり、そこにいく。
ジゼール・ロシュフォールはナディアの友人で、モンセギュールにロシュフォールの山荘がある。そこに、歴史学者のシャルル・シルヴァンも滞在する。ロシュフォールは、原子力発電も行う大きな企業である。ロシュフォール家の長女ジゼールは、ナディアの友人だ。ジゼールの母親のジュヌヴィエーヴは、聖地の山から転落して死んでいる。ロシュフォールの下僕ジャン・ノディエが突き落として殺したと言われ、刑に服している。後妻にニコルという美女が収まっている。ジャン・ノディエは、いわくつきの男だ。重要な役割を果たす。彼は、刑を終えて、モンセギュール周辺を宝探ししている。
矢吹駆の追い求めている文書は、ドア書の削除された一部。コルベール家が持っていたドア書は、1732年にブルボン王家にわたり、ルイ14世がとった。そして、1789年のフランス大革命でブルボン王家が倒れると、フランス共和国のものとなった。そのドア文書の一部が盗まれている。それは、隠されたカタリ派の財宝のことが書かれていたのではないか?それは秘宝伝説もあり、カタリ派の秘宝の伝説が書かれていたかもしれないと推理する。
ロシュフォールは、原子力発電の建設を行なっていて、そこにロシュフォールの家には脅迫状がきていた。「財宝を狙うものには、カタリ派の呪いがかけられる。黙示録の怒りがその頭上に堕ちかかるだろう」という内容だった。
ヨハネの黙示録は、白馬、赤馬、黒馬、青馬と4騎士が現れる。それぞれ、弓矢、剣、天秤が使われる。その黙示録の物語に基づいて、4人の人物が殺されることになる。
ロシュフォールの山荘で、ドイツ人ワルターフェストが最初に殺される。そこには、ロシュフォール夫妻。その娘ジゼール、ジゼールの恋人で原子力研究者のジュリアン・リュミエール、その姉で、原発反対運動しているシモーヌ・リュミエール、カタリ派の大学の研究者シャルル・シルヴァン助教授、ポールソネ神父、そして、ナディアと矢吹駆がその場にいた。当初そのワルターフェストを殺したのが、ジャン・ノディエが犯人とされる。ところが、2番目にジャン・ノディエが首吊りして死んでいた。犯人は誰だということになる。相変わらず、ナディアのナレーションで事件が説明されていき、探偵の役割をする。
矢吹駆は、『バイバイエンジェル』でマチルド・デュラナンを死に追いやったことを苦しんでいた。自分は悪だと思っている。シモーヌ・リュミエールは、マチルドの知人だった。そこから、矢吹駆のことを聞いていたのだ。シモーヌ・リュミエールは、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユ、1909年生まれである。16歳で哲学のバカロレア(大学入学資格試験)に合格し、高等師範入学準備学級で、哲学者アランと出会い、影響を受ける。過激な赤い処女の煽動家として知られる。スペイン内戦にも関与する。彼女は拒食傾向にあり急性肺結核にかなり、体力がなく34歳で死んだ。死後『重力と恩寵』が発刊され、ベストセラーになった。この物語の真骨頂は、シモーヌと矢吹駆の激論だ。これは、笠井潔の自己問答に近い。
シモーヌ・リュミエールは、西欧秘教の理念に根ざしていて、カソリックの受洗は最後まで拒み通した。カタリ派に高い評価を与えていた。アナルコサンディカリストの戦闘的な革命家だった。第二次世界大戦下のフランスがナチス占領期において、対独抵抗闘争の前線に立った。ドイツと戦う中で「地獄の底」で悪と対峙した経験を持つ。彼女はこの経験をもとに、悪を悪として認識し、それを克服する唯一の道は善の観念に頼ることではなく、むしろ悪を悪としてそのまま受け入れることであると主張する。彼女は現世に存在する悪と向き合い、それを受容することによって神への愛、真の信仰に到達できると説く。この思想は、悪の絶対性と信仰における悪の受容を論じたものであり、そのモデルとして実在の哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想を参照している。
一方、矢吹駆は、シモーヌの主張を批判し、「人間的な思考を停止し、信仰という非論理的な概念に逃避している」と評価する。彼は、悪を単なる「悪」としてそのまま受け入れることは、思考を放棄することに等しいと考える。矢吹は、悪の根源を徹底的に現象学的に分析し、その構造を解明することによって、悪を超克しようと試みる。彼にとって、悪は絶対的な存在ではなく、分析と理解によりその実体を明らかにし、相対化可能な対象である。この二人の対立は、悪を信仰の対象として受容すべきか、それとも理性の力によって克服すべき対象とみなすかという、根本的な哲学的問題へと帰着する。
ドア書の一部は、いくつかの時代で、それぞれ重要な意味を持つ。
1209年に始まったアルビジョア十字軍の結果、カタリ派は異端とされた。モンセギュールがその中心だった。1233年にグレゴリウス3世によって、異端審問官を教皇が直接任命。強大な権力を発揮しカタリ派を弾圧。1252年教皇インノケンティウス4世が拷問を公認。拷問を武器にした異端狩り、魔女狩りは、その後4世紀間で述べ数百万人を虐殺した。鉄槌の異端審問官のサン・ジョルジュのインノケンティウス4世教皇庁あての書翰が、ドア書の一部らしい。そこにカタリ派の「悪魔の秘宝」が書かれていた。とにかく、徹底して拷問し、火刑にして殺した。サンジョルジュが亡くなったのが、サンセルナン寺院だった。その書翰が、サンセルナン寺院の床下に、700年にわたって秘蔵された。それにしても、宗教において、異端審問で虐殺するのは、なぜかおかしい。『チ。地球の運動について』で、異端審問ノヴァクの個人的な異端審問にしているが、実際はひどい異端審問だった。
その発見が、地元の研究家アンリ・ドゥルニュであり、神父が立ち会った。その時にナチスの親衛隊が二人いて、ドゥルニュが拘束された。書翰はその親衛隊のワルターフェストの手に渡った。ナチスだったワルターフェストは、第1番目の犠牲者だった。アンリ・ドゥルニュの息子が、大学の研究者シャルル・シルヴァン助教授であることが明らかになる。
ナチズムのことも詳しく書かれていて、シュタイナーがナチズムに反対し、そしてナチスは有機農業を推し進めた。「血と土(Blut und Boden)」は、ナチス・ドイツが掲げた民族主義的スローガンであり、人種的純血性(血)と祖国の土地(土)への結びつきを強調するイデオロギーを、進めた。その中心が、ハインリヒ・ヒムラーであり、ユダヤ人虐殺を推し進めた。
この事件を通じて、矢吹駆を狙っているのは、悪霊、死神と呼ばれるニコライイリイチであることが、見えてくる。ただ、まだその正体はよく分からない。
結局、カタリ派の財宝は、分からずじまいで、ロシュフォール夫妻が亡くなり、ジゼール・ロシュフォールと結婚した原子力研究者のジュリアン・リュミエールが、ロシュフォール企業の代表となり、原発を推し進めるのだった。いやはや、すごい物語だった。フランス思想史が、少しづつ理解できるようになった。
Posted by ブクログ
前作「バイバイ、エンジェル」は薀蓄が哲学的で非常に難解でしたが、本作は前作ほどではなく、且つ情景描写が多くなっているので、若干取っ付き易くなっていると思います。確かにカケルと女教師シモーヌの思想対決は骨が折れますが、物語の本筋と密接に絡んでいるので不思議と引き込まれます。
ストーリーは、ヨハネ黙示録の見立て殺人、二度殺される死体、密室殺人、アリバイ崩し、キリスト教異端カタリ派の秘宝伝説など、これでもかと言うくらい本格ガジェットのが詰め込まれています。トリックはそれほど凝ったものではありませんが巧さを感じますし、見立てた理由も納得のいくものになっています。途中で語り手のナディアとバルベス警部の推理が披露され二転三転して行く展開もスリリングで秀逸。オールタイムベストに名を連ねるのも頷ける超大作です。
Posted by ブクログ
再読。
ミステリとして矢吹駆シリーズは別格レベル。本作を再読してもその思いは変わらず。
しかし今回は、以前気づけなかった重大なシーンを発見した。
『くしゃくしゃの髪を片手の指で整えながら狭い階段を家の戸口まで駆け降りたわたしに、自転車を横に立てたカケルがおもむろにこういう。
「僕も行こう。シモーヌ・リュミエールに話があるんだ」
ゆっくりと走り出した自転車の後ろに、わたしは駆け寄りざま跳び乗った。
「速くね、カケル」』
カケルゥゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!!!!!!
何してんのカケル!と思わず悶えるこの場面。
本質直感も吹っ飛ぶこの衝撃。
カケルが自転車に乗ってる!!! しかもなぜか妙にスタイリッシュ!!!
イメージ的に全然自転車似合わないキャラしてるのに(笑)
自転車を横に、「おもむろ」に「僕も行こう」と言うカケルの姿がツボにはまってヒドイ。
颯爽と乗り込み、無表情で勢いよく自転車をこぐカケル……想像しても……なにこの画?(笑)
その上、ナディアが後ろの二人乗り。
『危うく振り落とされそうになって、わたしは全力でカケルの背にしがみつかなければならなかった』
カケルの背にぎゅっとしがみつくナディアさん。
矢吹駆シリーズにまさかの素敵シチュエーションがここに。
カケルとナディアの名場面として、ここは自分の脳裏に深く刻み込まれた。
(ナディアは『バイバイ、エンジェル』だと「なにこいつ?」と苦手なタイプだったけど、『オイディプス症候群』で一気に好きに)
再読すると発見があるもの。
Posted by ブクログ
矢吹駆シリーズ二作目。本格的な探偵小説とそれへのメタ的視点、思想や哲学を一緒にやったのがこのシリーズの特徴だが、今回はカタリ派の財宝やらナチズムの影やらヨーロッパの魔術史やら歴史、伝奇オカルトまで一緒にやろうとした感じすらある。ものすごいペダントリーと蘊蓄である
事件も二回殺された死体や密室の首吊りと本格的で、しかも黙示録に見立ててあるから怪しげな雰囲気は満点。好きな人は一気にはまる大作だろう
今回は矢吹駆があんまり探偵してなくて(ただし、詳しく言えないが後半どんでん返しあり)、純粋にシモーヌ・ヴェイユ神学との対決をしてる印象。しかし今回の矢吹はウザい(笑)!オレが哲学の教師だったらこういう考え方の生徒はぶん殴りたくなる。だけに今回の結末はなんか納得
矢吹のナルシシズムが軽く揺さぶられるのもオレ的にポイント高いが、今回は事件の流れと思想的対決を、ちゃんと小説として密接に絡ませたのがポイント高いなあ。初期の矢吹駆じゃ一番面白いかもしれん。そして浮かび上がる真の悪役、ニコライ・イリイチ。彼との対決は、いよいよ初期三部作のラスト、薔薇の女へ持ち越しか?次回はバタイユ思想と対決するようだ
Posted by ブクログ
凶弾に襲われたカケルを気遣い、南仏へ同行したナディアだったが、二人の目の前でヨハネ黙示録に見立てた殺人事件が発生する。中世異端カタリ派の聖地を舞台にした事件は、連続殺人の様相を呈するが・・・。
二度殺された死体、見立て殺人、古城の密室、秘宝伝説、意匠溢れる本格推理小説の傑作。
とにかく重厚。濃密な思想世界。前作は矢吹駆のペダンチックなキャラクタとか哲学思想に頭がひたすらクラクラしましたが、今作はそれに加えてキリスト教と本格推理小説と相変わらずの現象学と・・・おなかいっぱいというか頭がいっぱいすぐる(^q^)
また哲学や宗教の蘊蓄を延々語るんじゃないだろうな・・・と身構えていたら、上記の紹介文のようにしっかり本格しててビックリ。このページ数にこれだけの内容を凝縮した笠井潔・・・脱帽。
相変わらず矢吹駆は主人公らしからぬニヒルなヤツ^^ですが、どこか惹きつけられてしまう危うい魅力がありますね〜。ナディアの気持ちが分らなくもない^^
哲学・思想・宗教に興味のある読書好きな方は楽しめるはず。
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