笠井潔のレビュー一覧

  • 煉獄の時

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    ネタバレ

    やっと読み終わった…。一カ月かかりました。

     フランスにおける第二次世界大戦前夜、戦中、戦後の政治史だけでなく、文化史、思想史、社会情勢を詰め込んだかのような小説でした。

     革命、テロル、抵抗運動、レジスタンス、の意味や意義を作者なりに(バイバイ・エンジェルを素に)再検証しているようでもあり、ナチスのホロコーストを(サマー・アポカリプスや哲学者の密室、薔薇の女を基に)再批判しているようでもあります。

     イヴォン(第一作)、リュミエール(第二作)、ルノワール(第三作)、ハルバッハ(第四作)、タジール(第五作)、アスタルテ(第六作)、クレール(本作)など過去のシリーズの登場人物たちがある者は主要キャラとして、ある者はチョイ役として登場します。
     (バタイユ、ヴェイユ、ハイデガー、サルトル、ボーヴォワール、岡本太郎などが小説の中でモデルとして登場しています)

    ナチズムは政治結社ではなくて宗教結社であった。
    であるならば、政治的な対応ではなくて、宗教的な対応でなければ抵抗し得ない。イギリスとフランスは政治的に対応してしまったからナチズムの拡大を許してしまったのか?
    いや、おそらく近代の歪みが極めて極端な形で露見してしまったのだろう。ドイツも日本も。
    「剥奪」は近代の負の産物なのかもしれません。


    以下、自分用

    p225 戦争に巻きこまれた革命は民衆の自己権力を党派の独裁が駆逐していくことで変容する。中略 革命の戦争化は民衆的な開放性を暴力と報復の陰湿な論理で必然的に冒していく。戦争の論理に蝕まれた革命は精神的にも制度的にも、革命の反対物へと必然的に変質していく。
    p260 「全体主義でない革命は敗北する」

    p321 二十世紀の破壊的な新型戦争のために、前世紀の文化や芸術や精神は土台から崩れ落ちた。形骸化した近代芸術を破壊するダダイスムやシュルレアリスムの運動もそこから必然的に生じた。
    p383 二十世紀人は前世紀のロマン主義者のように上方にではなく下方に向けて超越しなければならない。清澄な天上ではなく腐敗と汚濁が渦巻く地底へと。

    p482 どのような理由があろうと、怒りに駆られた被害者が適正である以上の暴力を奮うことは許されない。中略  力が暴力化しないための自他にわたる抑制が必要だし、暴力が行使された場合には不均衡の再均衡化が、すなわち適切な報復がなさなければならない。しかも報復は被害者の権利でもあり義務でもある。報復は自身で行う義務が課せられていて、他者を代行させてはならない。

    p573 戦後一貫して政権を掌握し続けてきた日本の議会内保守勢力は、中略 経済的には資本主義を肯定し、外交的には反共親米、理念的には自由民主主義を揚げているが、中略 日本の保守勢力は戦前の日本帝国を理念的には肯定しながら、アメリカの属国である現実に疑問を持たないという欺瞞的な二重性がある。
    p581 敗戦国に敗戦という精神的な傷が残ります。敗戦を終戦と言い換えることで歴史の切断を回避した日本人は、その自己欺瞞に呪われ続けます。

    p742 私の身体は物質的構造として半ばモノにすぎないが、しかし私という生きられる主観は私の身体なしに存在することができない。自己存在を可能ならしめる特権性を帯びた場という点で、身体はモノ一般には還元されてない。たとえ一部であろうと自己身体の消失とは、先取りされた自己存在の消失、人間的可能性としての消失の体験に他ならない。
    p747 消失に怯え、消失を恐れ、消失から逃れようとしてそれを剥奪、強奪に置き換えるナチズムと、それに連なる巨大暴力。自己存在の消失可能性を先取り的に生きることは、こうした暴力への根源的な抵抗に他なりません。
    中略 ユダヤ人が消えたから私は消えない、消えなくてもすむという態度は、頽落の延長線上に生じる。
    p773 所有と剥奪の論理が極限に達した時代が近代だ。そして二十世紀、消失を否定する剥奪の原理が全面化し世界を支配しはじめてホロコーストが現実化する。

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    2025年03月23日
  • 3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs

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    はじめに 野間さん
    フェラ・クティ MOP
    Movement of the People
    70年代ブラックアフリカ
    80年代末の東欧
    21世紀のアラブの春2010アラブ世界
    と歴史的連続性の上にある3.11後の叛乱
    中核をなすのは民衆の運動Movement of the People

    1章 笠井さん
    反原連 しばき隊 SEALDs
    社民共産系旧左翼と無党派市民団体による総掛かり行動実行委員会
    反原発・反排外主義・反安倍


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    2025年07月28日
  • 哲学者の密室

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    本の厚さに流石に怯みましたが、読み始めると止まらない。哲学談義も密室トリックの謎も展開される推理も面白く、あれこれ考えているうちにいきなり場面は第二次大戦末期の…。そして第2の密室殺人。ドイツ第3帝国や強制収容所についてどれほど無知だったか思い知らされるうちに少しずつ本のタイトルの理由がわかり始めます。これは単なる推理小説では無いのでは?密室殺人とは、死の意味とは。最終章まで本当に目が離せない小説でした。その後読んだ他の推理小説がもの足りなくて困りました。読書大好きさんにはお勧めの本です!

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    2023年08月02日
  • 煉獄の時

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    幼少時の全能感を段階的に去勢していくことで
    人間は社会性を身につけていく
    というのが、精神分析の考え方であるが
    人間の考えなんてのはだいたい逆説から逃れられないもんで
    徹底した去勢こそ、未だ見ぬ新人類への道だという
    そういう発想も出てきてしまうわけなんだ
    その背景には、新しい神と古代の神の対立の図式がある
    つまり、割礼を要求する新しい神と
    生贄を要求する古代の神の対立である
    してみると、ニーチェの言った超人というのは
    むしろ近代から中世をすっとばして
    一気に古代へと逆行する存在なのかもしれない
    これは古代神が仕掛けた時限式の陰謀だ
    ギリシア悲劇というのも要するに
    間をつなぐための生贄の代替物であったような気がする

    しかしながら、もはや神は死んだと言われる時代に
    生贄を捧げる相手はいない
    だから現代のそれは単に相対化されて
    切り捨てられ、忘れさられる存在にすぎなかった
    超人への道とは、かように非人間的なもので
    かつて神に抗ったタイプの人々が
    いまやふたたび神を見出そうとするのも無理のない話だった
    矢吹駆の宿敵とされるニコライ・イリイチ・モルチャノフなどは
    聖書に書き加えられることのない最後の預言者を
    目指しているのかもしれない
    それは仏教的な「消滅」という観念の簒奪・剥奪でもあろう

    タイトルにある「煉獄」とは
    「哲学者の密室」に書かれたコフカ収容所での出来事を指し
    その他、過去の事件関係者が深く絡んでくる作品でもあるため
    シリーズ未読者にはあまりオススメできない
    クレールとサルトルがよく似た別人であることは
    「バイバイ、エンジェル」を読むとわかる

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    2023年06月15日
  • 煉獄の時

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    シリーズ作品なので、ここから読む方は少ないかもしれないが、読めないことはないかもと思われる作品。しかしすごい長さと登場人物達の思考、語りがなかなか専門分野で繰り出されるので、読み終わったとき謎の達成感を得られる。人は生まれる国を選べないけれど、その土地に染みついた血や歴史の影響を少なからず受けるところはあるのかもと考えさせられた。世界史の勉強を改めてしたくなった。

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    2022年11月23日
  • 煉獄の時

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    ー 下からの集産化革命のために闘って斃れるなら本望だが、その可能性は当面のところ失われた。 全体主義でない革命は必然的に敗北するという、二十世紀革命の現実性を背負ったルヴェールの断定をどのように覆すことができるのか。

    闘うための旗を奪われた青年であろうと、切迫した戦争からは逃れられないし逃れるつもりもない。しかし革命の旗が存在しないとしたらどうすればいい。この戦争を前に取りうる立場は三つしかない。 第三共和政のブルジョワ秩序を守るために戦うのか、ファシズムの側で戦うのか、ボリシェヴィズムの側で戦うのか。

    フランス人の大半は第一を、親ドイツ派のフランス右翼の一部は第二を、コミュニストは第三を選ぶだろう。スペインの集産化革命を支持しアナキストの側で戦ったイヴォンには、ファシストやコミュニストと手を組むことなど考えられない。残るのは第一の選択だが、資本主義と植民地主義の血にまみれたフランス第三共和政が、ソ連やナチスドイツの抑圧体制と比較して悪の程度が少ないとはいえない。三者ともに打倒の対象であることに変わりはない。p402 ー

    ー 一連の出来事を全体として捉えるなら支点的現象は〈消失〉、しかも二十世紀的に条件づけられたそれだと、事件の真相が解明されたあとでカケルは語った。 二十世紀的な消失の原理は、世界を覆う剥奪の原理に対峙することを宿命づけられている。

    事物は移動したり形態を変えることはできても消滅しない、消滅できない。人間という特異な存在者のみが消えうる。消失可能性こそが人間存在を定義する。意識は指向性だとか、現存在は存在を開示するとか、対自存在とは脱自で無で自由だとか、現象学者たちはそれぞれの仕方で人間を捉えようとしてきた。 主観、意識、自我、あるいは現存在、実存などさまざまに概念化されてきた人間存在だが、それを消えうること、消失可能性から定義する視点は独特だ。p772 ー

    上下2段組みで800ページ、長い…。

    真ん中の300ページのほとんどが第二次世界大戦史ヨーロッパ編とホロコーストとほんの僅かの連続首無し死体遺棄事件。

    現代の事件との繋がりを紐解いていく考察の長さはまさに哲学級。

    盗難された手紙は“消えた”のか“奪われた”のか。
    首無し死体の頭部は“消えた”のか“奪われた”のか、それとも首無し死体が必要なので頭部は“遺棄された”のか。
    支点的現象の本質を捉えると必然的に事件が解決出来る名探偵カケルの現象学的推理は相変わらず難解。

    本作のメインテーマは〈死〉と〈生〉を巡る〈消失〉と〈回復〉の物語なんだろう。
    ただし、本質的な死の先には生はないのと同様に、本質的な消失の先には回復はない。回復があるのは、消失が“可能性としての消失”である限りなので、そういう意味で、ホロコーストの先、第二次世界大戦の先、を遠回しに問うている作品。

    とは言え、”洪水のあとに残った東側の収容所国家と西側の福祉国家は、いわば陰惨な暗黒の地獄と凡庸で明るい地獄が無限抱擁する息苦しい世界”であったとしても、戦後のその先の現代社会はそこまで単純化できない新世界となってしまっている。この新世界の基軸がぼやけてしまっている今、私たちはどんな世界にいて、誰と闘うべきなのか分からないでいる。
    遅れて生まれてきてしまった私は、誰と闘うべきなのか分からないまま40年を過ごしてしまった。
    『嘔吐』『存在と無』『想像力の問題』『自由への道』『呪われた部分』『内的体験』『言葉と物』『狂気の歴史』『監獄の誕生』と高校生から大学生と読んできても、結局は行動せずに漠然と過ごしてしまい、そのまま今に至る。

    まっ、結局、闘う相手は見つからなくて、革命闘士にはなれないけれども、笠井潔先生の『煉獄の時』を読めて良かった。
    伏線を最後に回収しまくる、という点では、本当に素晴らしいミステリーだった。
    早く続編も出版してくれ。

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    2022年11月17日
  • 煉獄の時

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    ネタバレ

    思想面について語る知識も言葉を持たないので過去編の構造についてだけ。









    作中ではリヴィエール教授がイヴォンのことを話すという体で過去編が始まるが、この過去編はイヴォンを視点人物として構成されている。
    わざわざ教授がイヴォンになりきって話すというようなことをするとは考えられない。
    つまり、ここでナディアたちがリヴィエール教授から聞いた話と過去編とでは、厳密に考えれば別物の話の可能性が出てきてしまう。
    ナディアの思考や作中の会話により、過去編の語りの重要なポイントは読者が読んだ過去編と照らし合わせて了解できるようにはなっているが、イヴォンの心情は確実に教授の話では語られない(あってもイヴォンの思いを又聞きで話すぐらい)

    この謎は作中の終盤にナディアが今回の話を小説とするときに、過去編を間に挟むことが示唆されることで解消される。
    タイトルは違うかも知れないが、『煉獄の時』という、後にナディアが書いた作品の、ナディアが書いた過去編だからこそ、イヴォン視点で心情まで含めて描かれている。
    この場合であれば現代と過去編はナディアという同一作者によるものであり、教授の語りと過去編は同じものなのだと理解できる。

    けれどもここで物語の信頼性という面で逆転が発生してしまう。
    過去編がナディアが書いたものではなく、それ自体が神の視点で描かれた物語ならば、読者はそこに描かれた心情も(作品世界において)確かなものとすることができる。
    一方でこの過去編がナディアが書いたものだとするならば、イヴォンの心情や細かい描写の数々はナディアという書き手のフィルターを通して推測・想像されたものということになり、それらが実際に正しいものだったのか信じることが出来なくなってしまう。

    神の視点で描かれている場合はナディアたちが聞いた内容と読者が知っている情報に乖離が生じ、ナディアの書いたものであればイヴォンという人物の物語が本当なのか確実性が失われる。


    悩ましい話。
    ただこれはミステリでワトソン役が後に小説として書くというよくある形式の根底に常に存在する話だし珍しくもない話ではある。
    それが今作で強く意識されてしまったのは、結局のところ教授の語りとして始まったのに、いきなりイヴォンの視点で過去編が始まったという部分が印象に残ったせいかな。
    (『哲学者の密室』はどうだったっけ?)

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    2022年10月09日
  • バイバイ、エンジェル

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    思った程難しくなかったよ。
    作者がワザと難しい言い回しをしている所はあったけど、直後に説明してるし。
    哲学を学んでからミステリーを読む人はいない。けど哲学を学んでいたらより深くこの作品を楽しめる事は確かだと思う。

    あと、久しぶりに事件を解決する気の無い探偵役の作品を読みました。

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    2022年01月03日
  • バイバイ、エンジェル

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    舞台はパリのヴィクトル・ユゴー街。発生した連続殺人事件の謎を、現象学を駆使する日本人探偵・矢吹駆(以下カケル)が解き明かすというもの。この探偵、他の推理小説に登場する名探偵たちとはその推理手法が大きく異なっている。
    カケルは「観察と推論と実験」を通じて真実へたどりつくという、一般的に用いられる推理手法に対し疑問を投げかける。「推論」は唯一の論理的筋道をたどっているというわけではない。なぜならその推論と論理的には同等の権利を持つ、他の無数の解釈が存在しうるからだ。そして仮に仮説に基づく推論の正しさを、実験的に証明できたとしても、なぜ探偵は無数の解釈の中から、その正しい推論に達することができたのだろうかという疑問は、依然として残る(その仮説が相対的に論理的妥当性が高かったから、という反論は当然失当である)。
    カケルの答えは、探偵は推論をするまでもなく、最初から真実を知っていたのだ、というものである。それは「本質直観」によってである。よくわからない。カケルはさらに続ける。「正しい直観が与えられているからこそ、無数にありうる論理的な解釈の迷路を辿って真実に到達できるということに目を閉じたとき、一方では観察、推論、実験がそれ自体で真理への道であるというような自己欺瞞の精神が生まれ、他方その対極に、直感をなにか非合理で神秘的なものであるという発想が固定化される」。まだよくわからない。ただシャーロックホームズの推理手法についても、過去に似たような解説を読んだことを思い出した。ホームズは演繹的に推論を積み重ねていって真実にたどり着くわけではなく、まず直感的に真実にたどり着き、後からその真実に沿うように、帰納的に仮説を組み込んでいっているのだ、という内容だったように記憶している。となると、ホームズも一種の「本質直観」を用いていたということかな。
    カケルは「本質直観」について、誰でもほとんど無自覚のうちに日常的に働かせている、対象を認識するための機構だとし、円の概念を用いてさらに説明を加える。曰く、我々は誰でも円の概念を持っており、ある対象が円いかどうか判別することができる。しかしこれは奇妙なことである。円の概念を円周率で定義することはできるにしても、我々はこの世界にあるすべての円形の物体の円周率を計算してから円の概念、つまり円の本質を知ったわけではない。むしろ精密に測れば測るほど、純粋な円など存在しないことに気づかされるだろう。つまり円の本質にはどうやってもたどり着くことはできない。しかし我々は明らかに「円いもの」と「円くないもの」を判別することができる。つまり誰もが円の本質を知っている。それはなぜか?
    現象学者が出した答えは以下のようなものである。我々はなにか円いものを見たとき、その一つの見本に「円なるもの」一般の一つの原型という性格を持たせる。そして次に、その「円なるもの」を、自身の想像の中で無限に多様な無数の形に変容させる。この想像の中で行われる変容作用により、円の本質が直感されるようになるという。例えば円い太陽、円い時計、、というふうに考えていき、どこかの段階で円い歯車と考えたとき、我々は想像の中からこの像を撤回しなければならないと感じる。歯車には歯が刻まれおり、円い歯車という想像を不可能にしてしまうからである。このように想像の中の無数の変容作用を繰り返した結果、「円いもの」「円くないもの」を判別しうる一般的な基準、つまりは円の本質に達することになる。
    わかったようなわからんような、「経験的に分かる」というのが、どういう思考経路を経ているかについて、説明を加えた一つの解釈だという風に理解する。
    そんなこんなで物語は進み、事件が起こる。本作のワトソン役でもあるナディア・モガールが、事件の謎は解明できたと、その推理を披露する。その推理に論理的な瑕疵はなく、一見正しい答えであるかのように思えたが、カケルは一笑に付す。ナディアの推理は、まさに小説における探偵の手法と同様のものであったからである。カケルは、本来無限の意味を込めている事物が、ただ一つの意味にだけ固定され扱われることを「意味沈殿」であると前置きしたうえで、ナディアの推理はこの「意味沈殿」に陥ったドクサさであると突き放す。日常生活者の知恵は、たとえ一面的であっても、生活世界の現実に根差した根拠を持っているのに対し、ナディアが陥っているドクサはより恣意的で薄弱なものであり、それは現実的でないが故に、その表面的な論理整合性にも関わらず、真の意味で理性的ではないというのだ。とんでもないことを言うやつである。そりゃあナディアも大激怒するわ、、、しかしその後の展開でナディアの推理は誤っていたことが判明し、結局はカケルが事件を解決することになる。
    犯人は過激な革命グループの手によって行われていた。首謀者は、真の革命は核戦争によって世界が滅ぶことによって完成するとのたまう、スーパークレイジー野郎だった。めちゃくちゃな論理だと思うが、作者の笠井潔からすれば、自身もイデオローグとして携わった学生運動が、凄惨な内ゲバを経て、あさま山荘事件にまで発展してしまったという状況を目の当たりにしており、まさに自分自身が直面した、革命が孕んだ本質的な矛盾を表しているのかもしれない。その首謀者に対するカケルの反論も明るい、希望に満ちたものではない。資本主義でも社会主義でもない細く狭い道を、ニヒリズムに毒されることなく、進んでいくしか道は無いということか。なんとも困難な道であろうか。

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    2021年01月03日
  • サマー・アポカリプス

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    矢吹駆シリーズ、2作目。

    カタリ派の秘宝云々の辺りは二階堂黎人のようなケレン味オカルト話かと思わせられたが、それらはもっと壮大なスケールの哲学論争に包絡される。
    トリックの必然性、重厚な謎解き、それらもまた大流の一要素に過ぎない。

    (未発表作も含め)あと8作もこのシリーズの作品が残されてるなんて!素晴らしい。

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    2019年05月29日
  • バイバイ、エンジェル

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    憂鬱なパリの冬空の下に流される緋い鮮血。
    本格ミステリの様式を以って幕を開け、全ての現象はある人物の極めて悪魔的な企みに美しく帰結する。

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    2019年05月16日
  • バイバイ、エンジェル

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    殺人に手を染めるほどの思想的根拠を持たない一般市民に
    それを行わせるのは何だろうか
    軽薄な実存主義ではけして言い表せないほどの正義の重みだろうか
    いや違う
    正義によって糾弾される罪の意識が肝要なのだ
    みんな戦ってる
    おまえは戦わないのか?
    そういう類のやつだ
    しかしそんなものを真に受けたのだとしても
    いまここにある平和を偽りと断じ、ぶち壊しにかかる権利は誰にもない
    それはエゴである
    平和の裏には虐げられてる人がいて
    自分にはそういう権利があると考えてしまいがちだが
    それもエゴである
    まあエゴはエゴでいいんだけどね
    そんなものと革命の理想を一緒にするのは冒涜的でゆるせん
    矢吹駆はそういうやつ

    0
    2017年10月04日
  • サマー・アポカリプス

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    前作「バイバイ、エンジェル」は薀蓄が哲学的で非常に難解でしたが、本作は前作ほどではなく、且つ情景描写が多くなっているので、若干取っ付き易くなっていると思います。確かにカケルと女教師シモーヌの思想対決は骨が折れますが、物語の本筋と密接に絡んでいるので不思議と引き込まれます。
    ストーリーは、ヨハネ黙示録の見立て殺人、二度殺される死体、密室殺人、アリバイ崩し、キリスト教異端カタリ派の秘宝伝説など、これでもかと言うくらい本格ガジェットのが詰め込まれています。トリックはそれほど凝ったものではありませんが巧さを感じますし、見立てた理由も納得のいくものになっています。途中で語り手のナディアとバルベス警部の推理が披露され二転三転して行く展開もスリリングで秀逸。オールタイムベストに名を連ねるのも頷ける超大作です。

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    2016年01月31日
  • 三匹の猿 私立探偵飛鳥井の事件簿

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    『家庭内離婚という奇妙な言葉が、日本を離れているあいだに流行しはじめたようだ。夫婦関係も親子関係も空洞化の極点に達しているのに、なぜか物理的には崩壊することがない。夫と妻、親と子を、なにが、それほどまで執拗に結びつけているのか。

    日本人の誰もが、こうした不可解さに胸を逆撫でされ、事件関係の報道に目を通してきたに違いない。アメリカ社会は歴然として病んでいるが、日本社会は見えない部分で、さらにグロテスクに病んでいる。平穏な家庭風景の背後に隠された、異様きわまりない人間関係の病理。』

    20年前の作品だけど、素晴らしい。
    お得意の社会派推理小説。それにしても、笠井さんは全共闘にこだわるなぁ〜。

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    2015年12月05日
  • バイバイ、エンジェル

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    ネタバレ

    パリで起こる首切り死体から始まった連続殺人事件の謎を解明する話。
    謎解きの肝は最後に記すとして、ラストの犯人と探偵役矢吹駆のやりとりが圧巻!
    するとこなんだが何を言ってるのかついていけない。人間の死に関する自論展開になっている。

    犯人たちが最後死ぬことになったのはやるせない。矢吹駆は犯人たちをそこまで追い込むやり方をとるのは賛同できないが、彼ならやってもおかしくないと思わせるだけの説明は作中されている。そこらへんは上手い。

    以下メモ代わり
    謎解きの肝となった何故死体の首が切られたか。死体が化粧をしていなかったことをばれないようにするため。
    アリバイ作りのために犯人は被害者が化粧をし終わった時間に部屋を訪れたのに、前日飲んだ睡眠薬のせいで被害者はまだ化粧をしていなかった。仕方なく犯人は被害者の首を切り取って外出する準備が終わった形を装った。また犯人は男であったためハンドバックの準備まで思考が至らなかったのも味噌。

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    2015年05月20日
  • バイバイ、エンジェル

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    ネタバレ

    矢吹駆の凄まじいイケメン描写に圧倒され、しばらく読まないだろうと思っていたが、思いきって読むことにした。

    やけに小難しく、かなり衒学的な小説だが、読んでみると意外と納得できる部分もある。

    追記:犯人やあの人物の正体は、はじめからかなりヒントが出ていたので予想通りだった(特に黒幕はタイトルだけでわかるかも…)。動機はほとんど推理不可能なものだったが。

    最後の黒幕との舌戦?や、たまに入る蘊蓄がいかにも文系という感じで笑えるくらいだったが、舞台が外国であることや、矢吹駆が日本語ではない言葉を話しているということでまぁ納得できる。

    ナディアが推理を披露して玉砕する点や、殺人の動機が思いもよらないものだった点から、アンチミステリー的な雰囲気を感じた。小説の探偵が語る推理は、本当に正解かどうかなんて誰にもわからないというような。

    それにしても、ナディアは今まで私が読んだ小説の中には出てこない強烈なタイプの女の子だった。

    思想モデル:永田洋子、マルクス

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    2015年03月20日
  • サマー・アポカリプス

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    再読。
    ミステリとして矢吹駆シリーズは別格レベル。本作を再読してもその思いは変わらず。

    しかし今回は、以前気づけなかった重大なシーンを発見した。


    『くしゃくしゃの髪を片手の指で整えながら狭い階段を家の戸口まで駆け降りたわたしに、自転車を横に立てたカケルがおもむろにこういう。
    「僕も行こう。シモーヌ・リュミエールに話があるんだ」
     ゆっくりと走り出した自転車の後ろに、わたしは駆け寄りざま跳び乗った。
    「速くね、カケル」』

    カケルゥゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!!!!!!

    何してんのカケル!と思わず悶えるこの場面。
    本質直感も吹っ飛ぶこの衝撃。
    カケルが自転車に乗ってる!!! しかもなぜか妙にスタイリッシュ!!!
    イメージ的に全然自転車似合わないキャラしてるのに(笑) 
    自転車を横に、「おもむろ」に「僕も行こう」と言うカケルの姿がツボにはまってヒドイ。
    颯爽と乗り込み、無表情で勢いよく自転車をこぐカケル……想像しても……なにこの画?(笑)
    その上、ナディアが後ろの二人乗り。

    『危うく振り落とされそうになって、わたしは全力でカケルの背にしがみつかなければならなかった』

    カケルの背にぎゅっとしがみつくナディアさん。
    矢吹駆シリーズにまさかの素敵シチュエーションがここに。

    カケルとナディアの名場面として、ここは自分の脳裏に深く刻み込まれた。
    (ナディアは『バイバイ、エンジェル』だと「なにこいつ?」と苦手なタイプだったけど、『オイディプス症候群』で一気に好きに)

    再読すると発見があるもの。

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    2013年07月17日
  • 薔薇の女

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    笠井潔さんの矢吹駆シリーズ、第3作。
    火曜日の夜に起こる、若い女性の連続殺人事件におなじみの矢吹駆とナディアが挑みます。

    笠井さんの作品の特徴には、哲学やら現代思想について、登場人物同士て対話したり議論したりするのが多いんだけど、難しくってついていけてない部分がある。
    ちょっと残念。頑張って勉強しなきゃなぁ。

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    2013年04月27日
  • 哲学者の密室

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    よくできたフィギュアをおまけにした本やら菓子やらが大人を対象にして売れているという記事を最近新聞で目にした。「付加価値」というやつだろう。ただの本や菓子には食傷気味の消費者であっても目先を変えることで、もう一度購買意欲を喚起することができる。笠井潔の「矢吹駆」シリーズには、おまけ付き菓子を思い出させるところがあると言ったら作者は気を悪くするだろうか。

    新作『オイディプス症候群』が出たのに合わせたのかどうか、十年前に出た旧作の『哲学者の密室』が文庫版で再版された。まず新作を、その後旧作を読んだのだが、読後の印象としては、旧作『哲学者の密室』の方が印象が深い。おまけについているのは、新作の方が、ミッシェル・フーコー、旧作の方がマルティン・ハイデッガーである。どちらにしても思想家としては魅力的な対象であることはまちがいない。

    笠井潔は中学生の頃からドストエフスキイの『悪霊』のような小説を書きたいと思っていたという。バフチンの指摘を待つまでもなく、ドストエフスキイの魅力は、登場人物間のポリフォニックな観念的な対話にある。矢吹駆連作で、笠井がやろうとしているのは、探偵小説という意匠を纏うことで可能になる現存する思想家たちとの仮想的な対話を通して、自分の抱いている観念を明らかにしようとする目論見でもあろうか。

    かといって、探偵小説の方がおざなりになっている訳ではない。本格探偵小説の枠組みに則った上で、矢吹駆の言う「現象学的本質の直観」による謎の解決が図られるという点では、ミステリの常道を行くものである。本作では現代のパリに起きた密室殺人事件と三十年前、ナチス収容所内に起こった密室殺人事件の謎を解くという離れ業をやってのける矢吹駆はまちがいなく現代の名探偵の一人といえるだろう。

    であるにせよ、笠井を読む魅力は、彼の原点とも言える連合赤軍に代表される左翼活動家であったことへのこだわりに発する問題意識が現代を代表する思想家達の思想との対決の中で、どのような論理を展開するのかというところにあると言ってもいいだろう。ニューアカデミズムと呼ばれる一群の若手言説家達の戯れるような軽さとは対称的に、愚直なまでに自己の問題にこだわりづける笠井の〈あり方〉には、ある種の共感を覚えずにはいられない。

    作中でハイデッガーに擬せられた哲学者ハルバッハの「死の哲学」とは、日常性に埋没し、本来的な生を見失った結果頽落的な毎日を生きる「ひと」を批判し、「死」の側から現在の生をとらえ直すことで本来的な生き方を可能にさせるという考え方である。矢吹は、その考えを疑う。「死」を瞬間ととらえるのははたして真かどうか。死が、始めも終わりもない曖昧な過程だとしたら。無名の大量死の死者や収容所の生を受け容れざるを得なかった人々の生を彼は思う。

    生きるということにどんな意味があるのか。若い頃なら誰もが一度は考える。しかし、日々の生活に紛れる裡に誰もがそんなことを考えたことさえ忘れてしまう。ひとは大震災のような大量死をもたらす災害や9.11のようなテロに遭遇したとき、はじめて本来的な生の相貌を垣間見るのだ。頽落的な日常に苛立つ人々がいる。有事法制もまた「死」の側から今の生を見直せと迫る「死の哲学」との類縁性を持っている。しかし、本当は駆の言葉通り「頽落した日常的な生のなかに死は、濃密に浸透している」のではないだろうか。我々は日々死につつある。そのことに目を瞑るのでなく、頽落的な日常の底に澱のように沈む死に目を向けることを忘れてはなるまい。

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    2013年03月11日
  • サマー・アポカリプス

    Posted by ブクログ

    矢吹駆シリーズ2作目。

    歴史とかいろいろからんでて、いやー、読み応えバッチリ。
    でも、ナディアのバルベス警部に対する態度かなんかちょっとなぁ。かなりひどい事、言っているのが何だかなぁって思った。

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    2013年03月02日