渡邉義浩のレビュー一覧
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ネタバレ「本書が扱うものは、『論語』の形成過程と、朱熹の『論語集注』が成立までの解釈史である」と「はじめに」で書かれているように、本書の前半3章は「論語」が現在の内容に固まるまでの推移について、後半3章は内容が固定された「論語」の解釈論の変化について著述されている。
他の(宗教的)古典でも同様だが、古典的書物に書かれた内容全てが名目上の著者が書いた/発言した内容であるとは限らない。「論語」の場合は、司馬遷の居た紀元前1世紀ごろには、魯論と斉論そして古論(註:前2つより古いわけではない)に大別されていたらしい。「論語」が現在の内容に固まるのは、前漢末の成帝に対して講義した張禹の論(張候論)に基づくらしく、その内容は魯論に斉論を照らし合わせたもののようである。「論語」のテキストが固まった時点であっても、「論語」の内容には孔子の純粋な思想が伝わっているとは言えず、道教的な見解が含まれたり、儒家の人々が諸子百家に対抗する根拠となる内容が含まれたりしていた。
為政者側の「儒学」受容状況としては、前漢と後漢の間の新王朝で皇帝となった王莽により前漢末期から「儒学」が「儒教」となり国教として扱われるようになっていった。その流れを汲んで後漢は儒教国家となり、その後の「古典中国」が確立した。
朱熹の朱子学が現れる宋代12世紀になるまでにも「論語」の解釈論は時代の推移と共に変化していった。
後漢の偉大な儒学者である鄭玄(じょうげん)は周王朝を理想化して「三礼(さんらい)」の書を重んじ、経書および緯書(経書に合うように偽作?された書)の解釈も三礼を中心として構築された。鄭玄による論語の注釈書「論語注」も鄭玄自身の思想に基づいて構築された。
次の三国時代の魏に現れた儒学者何晏(かあん)は「論語集解」を著し、「老子」「荘子」など道教的な思想を含めた解釈を行った。
南朝・梁の儒学者皇侃(こうがん/おうがん)は、仏教国家である梁に居り仏教による「平等」思想の影響を受けている。著書「論語義疏」という書名は、仏典注釈書を指す「義疏」という単語が使われており、またその内容でも儒学を「外教」と位置づけ仏教を「内教」としており、仏教中心的な意識が働いていることが分かる。
前漢において「論語」というテキストの内容が固定されても、その後の時代の流れに即してその解釈が変化していったことが分かる。その解釈がさらに大きく変化したのが朱熹「論語集注」であった。本書において朱子学や江戸儒学については余談ではあるが終章にまとめられており、日本の近代に繋がる儒学・朱子学・陽明学についても概要を知ることが出来る。
終章の終わり辺りで「東アジアでは、西欧哲学のように、独自の著作を著して、自己の思想を述べるのではなく、古典への注釈として自らの思想を表白した」とあります。現代における論語の一般的解釈は孔子の思想そのものとは限らず、注釈書の著者たちの思想をも含んだものと言えます。論語の解釈は、宋代以降に朱熹自身が構築した体系に基づく「新注」に入れ替えられ、それ以前の「古注」は顧みられることがほぼ無くなりました。しかし著者は「古注」で論語を読むことを本書で示してくれました。「古注」は体系的ではなく、また矛盾も含まれています。しかしそれは孔子自身の本来の教えにより近いものを我々に示してくれるのかもしれません。
正直なところ、この本を読み始める時にはこれほど難しく奥深い内容の書籍だとは思っていませんでした。内容は手強く、しかしそれゆえに面白かったです。「論語」は昔から好きな本の一つだったのですが、本書を読み進めていく上で自分自身の中国文化史や「論語」に関する知識の少なさにも呆れました。なんとか最後まで読み切れたので、「論語」そのものを改めて読み返してみたいと思っています。 -
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ネタバレ名士層の確率の説明
孝廉、僻召、徴召といった制度の説明
曹魏:曹操は漢王朝簒奪のために儒教の相対化を図り、新たな価値観として文学を重視。曹丕は名士層を代表する荀彧の後を継ぐ陳羣とのせめぎ合いの中で、九品官人法により儒教的価値観を制度内に抱え込むことになる。
蜀漢:劉備集団ははじめ義兄弟的な個人的情義に基づき名士を軽視していたが、荊州名士閥に属する諸葛亮を登用することで名士層の支持を取り付ける。ただし、その後も関羽張飛の重用は変わらず。益州入り後、蜀漢政権は荊州層がトップに立ちながら地元益州層との融和を図り政権を運営。調整力に欠ける姜維の指導で政権は分裂していく。
孫呉:孫堅ははじめ情義軍事集団として台頭、孫策は江東名士層と対立したが、孫権の代で融和を図る。魯粛の画した天下三分の計によって江南に政権確立後、江南を一天下とする小中華思想によって正統性を主張し後の六朝に続く地位を築いた。
西晋:曹魏を襲った司馬氏は、司馬懿が名士層を代弁することで支持を確立。また司馬炎より後は婚姻する家を名族に限定する身分的内婚制と、五等爵制によって名士層を皇帝が秩序づける政策により、名士層を皇帝を頂点とする貴族制度を築き上げ名士層を取り込み相対化した。 -
購入済み
三國志の物語の裏にあったもの
三國志の物語の後ろにあった宗教、思想を解説してくれている。
信じる思想の違いをしることで、なぜあの武将と武将は権力争いをしたのか。どうして晋が中華統一することになったのか、三國志の物語を深く知ることができる。
また、たいてい諸葛孔明が死ぬ辺りまでの物語がメインになってくるが、その後にも多くの名将がいることを気付かせてくれる。
ますます三國志が好きになった。
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三国志は好きなので後漢末期の知識は多少あるが、それ以前の知識は余り無く興味を惹かれたので購入。
漠然と疑問に思っていた法家的な秦から儒教国家である漢への繋がる謎が丁寧に説かれていて常に感心しながら読み進められた。
やはりドラスティックに変わった訳では無く、前後400年の中で思考錯誤や政治的思惑が混ざり合い儒教自体が形を変えて国家体制と呼応していく様は面白い。簒奪者王莽が意外にも後漢の基礎づけに資していたことも驚き。
これまで意識していなかった四書五経や正史の歴史的位置づけもとっかかりが出来、今後中国の古典を学ぶ際にも役立ちそうで読んで正解でした。 -
Posted by ブクログ
吉川英治の三国志、横山光輝の漫画、KOEIの三国志ゲーム、2008年に公開されたレッドクリフはいずれも「虚構」に満ちた「三国志演技」をベースにしている。
本書は、「演技」を入り口に「正史」の記述を検討して「史実」へと言及している。
「正史」といえども、魏を滅ぼして建国された西晋の史官によって作成されているため、西晋の正統を示すために書かれている。
「正史」とは、「正しい歴史」を記録したものではなく、史書を編集した国家にとって「正統な歴史」を描いたものである。
全体を通して印象に残ったのは、人材登用
唯才主義を掲げた曹操、名士への礼遇で有名な劉備、そして曹操・劉備にひけをとらず名士の抜擢に務めていた董卓
三国時代に、お家柄にこだわらず各地に存在した名士を登用していった者が名を残しているのは興味深い。
メインは、「肝絶」曹操、「義絶」関羽、「智絶」諸葛亮の三人にスポットを当てて、演技で虚構とされている内容はなんなのか、そこから史実に近い人物像を描いている。
「智絶」諸葛亮編が圧巻の内容。
劉備が「三顧の礼」で迎え、劉備が没するときに、「劉禅が君主として才能がなければ、君が自ら成都の主となってほしい」と言われた諸葛亮(史実)
これは全幅の信頼ではなく、劉備と諸葛亮孔明とのせめぎあいの一つである。
諸葛亮が荊州名士を次々と抜擢し政治基盤を確固たるものとする過程で、人事で劉備とのせめぎあいが起こっていた。
「馬謖を泣いて切る」背景が分かり、三国志をさらに深く理解できる一冊でした★
かなり満足な一冊