渡邉義浩のレビュー一覧
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てっきり「最強の武将10選」的な羅列ものかと思ってたけど、名士層という切り口から系統立てて後漢時代を切り取った一冊。これまでの三国志もので抜けてた視点が補完されて、今までなんとなくスルーしてたことでその意味と流れを知ることもあったりして、なかなか興味深い内容だった。なにげに最近読んだ三国志ものの中では一番。
例えば
・陳羣が荀?に推挙されたこと。
・陳羣が曹操の後継者争いでは曹丕についたこと
・陳羣が九品中正制度を制定したこと
などは陳羣のプロフィールとして知ってても、それがどういう流れでつながるのかはピンと来てなかった。
官位が売買されるようになった後漢時代に、学問(≒儒教)に秀でた「名士」と呼ばれる集団が腐敗した中央政界外の人材プールとして機能していた。
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潁川群の名士グループに所属する荀イクは、そこから有用な人物を曹操陣営に数多く推挙した。
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潁川群グループと儒教の影響力の拡大に対抗し、
曹操は建案文学という新しい文化的価値を打ち出した。
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曹操の後継者として曹丕と曹植との間に対立が生じるが、
文学の面では曹植が勝っていた。
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「年長者が家督を継ぐべき」という儒の教えに基づき
陳羣を始めとする潁川群グループは曹丕を支持。
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結果、曹丕が家督を継ぎ、見返りとして
名士層の影響力を拡大する九品中正制度が制定される。
こうすると個別の事実が一つの流れの中で、
意味があるものに変わってくる。
孫権と陸遜の関係とか、こういった切り口で再検証すると
なかなか興味深かった。
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「三国志」を好む日本人は沢山いる。
だが、それは間違っていると本書は言う。
多くの日本人が好むのは「三国志演義」なのだ。
「三国志」と「三国志演義」とは何が違うのか?
「三国志」は3世紀、晋の時代に作られた正史だ。
(正史は、正しい歴史ではない。正統な歴史)
「三国志演義」は14世紀に書かれた小説。
ただ、本書によれば、事実7割、フィクション3割だと言う。
だから、「三国志演義」は、司馬遼太郎の作品のようなものだ、と考えるのが正しい理解だろう。
だが、司馬遼太郎作品のように登場人物が生き生きとしていて魅力的だ。
どの英雄を好むか、と「100分de名著」のテレビ番組で問うていた。
回答は、三者三様。
曹操を選ぶ島津アナ。
孫堅を選ぶ伊集院。
劉備大好きの渡邊教授。
そうなのだ。
この問いは、回答者の性格が何となく分かるような問いなのだ。
中国にしょっちゅう行って、ハードな宴会を毎晩行っていた時期があった。
初対面の老板(ラオパン)=社長と仲良くなる秘訣は、「三国志(演義)」を話題とすることだった。
三国志に登場する英雄の誰を好むかを問うのだ。
これはかなりの確率で受ける。
中国でビジネスを行う人は、日中友好の材料として、本書読むことは有効だ。
本書は、正史である「三国志」の解説だ。
三国志の三国とは、魏•呉•蜀のこと。
だが、この正史が書かれた時期が微妙なのだ。
書かれたのは、三国抗争の時代が終わり、魏が中国を統一して、晋となった時代。
だから、晋の立場からすれば、魏史のみを書き、呉•蜀などその脇役として書けば良いはずだ。
ところが書かれたのは、魏•呉•蜀を対等に書いた「三国志」だった。
おかしいではないか。
「三国志」の作者•陳寿は魏に滅ぼされた蜀出身の官僚だったのだ。
正史の著者が蜀出身であったために、正史に蜀書も紛れ込まずことが出来たのだ。
「そうだったのか、三国志!」と思わず叫んでしまった。 -
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ネタバレキングダムを絡めた発想は良かったと思うが、タイトルの「キングダムで解く」ほど内容がリンクしているとは感じられなかった。
そもそも、著者の熱意が伝わってこない感じを受けた。
秦の行った体制の変革は特異な物で、その後の2000年以上(著者によれば現代でも)にわたって中国を支配したものであり、秦による統一がなければ、中国は南北で分かれていた可能性すらあることをもっと強く(熱く)語っても良いのではないかと思った。
記載されている内容は高校世界史の枠を出ない内容で、知識として真新しい物は一切無いと言ってよく、また、支配制度に関しても、「後続の漢王朝により継承され、洗練・周知されたことが大きい」という当初の印象を変えるものではなかった(むしろ強まったとも言える)。
より深い内容がないのであれば、秦前後の体制を比較することで、秦の制度改革が特別なものであったかや、(統一への原動力らしい)周辺異民族の侵入についてまとめを行ってもよかったのではないか。
また、封建制度の崩壊に食料生産の大幅な向上があるとのことだが、食料生産量の増大は人口の増大に直結する。商、周王朝の時期と秦が統一を果たす時期では、支配地域が大きく拡大しているはずでもある。秦の統一前後(〜より後の時代までも)の人口の変化や支配地域の変化に着目して、図を用いて示せば、秦が現代中国の礎となったことをより強調できるのでは無いかと思った。
農機具や農作物の変化による食料生産量の増大は、中国に限ったことでは無く、ヨーロッパなどでも何度も起きていたはずであり、それだけで封建社会が崩壊していくという理論は乱暴なように感じる(他国では起きない)。他に理由があるのではないかと思ってしまう。
本書の論旨からはみ出そうだが、他の地域との比較(中国の”異常性”の強調)があっても良かったのでは無いか。 -
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中国は国土が広大かつご存知の通り人口14億を抱える巨大な国だ。清の乾隆帝の時代がその最も広い版図になり1470万㎢にも達する。日本ではインスタントラーメンのコマーシャルで中国4000年の歴史というのが定着してしまったが、夏王朝の時代さらに、それ以前に在ったと言われる、三皇五帝(さんこうごてい)時代(古代中国の神話伝説時代で8人の帝王がいたと言われる神話時代)を足すと中国には4600年の歴史 =凡そ5000年前の話になる。だから実際には5000年の歴史を持つと言われる所以だ。その後、西周や春秋戦国の時代、秦、漢などの様々な国が誕生し、世界史を勉強した人なら中国の王朝の流れを漢字で追いかけると同じ音読みなども影響し覚えるのが非常に面倒だった(個人的にはインドの王朝の読みづらさ覚えづらさはそれを上回ったが)。
中国の歴史は「三国志」や「項羽と劉邦」、マンガ「キングダム」などで扱わた事が多く、男女問わず読んだ経験を持つ人が多いから、意外とビジネスシーンでも役に立つ。特に中国の歴史を扱った映画などが公開されたタイミングで社外交流パーティーに参加した際の共通話題として話のネタになる事もある。いつも怒ってばかりの上司がこの辺りの歴史が好きなら読んでおくと仕事以外で会話が盛り上がる。
本書はそうした読み物の中から、前述のキングダムという漫画を題材に、如何に広大な中国を時の覇者達が治めてきたかを探る内容だ。個人的にはキングダムを読んだ事が無かったが、ベースとなる中国の歴史自体は世界史の勉強を始めとして書籍などで触れていたので内容はすんなり頭に入ってくる。ただし人物名は難解な漢字を使ったり、日本人に馴染みの無い(当たり前だが)名前が多く流石に覚えるのは難しい。マンガを1巻から読んでいけばそうでは無いと思うが。
本書は広大な土地と人口を抱える中国が如何に統一が難しく、多くの戦いと権謀術数の中で纏められていったかの理解に役立つ。日本の様に海に囲まれて外敵を意識する必要がない国とは明らかに違い、中国は自国内だけでなくユーラシア大陸の外敵との関係性も重要になってくる。現代でもチベットや新疆ウイグルなど漢民族とは文化も歴史も言葉も異なる異民族を纏めようと無理する共産党体制が見て取れる。現代社会にも繋がる統一の考え方は、中央集権である。地方に自治権を与えれば必ず統治における脅威になる恐れがあるから、中央が強権的に従わせるのは中国にとって自然な考え方だ。キングダムの中でも地方出身の権力者同士が群雄割拠し国が荒れたり安定したりを繰り返している。こうした歴史の中でも重要な存在が法家の存在だ。秦の孝公に仕えた商鞅や韓の王族である韓非を筆頭に厳正な法律により人民を統制する手法だ。現代社会では当たり前ではあるが、遥か紀元前の時代から中国で発達してきた考え方・思想になる。戦国の七雄の秦に仕えた商鞅は郡県制を敷き中央集権による統治体制を整える事で秦を大国にした。 また、韓非は結果主義や能力主義など現代ビジネスシーンで当たり前となっている信賞必罰の考え方を確立すると共に、完全なる職務分掌をルール化し臣下を統制する。巨大な中国だからこそ早くにこの様な考え方が必要となり、長きに渡って洗練され、思想として現在まで残っている。
この様な歴史をキングダムというマンガの1シーンを組み合わせながら解りやすく解説していくのが本書の狙いの一つであり、読者にとって山川出版の難しい教科書を読むよりは遥かに頭に入ってくる(私は山川教科書に育てられ、未だ山川を崇拝する1人ではあるが)。マンガよりは専門的に教科書よりも手軽に学べる点で非常に優れた本である。 -
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孔子の言行を記録したとされる『論語』というテクストが、どのような経過をたどって成立し、こんにちにまで伝えられてきたのかということを解説している本です。
「はじめに」には、「本書は、新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、早稲田大学のオンライン授業のために用意した原稿をまとめたものである」と書かれており、孔子の生涯や弟子たちについての入門的な解説も含まれています。また、定州『論語』や『斉論』の発見によって、『論語』のテクストの形成過程が明るみに出されてきたことなど、近年の研究についても触れられています。
さらに、鄭玄の『論語注』、何晏の『論語集解』、皇侃の『論語義疏』や邢昺の『論語注疏』など、朱熹の「新注」以前における『論語』解釈の歴史を、それぞれの解釈の特色とその時代背景を中心に紹介しています。
『論語』というテクストをめぐる解釈の重層性がわかりやすく解説されていて、興味深く読むことができました。 -
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中国「漢」王朝の通史。後世の中国において規範となる「古典中国」の形成・完成という視点から、儒教と国家の関係の変容を軸に叙述している。社会が思想を規定するというより、思想による体制への規制力を重んじているように読める(体制はいかに恣意的な政治行為であっても儒教による正当化理論を要し、なおかつそれに拘束される)。儒教国教化の時期を通説より遅い後漢章帝期まで下ろしているのは(個人的には20年以上前に新進若手だった頃の著者の講義で直接教え込まれていたので既知だったが)、教科書でしか中国史を学んでいない人には新鮮であろう。儒教の規制力を重視するからこそ、脱「儒教国家」を図った曹操の革新性と「儒教国家」の枠内に留まった諸葛亮の保守性という評価に至る。「三国志」の前提としても勉強になろう。