更科功のレビュー一覧
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学校で習ったことの記憶を辿ると、多くの生き物がいる中で哺乳類はそのピラミッドの頂点にあり、さらに「ヒト」はその上を極めています。確かに我々「ヒト」は他の生物を利用したり食べることで生きています。
頂点に至る過程で私達は様々な進化を遂げてきたのですが、この本によると、その進化は「不完全」であるということが解説されています。不完全なので、私達の身体にある臓器は今も進化しているらしいです。環境に応じて進化というか対応していくのでしょう。私達は完全ではない、だからまだ変われる、というのは希望が持てた感じがしました。
以下は気になったポイントです。
・宇宙空間を移動する宇宙船は、細長い形がよい。宇宙空間は完全な真空ではないので、ガスや塵・小石があり、そういうものにぶつかりにくくするには細長い形をしているほうがよい(p22)
・がん細胞といえども酸素や栄養なしに増えられない、がん細胞には血管をつくる能力がなければならない。がん細胞が増えるのは、増えながら新しく血管をつくっているから(p27)
・心臓はたくさんの筋肉でできている、筋肉は縮むことはできても伸びることができないので、例えば腕を曲げるときには、腕の内側の筋肉が収縮する。心臓の場合は、心房と心室をつくって、心室が収縮したおきには心室が拡張、心室が収縮したときに心房が拡張するようにしている(p33)
・進化は、前からあった構造を修正することしかできない、切ってつなげるとか、分解してから組み立てるとか、そういうことは無理である。常に変化しつづけていて、役割も変化し続けて、過去から未来につながっていくのが進化である、進化をやめるのはその種が絶滅したとき(p45、54)
・硬骨魚類の肺からでた血液は心臓に戻る前に、全身の細胞から戻ってきた血液(酸素が少ない)と合流する。なので酸欠状態となる(p47)
・鳥類は優れた呼吸器を持っているので他の動物が生きられないような空気の薄いところでも生きていける。鳥類は恐竜の子孫なので、恐竜もこの優れた呼吸器を持っていた可能性がある(p55)
・タンパク質に含まれる窒素の処理が大変、魚類は周囲から水を取り込んでアンモニア(毒性強い)を大量の水に溶かして、鰓から排出すれば良い。しかし陸上動物は、窒素をアンモニアではなく尿素にして捨てている、両生類より哺乳類は陸上生活に適しているが、哺乳類よりも爬虫類・鳥類はさらに陸上生活に適応している(p60、68)
・ニワトリの卵の中では、窒素を捨てるのにアンモニアも尿素も使えないので、尿酸に変えて排出している。尿酸は尿素よりも毒性が低く、尿素よりもさらに水に溶けにくい(p64)
・生物はそのときどきの環境に適応するように進化するけれど、何等かの絶対的な高みに向かって進歩していくわけではない。進化は進歩ではない(p70)
・腸内細菌の数はおよそ1000兆個、私達のヒトの体は約40兆の細胞でできているが、はるかに多い。腸内細菌はほとんどが大腸にいるが、小腸の中にもいる。もしも管腔内消化でグルコースやアミノ酸まで分解してしまったら、それらを腸壁あら吸収する前に腸内細菌に食べられてしまう、なので吸収する直前にグルコースやアミノ酸をつくる(p75、80)
・塩辛さは、塩の量ではなく、塩の粒子数による、塩がたくさんあっても、大きな塊になっていればそれほど塩辛くない(p81)
・ダーウィンが言ったことで重要な部分が間違っていた、進化というものは、必ず長い時間をかけてゆっくりと進むということ(p83)
・大人がミルクを飲むと、ラクトースは分解も吸収もされない、それを分解する酵素(ラクターゼ)がないから、すると腸内細菌によってラクトースが違う方法で分解されて、メタンと水素ができる。その結果、腹部の張りや下痢に悩まされる、しかしラクターゼ活性持続症の人は飲める(p85)
・か状眼(明暗→方向→形がわかる眼)で見える像はピントを合わせると暗くなり、明るくするとぼける、ピントを合わせながら明るくする方法として、レンズを入れると良い。これが私達のもつ「カメラ眼」である(p104)
・昆虫が繁栄している理由の一つとして、飛翔能力があるが、脊椎動物にもその能力を持つものがいる。飛翔はなかなか難しく、長い動物の歴史の中で4回しか進化していない。そのうち1回が昆虫、残り3回は脊椎動物(翼竜、鳥、コウモリ)である(p120)
・カルシウムはどても重要な働きをしている、神経細胞が情報を伝えたり、筋肉が収縮したらい、怪我をしたときに血液を固めたりする。私達の骨が貯蔵庫となっている(p123)
・ヒトはチンパンジーよりも腰椎が自由に動かせるので問題も起きてしまった、オモチャの人形で腕が動かせるものはそこが壊れやすい、動くところが弱い。腰椎には体の重みがかかってくるので腰痛が起きやすくなる(p131)
・直立二足歩行をしているために、私達の内臓は下向きに重力を受ける、なにもなければ骨盤の穴をくぐり抜けて落ちてしまうので落ちないように筋肉が発達している。しかしこの筋肉が出産のときには邪魔になる(p170)
・直立二足歩行の利点の1つは、「両手があくので食料を運べる」しかし欠点として、走るのが遅いという重大な欠点があるから。この欠点が他の利点を上回っていたから直立二足歩行は進化しなかった。これが犬歯が小さくなったこととも関係している可能性がある(p188)
・シンギュラリティは「技術的特異点」と訳されることが多いが、「いままでと同じルールが使えなくなる時点」のこと。具体的には、「人工知能が自分の能力を超える人工知能を、自分でつくれるようになる時点」のことである(p210)
2020年3月31月日作成 -
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地球上の生物は長い年月をかけて進化を続け、今も続いている。一般的な考えでは「進化」とはバージョンアップであり、その頂点に人類がいる、ということだろう。が、本書で語られる「進化」とは単なる変化であり、その生物にとって良いこともあれば、悪いこともある。生物にとって何より重要なのは次世代を残すことであり、そのためには犠牲にされた能力や残された欠陥もある。進化は進歩ではないのだ。
今の人類だって、多くの欠陥を抱えている。直立二足歩行は脊椎や骨盤に過度な負担がかかるし、心臓の血管は非常に細くて心筋梗塞の可能性が高い。生まれたばかりの子供が自立するのに長い期間が必要。チンパンジーやゴリラよりも劣り、原始的な部分はいくつもあるのだ。
生物は生と死を繰り返して、環境に適応できない遺伝子を排除し、適応できる遺伝子を受け継ぎながら、進化する。もし、死なない生物がいれば、環境に適応する必要はなく、その生物は進化することがない。進化とは、死んでこそ起こることであり、その意味では残酷な出来事なのだ。
人類は進化によって寿命を伸ばしているのかもしれないが、死を遠ざけることは進化を遅らせることだ。 -
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700万年前に登場した人類は、進化の道を歩み、現在に至る。が、その道は真っ直ぐな一本道ではない。途中でアウストラロピテクスやネアンデルタール人に進化したものは絶滅し、我々=ホモ・サピエンスだけが生き残った。
本書はホモ・サピエンスの「進化史」ではなく、それ以外の人類の「絶滅史」を推測し、我々が生き残った理由を探る。
よく言われるのは脳が巨大化したことが人類の繁栄につながったということ。確かに、人類は他の動物より大きな脳を持っていた。が、絶滅したネアンデルタール人の方がホモ・サピエンスより脳は大きかったらしい。
著者いわく、脳は大きければ良いというものではない。大きな脳を維持するためには大量のエネルギーが必要なため、食事に多くの時間が取られてしまう。しかも、巨大な脳も使い道がなければ、宝の持ち腐れだ。ネアンデルタール人は巨大脳を活用することができず、その高カロリー体質で滅んでしまったと、著者は推測する。
そして現代の我々も脳は縮小する方向に進化している。言葉や文字、コンピューター、AIなど、脳の機能を補助するモノに囲まれ、脳にはかつてほどの機能を必要としなくなった。今の人類は大きくなりすぎた脳を小さくすることで、進化しているらしい。 -
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ヒトの祖先とチンパンジー類の祖先が分岐してから約700万年。現生人類である我々にいたるまで、どのようなヒトの種が現れ、どのように生活し、別の種と交わり、どのように絶滅していったのか。著者は化石や住居跡、道具、DNAなどの証拠や他の類人猿との比較などから人類史を構築し、大きな一つの「ストーリー」として提示する。我々がなぜ今のような形で生きているのか、この「ストーリー」から考えると、必然的な部分もあるが、かなりの部分で偶然の要素も大きかったと思わずにいられない。
人類史に関する本は以前も読んだし、NHKスペシャルでも見ていたので大体の事は知ってるつもりだったが、この本では人類史の「ストーリー」を語るための細かな部分の説明に説得力があり、納得感と、700万年間の全体としての繋がりやスケール間がわかりやすい。(それについてはTV番組なのでしょうがないがNHKスペシャルはかなり曖昧だったと思う。)
それでいて新書として読みやすい文章で説明がされていて、難しい部分が無い。この分野に興味がある誰でもにオススメできる本だと思う。 -
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■最古の人類であるサヘラントロプス・チャンデンシスから最後の人類であるホモ・サピエンスまでには数え方にもよるが,およそ25種の人類がいたことが分かっている。
・そしてそのすべての人類が直立二足歩行をしていたと考えられている
・したがって私たち人類はおよそ700万年間も直立二足歩行をしている
・直立二足歩行をしているということは両手が歩く役割から解放されているということ
・だが脳は大きくならなかった
・石器も作らなかった
■現在のチンパンジーの脳は約400㏄である。最古の人類サヘラントロプス・チャンデンシスの脳も大体400㏄である。その後の様々な人類,例えばアウストラロピテクスの仲間も大体400㏄である。脳はほとんど大きくならなかったのだ。およそ250万年前やっとホモ・ハビリスになって600㏄と脳が大きくなり始める。その少し前から石器も見つかり始める。つまり,人類が直立二足歩行を始めてからおよそ450万年もの間人類人類は手が自由になっているのに道具を作った証拠もないし脳も大きくならなかった。 -
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啓文堂新書大賞でみて。
非常に面白かった。
難しい単語を使っていないし、
例えが絶妙でわかりやすかったし。
例えば、
人間と人間以外の動物に隔たりがあるのは、なぜか。
人間が徒競走で圧倒的な1番となったのは、
足が1番速かっただけでなく、
2番手から25番手の走者が休んだから。
つまり、2番手から25番手の人類が滅んだから、とか。
むかし、馬に噛まれた人がいて、でも電車に乗って帰った、
それは馬が草食動物であり牙をもってないためで、
犬歯が小さいため殺人には凶器が必要な人類も同じだ、とか。
森から草原に追い出されたことが、
人類が人類である直立二足歩行の始まりであったという説は知っていたが、
その直立歩行が敵を見つけるには便利だが、敵にも見つかるとか、
見つかったら最後、短距離走に弱い直立歩行では逃げられないとか、
確かに言われてみればそうだ、という点を指摘されるのは、
ある意心地よい感じ。
類人猿の中での人類の二大特徴である、犬歯の小ささと直立二足歩行から紐解かれた、
人類誕生はこんな感じ。
発情期がなく、授乳中も交尾化なことから、
おそらく一夫一妻制であった人類は、
自分の妻子に食糧を運んでくるために直立二足歩行を進化させ、
雄同士争う必要がないので犬歯は小さくなった。
既成の知識がひっくり返されるのも、
背負い投げをきっちり決められたようで、気持ちがいい。
石器や骨格の研究から、
脳が大きくなって石器を使い始めたのではなく、
石器を使い始めてから(肉を食べられるようになり)、
消費エネルギーの高い脳を大きくすることができた、とか。
石器については、
獲物を倒すために使われていたのではなく、
最初、死肉を食べるために使われていた、とか。
さらに、
草原で動物の死骸を探して食べるのには、
長距離歩行、長距離走が可能という直立二足歩行が利点となり、
さらに肉を妻子の元に持って帰ることより、
ホモ属が生き残っていった、とか。
種として生き残るためには、
個体としてる強くなることよりも、
集団として食べられるよりも多く産めば良いとか。
また、以前より抱いていた疑問、
ホモ・サピエンスより体格が良く、狩猟生活に向いていそうなネアンデルタール人が
なぜ滅んだのかということについても書かれていた。
端的に言えば、寒さとホモ・サピエンスだが、
ホモ・サピエンスの、動き回るのが得意な燃費の良い細い体、
寒さに対する優れた工夫と、力を必要としない優れた狩猟技術だろうということだった。
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交雑については、
もうちょっと触れてほしかったかな。 -
Posted by ブクログ
約270ページで、宇宙の誕生からヒト(ホモ・サピエンス)がこの地上に存在するまでの歴史を語ってくれている。コンパクトだけど、濃密であり、かつ“特異な視点”での語りもあり大変面白かった。
(「地球史学」という過ぎ去ったことだけど、人類がその叡智を使って少しづつ解明していくという分野はロマンを感じる。そこには研究者の解釈の幅が効かせられる範囲があるから)
では面白かった点をもう少し具体的に語ろう。
ひとつは①科学者のものの見方が、われわれ一般人とは違うところを感じながら読めたこと、
その代表的なところは、世の中にある現象を「徹底した分類」によって整理して、理論立てていこうとする姿勢。 世の中のことの中にはまだ確証が持てないことが埋もれていてる。それを補いながらもその先のこと、その上のレイヤーの創造をしようと考えると、自らが納得し、人にそれを伝えないとならない。そのために、徹底して現象を分類し、整理し、それを理論で補う訓練をしてきているのが科学者の姿勢。感覚的、経験則を重視してここまで生きてきた私とは現象の眺め方が違う。
そして「分類の根拠の追求」。これはうえにあげた理論のもとになるもので、幾多の仮説を立ち上げそれをひとつひとつ、徹底して検証していく姿勢でこちらはもの凄く地道なのを感じる。これらの、研究者や調査のことがこの本に語られているわけではないけれども、専門的なことを、短い言葉で分かりやすく説明している箇所に当たると、逆にその奥深さを感じてしまうものです。
2つ目は②更科先生が何度か使っていた「ヒトはつい、自分の属するグループの方が優れているとら思いがちである」という一般peopleの誤った先入観を感じ取って、指し示す研究者たちの中での常識。
あまり、研究者はこのような言葉を口に出さないように思っていた。(実際にはそう感じていたとしても)
これは更科先生の特徴でもあるようだ。
③これは個人的な楽しさだったけど、「あとがき」の博士論文の審査での質疑のやりとりのシーンとその時の言葉「地球の謎を解くために、生物学でよく使う方法を使ったのです。だから私の研究は地球科学の研究です。」
なんか、科学者という存在をいっきに身近なものにしてくれました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本書は古代DNA(化石DNA)の研究の歴史と現状をわかりやすく解説した本である.映画ジュラシックパークでは,植物の樹液の化石である琥珀に取り込まれた蚊の血液から恐竜のDNAを抽出し,恐竜を復活させていた.あれが現実にできるのか.誰しもが夢を感じる部分だろう.このような古代DNAを扱う研究分野を分子古生物学という.著者はその分野の専門家である.その著者が,恐竜のDNAも含めて,分子生物学の進展を,ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは交配していたのか?,ルイ17世存命説,カンブリア紀の爆発(カンブリア紀初期における動物の急激な多様化),などとの話題を絡めて丁寧に解説している.また,本書の構成が面白く,前半部で肯定的に書いていたいくつかの古代DNAの研究結果が後半部で誤りであったことや疑いが持たれていることが明かされる.前半部で「へ~,こんなことまでわかるんだ!」という思いが,途中で見事に裏切られる例があるのだ.言ってみれば,本書を読み進める過程で,古代DNAの研究者たちの興奮と落胆が疑似体験できると言っても過言ではない.
古代DNAの研究は夢があり,華やかであるが,古代DNAの研究は難しいのだ.DNAが何万年,何千万年,何億年と保存される可能性はきわめて低い.それゆえ,研究には慎重に期す必要があるし,他者による検証が必要なのだ.本書の最後に述べられている言葉が非常に印象的である.「科学者も人間なので,つい自分に有利な証拠を集めようとしてしまう.しかし,研究をする上で大切な事は,自分に不利な証拠を探すことである.自分で自分の仮説を反証するつもりで,観察なり実験なりを行うことだ.・・(略)・・.そして本来,自分を納得させることは,他人を説得するよりも難しいのだ.」まさにその通りだ.自分には嘘をつけない.研究者はまずは自分自身が,自分の研究の最大の批判者にならなくてはならないのだ.実は著者の更科さんは私の大学院時代の大先輩にあたる.DNA分析の指導などもしていただいていたが,空いた時間に研究のことなどを(ほとんどはゴシップ話でもあったが・・・)語り合った仲だ.上記の事は当時から常々更科さんが口にしていた言葉で,とても印象に残っている.そういう更科さんが,公正に,わかりやすくまとめた本書は,分子古生物学の現状を手軽に知る最良の書である. -
Posted by ブクログ
ふんぬーーっ!読みながら鼻息が荒くなるほど面白い。
ジュラシックパークは実現できるのか?ネアンデルタール人と現生人類は交配したか?などなど、目次を読むだけでも興味津々。専門的な内容もすごくかみ砕いた説明をされていて分かりやすい。もちろん専門的過ぎて理解できていないところもたくさんあるのだけれど、理解不能なところがあることをもってしてもあまりある面白さだ。そしてこの著者のすごいところは、読んでいるうちに「じゃああれはどうなんだ?」と降って湧いてくる疑問にも、ちゃんと答えを出してくれるところだ。
それにしても、化石やミイラからDNAを採るということが、これほど大変であいまいな作業だとは知りませんでした。分子生物学の手法というか作業って、案外アナログなんですね。