更科功のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレもともと、種の起源は、科学書ではなく神学書として書かれた=神の創造を否定していない。最初の生物を神が作った。
自然淘汰=性淘汰と環境淘汰
要不用=現在では誤りとされている
生活条件の直接作用=基本的には誤り
習性=後天的に獲得された習慣的な行動=生活条件の直接作用と、要不用に重なる。
ビーグル号にナチュラリストとして乗船した。
進化は進歩ではない。絶対的な意味の進歩はない。
20260107
種の起源で書かれている進化の仕組みは自然淘汰、要不用、生活条件の直接作用、習性。習性とは要不用の一部。
神の創造は否定していないが、個別創造説を否定している。神は最初の生物を作っただけ。キリスト教的自然観。
種の起源は進化論を要約したもの。改訂を続けている。
飼育栽培された個体のほうが、いろいろな変異がたくさん生じる。近親交配が多い。野生は過酷で不利な特性は生き残れないが、飼育栽培されていれば生き残れる。
ダーウィンは、生殖器官に環境の変化が起きて変異を持つ子供が生まれると考えた。
人間でもジュウシマツや雀の顔も見続けると区別できる。
個体数が多いほど品種改良には有利。自然淘汰には有利。遺伝的なブレよりも環境に適応するように進化しやすい。
人間は、動物界ー脊索動物門ー哺乳網ー霊長目ーヒト科ーヒト属ーヒト。界、門、網、目、科、属、種。
4つの血液型が存在しているのは、どの血液型も有利でも不利でもなかったため。
変異が蓄積すれば、種の境界を超える。
屋久島のスギの平均樹齢は1年未満。ほとんどの種子は発芽しても枯れてしまう。生存闘争に勝ち続けたスギだけが大杉になる。
すべての生物は大人になるまで生き残る数より多くの子を作る。これにより自然淘汰が起きる。
気候の変動や他の生物の影響によって変化する。
遺伝する変異があること、種の境界は絶対ではないこと、子をたくさん作ることで変化すること。生殖年齢まで達した変異がより多く残る。
自然淘汰のほうが品種改良より強力=圧倒的な時間の長さがある。
オスとメスの違いがあるのは、性淘汰=生殖に有利に変化するから。生殖に有利であれば生存には不利であっても変化する。
植物では多年草から一年草への進化が起きた=子孫を残すために寿命が短くなるように変化した。
農薬が効かない昆虫は、抵抗するための余計な仕組みをもつために、他の何処かが犠牲になっている。
農薬を使わない畑の昆虫のほうが生存に有利。農薬を使わない畑を残しておくことで、抵抗性がある昆虫だけにならない。
生物が変化する速さは、広い地域の方が早い。多くの生存競争に勝った個体の子孫だから。
大陸の個体のほうが生存力が大きく、小さな地域の個体を駆逐する。
絶滅は自然淘汰の必然としてあり得る。
種の起源の最大の誤りは変異が生じる原因を突然変異であることを知らなかったこと。
変異は生活条件の変化が生殖器官に及ぶことで起きると考えた。
カンブリア紀は一気に種が出現したと考えられている=動物同士の捕食など相互作用が高まったため。動物を食べる捕食者が現れた。
進化は進歩ではない。 -
Posted by ブクログ
ダーウィンの進化論のことが分かる本。進化論について、この本しか読んでいないので是非はわかりませんが、一般で言われる意味での進化が、突発的な圧倒的革命によって起きているわけではないということがよくわかりました。
でも、人生何事もそうですよね。一気にひっくり返るのは非常に大変で失うものもたくさんあります。また、こういったことを思考する際は、無意識のうちに、現代のような人類になるに向けて、人類がどう進化してきたか?と考えてしまいますが、それは誤りです。そのときそのときで最善の進化を繰り返した結果、今があるわけなので、なぜそのときその変化をしたのかを真っ直ぐ考えたいところです。
非常に面白い本でした。 -
Posted by ブクログ
本書で示される、「進化の道筋は一直線ではない」という指摘について、それだけでも驚きに値する。
これはヒトが進化の頂点にいる、というある考え方とは全く異なる。
例えば、我々人類が賢さの象徴としてあげる「手」(及びその機能)だけで見れば、チンパンジーの方がヒトより進化している。
これは結構衝撃だった。
決して、ヒトは生物の中で最も優秀だ、などとおごった考えを持っていたつもりはないが、
どこかでこんなに細かな動きができるのは賢いからだという思い上がりを持っていたのだろう。
そんな気持ちを戒められた。
質の高い眠りが知性を作る、という第4章の話は非常に興味深い。
だとしたら妊娠中の母体がぐうぐう眠り続けるのも、理にかなっているはず!
(ホルモンバランスやそもそも疲れやすいという理由だだというのはわかっている)
よしよし、安心して産休中は眠ることとしよう。
生まれて来る我が子と私のために。
念のため、そんなことは著者は一言も言っていない。
はてさて、そうやって自分に都合よく物事を考えるのはなぜだろう?
進化とは不細工なもの、だとか、意識とは何か、といった問題提起なども非常に興味深い。
賢さとは何か、そんなことを考えることのできる良本だ。 -
Posted by ブクログ
【自由研究】人はなぜ老いるのか?③
死なない生物がいるのに人類はなぜ、老いと死を選んできたのか?そして今、それを拒むことは何を意味するのでしょうか?
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『4つの仮説』を乱暴にまとめてひとことで言うなら〈絶滅しないため〉と言えそうです。
絶滅しないために死を選んだのであれば、それを拒むことは〈絶滅〉を意味するのでしょうか。
地球上の生物は絶滅と繁栄を繰り返しています。何億年も繁栄した恐竜でさえ絶滅しています。
著者はAIが絶滅の限界を超えるかもしれるないと言います。人類も絶滅するかもしれませんがAIにより新たな人類=〈超人類※〉が誕生するのかもしれません。※lem造語
それはAI+人類=トランスヒューマンなのかもしれないし、デザイナーベイビーやクローン人間によって生み出されるものかもしれません。
結論:死を拒むことは人類の新たな〈進化〉を意味している(らしい)。
その前に核戦争で地球が滅びなければ…という前提付きですが…。
つづく
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Posted by ブクログ
後半の例がくどい
前半まではわりといいと思った。接続表現の使ひ方や、わかりやすい書き方、パラグラフ・ライティングのルールは役に立つ。また、出題した問題も適切で、理解の一助になってゐる。
しかし、5章の科学ライティング以降は、例がくどくなり、読みづらくなる。たとへば、アブダクションと演繹と仮説の関係性がわかりづらい。その説明に費やす例が、創造論者だったり、スナメリだったり、カラスだったり、超能力だったりして、てんでんばらばらなのも原因のひとつ。
ほかにも気になったのは、著者の文学趣味である。書きぶりを見ると、どうやら文学を高尚なものだと思って憧れてゐるらしい。
大江健三郎の文章が、わかる文章のなかのわかりにくい文章といふのは、まあさうかもしれない。
一方で、石川淳について《『森鷗外』という有名な作家論》だの《誰もが一目置く存在》だの、あるいは幸田露伴の『五重塔』を《近代日本文学における名文》だのとしてゐるのは、称揚しすぎである。少なくとも公然たる事実ではないのだから、科学ライティングとしてかう書いてはいけない。