更科功のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
後半の例がくどい
前半まではわりといいと思った。接続表現の使ひ方や、わかりやすい書き方、パラグラフ・ライティングのルールは役に立つ。また、出題した問題も適切で、理解の一助になってゐる。
しかし、5章の科学ライティング以降は、例がくどくなり、読みづらくなる。たとへば、アブダクションと演繹と仮説の関係性がわかりづらい。その説明に費やす例が、創造論者だったり、スナメリだったり、カラスだったり、超能力だったりして、てんでんばらばらなのも原因のひとつ。
ほかにも気になったのは、著者の文学趣味である。書きぶりを見ると、どうやら文学を高尚なものだと思って憧れてゐるらしい。
大江健三郎の文章が、わかる文章のなかのわかりにくい文章といふのは、まあさうかもしれない。
一方で、石川淳について《『森鷗外』という有名な作家論》だの《誰もが一目置く存在》だの、あるいは幸田露伴の『五重塔』を《近代日本文学における名文》だのとしてゐるのは、称揚しすぎである。少なくとも公然たる事実ではないのだから、科学ライティングとしてかう書いてはいけない。 -
Posted by ブクログ
著者の次作『残酷な進化論』が面白かったので、遡って読んでみた。
第11章のミトコンドリア・イブに関する論理的な考察はシンプルだけどエキサイティングだ。
(サブタイトル: ミトコンドリア・イブはヒトの起源ではない。ミトコンドリア・イブはいつの時代にもいる。)
ネアンデルタール人は、脳が大き過ぎて燃費が悪いが故に、ホモ・サピエンスに競り負けた、というのは、逆説的でおもしろい。ホモ・サピエンスより大きい脳を使って、より上手に出来たであろうことが何か、という点は気になる。著者は、(文字がない時代においては俄然役に立つ)「記憶力」ではないかと推測している。現に文字が発明されて外部記憶に頼れるようになって以降、ホモ・サピエンスの脳は更に小容量化しているのだそう。