寺山修司のレビュー一覧
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『書を捨てよ、町へ出よう』。
元来ひきこもりがちで出不精、本棚の前で背表紙を眺めているだけでも有意義な一日を過ごせる自信がある私にとっては、出会った瞬間から衝撃的な言葉だった。
それからは事あるごとに、おまじないか合言葉のように「書を捨てよ、町へ出よう」と心の中で唱えてきたけれど、実際に読むのはこれが初めて。
三島由紀夫の『不道徳教育講座』のような内容かと思っていたら、寺山修司のふざけたエッセイのようなもので、椅子から転げ落ちそうになった。
彼は21歳のときはじめての本を出版し、創作活動に勤しんでいたものの、病気になって三年間の入院生活を送っていたのだそう。
病床での友人との手紙のやり取りや、戦争への捉え方の変革を経て、彼はついにブッキッシュな生活から遠ざかろうと決心した。そして快方するやいなや、町へ飛び出し、生活を一変させたのである。
青年よ大尻を抱け、新宿のロレンス、競馬のメフィスト、馬の性生活白書……。
なんなのそれ、めっちゃ面白い。馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて、出先で顔を顰めたり笑いを堪えたりしながら読んだ。しみじみと、読んで良かった。
寺山修司は、自分は「青春煽動業をやってきた」と言っていたそうだが、言い得て妙。ここにあるのは、煽られるような青春!
私には青春といえるようなものは無かったし、書を捨てるなんて到底出来るとも思えない。
町へ出るのは相変わらず億劫だけれど、でも町へ出ると、いつもそれなりにちゃんと楽しい。
わかってる。ふと夢から醒めたように、このまま家の中でじめじめと文字を追い続けるだけで死んでいくの?と思ったりもするんだよ。
三十路にもなって、羨望とも観念ともつかないような気持ちでそれを実感している。
だから私は、これから先の人生でも飽くことなく何度も「書を捨てよ、町へ出よう」とぶつぶつ唱え続けるのだと思う。いじましく、書をカバンにしのばせながら。外は春の匂いがして、咲き始めた桜はとてもきれいだ。 -
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2021年、2冊目は、最近、プチブームの少し前の話題作シリーズ(菅田将暉主演で映画化されたため)であり、敬愛する寺山修司の作品(敬愛するとか言っておいて、今さらかい⁉️)。
吃りと赤面対人恐怖症に悩む〈バリカン〉建二は、〈片目〉の堀口のボクシングジムの門を叩く。同じ頃、堀口はレコード店の前で、新宿新次をジムにスカウトする。二人は、同期のボクサーとして歩み始める。
1960年代の新宿歌舞伎町を中心に、新宿西口周辺を舞台に、〈バリカン〉建二と新宿新次、その周りの人々で物語は展開されていく。
序盤はやや緩慢な印象も、徐々にテンポ感が出てくる。さらに、今で言うところの差別用語や、寺山修司の独特な言い回し、表現に馴染めない方々は早々に脱落の恐れあり。
個人的には、各章ごとに巻頭歌が添えられていたり、『ポケットに名言を』的なモノや、当時の流行歌の引用等、寺山修司的遊び心溢れていて非常に楽しめた。
一方で、キャラ設定と大まかなストーリーだけ決めて、そこから、各キャラを躍動させていくと言う、「あとがき」で言うところの『モダンジャズの手法(ジャムセッション的手法)』で書かれているため、長編小説としては、物語の幅や奥行きに、少し物足りなさ、弱さを感じるのも否めない。
それでも、自分的には、★★★★☆評価の価値は充分にある。 -
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1976年に角川文庫から発売された寺山修司戯曲集。
内容紹介には、初期戯曲集とありますが、演劇実験室天井桟敷の初期の2編の台本と、天井桟敷以前の戯曲3編が収録されています。
自分、寺山氏の演劇作品は全く観賞したことがないんですが、寺山修司監督映画『書を捨てよ町へ出よう』と『田園に死す』は、なぜか好き。
この作品集に収めれた5編に、それぞれこの2作品に通じるものがあり、ちょっと嬉しくなりました。
丸山明宏、春川ますみ、といった役者が演じることを想定したキャラクターが面白い。登場人物が会話するセリフとひたすら壁に落書きされた文を読み上げるセリフとが重なるという手法が面白い。役者が登場人物としてではなく役者として言葉を発し始めるという手法が面白い。
各作品、そうした面白さはありますが、文章だけでは、感動はほとんど無かったですね。実際に演劇を観たら、感動かもしれないですけど。
唯一、巻頭に収録された「さらば、映画よ」には、しびれましたね。
登場人物が、終わり近くで観客に向かってアジテートするのは、寺山修司監督映画『書を捨てよ町へ出よう』と同様。感動、というか、単純にカッケー!ってなりますね。 -
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ネタバレこの本のテーマは、「それでも生きていかなければいけない人間について」とか「命の重さ」かなあと感じた。
青春小説と言ってる人もいるくらいなので、青年2人がボクシングで絆を深める話なのかと思ったら、全く違う。
p12.バリカンが「何とかして周囲にひしめく人類の一パーセントたちに好かれたいと思っていた。」で早くも涙が出そうになった。
同じジムで過ごす新次と健二の様子は微笑ましい以外の何者でもなかったし、健二はここで愛を知ることができるんだと思った。
だけど、健二は新次に愛されていると思うことはついに最後までなかったのかな、と。
だからこそ、ボクシングを通して、リングの上で殴り殺されることこそ愛されることだと思ったんじゃないか。きっと、健二は新次のことを愛してしまっていたのであって、健二の新次への愛は新次に愛されることで完成するものだと思っていたんじゃないか。
薄れていく意識の中で、人生のたった2人の家族であったうち、「憎んだ」親父さんに対してさえ「俺はここにいます、だからどこにも行かないで」と思っていることや、新次のパンチが入るたびにそれを会話のように感じて喜んでいる様子があまりに切なくて、どうしてどうして、と思った。どうにかして、この本の中の健二を愛したいと本気で思うほどだった。
映画のときに死亡診断書の名前が、お父さんの健夫なのか健二なのかわからないまま終わるシーンが頭に残ってとてもモヤモヤしていたけれど、本では直筆の診断書が載っていて、「二木健夫(20)」と表記があったことが1番ショッキングだった。
ただ間違えたという説もあるみたいだけれど、命を失った後でさえ、正しい本名も伝えてくれる人がいないくらい、誰にも愛されることなく死んでいったと表す意図があったのか、ただ間違えたのだとしたら、著者だけでも健二を愛して欲しかったのに、と思えてならなくて、読み終わってしばらくは辛い気持ちが消えなかった。 -
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原作のエッセイを読んで、いまいち分かりにくかったのだが、年配の友人に寺山修司ってどういう人?って尋ねたら、映画の方が面白いよと言われて読後に鑑賞もしてみた。
確かに面白かった。原作で読んだ言葉たちが繋がった。「書を捨てよ町へ出よう」とは「町そのものを書物のように読むべし」ことだそうだ。町とはそこに生きている人間、光の当たらない人々の言葉なんだろうなと思った。主人公とその家族、人力飛行機で祖国へ帰ろうとする在日朝鮮人、ゲイの文通欄の言葉、娼婦、尋ね人の言葉、犯される少女の叫び、姥捨山に送られる老婆、街中の落書き、看板、街頭インタビュー、悪態をつく若者、気持ちの吐き出せないさまざまなマイノリティの言葉が出てくる。それが町の言葉なんだろうなと。
今の時代でも彼らの言葉は街中に、そしてネットの中に溢れている。でも、ないものにされてしまっている。そして眉をひそめて批判する人々があまりにも多いことに、何も変わってないんだろうと思ってしまう。 -
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江戸川乱歩、他『栞子さんの本棚2 ビブリア古書堂セレクトブック』角川文庫。
三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』に登場した古今東西の名作集、第2弾。残念ながら今回も抜粋作品が多い。
江戸川乱歩の『孤島の鬼』『黄金仮面』『江川蘭子』は抜粋。全文掲載は『押絵と旅する男』と『二銭銅貨』の2編。中でも『二銭銅貨』は傑作中の傑作。この時代にこれだけのレベルの暗号ミステリが創られたとは信じられない。何度読んでも面白い。
小林信彦の『冬の神話』、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』『ハムレット』も当然の如く抜粋。
小沼丹の『黒いハンカチ』は江戸川乱歩と同じような系統の小気味良いミステリー。時代を感じつつも、描かれるミステリーの光景が目に浮かぶのだから、不思議。
寺山修司と木津豊太郎は数編の詩歌を収録。
太宰治の『駆込み訴え』と太宰のもう一つのペンネーム、黒木舜平で書かれた『断崖の錯覚』も収録。今どき太宰治を読む若者は果たしてどれだけ居るのだろうか。 -
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《ノック(30時間市街劇)》という演劇の存在を知り、興味が湧いたので読んでみた。寺山修司という人が、天井桟敷や、映画や、詩などを通して何をやりたかったのか少しだけ分かった気がした。当時はあらゆる人間が、とにかく何か動かしてみること、行為を起こすこと、を求めていたのかも。私は今、あした何が起こるかわからない日々を生きている。何をすべきか。
『これは、決して進歩のすすめではなくて、むしろ移動のすすめに過ぎないのだが、座標軸を決めてかかった移動には、常に新鮮な視野がひらける。社会閉鎖と「あした何が起るかわかっている状況」への挑戦には、こうした休みなしの運動が必要な時代なのではないか、というのが私の考えである。』(本文より)