寺山修司のレビュー一覧
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刺激的だとかそういう面白そうなワードでちょっと話題になっていたので読んでみた。成る程、「クールな挑発の書」と形容されるに相応しい語り口だ。
なんとなく若者向きかな…と思ったがしかし、やはり時代か。サラリーマンを平穏とか言ったり❨今のサラリーマンはブラック会社で命がけで働いているのに!❩、生活を切り詰めて高いクルマを買うような一転豪華主義を推奨したり❨あおり運転の人に煽られるリスクもあるしなぁ❩、このあたりは共感は得にくいだろう。だが寧ろどこかの世界のカルチャーを語っているのをガラス越しで眺めるような、それはそれで面白い感覚で読める。
個人的には最初の章「書を捨てよ、町へ出よう」の文学人らしい指摘❨月光仮面が素顔を隠す意味は?❩と、最後の章「不良少年入門」の自殺の薦めのウィットに富んだ文章にクスりとさせられて著者の感性を感じた。 -
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ネタバレそういえば最近読んだのだった、と書き忘れていたのを追加。寺山修司である。
僕が読んだのは緑色のカバーに朱色で印字されたシンプルなやつ。最近デザインが変わったらしい。
タイトルが好きで、いつか読みたいとずっと思っていたのだけど、折よく機会に巡り合うことができた。表題作、君もヤクザになれる、ハイティーン詩集、不良少年入門の四章構成で、さらにそれぞれ細かく中身が分かれているので、時間のないときでもちょこちょこ読み進められる。内容は、まあ面白いかな、という感じ。残念ながら寺山修司は僕を虜にするには至らなかった。読めば文学少年ぶれるかな、と軽い気持ちで読みだしたのだけど、ふたを開けてみれば詩集でも戯曲集でもなく、虚実入り混じった持論とエッセイのごった煮だった。八割は女と博打の話で占められているし。現実なんてこんなものだ。
でも、収穫がなかったわけではない。僕はまだニワカなので、彼の文章がどうとか細かい分析なんて望むべくもないけれど、三章「ハイティーン詩集」に収められた「一本の木のなかにも流れている血はある」から始まる短い詩は味わい深く思えたし、四章「不良少年入門」は面白く読んだ。後者はプレイボーイならざる「ブレイボーイ」になるべきだなどと、難しく考えずとも、肩の力を抜いて楽しめる文章だったので、是非一読を勧める。
また、読んでいて寺山修司の教養の豊かさに唸らされることも多々あった。非常に様々な分野への造詣が深い人物だったのだなぁ、などと感心しながら僕は読んでいた。氏が有しただろう、演劇や詩にまつわる知見がつまびらかにされることはほとんどなかったけれど。 -
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だが新宿新次は村田英雄が嘘つきだということを知っている。「おまえの時代」というものなど存在しない。ただ「おれの時代」を奪い合うエネルギーだけがほんものなのだ バリカン健二 ども跛吃りの治し方 吃り対人赤面恐怖症 「歌による自己表現」「スポーツによる自己表現」皮膚の下で何かが唸るのを感じた 心なんて、一種の排泄物みたいなもんで、「夜になるとたまって来るが、朝になると出ていっちまう」ものだ。 忽ちマンガ的に戯画化されて話題になった 薄利多売法 渥美清 長持ちする顔 老人に必要なのは、諦めではなくて、もっと酷い絶望か、或いは偽りの希望かの、どっちかなのだ。 西田佐知子 東京ブルース 話のネタになる本 若尾文子とオルガスムを分ちあいながら 「誰にも迷惑かけない性行為なんて、まったく無意味で、味気ないよ」 藤猛 北叟笑んだ アウト・ボクサー(点取虫) 拳闘の世界では「一番多く憎んだもの」にチャンピオンという称号が与えられる 彼の夢は大統領になること。すなわち、チャンピオン・ベルトをしめてリングの中を一周することである。そして、その資格を有するものは、少なくとも素晴らしいヘラクレス並みの肉体の持主でなければならないのだ。彼には新宿を歩いている青ざめた顔のサラリーマンたちが皆、間抜けに見える。 アデノイド症的な 幸せなら手をたたこう 坂本九 「誰だって、自分の宿命に勝ちたいからね。後天的なものを信じようとするのさ。生まれた時の星に逆らってみない人生なんて味っ気もありやしないじゃないか」 「野生の家畜」といった趣きがあった 「栄養剤を飲むといいんだよ。少し活力をつけると、あんな感傷的な人生観は、たちまち変わってしまうんだ。詩を書いたり、名曲喫茶に朝から閉じこもっているような連中を見てると、俺はいつでも(かわいそうだにあ!)って思ってしまう。奴らはリポビタンかアスパラを飲んで、体を鍛えればまだ立ち直ることが出来るんだ」これは新次の信念であった。彼にとって、ボクサーが負けるということは悪徳であり、その原因は突き詰めて行くと必ず栄養不足ということになるのであった。素晴らしい肉体が、精神などという小細胞を自由にできない訳がない。「己に勝て」などという精神主義的な金言は嘘っぱちで、まず、精神を支配できるような強健な肉体を作ることこそ先決なのだ。 幻影を持たない奴は、いつか消えていってしまうんだ。 馬鍬まぐわ つまり、欲求不満のエネルギーがあの人達の生き甲斐になってる訳なのよ。 あなたは病気にかかってませんか?人類彼の最後にかかる、一番の重い病気は「希望」という病気です。 川崎敬三(そっくり) 豊作兵助 それは「嘗て、あんなに何かを憎むことの出来た俺が、いま、何も愛せない訳がないさ」という自信である。彼等はそのことを自分の真実として、いまの怠惰を「世を偲ぶ仮の姿」だと考える。その考えは悪くない。だが、彼等は「世を偲ぶ仮の姿」のままで日々を送りながら、何時の間にかそれが「本物の自分の姿」になってしまっていることには気付かないのである。 猫の屍体したい 跛びっこ 曇天どんてん 弟子屈町 心臓の瓶詰め 薬一服煎じて飲んだら 植木等 学生節 少なくとも「暴力」行為には、疎外などのつけこむ空隙くうげきがないからである。 相手を傷つけずに相手を愛することなどできる訳がない。勿論、愛さずに傷つけることだってできる訳がないのである。 ボーイ・ソプラノ 雑念を払う為に去勢手術 学芸大学前 目黒 世の中には「偶然のない人生もある」ということがわかってきました。そこで、「偶然」をあきらめて、自分で一挺いっちょうやらかしてみようと思ったのです。 詠嘆している暇はなかったのである ダンプリング入りシチューチキン 花園町から歌舞伎町に抜け 俺の波田は俺が拭くそれははちきれるような欲望の処理というよりは、寧ろ自らを救済する一刻といった感じのほうが強かったのではあるまいか。 茎を握り出す マヤコフスキー ジューク・ボックス付きの女体だ バーブ佐竹 感謝にも似たエクスタシーの顔 昭和40年 モダン・ジャズの手法 コラージュ 極めて率直にお金を出して買ってくれた読者のあなたに捧げたいと思う。シナトラの唄ではないが、もしも心が全てなら愛しいお金は何になるという現実主義の名誉にかけて。1966年秋
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''ことばはナイフであり、時に薬である。
ことばは比喩であり実体ではない。''
ことばについて久々に考えた。
ことばについて考えることは思考について考えることであり、世界について考えることであり、人生について、人について、概念について考えることだ。
何を「名言」とするかはその人の価値観や歴史、生きざまが表れる気がする。だから「名言」ってのは人によって変わるのだ。
過去の経験によって作り上げられた心の琴線は人それぞれだから。
寺山氏の引用した名言たちも「なるほど」と思うもの、「よくわからない」もの、「綺麗だ」と思うもの、「気にくわないな」と思うもの、様々あって面白かった。
それにしてもとりわけ「恋愛」についてのことばは、過去から多く語られてきた題材であることも関係するのだろうけれど、面白いほど普遍性を持つのだなあ。
としみじみ思った。メロドラマが廃らないわけである。笑
わたしも名言を探し、そして出会った名言を心にそっとしまって生きていきたい。
''結婚は夫によって、または妻によって造り出されるものではなく、逆に夫と妻とが結婚によって造られるのだ。''
マックス・ピカート
''臆病は残酷性の母である''
モンテーニュ
''ふるさとは遠きにありて想ふもの
そしてかなしく歌ふもの
かへるところにあるまじや''
室生犀星
''美しくない真実は、ただの「事実」にすぎないだろう。''
寺山修司
(2016.8.14) -
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初の寺山修司。カドフェスより。
『書を捨てよ、町へ出よう』を、先に読んでおくべきだったかな、と感じている。
「幸福論」の不在から唱えられる『幸福論』。
有名なアランのものなどは、けちょんけちょんにのされてしまう。
なぜなら、書物の中でのみ生を与えられた論に学ぶことなどないから(と言いたいのだと思う)。
書物とはモノローグである。一方向的に説かれる幸福とは、いかなるものか。
そこで寺山修司は、身体性•双方向性を持つことに意味を見出す。とはいえ、それを説くためにはやはり書物という媒体を通すしかない不自由さに苦さを感じてもいるのだが。
「想像力も、交換可能の魂のキャッチボールになり得たときには、「幸福論」の約束事になり得るのである。」
「山椒魚人間にとって、変装は想像力の超克になり、生き方の選択につながるように思われる。」
「陽が昇ったり沈んだりすることは、必然であり、それ自体に少年たちのギターの神話の力が及ぼすものは何もないだろう。だが、それでもギターを弾かねば偶然と「幸福論」とのあいだをつなぐ、時の架橋工事などはじまらないのである。」
「幸福は決して一つの「状態」ではないのだと知ったとき「幸福になってしまったあと」などということばは失くなるはずである。」
自己否定ではなく自己肯定に繋げるように歩み続ける寺山修司の後ろ姿くらいは、見つめられたように思う。 -
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【本の内容】
あなたの人生は退屈ですか。
どこか遠くに行きたいと思いますか。
あなたに必要なのは見栄えの良い仕事でも、自慢できる彼や彼女でも、お洒落な服でもない。
必要なものは想像力だ。
一点豪華主義的なイマジネーションこそが現実を覆す。
書を捨てよ、町へ出よう―。
とびきり大きな嘘を抱えながら。
家出の方法、サッカー、ハイティーン詩集、競馬、ヤクザになる方法、自殺学入門etc…。
八歳にして詩を書き、時代と共に駆け抜けた天才アジテーター・寺山修司による、100%クールな挑発の書。
[ 目次 ]
第1章 書を捨てよ、町へ出よう
第2章 きみもヤクザになれる
第3章 ハイティーン詩集
第4章 不良少年入門
[ POP ]
今、本を持っていてもてる時代では決してないでしょう。
ましてや寺山修司のような観念的な読みものなど、30年前にタモリによって脱構築されていらい無用の長物となって久しいのでここではあえて内容は読まずに、タイトルを真に受けて、読書なんてやめてクラブにでも出かけてしまいましょう。
図々しい人間ほどモテるということはこの本には書いてありません。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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あぁ、これは....とんでもないところに入ってしまった。
読んでいてそんな一言がもれてしまいます。
説明ができません。判別不能で、誰かに「そもそも何が書いてあったの?」って言われたら、たぶん答えられません。
時代駆け抜けすぎでしょ。つらつらと独特な文体で、独特な内容が張り巡らされています。困ります。
「書を捨てよ、町へ出よう」というクールなタイトルから似てもにつきません。
読んでいて、読む本間違えたかなって思いました。
時代背景を知らないからかもしれませんが、当時一世を風靡した著者の作品ですが、読み解くことができませんでした。
そして、個人的にはもう深淵な世界に入りたくないので、抜け出します。