寺山修司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「私たちの時代に失われてしまっているのは、
幸福ではなくて幸福論である。」
哲学といっしょで、幸福そのものよりも(そんなものはきっとない)、どうすれば幸福か、なにが幸福かを考えて行動することのほうが大切、だと思う。
・書物の歴史性を、現在化していくおは、読者の肉体である。
→どういう肉体のコンディションで本を読むか。
・スクリーンがあれば、人は何度でも死に、何度でも生きられる。
・変装の役割。差別の克服。
自分を解放する日常的な冒険。
・演技を生き方の方法にすることで、想像と現実の間の階級を取り除く。
・交際を広げたい人は、身近な人も他人とみなす疎外感。
出会いに期待する心は、幸福を探す心。
・アトム畑井。自分がボクサーになって殴られる様子がテレビに映ることで、母に自分を探してもらえるという期待。
・売春婦は、「遊んでいかない?」とは言うが、「愛していかない?」とは言わない。
ホイジンガ「愛が遊戯であり、性がまじめである」
・なぜ「いく」っていうんだろうか。
なにかが逃げていくのか。
・オナニーはランプの魔人と似てる。
・「オナニーは、出会い。自分の中に同胞を見出す行為」寺山修司
・距離と歴史。
100mを11秒で走るランナーにとっては、10000mは18分の歴史。
走ることは、過去をたぐりよせること。
・歴史で大切なのは、伝承されるときに守られる真実の内容。どうつくりかえ、再構築していったか。そこにどういう意図があったか。
・寺山修司の劇団は、身の上相談。
不幸な人が、不幸を演じればいい、という考え方。 -
Posted by ブクログ
寺山修司さんの戯曲。
≪サイコパス・PSYCHO-PASS≫の引用から興味を持って。
≪さらば、映画よ≫
「映画なら上手も下手もないですよ」
「映画もつまんない。ハンフリー・ボガートが死んでしまったもの」
「そうね、俳優がほんとに死んじゃっちゃいけないなあ。俳優は映画の中で死ぬべきですよ。ストーリーの中で死ねばいいんだ。そしてまたべつの映画の中で生きかえる。歴史の反復性……輪廻。それなのにハンフリー・ボガートは映画の外で死んでしまった。何てわがままな人だろう」
「『誰も私に話しかけてくれない』って遺書を残して死んだソビエットの養老院の老人の記事を読んで、母は薄笑いをうかべて『自分で自分に話しかければいいのに』って言ってました。むろん、私もそう思っていた……」
「『吃り対人赤面恐怖は治る』って研究所へ入ってたでしょ?」
「ああ、あそこ。あそこにだって、『他人』なんかいやしませんでしたよ。あそこはまるで納豆の糸のひきあいみたいなもんだ……『万有引力とは引きあう孤独の力である』ですよ。あそこにいるのは、みんな私だ。他人なんかいやしないんだ」
「どこへ行っても私がいる。どこへ行っても他人がいない。畜生。ハンフリー・ボガートめは、うまいことしやがった。あの人は映画の中でも死ぬことが出来た。映画の外でも死ぬことが出来た。地球を二つに割って、その片方に腰かけて、もう一つの片割れがスクリーンの中をゆっくりと浮游するのを見ながら自分で自分の他人になることが出来たんだ……。だが、私は私自身の他人にはなれない。私にはスクリーンがない。私が映画の中で死ねると思いますか?」
「何もかも……何もかも、ありとあらゆる問題は、すべて『代理人』のせいなんです」
(いささか白んで)「だれです? その『代理人』ってのは?」
「それを……(と考えて)私も知りたいんです」
「だが、ある日私はふと考えた。どいつもこいつも『代理人』の世の中だ……私もきっと誰かの『代理人』なのではないだろうか? だとすると、
私は一体、誰の代理人なんだろう。
どこかの町の片隅に、私を『代理人』にえらんださみしい中年男がいて、私は、その男のさみしさを、代りに味わっているのじゃないだろうか?」
≪アダムとイヴ、私の犯罪学≫
「ああ!と俺は思った……俺は自分の幸運を食っちまったんだ。それからというもの、俺は林檎を食わない……林檎なんか見るのも嫌だ。本当のことを言うと、林檎がこわくなってしまったのさ」
≪毛皮のマリー≫
「どうして、殺したの?」
「これ以上長生きさせると翅がボロボロになって、きたなくなるだけだから」
「ジーン・ハーロウの映画、観たことある? ジーン・ハーロウはとてもいい女でしたよ。百万人に愛されて、映画の中でも何度も死んだ、そう、何度も死んだ。おまけに映画の外までも酔っぱらって、自動車事故で死にました。死に方はぜんぶまちまちで、それぞれべつの名前がついていた――すてきね、何度も死ねる人は、何度も生きられるんですもの」
「詩人は、ことばで人を酔わせる酒みたいなもんです。ときには、ことばで人を傷つけたりすることもできる。ようくみがいたことばで、相手の心臓をぐさり、とやる」
「場合によっては、ことばで人を殺すことだってできますが、」
「雨だけは、だめです。あいつばかりにゃ、ことばは勝てぬ」
≪血は立ったまま眠っている≫
≪星の王子さま≫
かの有名なサン=テグジュペリの≪星の王子さま≫について、つとつとと。
≪毛皮のマリー≫は、美輪明宏さんが、舞台で演じたこともあるから、知っている人は、知っているでしょう……。
以前、寺山修司のなんだのといった、ちいちゃな個展みたいなものがね、ありましてね、ポスターだの、なんだのが、ざあと置いてあったのです。
わたしは、≪カリガリ博士≫の文字に惹かれて、見に行ったわけですが……
あのとき、わたしは、≪毛皮のマリー≫の存在も、知っていた……
このたび、アニメ≪サイコパス・PSYCHO-PASS≫で寺山修司をまた見ることになった……
嗚呼、なんの因果か……
サン=テグジュペリも、そう……
≪星の王子さま≫を知らない人は、殆ど、いない……
わたしは、箱根にある、≪星の王子さまミュージアム≫にも行ったことがある……
重すぎて持っていけない……
嗚呼、嗚呼、巡り巡ってふたたび……
同性愛が、そこかしこ。
≪サイコパス・PSYCHO-PASS≫の槙島聖護は、そうさね……
ひとりぼっちの、淋しい……
全編通して……
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Posted by ブクログ
寺山修司の著作を読んだのは初めてだったのですが、とにかく引用が多いこと、登場する人物名が多岐に渡ること、文の表現や比喩、状況の描写などが独特であること、競馬の知識が皆無であること等から、その言わんとすることはなかなか理解し難かったのですが、彼の伝えたいことはその独特の文章から少しばかりは汲み取ることが出来たかなと感じました。
寺山の幸福論を読み解くための手掛かりになると思われる想像力や演技、出会い、偶然と必然などの言葉にはいささか得るものがあったのかと思われるところがあります。「出会いに期待する心とは、いわば幸福をさがす心のことなのだ」、「偶然の本質、偶然をそれ自体の存在として受けとめようと思い立ったときに、はじめて自由になれるのだ」といった言葉にも考えさせられる部分があり、読んでいて飽きない作品でした。
寺山の幸福論は多くの哲学、数学、社会学等の学問や映画、詩などの著作を引用しており、幅広いジャンルの書物の紹介書のようでもあるため、これを読むことでさらなる知的好奇心をかきたてることができることからも、是非読んでいただきたい一冊です。