・ケヴィン・ハーン「鉄の魔道僧1 神々の秘剣」(ハヤカワ文庫)、 「鉄」はくろがねと読む。最近よくある、いかにもそれらしいタイトルと物語である。さうして次の一文がその雰囲気をよく表してゐる。「わお。短縮ダイアルにグールを登録している。おれの弁護士は実にクールだ。」(181頁)グールは一般的に食屍鬼と
...続きを読むか屍食鬼と書かれる。HPLなどのお得意とする存在である。ただし、この物語ではグールの活躍はない。かうして現れるだけである。もちろん食屍はするが、さういふ場面はない。問題はこの弁護士にもある。彼はヴァンパイアなのである。吸血鬼であるから夜間担当、昼間の弁護士は、何と、人狼である。この2人が主人公の弁護士として働いてゐる。その主人公が「鉄の魔道僧」であつた。魔道僧とは何か。ドルイドである。巻末の「『鉄の魔道僧』小事典」には、「ケルトの祭司。自然を愛し、自然の力を使った魔法を操る。体の刺青を通し、大地の力をとりいれる。動物の姿をとることもできる。」(417頁)とある。魔道僧とはいふものの、正邪で言へば正であらう。Wikiに見 えるドルイドも似たやうな者であるが、いづれもキリスト教伝来以前の、ほとんどケルト神話の存在である。主人公の年齢が2000歳になる所以である。いや、こんなことを書く必要はあるまい。昨今の多くのゲームに見られるドルイドが、この物語のドルイドであると言つて良からう。それが、ケータイの短縮ダイヤルを持つヴァンパイア弁護士を雇ふのである。これはいかなる物語か。ごく簡単に言つてしまへば、主人公の持つ秘剣をある神が取り戻さうとするといふだけ の物語である。。それをめぐつてケルトの神々はもちろん、吸血鬼や人狼、魔女等が入り乱れる。普通の人間の出番はあまりない。しかし時は現代、場所はアリゾナのテンピ、古代アイルランドではない。だから、短縮ダイアルもグールも存在しうるのである。ちなみに、この世界、フェアリーも存在するが、「ディズニー映画に出てくる羽のついたかわいらしい生き物のことではなく、フェイあるいはシーのことだ。」(11頁)主人公は「フェイたちにあまり好かれていな い」(同前)らしい。この物語、基本はケルトの神々にあるが、そこに所謂ファンタジー世界の住民達をみんなまとめて入れてしまつたといふ感じのものであら う。もしかしたら、それはほとんどゲームの世界であるのかもしれない。
・さうは言つても、この主人公の存在は特異なものであらう。ドルイド、祭司である。神ではなく、神々を祀る祭司、魔法を使ふことはできても大地とつながつ た自然の魔法しか使へない。直に大地、地面と接していないとダメなのである。しかも見た目は若い。21歳である。100分の1の年齢に見える。これは努力の賜物、とは言ひすぎだが、主人公が「死なん草って呼んでいる。」(300頁)薬草を毎週「お茶にして飲んでいるから」(同前)若さを保てるのである。さ うしてもちろん強い。剣もできる。だからこそ神をも相手にできる。主人公は人にして人にあらざる存在である。ここでは人非人ならぬ超人である。ゲームでは やはり人は人であらう、たぶん。ところが、ここではそれよりも進んでゐるといふか、ひねつてあるといふか、とにかく並みではないのである。それを軽い乗り で行くところがおもしろい。米国人の作物と言ふべきであらう。そんな感じでこの先、まだまだ展開していくらしい。そこでもかういふ主人公の基本的なキャラクターは残つてゐるのであらう、もしかしたらケルトの世界も。ならば楽しめるのか。問題はここである。だからこそ楽しみに第2巻を待つとしよう。