信田さよ子のレビュー一覧
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中2の長男が、3学期の始まりから学校に行けたり行けなかったり、、、となりました。期末テストはついに3日間とも行けず、でも、毎朝、行かなきゃ、でも、行けないと葛藤している姿に、私も胸が押しつぶされそうになっていました。
私自身はもともと自己表現が苦手なタイプでしたが、勉強だけはハマり、勉強ができることだけが自分を救ってくれたといってもいいような学生時代を過ごしてきました。でも、いい高校に行き、いい大学に行き、いい就職をしても、自分が幸せだとは思えず、子どもを生んで育てる中で、自分を知ること、自分のしたいこと・好きなことをすることこそが、本当の幸せに繋がるんだと実感しています。なので、勉強はしたければすればいい、学校も行きたくないのを無理していかなくてもいいと思っていたのですが、いざ、我が子が学校に行けないとなると、動揺し、この本を手にとりました。
長男にも、106ページの「学校に行くのがなんとなくつらい。でも学校を休むと進学できなくなるのが不安。学校をやめるか死ぬかの二択を迫られているよう。」というある男性の体験談を見せました。自分と同じ気持ち、と言っていました。そして、続けてこうも言いました。今回のテストでどの高校に行くかが決まってしまい、そうしたら、どの大学に行くのかも決まって、就職先もだいたい決まって、稼げるお金も決まる。そう考えたら怖くなった。学校へ行くのが当たり前だし、勉強できるかどうかで将来が決まる。そういう社会に僕たちは生きてる。この本に載っている人たちは、特別な人だ。自分は普通なので、こんなふうに生きられない。
本当はもっといろんな生き方があっていいのに、とても苦しい社会になってしまっています。私の大切な大切な長男、そして、たくさんの大切な若い人たちがそんなふうに思って、苦しい人生を生きているのだとしたら、とても辛いし、苦しいです。私たち親世代が、自分の生き方を通じて、いろんな生き方をしていいんだよ、と見せていかないといけないと思いました。
そんな思いも込めて、今日も私は残業する同僚を尻目に定時で帰り、用事がなくても休んで年休はすべて消化し、障害年金をもらって、ほぼほぼ専業主夫をしてくれている夫がご飯を作っている我が家に帰るのです。 -
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まさに言葉を失うような、酷い状況を生き抜いてきた人々の語りをきいてきた2人の言葉は、語っている内容以上に語らないこと、語れないこと、わかりやすい言葉にならない、手からこぼれ落ちるようなことを含んでいるのだろうという感じを受けた。
言葉にすることの限界を知って、それでも、その場に立ち続ける覚悟というか。
DV家庭で育って、やっとそのことを言語化しはじめてきたわたしには、色んなことを思いだし、ちょっと具合悪くなりながら読み終えた。
残っているのは、被害者は加害について理解する必要があるということ。家族から暴力をふるわれ続けるとわけわからなさを本当に感じる。そのわけわからなさと対峙し続けることの苦しさから、自分が悪いんだと自己を責める癖を持ってしまってきたような。
また、自分の家族を加害者と捉え、自分の被害に向き合うのはしんどいと思います。家族の関係を壊さないようにするにはどうすればいいですか?
という質問に
「自分のやったことの責任を取ってくださいと言われることは、自分が責任を取れる人間として尊重されているからだ」
という信田さんの、言葉がよかった。
加害も被害も本当は、そんな簡単に語れないことが多い。ひとの関係は相互にかかわり合っているから。
わかった、わからない、ではなく、複雑さのなかに、立ち続けること。
それが生き延びることかもしれない。
わたしにはそんな感じが残った。
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半分以上読んでも、タイトルの意味するところが分からなかったが最後の方で繋がった。内容は既知のものもあれば逆もあり、全体的にとても興味深く読んだ。
家族という無法地帯。児童虐待とDV。子供の頭を叩くのも、生意気な妻を蹴るのも、ちゃぶ台を引っくり返すのも、家長からみれば「仕方のないこと」であり、家庭内に暴力など存在しないのだ、という下り。
引きこもりは、本人よりも両親のケアが先と著者は言う。両親のチームワークの形成。引きこもりが原因で破綻する夫婦は多いからだ。
第二次世界大戦からの復員者の心的被害。妻や子供への苛烈な暴力。これはベトナム戦争後のアメリカでも見られる。
「プライバシー原則とは、家長という私的権力の支配圏に対して公的権力が介入しないという密約の産物ではないのか」
(上野千鶴子)『生き延びるための思想』 -
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不登校の悩みや不安を抱えるこども達に寄り添い、苦しいのは自分一人ではないと励まし三人の専門家が一緒に問題を解決しようと勇気づけてくれる一冊。
臨床心理士の信田さよ子さんの、自己肯定感という言葉に対する持論で「たいてい自分はいやなものです。自分を認められず嫌悪するところから、エネルギーが生まれることもあるのです。
楽かどうか、ほっとできるかどうかという点を大切にしたい」という言葉にどれだけ救われた子ども達、親がいるだろうと思いました。私も困っている子どもがいたらこのような言葉をかけてあげられるようになりたいです。
脳科学者の茂木健一郎さんは根底に優しさが溢れていて、子どもは焦らないでいい、親は応援団として子どもを信じてあげてほしいという思いが伝わってきました。
「ユニバーサルオブライフ」人生そのものが大学だという言葉を引用して、子どもや親を存在から肯定して寄り添ってくれるような言葉の数々に人間性の素晴らしさを感じました。
『こども六法』の著者山崎総一郎さんは自身の不登校の経験やそれからの人生を示し、学校という場所に行くか行かないかということがもはや問題ではなく、自分が幸せだと感じられるかどうかが最も大切で、学校は一つの選択肢であるという、経験者にしか語れない思いを言葉にしていました。
「子どもを信じ、子どもが子どもでいるだけで肯定される社会になってほしい。」
これに尽きると思いました。 -
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読み終わりました。結婚と何ぞや?女とは?男とは?超有名な社会学者とカウンセラーの対談本。信田氏があとがきで散々上野氏を褒めちぎっておきながら、対談の中では意外と上野節に反論したりしているのが面白い。
対談自体は結婚そのものについて語り尽くすというよりは、DVや性、世代の傾向もふんだんに交えて話している感じ。
信田氏の「わたしは、結婚は制度だと思ってますから。制度であるということを知らずに制度に踏み込むのが結構です」という言葉は核心を突いている。また、「男はおびえて女に暴力をふるう」という箇所も核心的。この本からは学ぶことが多い。
ただ一点だけ。個人的に上野千鶴子節は対談よりも文章の方が輝いているように思った。この対談が悪かったわけでは全然ないけれど、全体としては信田氏が一枚上手だったかなという印象を受けた。 -
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北原みのりさんと同じく、木嶋佳苗はじめ、女性が起こした事件に興味を持っていて、ついこの手の本を読んでしまう。
あたしは壇蜜と同い年のエンコー世代で、毒母持ちであり、男と同等の評価が欲しいと社会で苦しむ、結婚をゴールとしない独身女である。
…このお三方の研究分野にすっかり当てはまってしまった。
しかし、あたしはエンコーコギャル世代ど真ん中でしかも比較的都会にいたのに、その時期、人生で最も輝く10代を、みっともない脂肪にまみれて暮らしていて、誰からも性的に求められなかった。現実から目を逸らして暮らしていた。
大人になって、ああ、あれは肥っていたからだ、そう思っていたのだ。
木嶋佳苗には、だから驚いて興味を持ってしまったのだと思う。
人から求められない理由に、容姿は関係ないのだと。
木嶋佳苗を知れば知るほど、魅力的に思えてくる。
たしかに、これはモテるかも。
なんだこの、負けた感は。
みんながだからざわつかされたのだ。
本書にも出てくる似た事件の犯人は、背景がわかりやすい。だから誰も興味をもたない。同じようだが、魅力的ではない。教育も、お金もなかったのだろう、と思うだけだ。
10代で自分を無価値と位置づけたあたしは、オンナを上手く使うことも、そこに飲み込まれることもなく、誰にも興味を持たれない、その他大勢の時間を過ごしている。
堂々と生きている木嶋佳苗がすこし羨ましい。