家族と国家のつながりは最後の方に明確に出てくる。それまではDVやカウンセリングの話が多い。
以下読書メモ
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・「堅くて変化に乏しい」から「めまぐるしく配置や距離を変える」関係性が主流となったのである。そこで求められる労働者は、適応できる即応性と柔軟性を備えていなければならない。資本主義社会の多くの場で、このように期待される人間像が大きく転換したことを、ポストフォーディズムという。
・ 注意深く見ると、これが日本で主流だった「男らしさ」の価値を下げたことがわかる。男は黙って、自分の信念を曲げずに、頑固なまでに固執する、といった態度がプラスの価値を持っていたのだが、それらは現在では「発達障害的」だとされる。綾屋紗月は発達障害の臨床像とジェンダーの問題を関連させているが、まさに昭和の男らしさは、そのまま発達障害の特徴と重なっている。相手の気持ちが汲めず、状況が読めず、自分の世界に閉じこもっている.というのは、家族における父親の姿そのものではないだろうか。
・ユング心理学の第一人者である河合集雄(一九二八-二〇〇七)は、西欧では結婚によって母親とは切断されるが、日本ではその契機を経ることなく結婚に至るので、男性の多くが母親と切れることなく家族を形成していくと述べた。このような、母息子関係をエディプスコンプレックスをもじって批判的に表現した言葉だと考えられる。母親を拒否できない男性に対する女性からの批判、母親を切断できないふがいなさに対する同性からの批判という、二つの側面がある。
・成人してから「親のことを悪く言うのは自立していない証拠」という規範が、想像以上に息子たちを縛っているのが一つの理由ではないか。その度合いは、娘よりはるかに強いのかもしれない。娘たちの多くもその規範ゆえに苦しむが、息子たちにはもっと深くそれが植え付けられているはずだ。
・もう一つの理由は、異性の親である母、女性である母を、男性である自分が批判し、苦しみを表出することへの抵抗感ではないだろうか。なぜなら、母からの抑圧を感知し、それを苦しいと感じることは、母親への敗北を意味するからだ。被抑圧感とは、抑圧されたという受動性を認めるから生じる。自らが母によって支配され、抑圧されたということは、母の加害性=自らの被害性を認めることになる。父に敗北するならまだしも、母に敗北することは、息子たちのジェンダー観を覆すものだろう。男が男に負けるのは屈辱ではない。しかし、女性に負けることは、彼らの根本にある男性優位的価値観に抵触する。
・殴る蹴るという身体的暴力、性行為を強要する性的暴力以外に、数々の言葉や経済的制裁、脅しや監視といった行為がDVの本体なのである。
・被害者と呼ばれるべき女性たちは、そんな「誤解」を信じなければ生きて来られなかったのだ。あしざまに夫から「バカ、ブス」とののしられても、殴られるわけではないから(しかも「手を上げるわけじゃないから」と婉曲に表現される)DVではない、生活費を定額しか渡されず、給与総額を教えてもらえなくても、殴らないので夫はDVを行ってはいないと、日々自分に言い聞かせて納得させる。性虐待に至っては、ほとんど記憶の片隅に押し込められており、意識されることすらない。
・家族内暴力の多くは習慣的に繰り返され、加害者・被害者の関係は相互的ではなく、非対称的である。これが「けんか」と呼ばない理由である。非対称性は権力と言い換えることができ、強いものから弱いものへと行使される。中でも、DVは加害者のほとんどが男性であることから、市民社会における性犯罪と酷似している。
・記憶がよみがえるには、それを、①名づけ、定義する言葉、②承認する他者、の二つが必要である。しかし、条件がすべて整ったときに想起が起きるわけではない。なんらかのきっかけで、突然それがよみがえる。二人の女性のように、日常生活を送りながら想起を受け止める人は、実は稀である。多くは混乱と混迷をきたし、自分を傷つける行為に走り、精神的症状を呈する場合も多い。
・自分の身体であることを痛みによって確認でき、いつでも容易に傷痕を確認できる場所であることも重要な要素だろう。切る行為だけでなく、傷痕が残存することで事後的に、視覚的に確認できることの意味も考えざるを得ない。
・ 望むと望まざるとにかかわらず、家族を形成したとたんに権力を手に入れてしまう男性(夫・父)には、暴力防止の責任が発生する。子どもを産んだとたんに法外な権力を手に入れる母親にも、同様の責任が発生する。もちろん、それらを個人の問題だけに帰すことはできない。大前提である男女不平等の是正を強調したい。
・ このように、家族の中の暴力から虐待だけが選ばれて強調されるのだ。なぜなら、被害者である子どもは無垢で無力な存在であり、おまけに親を選んで生まれてきたわけではないからだ。これほど圧倒的なイノセンス(免責性)があるだろうか。それに比べると、DV=妻への暴力は違う。被害者の妻は成人であり、逃げる自由をもっている。夫とは合意の上で結婚したのであり、選択した責任は妻にもある。それに夫婦は「対等」のはずだから、あそこまで殴られるには、妻にも悪いところがあるのだろう。常識からは、こう考えられるに違いない。虐待に比べると、DVは妻の責任をめぐる複雑な説明や理論化を経なければ、彼女たちを声高に被害者と断定することは難しい。暴力とは、加害・被害を生み出し、加害=悪=有責、被害=善=免責という図式につながっていく。
・彼女たちは、夫を怒らせたことが自分の責任であるという「加害者意識」を抱いており、それは一般常識の被害者有責論(されたほうにも悪いところがある)と呼応する。グループの基本であるDVとは何か、被害とは何か、加害者に100%責任があると毎回再確認し続ける必要がある。
・うろ覚えだが、「人の話は、結局、聞く側の身の丈以上の聞き方はできない」といった内容だったと思う。範型の豊かさとは、要するに身の丈がどの程度の高さであるかということだ。
・クライエントも、その家族も、とにかく生きることを最大公約数とする。これがカウンセリングの原点であるし、そのために精神科医への紹介も積極的に行うのだ。
・彼女にとって、カウンセリングは一種のアジールであった。ある人は「解放区」と呼ぶ。世間のドミナントな家族言説から解放される場、それがカウンセリングの役割なのだ。私が最初からそう決めていたわけではない。クライエントたちの要求によって、次第にアジール化してきたといったほうがいいだろう。範型を豊かにすることは、クライエントの要求によって起きるのだ。なぜ、アジールが必要なのか。「私は親からまったく愛されませんでした。だから親のことは嫌いです」「母親の存在が不気味で恐怖すら抱いてしまいます」「いつそ早く死んでほしい」という、衷心から発する言葉が無批判に聞かれる場所がなければ、彼女や彼らは孤立無援の状況におかれてしまうからだ。自分が感じていることが「正しくない」「ヘンだ」「異常だ」と批判されて責められること、自分が感じ、考えていることが誰からも承認されないこと、このような状況で人は生きていくことはできない。たとえ生命は維持できたとしても、精神的生命は絶たれてしまうのだ。
・ クライエントは、生きるために、命を賭けてアジールとしてのカウンセリングを求めているのだ。そうしなければ生きていけないからである。とすれば、カウンセラーの役割は明瞭である。目の前のクライエントが生きていくことを支援するのだ。そのために、彼女が親の死を喜んでいるのであれば、ともに喜ぶ。ためらいもなく、そうするのである。
・カウンセリングでは、エレベーターを降りて入るエントランス、受付、料金支払い、部屋、カウンセラーといった構成要素の安定性によってクライエントは安心する。いつものように目の前にカウンセラーが存在することで、クライエントは自身の変化に意識を集約することができ、カウンセリングの効果を上げることにつながる。カウンセラーはプロとして最低限の義務である心身の健康を厳しく自己管理しなければならない。
・ 重要なことは、その出来事・体験の意味をどうとらえるかにかかっている。意味づけこそが、トラウマを発症させる契機となるのだ。
・暴力という言葉に込められたものは、対等な個人間で起きる一般的な暴力ではなく、不平等(非対称的)な力の構造を基盤とする「構造的暴力」を意味している。
・上野千鶴子は『生き延びるための思想』(岩波書店、二〇〇六年)において次のように述べている。
「プライバシー原則とは家長という私的権力の支配圏に対して公的権力が介入しないという密約の産物ではないのか」
つまり、もっとも私的でもっとも見えにくい家族で起きていることは、国家のレベルで起きていることと連動しているのだ。家族の暴力についてなかなか政治的対策が講じられないのも、ひょっとして国の意思がそこに働いているのではないか。家族は国からも他者からも侵入されないユートピアなどではなく、もっとも明確に国家の意思の働く世界であり、もっとも力関係の顕在化する政治的世界なのかもしれない。
・ 衝撃に対しても、ジュディス・バトラーが唱えたようなエイジェンシー(言説行為を通して事後的に構築される主体。言語と主体をつなぐ行為媒体ともいう)が働くだろう
・政治学者の丸山眞男(一九一四-一九九六)は「抑圧委譲」という言葉を用いた。私はこれほど端的に日本の家族を言い当てた言葉はないと思ったが、丸山の言うように社会の隅々にまで貫徹したこの構造は、ヘイトスピーチを濫させるネトウヨの言説にも、さらには学校のいじめにも連なるものである。レジスタンスは、強者の権力に対する弱者の反撃・反抗・抵抗を意味したが、押圧委譲はそうではない。強者による権力行使に対して、それをそのまま自分より弱者に向かって同じように権力行使するのだ。まさにレジスタンスの対極ではないだろうか。夫の暴力を受けた妻が、自分の娘や息子へ「あなたのために」という大義名分を最大限に利用して人生を支配していくことも、抑圧委譲の応用であろう。会社でも、学校でも、丸山眞男が「日本的なるもの」として描いた抑圧委譲は、二一世紀になった今でも、表向きは非暴力化がすすむにつれて、さらに巧妙に、さらに狡猾になって行使され続けている。
・カウンセリングに従事しながら、従来の心理学的用語や精神分析的用語では、クライエント(来談者)の抱える問題を解決するのに不十分であると長年考えてきた。意外に思われるかもしれないが、私たちのカウンセリングセンターがターゲットとする主訴・問題は、単なる「こころの悩み」ではないからだ。「自己肯定感」のような、いまや世の中に流通しきった感のある言葉は、私がもっとも嫌悪し、もっとも忌避するものである。まさに、すべてを回収してその箱の中に投入すれば世の中がスッキリするという言葉ではないだろうか。自己肯定感は、もともと臨床心理学者高垣忠一郎によって、子どもの成長に対する肯定的評価を重要視する言葉として一九八五年に提唱されたものである。それが、いつのまにか「自分で自分を愛せないなんて」「自分を好きになろうよ」「自分で自分を愛せなければ人を愛することはできません」といった文脈で、自己肯定感を「もつ」とか「高める」といったコントロール可能な尺度へと変わっていったのである。評論家の加藤興戦によれば、村上春樹が登場したもっとも根底的な意味は「否定性の時代」から「肯定性の時代」への変化を先取りしたことにあるという(『村上春樹は、むずかしい」岩波新書、二〇一五年)。戦後知識人および作家たちは、自己否定をかいくぐることで成長するという否定性を価値あるものとした。私もその世代としてよくわかるが、暗いこと、否定することこそ、弁証法的にとらえれば肯定性に至るもっとも確実な道だった。明るいことは単にバカであることの証明であり、肯定することは表層的で思索しないことの表れだったからだ。村上春樹的世界に違和感を覚えるのは、やはり私が否定性に価値を持つ時代に育ったこ
と、その中で自己形成したことを表しているのかもしれない。今でもよく覚えているのが「ネクラ」「ネアカ」という言葉がバブル期(一九八〇年代末)に登場したことである。多くの若者がネクラであることをマイナスとして、一種のスティグマとしてとらえるようになったのである。自己肯定感という言葉の広がりを考えると、肯定性の時代の到来とそれは重なっている気がする。しかし、「自己肯定感」をカウンセリングでもちいることを私はしない。それは否定性への回帰を望んでいるからではなく、新自由主義的自己そのものを表していると思うからだ。あらゆる失敗、あらゆる挫船、友人関係の衝突の理由・背景を考える際の回路な、まるでブーメランのように最後は自分に跳ね返るように仕組まれているのが新自由主義の根幹だとすれば、その象徴としての言葉が、自己肯定感なのだ。すべての道はローマへ、というたとえのとおり、すべての失敗や苦痛はつまるところ「自分のせい」である。自己肯定できないこの私のせいだ、という「自己責任論」の根底をなす、どん詰まり的な気分がそこにはある。
・暴力(中でも家族の)は、そのように定義される前はしつけや愛情、もしくは当たり前の名づける必要のない行為として扱われてきた。呼吸をするように妻を殴る夫はいたが、手を上げるのは妻が生意気だと考えられていたのだ。
・家父長的権力という構造そのものに根差す暴力として、フェミニズムによって問題化されたのがDVであること。これを忘れると、すり替えられる危険性がある。それに被害者は無垢でもないし、非力でもない。DV被害者は自己主張的であり、傍観者を決め込み、あきらめに身を任せる女性に比べれば、はるかに意志の明確な女性たちである。
・ DVと名づけること、被害者であると自己認知することは、夫の暴力への服従を意味するのではなく、そのような状況に対する抵抗(レジスタンス)なのである
・常識や多数派に支持される家族・夫婦観と、DVが前提とする権力構造としての家父長的夫婦観とは大きく異なる。前者はマジョリティであり、「ふつうの親子は」「ふつうの夫婦は」と語られ、メディアをとおして日常生活を席巻している。それに比べれば、後者はどうしたってマイノリティでしかない。それゆえ、話した相手にわかってもらい、共感してもらうことはむずかしい。数からみても、マイノリティにそもそも勝ち目などない。
・DVや虐待の被害者たちにとって、「正義」の持つ意味は何だろう。家族をめぐる絆や愛情といったマジョリティの言説に抵抗するために、その言葉は存在する。無謀とも見える抵抗・レジスタンスの足場である砦を深部で支えるために、「正義」は必要なのだ。
・親孝行の価値は再評価されているほどだ。それはあたかも
・「普遍的」であるかのように教えられているが、果たしてそうだろうか。江戸の研究が進むにつれて、今の家族観がどれほど明治時代に形成されたかが明らかになっている。それもひとつのパラシフトだ。
・ときどき私のことを、カウンセラーなのに理屈っぽいなどと評する人もいる。だが、家族で今起きている、微細で具体的かつ個別的なできごとが歴史的で構造的な背景を持っていることに気づき、知ることなくして、私たちは他者とつながれないのではない。誰にも言えないような経験が、「被害」と定義されなければ、類似の経験を持つ他者が存在することすら気づけないだろう。知識はつながりを生むのだ。本書によって、そんなつながりが生まれることを期待している。
・普遍知や全体知など存在しないと言われるようになって久しいが、それでも私はそれを 求め続けることをやめられない。有限な生を送るしかなく、それが残りわずかだとしても、知らないままに支配されて安穏と生きることだけはしたくない。これを、コロナ禍の現在に置き換えれば、多くのひとに共感していただけるのではないか。情報が操作され、遮断されることで無知な状態に置かれ、結果的にただの風邪と捉えて安穏と生きることなど、誰も望まないだろう。きわめて個人的と見えるできごとの背後に、国家や政治の意図を読み解く必要があるということ。今ほど、それが実感を伴う時はないとさえ思う。