鴻巣友季子のレビュー一覧
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新装版か~。キレイな表紙。
同著者の「夜の記憶」が良かったのでこちらも手にとってみました。
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作。
老弁護士が語る少年の頃の記憶。
村にやって来た美しい女性教師。
そして起こる悲劇。果たしてその真相は?
★3の下。
うん。「夜の記憶」の方が好みだったわ。
いや〜〜〜!
さすがに焦らし過ぎ。
事件が起こるまでが長い長い。
純粋ミステリーってよりも文学っぽいのかな。
あまりにも丁寧に描かれているので話の展開が遅い。
まるで、脱ぎそうで脱がないストリッパーの如し。
(# ゚Д゚)コラ! ネーチャン ハヨヌガンカー!!
471ページだが半分くらいの分量でも良かったのでは。
内容は悪くないのにな〜。
ちょっと勿体付けすぎ感。
読後感は……辛い。
どうしてだよっ!! って、いろいろ考えてしまう。
巻頭の言葉。
「わが身の悪が見えている者、いない者、神はよくご存知だ。」
な〜るほどね〜。 -
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タイトルがあまりにも有名かつ、カッコいい、その上全5巻の長編なので「高尚な文学作品なんだろうな」などと思い読んでこなかった作品ですが、読んでみると、予想以上にとっつきやすい作品でした。
何よりヒロイン、スカーレット・オハラのキャラクターに、いい意味で予想を裏切られました。
言ってしまえば、貴族階級で男子からモテるスカーレットが、自信満々に自分が思いを寄せる男子に告白したら、思いっきりフラれる、というのが話の書き出しになります。
現代的な翻訳の妙味というのもあると思うけど、スカーレットの生意気さ、傲慢さ、勘違い、一方でのフラれてからの現実逃避であったり、周りの見る目を気にしたり、八つ当たり気味の捨て鉢な行動など、
国も時代も違えど、等身大の思春期の女の子の感情や行動がありありと、みずみずしく描かれていたと思います。
高尚な文学というよりも、少女小説、もっというなら少女マンガを読んでいる感覚の方が近かったかもしれません。
このスカーレットの周りに現れるなんとも意味深な男、バトラーの存在も気になるところ。スカーレットの身分の下に隠れた、激しい感情をいち早く気づき、からかってくるバトラーと、それに心惑わされるスカーレットの姿を読んでいて
「いや、これ、マンガやアニメでさんざん見たパターンのやつですやん!」と心中で思わずツッコミをいれました(笑)
この時代の文学から、この手のカップルのパターンの黄金律はあったんだなあとしみじみ感じます。
キャラクター的には少女マンガ的な気風を感じるのですが、スカーレット家の歴史をしっかり描いたり、南北戦争や奴隷制度が残るアメリカ南部の世相を作品に落とし込んだりと、背景がしっかりと描かれているのが、さすが名作の雰囲気を感じさせます。
スカーレットの人生の波乱と、歴史の転換の交差を予想させ、先の展開を楽しみにさせる一巻だったと思います。 -
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「古き冷き時間は、古き悲しみは、池の沈泥のように、層をなして積む」
カナダの小説家マーガレット・アトウッドの2000年の作品。
チェイス家の二人の娘、アイリスとローラ。
物語は、名家の没落と新興のブルジョアたちの様子、大恐慌、第二次大戦とその後など、その時代の匂いを、「暗き目の暗殺者」という入れ子の小説や当時の記事を挟みながら、アイリス自身の回顧録?を軸に語られていく。
女性の内面を抉るような、それでいて「平穏」を繕う。
老いと皮肉と気位の高さが、積もり積もってまとわりつく。
煩わしくもあるが、厚着して身を隠したような心地良さも、内側から透けて見える。
久しぶりに、苦戦した。
ただ、「エピローグ」を読んだ今、もう一度最初から挑戦すべきかも、と、思った。
せめて、半分くらいのボリュームだったらな〜。 -
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ネタバレ戦争がかくも人の考え方や生き方を変えてしまうのか。主人公マーガレットのような、狡賢い女でさえも、戦争さえなければ。
ただ一方で、戦争でマーガレット自身の根本が変わったかというと、そうでもないと思う。ひもじい思いをしていた時代以外、相変わらず自分のことしか考えていない。最終盤で、メアリーやレットの有難さを知り、アシュリに対する思いはただの自分の妄想に近いものだと悟るが、彼女は果たして本当に心から自省したかというと、してないと思う。結局自分の為になってくれた人、自身の損得勘定でその時プラスだと感じた人の為に好きと言えたり泣けたりするだけであって、彼女は本当に冷たく心の貧しい人だと思った。
現代日本にもこういう人はいる。外面はいいんだけれど、知れば知るほど自分のことしか考えてない人(家族とか大親友レベルにまでならないとわからない)。本作が、そこに対する批評的な面までかかれていたら傑作だなあと思ったが、触れてないので、もしかしたら作者としては「マーガレットは本当に改心した」というお話なのだろうか? -
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ネタバレインテリ元モテ男だった主人公の没落。
時代の変遷についていけない古ぼけた文学者は、継続した人間関係を築くことができず、女を買っては消費する日々。
絶対に自分の考えを曲げず、他人の意見に耳を貸さず、大学を追放されるところまでは面白く読めた。
娘の農園へ住み着いてからはとにかく重い...
動物愛護ボランティアの夫婦をせせら笑い、ボランティア女性の容姿を痛烈に批判しながらも結局セックスしちゃう。
黒人コミュニティを下に見て説教じみた話をするわりに、隣人が仕組んだと思われるレイプについて核心をついた言葉は言えない。
元妻にも娘と自分が受けた襲撃についてしっかり話さない。
どの局面でも主人公は自己中かつ中途半端だし、それ以外の登場人物全員に感情移入できなかった。
動物愛護ボランティアの夫だけはいい人だったかも。一度会っただけの主人公を病院まで迎えに来てくれたし。
主人公の娘がレイプされた後にとった行動、黒人コミュニティに迎合するためには仕方ないのかもしれない。
とはいえ大切にしてきた自分の農場や犬たちを諦めて、素性のしれない男の子供を身篭って、これからの人生を隣人に隷属したまま過ごすのは幸せなのか?
元恋人の女性が新天地へ旅立ったように、別のコミュニティでイチからスタートしてもいいのでは...
レイプ犯の少年が隣人の妻の弟かつ障害があるからって、全てを赦すのは違うでしょ!と叫びたくなった。
キリスト教的な風土があるとしてもちょっと違うよなあ。
隣人と主人公の噛み合わない会話はイライラするし、犬の殺処分に対する主人公の考え方の変遷→やっと「愛」を理解する気持ちになったのかな?→また路上でひっかけた若い女と寝るっていうズコー!な行動もモヤモヤした。
このようにイライラモヤモヤしながらも、どんどん読み進めたくなる不思議な魅力があった。
男と女・親と子・黒人と白人・都会と田舎・人と動物、さまざまな対比で物語は進んでゆき、放り投げるように終わりを迎える。
動物愛護過激派の私にはつらいシーンが多かったけれど、何年か寝かせて再読したい一冊でした。 -
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「イエスの幼子時代」の続編.ちなみに第三作「イエスの死」も刊行済みらしい(未訳).
相変わらず不思議なトーンで淡々と話は進むのだが,今回は殺人事件も起こる.犯人ドミトリーは,名前からしてカラマーゾフ風なのだが,人物もやっぱりカラマーゾフ風で,非常に濃い.彼の思考回路は独特なのだが,よくよく考えてみれば登場人物のダービド,イネスを始め,全員が思考に特徴があり癖が強い.決してお互いを理解することはない.一見,唯一まともに見えたシモンさえも,なんだかおかしい.
そんなすれ違いが続くなか,シモンの空回りが徐々に目立ってきて,物語は唐突に終わる.
この先,一体この疑似家族はどうなってゆくのだろうか? -
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2015年に新潮文庫からマーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」(Gone With The Wind→GWTW)全5巻の新訳を行った鴻巣友紀子氏が、翻訳を通して見えてきたGWTWと、作者マーガレット・ミッチェルがこの大ベストセラー小説に込めた想いを分析した評論。
GWTWはマーガレット・ミッチェルが10年をかけて書き上げ、発売と同時にベストセラーとなりピュリッツアー賞を受賞した。しかしながら、それだけの功績を挙げながらもこの作品はベストセラーになった→大衆小説という扱いを受けてアメリカの文学史においてもあまり顧みられなかったばかりか、作者であるマーガレット・ミッチェル自身の生い立ちや、作品の時代背景(南北戦争前後)から生まれる人種差別等に対する記述などにばかり注目がいき、その複雑かつ精緻な文体の構成といったテクスト批評がほとんど行われなかったと筆者は言う。
鴻巣友紀子氏は別のエッセイの中でも翻訳という作業は訳を書くのは全体の作業のごくごく一部でしかなく、翻訳作業のほとんどは繰り返し繰り返し深く原文を読み込み、深く理解する事であるという。
だから、翻訳するにあたって作品を何度も読み込むことによって、自分自身のGWTW感も大きく変わり、実はこの作品の真のヒロインは強気で強引なスカーレット・オハラではなく、無垢でか弱いと思われがちなメリー、メアリー・ウィルクスではないかと思うに至ったという。
原文も引きながらの解析は是非新潮文庫版全五巻を横に置きながら読んでもらいたい。
一度読み終えた「風と共に去りぬ」をもう一度楽しむための一冊。 -
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何を言いたいのか私にはよく掴めなかった。
ただ、ページが進むにつれて、シモンが愛おしくなる。
ダビードやイネスに冷たくされながらも、ダビードの為に、一所懸命になる姿に応援したくなる。
シモン、イネス、ダビードは疑似家族。でも、シモンはダビードの為に、父親としての任を果たそうと頑張る。
イネスのように、自身が打ち込める何かを見つけるわけではないし、ダビードのように明晰な感じでもない。
それでも、ダビードのために一所懸命な姿は、世の中の親の一般的な姿ではないかと思ったし、それで、いいんじゃないのかなって思った。
特筆すべき何かがなくても、誰かの為に一所懸命になる、愛を注ぐ。それができたら、いいのだって。
シモンの不器用な感じは、聖書のペテロ(シモン)のよう。 -
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初めて読んだのは確か小5くらいのときで、家にあった河出書房の世界文学全集の、なので大久保康雄訳。他のがグリーンなのになぜか「風と共に」と一部の小説が白い表紙で、その乙女っぽい装丁にときめいた記憶がある。その後、高校生くらいまで何度か再読した。映画のほうはたぶんNHKで観たと思う。ヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルのビジュアルは本を読む前から知っていて、そのイメージで本も読んだ…かもしれないけど、映画は原作の良さが全然入ってなくて退屈だな…と思った記憶がある。なので私の中では映画はあまり印象にない。
鴻巣さんが手がけた新訳版は読んでないが、この本は読書リストには入れていた。なんといっても暗記するくらい読んだ「風共」だから。最近はこういう評論は読まなくなって久しいのだけど、BLMの動きで一瞬「風共」に注目が集まり、その流れで手に取った。
本の中には鴻巣さんによる新訳が随所に引用される。それを見ると私の読んだ訳よりずいぶんとカジュアルな感じがする。私自身はこの本に相当のめり込んで、登場人物が勝手に生き生きと躍動していたので、当時の翻訳がどうこうというのはなかった。またあまりにも子供だったから、「風共」がはらんでいる問題を全然意識してなかった。地の文と登場人物の心の声が地続きになっているなんてこと気づかずに、かといってミッチェルが差別主義者だなんてまったく思わずに、これは登場人物の心理だと思って当然のように読みこなしていた。本が作者の考えを表すなんてこと、その頃は意識したことなかったのだ。物語の中の登場人物がすべて。神の視点で語られる場面もあるが、それを当然のように受け止めていた頃、なんて幸福な時代の読書体験だったんだろう。でも優れた小説はすべてそういうものじゃないか。鴻巣さんが発見するいろいろなことは1人の作者としてこのテクストを読まざるを得なかった結果から導き出されたことで、純粋な読者はそんなことは思いもせずに、ただ物語の中に浸り、登場人物の声を聞く。
なので、私にはあまり解くべき謎もなかったし、知ったところで「風共」の読書体験に変化はまったくないのだけれど、以前から感じていたメラニーの存在感(私には彼女はグレーでイメージされている)が言語化されたのはすっきりしたのと、スカーレットの目からしか描かれていなかったアシュレーが肉欲もある一人の男性であるという気づきは久しぶりに再読しようかなという気持ちをそそった。そう、本当に再読しようかな、今度は鴻巣さんの新訳で。