泉鏡花のレビュー一覧
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ネタバレNHKのテレビ番組のJブンガクを見ています。
2010年の8月に 高野聖を紹介していたので読み直しました。
日の光を遮って昼もなお暗い大木が切々に1つ一つ蛭になって了(しま)うのに相違ないと,いや,全くの事で。
というくだりを
Each of the trees here, any of them big enough to block sun at midday, would crumble into small pieces, turning into even more leeches - just imagine that!
と訳していました。
へー,そういう意味なんだと
高野聖 の中身と英語の勉強になりました。
英語にしてみると高野聖 の良さと日本語の良さを再認識できることが分かりました -
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ネタバレ「芋虫」「駆け込み訴え」は読みやすかった。「駆け込み訴え」は聖書の新たな読み方って感じ。イエスがマリアに恋してたのかどうなのか、気になります。
「瓶詰地獄」は初めは近親相姦の罪か、くらいにしか思わなかったが、太郎の異常さに気付くとやばいです。アヤ子は太郎のことを好きじゃないが、太郎が好きだと勘違いしていると仮定すると、アヤ子に同情しかない。
「刺青」は谷崎潤一郎はこういう女が好きなのかなぁというのを感じた。少女が途中から女と表記が変わってるのも良い。女が作った網(色仕掛けとか?)に引っかかってきた男を肥料として成長するのを蜘蛛に見立ててるっぽい。足フェチっぽいのに、背中に墨を掘ったのは意外だった、なんでなのか調べてみようかな。
「影」は難しいけど、文章が綺麗なのとハラハラドキドキ感は伝わる。けど、難しくて日を置いて再読したい。
「白蟻」は推理小説。頭使いました。
「身毒丸」は恋には抗えないみたいな感じなのかな??
「浮舟」は難しすぎる。
「桜の森の満開の下」「夢十夜」は既読でした。 -
Posted by ブクログ
お前の罪じゃ無い、世の中の罪だ
(田山花袋「断流」より)
人生の不条理・社会の闇と真正面に向き合い描かれた「悲惨小説(深刻小説)」または「観念小説」と呼ばれる作品のアンソロジー。あまり聞き慣れぬ作家の、大手出版社の文庫本レーベルにもなかなかラインアップされない作品をたくさん味わえる貴重な一冊だと思う。
川上眉山「大さかずき」
泉 鏡花「夜行巡査」
前田曙山「蝗売り」
田山花袋「断流」
北田薄氷「乳母」
広津柳浪「亀さん」
徳田秋声「藪こうじ」
小栗風葉「寝白粉」
江見水蔭「女房殺し」
樋口一葉「にごりえ」
性別、生まれ、家庭の経済状況……。収録されているのは己一人ではどうしようもできぬ生き地獄を描いた、うらめしい話ばかり。雅俗折衷体の文章やリズミカルな文体がおもしろく、その心地よい調べのまま主人公が破滅の道をたどり救われぬ結末が苦しい。収録作はそれぞれ貧窮・悲憤・暴力の描写は生々しく、明治の世を題材としているはずなのに令和の現代にも通じると思えてしまうほど。
眉山「大さかずき」・花袋「断流」・一葉「にごりえ」がお気に入り。殊に「断流」のヒロイン お勝が騙され、奪われ、堕ちていく様が読んでいてつらい。つらくてたまらないが、ページを繰る手が止まらぬおもしろさだった。
本書収録作の選者 齋藤秀昭氏による解説「文学者の使命」に、本書だけでなくあらゆる文学作品を鑑賞するうえに大切な心構えとなりそうな一節が。
(前略)文学作品をそれ自体として鑑賞するためには、文学史の常識やその構造を一度は疑ってみると同時に、己の感性を頼りにして直接作品に向き合うことが肝要のようである。 -
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まず装画が怪しげで綺麗!いわゆるジャケ買い
あとタイトル『疵の迷楼』別世界へと誘い込まれるような魅惑的な感じに加え、名だたる文豪たちの作品に興味を引かれてしまう。
まだ、このとき耽美という言葉の意味を理解していなかった。ただ「美しい」くらいにしかとらえていなかったので読んでみたら本当の意味を思い知らされ、常軌を逸した世界への入り口だった。
なかなか普通の感覚では理解、共感し難い作品ばかり。どの作品も何かに心を奪われていたり、病的にのめり込んでいたりと現実からかけ離れていて危うい空気が漂っている。
抗いがたい好奇心や欲望、まるで[パンドラの箱]を開けてしまったようなそんな感じだ。
収録されている一部の作品の感想
『鏡地獄』 江戸川乱歩
鏡や凹レンズの魔力の虜囚となっていくKの話。
自宅の実験室で奇妙な物を作りその後Kは…
Kが見た世界は何なのか?鏡に纏わる話はたくさんある。異界の入り口、魂を抜き取られる、神の依り代。そんな鏡の持つ神秘性、恐怖感とあわせ、鏡に耽溺していく狂気の過程とKの末路が常人には理解し難くカオス。極めてはいけないものを極め、見てはいけないものを見た。
そしてKの見たものも語られていないから一層恐怖心と好奇心がわいてくる。
『妙の宮』 泉鏡花
少年士官が肝試しに妙の宮という神社を訪れ不可思議な光景に遭遇し不可解な結末を迎える。
明治28年の作品とあって文体が古臭くて読みづらい、けれどどこか美しい文章。たった四頁の中にはたくさんのメッセージが詰まっていた。
寂れた山中の神社が醸し出す妖しい雰囲気、夢か現実か幻か。いったい全体どこへ引き込まれてしまったのか?曖昧で幻想的な世界観にゾクリとさせられる。
金時計が意味するものは何なんだろう?時間を盗られた?
『死後の恋』 夢野久作
美しい宝石に魅入られ元貴族の男が罪悪感に耐えられず死後の恋というロマンスに変え自己正当化しようした?
宝石が持つ魔力と呪いが彼を狂気に導き歪んだ愛に発展させたのか。そもそも語り手の男の話がどこまでが真実かも曖昧。
実は敵軍に殺されたのではなく語り手の男が殺し話を美化したのかも。
戦争の狂気、宝石の魔力が男を狂わせたのか?
結末も曖昧なので読み手に委ねられる。
「強制的な肉体の結婚」という言葉が衝撃的だった。
『疑惑』 芥川龍之介
芥川らしい繊細な男の物語。
罪の意識、良心の呵責から「本当は妻を殺したかったから殺した」のではと悩み苦しむ男の話。そもそも本当に殺したいと思っていたら、そんな長期間悩まないのではないだろうか。
妻を愛していたが故に自分を罰するために「愛していないから殺したことにしたかった」という風に思いたい。
どうもこの物語の主人公の男が芥川自信の心の葛藤を投影しているように思えてしょうがない。
「今日私を狂人と嘲笑っている連中でさえ、明日私と同様な狂人にならないものでもございません」最後の台詞がこころに妙に残った。
耽美文学は面白いとか面白くないではなく
耽美的、幻想的な世界観を楽しむもののように感じた。
たまにはこういう変わった世界観を味わうのも良い読書経験になった。
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Posted by ブクログ
ネタバレ『外科室』
画師「予」が、親友の医学士・高峰が執刀する手術に立ち会う場面から始まります。患者は貴族階級の伯爵夫人。手術直前、夫人は麻酔を拒否します。理由は「麻酔で譫言(うわごと)を漏らし、秘めた想いが知られてしまうのが怖いから」。
周囲の反対を押し切り、夫人は麻酔なしでの手術を望み、高峰はそれに応じます。手術が進む中、夫人は突然高峰の手を握り、「あなたは、私を知りますまい」と言いながら、自らの胸をメスで切り裂きます。
高峰は「忘れません」と答え、夫人は微笑みながら息を引き取ります。
物語の後半では、9年前に高峰と「予」が植物園で偶然見かけた美しい令嬢の回想が描かれます。その令嬢こそが伯爵夫人であり、高峰はその一瞬の出会いを胸に秘め、結婚もせず生きてきたのです。夫人の死後、高峰も同じ日に亡くなります。
原文、文語体が難解で読めず、不気味さだけが際立ってしまいました。。。
現代訳のあらすじと読み合わせました。
明治期には、身分制度によって婚姻が制限される社会背景があり、鏡花はそれに対する静かな不満を抱いていました。
彼の作品では、直接的な恋愛描写を避けながらも、言葉の奥に濃密な感情が込められています。 -
Posted by ブクログ
舞台の台本のような本だった。
少し見慣れない単語が出てくるので、辞書を引き引き読んだ。結構面白い。
夜叉ケ池という池の麓から帰ってこない晃を訪ねて学円が村にくる。晃は百合という女性と暮らしていて、村で鐘をつく仕事をしているのだと言う。代々、鐘を1日に三度鳴らさねば、村が山津波で滅ぶのだと言う。
村人たちは信じていないものも多いが、先代の爺さんはやり遂げる。この鐘本当に効果があり、魑魅魍魎の世界が描かれたときも「鐘が鳴っているから」と村を滅ぼせない。
ただここの村人は最悪で、旱が来たら「村1番の美女を裸にして牛の背に乗せて夜叉ケ池まで運び、そこで男たちが宴会をする」という行事をやる。もちろん美女本人の有無も言わさず、旦那が留守の隙に攫ってきていて狼藉もいいところ。1日だけだよと村人は言うけど、明らかにただ裸にされて牛の背に乗っているだけではないだろう。酒の入った男に襲われるのも混みで考えると、神仏への雨の祈願、と言うより、旱で村人の溜まったストレスの発散、の意味合いが強いように思う。福井の山あいの村で、都会との往来が少ない立地だと、女性に逃げ場がなくて最悪の習慣だと言える。現に、以前の美女に選ばれた白雪は、その後居た堪れなくて死んでしまっているし。
晃も百合も死んでしまい、ま、こんな村滅んじまえばいいな!と鐘はつかれず村は滅ぶ中、夜叉となった晃、百合、白雪の笑顔が見れるラストは圧巻!
ただ京大の先生で本願寺派の坊主の山沢学円も死ぬように思うが、そこは良かったのか?3歳の子供がいるんだよ?
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Posted by ブクログ
「高野聖」
久しぶりに読んだ。
学生の時以来だと思う。
泉鏡花の文章は本当に美しいな、と感じた。
私の知識不足で、わかりにくい言葉もあったけれど、情景がありありと浮かんできた。
ヒルのくだりや、動物に変えられてしまうあたりもよく覚えていた。
話の終わり方もすっきりしていて、細部にわたって美的感覚と潔さを感じることができた。
「女客」
言葉が難しくて所々わかりにくいところがあったけれど、謹さんとお民さんの想いを伝えあう言葉が熱を帯びてくる様子が生々しく感じられた。
子どもの奇妙に言い当てる言葉で、一気に現実の道に引き戻される空気感も、絶妙だった。
中盤から最後への流れが、うまいと感じた。
「国貞えがく」
書き出しの、やわらかく暖かい空気に触ることすらできそうな文章から一転、暗くどこか不気味な描写に切り替わる鮮やかさが印象的。
風景を通して織次の心を感じるような気がした。
そして、最後の終わり方。
この一行の強さと凛々しさ。
潔さ。
素晴らしい。
「売色鴨南蛮」
なんとなく状況が都合よく感じられてしまった。
流れがざっくりし過ぎているというか。
作り話がすぎる気がした。
「歌行灯」
滑稽で愉快な旅人たちのようで、その根底には芸の道すさまじさが流れ渦巻いている。
喜多八のすごさを、たった数拍の拍子でみぬいた宗山。
これほど出来る弟子を、切ってしまえる源三郎の芸に対する厳しさと潔さ。
そして戒めを守る喜多八の想い。
まるでお三重が縁を繋ぐ絆かのように、桑名の地でこの芸の化身たちが集結した一夜が、静かな凛とした空気の中に澄み渡るように描かれている。
私は、膝栗毛など古典の知識や読書経験が不足しているため、この作品の面白さや素晴らしさを堪能しきれていない。
しかし、それでも、この小説から伝わるものは多かった。