川原正敏のレビュー一覧
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「無刀金的破」は6巻でなくて7巻が初出っぽいな。確かに、アリシア戦では金的ではなく無刀取りだけだったしな。技の名前も言ってない。7巻が初出ということで。
儀式戦への挑戦権を賭けての決定戦で、リンラたちと合流できた陸奥さん。ここで「無刀金的破」です。たいそうな魔法の剣使いの第二王子に炸裂しましたね。まあ、陸奥さんの金的食らったので、御愁傷様ということで。
前座終了した所で、儀式戦へ。相手は守護聖霊ミヅチ。デザインがなんともチープ。ミヅチというと、メガテンで慣れ親しんだ水流の蛇が浮かぶので、こちらのミヅチはあらあらという感じです。まあ、どうしてもメガテンというか悪魔絵師がデザインした悪魔、精霊、神々で育ってきているので、こういう感覚はいろんなところで出会います。スライムぐらいかな、悪魔絵師よりもイメージ強いのは。鳥山明ってすごい。
DQを先に知ったのもあるかと思ったけども、同じく先に知ったシヴァはFFよりも舞踏しまくる破壊神のイメージなので、後先は関係ないですね。
ミズチでなくミヅチなのは、後書きで言及されています。水だからミズチでいいと思うけど、こだわりなのでしょう。こういう細かいところのこだわりは、嫌いではないですよ。
ミヅチ戦は初めての怪獣戦ということで、どんなふうに勝つのかなと思っていたら、口の中から口蓋に浮嶽かまして撃破、という捨て身技でした。この時の陸奥さんの言葉が怖い。
「でも手応えあったけどな」「脳の中に拳が入ってハジけた感じ」
何その感覚。脳みその中に拳が入った感覚を冷静に受け入れているのは、やばくないか。あのディスティ・ノヴァでさえ狂気の果てにあったと思うのだけど。
やはり、この陸奥さんは歴代の中でも異質なんだと思います。本当にどこの世代の陸奥なんだろう。九十九の息子とかじゃないだろうな。 -
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またまた人を食ったような登場人物が出てきました。しかも、これからの目的地となるヴァルハラには何があるのか続きが気になります。
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連載当時、夢中で読んでいたのを覚えています。スピンオフ作品もたくさん出ていますよね。同じことの繰り返しといえばそうだけれど、おもしろいです。
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龍帥の翼完結の25巻。
待ちに待った項羽と窮奇の戦い。一騎討ち。余人を交えない森の中での戦いとなりました。人を超えし怪物と、人を越えし覇王。
結果は知っての通り。いや、そういうと窮奇の存在がフィクションではないのか、という感じになってしまうな。まあ、そこはお馴染みの「これは僕にとって史実である。あなたにとってもそうでもあったなら嬉しいなぁ」という『修羅の刻』スタンスで。項羽の人生最後のこの場面でボロボロな見た目なのがとてもいい。そんな見た目でありながらも、他を圧倒するほどの覇気を纏い続ける強さ。これぞ覇王。人というか、個としての強さが極まっている。その強さが失われた反動があっての、死体を凌辱だったのかではないだろうか。褒美云々もあれど。人であるものの浅ましさ。
物語の最初から常に共にあった張良・黄石・窮奇の三人。その最後をみとる役目は黄石になるのかな、と思っていたのですが、窮奇が他の二人を送り出しました。人外の存在の名を冠する彼は、違う時間軸に存在しているかのような立ち位置だったのか。ちょっと感傷的な気分になってしまったのは、この『龍帥の翼』が大河物語でありながら、その実、張良と黄石のロマンスだったということに気付かされたからです。
人を超えた項羽を倒すために、人であることをやめた張良。その資質はないがゆえに心身を削り続けた彼を、信じて支え続けた彼女の思いの強さ。
自分の心の思いに純粋に愚直に貫き続けた二人。
人の長所と短所は魅力の根源であるということを見せつけてくれたのが劉邦でした。
項羽に強さに憧れを覚えるのであれば、劉邦の人誑しには不快感を覚えてしまいます。どうしても、物語としての劉邦には苦手が付きまとう。
カミーユと共鳴してしまったハマーンが激昂した時の気分です。なぜに引かれてしまうかわからない、という怖さ。
憧れで身を滅ぼしてしまうのだなあ、きっと。 -
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ついにここまできました垓下。
人を超えた力を持ちながら、人の感情を捨てきれなかった項羽。
人を超えた知を持ちながら、人の感情を捨てて道具とした張良。
二人の戦いもついに最終幕。
項羽と窮奇の激闘がやっとみられる…はずです。
最期を迎える項羽の前で張良、窮奇、黄石は何を思い何を語るのか。自分自身の力を信じ、中華全土を蓋うほどの人物になろうとした項羽。どこまでも兇であった彼は、最期の時までその姿を貫き通すのか。
自身の故国の復讐のためにその身を燃やし続けた張良。秦の滅亡、韓の復興という目的を果たしたのちも、兇の炎であった項羽に対抗するために、身を燃やし続けた結末は史実通りなのだろうから、爽快感のない終わりになってしまうのだよなぁ。 -
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十の罪
劉邦が項羽に対峙して堂々と十の罪を述べるところが見せ場。
項羽が「心を折る」と言っているが、この用法は80年代以前には無かったはず。
漢字一個の相違にも気を遣っているかのような本作なので違和感が残る。 -
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結局買ってしまった…が…
読んでしまう。読んでしまうのですが…
初期の狭山や飛田との闘いの熱さや、驚きに比べると…うーむ。
新しい技は出てこないし。
なんとかアオイやらそんなんだ…
牙斬とかジャハザンとか良かったのにな。
雷、龍波、虎砲、無空波、旋風にコゲツ。
岩おろしに狼牙…富嶽…新しい技が出てこないね…
あの新技の納得感は…もはや無い。
で、何より九十九の耐久性がもうね、チートなんですよ。チート。
描き方が決まり!って描き方をするし、タイミングも驚きを伝える為に効くよなって描き方をする。が、倒れない、立ち上がる。
挙句、カムイまで使うとか…なんかなあ、リアリティがね、痛さのリアリティというか、技のリアリティというか…九十九がチートすぎて…なあ。
でも、読むんだけどさ。。。
で、山田と舞子ママのキャラが被りすぎで…なんかねえ
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弁舌家の真骨頂
あとがきによると川原先生も思い入れがありそうな、酈食其の見せ場。
この場面での韓信の行動は、弁舌家に手柄を独り占めされないように、などとしている解釈もあるが、
川原先生の解釈は良かった。 -
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項羽と劉邦
海皇紀がとても好きだったので期待!
でも川原先生、原典に思い入れがありすぎるのか、先生独自の遊びが少ない印象。
あと、フキダシのある台詞は声が出てるとして、フキダシの無い文字は心の声のはずが、声に出してないとおかしいように感じるコマもあってなんか読みづらいのは私だけでしょうか。 -
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項羽を倒す一撃。その時を作り出すために、時を稼ぐ張良。
百敗しても最後に勝てばいい、と後の例えになるように、滎陽を脱し、成皋から宛へと転戦します。
ぎりぎりのところで逃げ延びる劉邦。トドメを刺しきれず逃し続ける項羽。
己の力による余裕がどこまで続くのか。
最期の時まで、項羽の力は変わらないけども、個人の力だけではどうにもならない状況に追い詰められてしまうわけで。その準備を、張良が今綱渡りで構築している最中です。項羽と敵対してから、ずっとか。
そして、隣で一番の理解者であるかのように振る舞う陳平。
張良の鬼謀を堪能している今があるから、統一後の功績に繋がってゆくのか。
劉邦陣営にいて、一歩引いたところから状況を俯瞰しているモノローグが気持ち悪いんだよなぁ。 -
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韓信の「背水の陣」。黥布をたらし込む劉邦。暗躍する張良と陳平。范増の退場。
いよいよ、最終盤へと突入する「項羽と劉邦」です。
確か、この滎陽での和議の後から、劉邦軍の進撃が始まり垓下まで行くのだったか。
陳平が常々感じている腹黒という張良の本領発揮であります。
淡々としていながらも、張良の心の奥底に埋もれているのは、復讐心。
矛先は秦から、今では項羽へと。韓の存在がとにかく彼の多くを占めています。
しかし、張良がどんどん痩せてきている。もともと、頑健よりも病弱という描かれ方ですが、ここへきて一層痩せこけています。頬のこけかたが酷い。
切れ味を追求した代わりに、強度が失われてゆく刃物のような。
張良の最期、どんなふうに描くのだろう。 -
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異世界転生陸奥圓明流第二巻。
旅の同行者が二人?増えて、賑やかさを増す一行です。
今回披露した技は「金剛」「旋」「孤月」「牙斬」。「牙斬」の打ち方がちょっと違う気がするのだけど、継承者が使っているので正解なのでしょう。
確か、相手の拳の外側(小指側)を狙って、えぐりこむように打面をずらして打つ、という感じだったような。
疑問に思った時は調べましょう、ということで修羅の門読み返す。懐かしの羽山と九十九の一戦です。文庫版なので第三巻です。
左右の違いあれど、打ち方あってましたね。記憶違いでした、すみません。
そうか、クロスカウンターでしたね「牙斬」。右と右でぶつけ合う記憶がありました。やはり、きちんと調べておいて正解です。
巻末おまけに、片目しか描いていないのはなんで?というセルフツッコミ。
あれ、気になるよねぇ。きっと、読者の反響も多かったのでは?
ふわっとした感じですが、公式見解ということなのかな。答えになっていないですが、まーいいのでしょ。