森下典子のレビュー一覧
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日本に生まれ暮らしていることが、誇らしく感じじられるくらい、日本の美しいさがぎっしり詰まった本。
日常の中で二十四節気を感じながら生活することは少なくなってしまったけれど、それが今もしっかり息づいているのが茶道の世界。
お点前はもちろん、掛け軸やお花、お道具の一つ一つに意味がある。終わりがないというのも納得の世界。
お稽古中にしっかり怒られ、恥をかいて…というのもいいなと思った。大人になるとそんな機会もどんどん減ってしまうので。
とにかく森下典子さんの先生が素敵な方で、こんな先生の下ならお稽古も楽しいだろうなと思う。
サブタイトル「季節のように生きる」って、とてもかっこよくて憧れる。 -
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素晴らしい。壮大な人生訓のような、一人の生涯を垣間見るような、エッセイ。日日是好日も読んだはず、映画も見た、の続編の文庫化。24の季節とともに過ごした、森山さんの思い。
二十四節気は、歳時記など、いろいろな場面で出てきたことがあるが、この本より、二十四節気を味わう楽しさを感じられる本はないのではないか。季節とともに過ごした日々、お茶の稽古。お茶の稽古を通して味わった、が正解かな。そして出てくる稽古を頑張ること、できないから練習するということ、美味しそうな茶菓子。挿絵は写真のようにそっくりだけど、優しい味も出ていて、かつおいしそうで、しかも森山さんご本人が書いているというおどろき。
にほんにう -
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原作も読み、映画も観た。
どちらも好きな作品。
そして、その映画化が決まり、
撮影、公開までの日々。
ものを創るということの厳しさ、苦しさ、
喜び、たくさんの苦労によって叶えられる
夢のようもの。それが作品なのだ。
映画化が決まり、茶道指導を任されることに
不安を感じる作者に
お茶の先生はこういう。
「人にとやかく言われるのが嫌だったら、何もしないのが一番なの。何かすれば、文句をつける人は必ずいるものよ。『あのお手前は変だ』と言われたらね、『うちの先生がこうやっていました』って言えばいいの。それだけのことよ」
まるで、樹木希林さんのような。
肚が座ってる、覚悟ある、一流の人ならではの言葉 -
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年度末になると「1月は行く」「2月は逃げる」「3月は去る」という言葉を思い出します。「月日が足早に過ぎる」ことを実感する時期ですね。
さて、厳しい"寒の内"が過ぎ、心なしか日差しが強くなってきた感があります。本書は、そんな春が待ち遠しい時に相応しい1冊と言えるでしょう。
『日日是好日』(2002年刊)には、お茶を通して出会った季節の自然や草花などが、流れる時間とともにとても豊かに描写されていました。本作はその続編(2018年刊)にあたります。本作も、話の軸が著者が50年続けるお茶の稽古です。
茶道に息づく季節の移ろいを、四季を章立てにしながら「小寒」から「冬至」 -
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日日是好日の原作者が映画化が決まって撮影、公開までの一連の流れを詳細に書いていて、映画ができるまでのことがよくわかった。
大きい流儀のお茶なので、茶道監修みたいな役になった時のプレッシャーをいろいろ書いていたが、それは流儀のギョウテイ先生とかに頼めなかったんかな。
映画と茶の似てるとことして、見えないところも手を抜かないというか、ものすごい労力をかけてワンシーンも出てこないものとかがあって、それが表に出る雰囲気を作るんだなと。
あとは原作を知らなくても映画ができるまでの1つの物語として楽しめると思うし、やっぱ感動させる書き方だな、文章上手だなとも思う。 -
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前作の日々是好日は、本も映画も楽しんだ。茶道を嗜むライターの女性のエッセイだ。その続編があるということを文庫化を機に最近知り、早速求めた。本作は、物書きを生業とする著者が、何十年にもわたってお茶の習い事をするなかで観察してきた日本の24節気の美しさを書き留めたもの。四季のある日本で暮らす喜びや素晴らしさを改めて感じる。
その初々しくみずみずしい観察眼と言語化にしばし忘れるのだが、著者の茶道歴は数十年。結構年配の方のはずである。しかし、四季の移ろいのなかに発見する輝きや切なさには、説教臭さや達観ががなく若々しい。
著者は言う。日本人は毎年、訪れる季節ごとの感覚を忘れ、そして1年後にまたその感 -
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ネタバレまず、そのタイトルに惹きつけられる。漢字の「愛しい」ではなく、ひらがなの「いとしいたべもの」。前作『こいしいたべもの』から続く、繊細で柔らかな物語の予感に、ページをめくる前からワクワクが止まらなかった。
読み進めて確信したのは、これは単なる食レポではないということだ。一つのお菓子を起点に、五感をフル活用して記憶の扉を開けていく「体験」の記録なのだ。
特に森下さんの感性に深く共鳴したのが、桜餅の話だった。
桜の香りに誘われて辿り着いたのは、五十歳にして気づいた「小学校のランドセルの革の匂い」だったという。あの頃の不安と期待が混じり合ったソワソワする感覚こそが、著者にとっての「春の正体」だった