小田嶋隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ー現政権の主要メンバーは、いつの頃からか「メディアと敵対すると支持者が喜ぶ」という思い込みを共有しているように見える。実際、政権支持コア層は閣僚が記者を侮辱する度に喝采している。個人的には、この「メディア嫌い」の気分が、より広範な「支持政党無し層」に波及しないことを願っている。ー
こんなふうに小田島隆は'18年12月に書いていて、まさに26年それが現実のことになったと震えている。
武田砂鉄氏が小田島隆氏の10年分のツイッターを読み込んで編集した本で、最近立て続けに自著を発表している武田氏の新刊か〜くらいの気持ちで読み始めたが、とっても鋭い観察と巧みな表現に満ちた、刺激的な本だった。不正や理不尽なことがまかり通ったあの時代を思い出して不愉快になりながらも、いちいち著者に共感してその罵倒に胸のすく思いで読み終えた。彼の指摘していることは改善するどころか、現在益々強化されていて、選挙後またぞろ、連日unfairな行為を見せつけられて精神を痛めつけられている。この流れから思い描く未来には、絶望しか感じられない26年2月の心境だ。
◎国を守るというのはつまり国民の命を守ることなのだが、一方、国を守るためには国民の命を捨てなければならない。とすると、国民の命を守るために国民の命を捨てるという矛盾律に陥るわけだが、実際には命を守られる国民と命を捨てる国民はあらかじめ別々に決まっているので心配は要らない。 p.182
ー「命を捨てる国民=特権も資産もない庶民」 でしょうね。為政者は言わないけど、日本を強くするには絶対人手が必要で、自衛隊に入る人が激減したら、どうするんでしょう(今でも2万人不足してしてるし)。緊急事態条項を絶対成立させて若者を強制動員しないと対応できないですよね。憲法改正容認派はそこをどう考えるのか聞いてみたいものだ。 -
Posted by ブクログ
私が、AIにクリティカルシンキングをさせる時のペルソナは、小田嶋隆だ。
この本は、2011年の東日本大震災から、2020年の新型コロナウイルスまでの期間の小田嶋さんのツイート(そう、Twitter時代の当時はまだポストじゃなかったのだな)を、砂鉄さんが選んだリミックス。最古は今から14年も前のことなので、今さら読み返す価値が果たしてあるのかと少し疑問にも思いつつ、小田嶋さんの書く文章はよく読んでいたので、今さらながらページをめくってみた。
確かに忘れかけて・忘れていた出来事も多いのだけれど、読み進めていくと、今の出来事まんまのことが想像以上に次々と出てくる。無責任な政治、憎悪とヘイトによる分断、xxウォッシングされる裏側の解説。この十数年で何も変わっていないことや、永遠に失われてしまったこと、当時はまだかすかにあった希望などが、砂利のように混在している。
そんな、今でもそのまま通用するツイートをいくつか集めていたら、結局、かなりの量になってしまった。知らない・読めない日本語もたまに顔を出したり、言葉遊びのレトリックも散りばめられていて、そのたびに『シニカルな小田嶋さんらしいや』と思ったりする。膨大なツイートから抜粋してまとめた砂鉄さんは流石だし、編者として砂鉄さんを選んだ小田嶋さんにも納得だ。穏やかさと緩さを纏った皮肉屋同士をつないだ、貴重な縁を思う。
第二期トランプ政権や世界各地の紛争、大阪関西万博、極右の台頭、そしてすべてに関係するAIの革新と混乱。新しくより深刻さを増し、災間だらけのこの状況を、小田嶋さんならどう語っただろうな、と思わずにはいられない。『こっちはやることやって、もうゆっくり休んでるんだから、そんなことは自分で考えろよ』という声が聞こえてきそうだけれど、それでも架空の脳内キャラとして、絶望を斜めから一緒に見てほしい。 -
Posted by ブクログ
(2016/10/15)
中高生に、とあるが、我々大人が読んでも十分学べる内容。
物事の考え方を、平易なことばでみごとに説明してくれている。
小田嶋さんの成功者村上龍への食いつきは面白い。「会社員」という仕事がないと。
村上龍は成功しているから会社員をはずしていると。
確かに、13歳のハローワークに上がっている仕事で食っていける人はごくわずか。
みな「会社員」として何とか生きている。
白井さんの「意味」には際限はない、というのはなるほど。
本能的欲求は限度があるが、誰も持っていないものを持つ、という欲求には切りがない。
そこにはまったら最後だな。
戦争中における「国」とは、国民でなく国体だ、と書く山崎氏。
・・まあこれは先日読んだ伊藤氏の本で、掟を破られて黙っているのはおかしい、で反論されそうだが。
中年日本にアベノミクス成長戦略は怪我をする、という想田氏。
勝手に中年になってしまったのだ。少子化を進めて。
学べます。 -
Posted by ブクログ
一言、面白かった。
小田嶋さんの書物は初めて。コラムニスト独特の出来事に対する切り口、感じかた、その変化球的な伝え方は、他のコラムニストでもありますが、ユニークさと自虐的なこと、相手をいじり、ここぞというときはこれでもかと言うくらい書きのめす。
「日本を取り戻す」は、安倍元首相が使ったフレーズ。主語や目的語等何もない。とは言え、戦後進駐軍に押し付けられた憲法は、彼にとっては(お祖父さん)出来損ないと考えていたのでしょう。で、憲法改正を高らかに唱えることを、少し逸らして言ったフレーズなのでしょう。
これに限らず、安倍元首相から発する言葉は、エモーションに訴えるものが多く、実はさっぱりわからない。そこで「日本語を取り戻す」となる。
表紙を飾る小マスクのおじさまは、誰だか容易に推察できる通りで、中身もほぼ安倍元首相に対するコメント。
既に自分の脳には新しいニュースが上書きされていたため呼び戻す必要があったが、思い返すと全く共感出来る所が多く、膝をたたくとはこう言うことね と感じ入った。
権力側ではなく一般庶民の側に立った意見は必要。
どちらも鬼籍に入ってしまったが、違った世界てもバトルを繰り広げているかも。
少し気になったことば、
行政文書の記録や保管、政治資金の正直な報告を蔑ろにした。みた政権中枢メンバーは、正確な日本語を使い、公の場でウソをつかないという、大人として守るべき規範をかなぐり捨てた。でもって、血統と人脈とおべっかと忖度ばかりがものを言う前近代がよみがえりつつある。文化と社会の破壊だ。
データの一滴は血の一滴。政権幹部ならびに関係省庁の官僚たちが、野党の質問に対し殆ど全く誠実な回答をしようと言う意思を見せていない。「総理の強いご意向」を示唆する文書の存在が報道された時の菅官房長官の言葉は「怪文書」として、最後まで取り合わなかった。
「アベノミクス」が、経済政策として機能する前に、むしろ経済政策を隠蔽する用語として見事にその役割を果たしている。これは総理の名前を冠しただけの「オレオレ経済政策用語」だ。いきなり持ち出された総称は、その内部に畳み込まれた未検討の内容をまんまと隠蔽してしまう。「シェフの気まぐれサラダ」みたいなもので、レシピの内容を類推することさえ出来ない。見出しだけで全て分かったけど気になる「思考停止ワード」の典型だ。内容が軽薄で且つ語呂が好い。しかも反知性主義をかかえた経済無関心層に、居心地の良い思考停止をもたらすための好適なスイッチとなっている。そしてネット上では安倍シンパとアンチ安倍を仕分けるためのリトマス試験紙として扱われる。
理解という言葉を多用するのは基本的に「異論」を認めない人間だ。と言うのも「理解」と言う言葉の前後には、自分の側がものを教える立場で、相手側が教えを乞う立場だと暗黙の前提が横たわっているからだ。そして上から目線での立ち位置で、理解しない人間を予め軽蔑する準備を整えている。
小池百合子都知事のメディア操作術を「あいうえお」で表現すれば、あざとさ、いかがわしさ、うさんくささ、えげつなさ、おしつけがましさに集約されるだろう。
世界を動かしているのは真相ではない。我々の心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。
忖度システムの中では、何らかの不都合が生じた場合、ボスの目配せを「忖度」して「指示」に翻訳した現場の人間が責任を負うことになっている。一方「揚げ足取り」が横行する報道の現場では、「真意」の凶悪さより、「言語運用の稚拙さ」の方がより大きな罪として断罪される。何と馬鹿馬鹿しい話だ。
小泉新大臣の演説はある意味見事だった。あれほどまでに内容希薄な話を、あれほど自信満々な語り口で言い切ることの出来る政治家は、近年では珍しい。昔小泉純一郎と言う政治家がいたが、あの人以来ではないか。
お笑い芸人をコメンテーター席に座らせて、政治経済外交防衛いじらせて進行させ、我々一般国民がテレビを見て笑っている限り、いずれこの国は世界の笑いものに成り下がっていくだろう。
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Posted by ブクログ
人気コラムニストの単行本ですが、2022年と
なっては若干古い気がする、安倍政権につい
で書かれた内容が大半です。
なのでタイトルの「日本語を取り戻す」とい
うのも、安倍政権のキャッチコピーであった
「日本を取り戻す」をもじっています。
しかし岸田政権の今であっても読むに値する
内容です。
それは著者の主眼は「日本語を取り戻す」こ
とを目的としているからです。
政治家を筆頭にマスコミも含めて、ここ10年
ばかり、言葉がぞんざいに扱われている、と
著者が感じているからです。
政治家は意味不明な答弁、マスコミは些細な
言葉の揚げ足取り、と言葉を大切にしていな
いと著者は嘆きます。
それだけに本書に掲載されたコラムは言葉に
向かい合って、丁寧に論調が繰り広げられま
す。
自分が発する言葉を大切にしたくなる一冊で
す。 -
Posted by ブクログ
ネタバレー私たちが暮らす世界では、なぜ〝ことば〟がここまで空疎なものになってしまったのか!?ー
この紹介文に惹かれて手に取った。おそらく、安倍政権の政策に対する批評本、と言う紹介文だったら手に取らなかったと思う。なぜなら、私は「日本語」に興味があるから。政治・経済よりも「言葉」。
正直、政治も経済もよく分からない。最低限、社会人なのだからと自分に言い聞かせて、いくつかのニュース番組を見たり、新聞を読んだりはするが、何が問題になっているのか、いまいち理解できなかったり、用語がわからなかったりすることもある。
だから、安倍さんの政策について、正しく賛同も批判もできないと自覚している。
それでも、適切に表現できない違和感がずっとあった。
そして、この本の紹介文を目にした時、そう、「ことばの空疎さ」だ。これだ!と思ってしまった。
公文書の破棄・隠蔽・改竄、「理解」という言葉について、「代案」がないといけないのか、などなど、興味深いコラムは沢山あったのだけど、
先に書いた通り、自分が抱いていた違和感について、すごく的確にわかりやすく著者が示してくれていたところがあったので、レビュー代わりに残しておこうと思う。
『安倍晋三氏の政治手法に苛立つ理由は、おそらく、私の目から見て、彼が政治家というよりは扇動家(アジテーター)に見えるからなのだろうと思っている。政治家とアジテーターの何が違うのか正面切って問われるとちょっと困るのだが、ともあれ、安倍さんの持ち出してくるスローガンが、具体的な政策であるよりは、イデオロギーに近い何かに見えることは確かだ。』
アジテーターとは、少々過激な表現にも思えるが、でも私が感じていた違和感・もやもや・イライラは、結局、この一節に集約されていると感じた。
そして、この一文の次のコラムで、著者は『最大の罪は国の文化と社会を破壊したこと』と、これまた少々過激とも思えるタイトルで記しているのだが、この短いコラムも、この本全体を通して、著者が訴えていることの根本をなすと感じた。