岩井俊二のレビュー一覧
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再読。何十年もずっと想い続けている人がいるなんて.....。手紙を通してのやり取りもステキで、LINEやメールとは違った手紙のよさを改めて感じた。未咲はなぜ自殺したんだろう。未咲は鏡史郎のことをどう思っていたんだろう。よく分からないこともある。廃墟になってしまった母校で鮎美と颯香と出会ったのは偶然ではなくそれぞれの選択した行動から生まれた必然だと思う。最後に未咲が子ども達に遺した手紙、遺書が未咲と鏡史郎が2人で作った卒業式の答辞だったとは.....。未来への希望にあふれているステキな内容で心に残った。鏡史郎が書いた「未咲」という小説も読んでみたい。
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Posted by ブクログ
このアプリ内でフォローさせて頂いてる皆様の本棚の中から評価の高い作品を選んで読んでみた本。
名作。
読後、出会わせてもらったと感じた。
ストーリーは全体を通してミステリーなのだが、「運命」がテーマなのだと感じた。
ここまで色んな人の運命が重なりあいながら絡み合いながら、終盤に向けてほどけていくように謎だったものがほどかれてゆく。
最後も希望に溢れた終わりをみれた。
そこまでの派手な事件などがあるわけではないストーリー展開なのに凄い深い物を読んだ気になる。
岩井俊二さんの文章力と創造力がそうさせるのだと感じた。
この作品に出会ったのも皆様の本棚のおかげ。これも「運命」的な出会い、そう感じさせられた。
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Posted by ブクログ
1996年8月31日に劇場公開された映画「ACRI」(監督・原案・ACRIデザイン:石井竜也)の原作として執筆が開始されたものの、間に合わず映画完成の後に刊行された一冊。(この原因に付いては、本書の後書きで著者が記しているので参照して下さい。)
映画は美しい南の海の映像と、浅野忠信の演技が印象的でした。
小説は最新の進化論と生物学をふんだんに盛り込んだサイエンス・フィクションの要素に岩井俊二独擅場の恋の物語が堪能できる、四百頁を超える大作。舞台も南太平洋、沖縄、香港、アラスカと、太平洋を囲む広範囲に渡っています。スケールの大きさは、映画を凌駕しており、映画の原作としての制約を解き放たれた著者の作家としての才気が豊かに味わえます。
サイエンス・フィクションとしては、生物が利用する「音」=超音波領域を含む声帯が作り出す「音」と、人魚の可能性として「人類海洋生物説」を取り上げています。
いずれも、僕が好んで読む進化論、生物学ノンフィクションで目にしたものです。例えば「音」に関してはリチャード・ドーキンス著「ブラインド・ウォッチメイカー」1993/10早川書房[上]p166~が、エコロケーション(自ら発する音波による、視覚)に触れています。さらに突っ込んでp168では
”イルカについては、おもしろい示唆がなされてきた。もしエコーをその気で使うなら、イルカは、相手に自分の「心像(メンタル・ピクチャー)」を苦もなく伝えられる手だてを潜在的にはもっているというのである。彼らは、そのきわめて多彩な声を使って、特定の物体からのエコーによって生じるであろう音のパターンを擬態しさえすればよい。このようにして、彼らはそうした物体についての心像を互いにつたえることもできるというわけだ。”
とあります。
つまり、僕ら人間が見る「光」は、太陽や電球などの反射でしかないけれども、エコロケーションを利用するイルカが見る「音」は、自らが声帯で発したものの反射。自分で作り出せるわけです。もし、人間が光を発することが出来るなら、横に座る恋人に、音声によるメッセージに加え、テレビのような映像によるメッセージが送れるのと同じ事です。
なるほど、この小説で空想的に語られる「心像」の伝達は「あるかもしれない。」と思えます。
また、人魚の可能性としての「人類海洋生物説」は、竹内久美子著「男と女の進化論」1994/02新潮文庫p21「背の高い男は何故モテる?」で、「水生人間説」として紹介されています。ここでは、「化石などの直接的証拠はというと、これが何一つとして出てこない。」のが残念ですが、もし、そうであったなら、そのまま海洋生活を続けた人間(?)が伝説の人魚として別の進化を遂げていることも「ありそうな」事です。
ちなみに、~もう、探すのが面倒だから、出典を明記しませんが~リチャード・ドーキンスの著で、「雪男」の可能性を取り上げ、現在まで生き残った「旧人」または「原人」の子孫ではないか。としています。この推測は、まさしく本書「ウォーレスの人魚」での人魚に対する推測と事を同じくするもので、岩井俊二のSF的思考が、現代の進化論第一人者である「リチャード・ドーキンス」に匹敵するものであることが伺えます。
二十世紀半ばのSF(サイエンス・フィクション)が、まさに日進月歩であった宇宙物理学に根を下ろしたものであったのに対し、現代の(例えば本書の)SFが、現在日進月歩の生物学に由来しているのが楽しいですね。
「サイエンス・フィクション」としての本書について長々と書いてしまったので、切り上げますが、その他に
「未知の生物を理解する」とはどういう事か?
また、
「愛」とは?
について、感じることが多かった本です。
前半を過ぎたあたりから、読書を中断することが出来なくなり、次の日は仕事だと言うのに徹夜して、読みつづけ、今日に至りました。
未知の生物を理解し、愛を育むと言うことは、身近な未知の生物=異性を理解し、愛を育むことに応用できるということです。この本を読むと、恋人の不可解への理解への一助となる可能性がありますよ。と、誰に言って良いのか解からないメッセージにて、この感想を終わりにします。 -
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沼正三「家畜人ヤプー」並の奇書です。
(と、これぐらいの事を書いておかないと、迂闊に手に取った人に怒られそうなので、大げさに書いておきます。)
近未来を描いたSFです。
「「ラストレター」に感動したから、岩井俊二の近作を」
と思い立ったのなら、別の小説が良いです。
(その場合は、「少年たちは花火を横から見たかった」KADOKAWA文庫2017/6/25が良いです。
さりとて、岩井俊二作品のSF奇書としては、以前にも
「ウォーレスの人魚」2000/10/25角川文庫
「ヴァンパイア」2012/8/25幻冬舎
という流れもあり、空想に夢だけを見る人とは異なる、岩井俊二の冷徹な現実認識を投影した警告の書と言えるかもしれません。
「ウォーレスの人魚」がかなりサイエンス・フィクションとして徹底して「その進化はあるかも。」と思わせるサイエンス寄りだった内容に対し、
「ヴァンパイア」、本作「番犬は庭を守る」の順番にファンタジーの要素が増して、現実離れした世界観になっていきます。
エンターテインメントとしての面白さは、どの作品にも共通してあり、興味尽きることなくのめり込みながら読み進む事ができます。
これに加えて(文庫の解説で金原瑞人も書いているけれど)読んだ僕が「この面白さに乗せて、著者は、本当は別のメッセージを忍ばせているのではないか。」と思わせるモノがあります。そして、おそらく僕以外の読者も
「俺は、岩井俊二が、忍ばせたメッセージを受け取ったぜ。」
と思う仕組みがあるのだと思いました。
これを具体的に書くのは恥ずかしいので、ここでは「希望」と言っておきましょう。
そういう意味では「零の晩夏」でも、メインストーリーの面白さとは別に「希望」が描かれていると思ったし、
「ラストレター」も絶望的な状況を生きる主人公の儚い人生にも救い、というか「希望」があったと思います。
悲惨で絶望的だ、と自分の人生を呪いたくなったとき、
どれでも良いから岩井俊二の作品を読むと良いかも。
今後の僕に訪れるかも知れない絶望の時に備えて、これを覚えておこうと思う。 -
Posted by ブクログ
映画の予告編を見て感動し、本編を見ぬままロードショーは終わってしまい、半ば仕方なく原作を読んだ。
予告編から、ヒロインの死は明かされながらも、若き日の出来事に対する後悔を背負って生きている主人公の話なんだろうな、と勝手に解釈していた。それは間違いではなかったが、ストーリーはもっと残酷で、救いがなかった。忘れていた。岩井俊二はかつてリリィシュシュのすべてや、リップヴァンウィンクルの花嫁を世に出した人だった。
ヒロインの遺書の解釈は、たぶん多くの人がしているのだろう。子どもへの遺書を、自分が生きていた証を残すことだと考えると、きっと自分の歴史の中でいちばん輝いていた、大切な思い出を伝えるのだろうと思う。もしそうであるならば、主人公にとっては救いだったろう。そう信じないと、ちょっと耐えられないくらい辛いストーリーだった。