映像作品を文章にしたということと、筆者である監督自身があとがきで記されていますように、この作品を初めて小説で読んだ人には、伝わりづらいところが多々あります。
とはいえ、私は、こうした、若さや青春特有———と思わせて、最早近頃は大人にとっても珍しくない、「くどくど」な周り道が、大好きだぁぁぁ!という思いを再確認致しました。笑
小説から生きるヒントを学ぼうという人ももちろんいるとは思いますが、多分、ヒントに、直接的で実利的なものを求める人は、そもそも小説ではなく、HowTo・ノウハウの本を読むのではなかろうかと私は考えます。
であれば、実利的でないのなら、小説は何を読むものなのか?
その問いの答えこそ、「くどくど」なのです。笑
多分、言い訳や嘘を一度も体験したことがない人はいないはず。そしてそういう、羞恥心や自尊心のための、いわば「くだらない」価値観や態度を、人はある程度の年齢や体験を繰り返すことで、やがて克服していくのです。
そしてその告白が早い人もいれば、開き直って生涯その不器用な性格と付き合うことを決める人も、はたまたなんとなく不器用なまま生きている人もいるでしょう。
思うに私にとって小説とは、そうした、生きる志を持つまでの、さまざまな、年齢、男女、それぞれの条件の人々が出会い、心を通わせる、まさしく本作に登場する「もしも」のような、不思議な寄り処なのです。
器用に生きられる人にとっても、小説は、不器用であった頃の自分を懐かしむものであり、今一生懸命に生きる人へ「なんでそんなに不器用なのか!」と責めるのではなく、自分にも不器用な頃はあったと、肌身に馴染む感覚で思い出し、やさしくなれるきっかけとなることでしょう。
そして今現在不器用な人にとっては、まさにこうした小説の「くどくど」の先にある、勇気ある行動、姿にこそ、影響され、少しずつ、ゆっくりと変わっていけるきっかけとなることでしょう。
皆さんにとって、なずなちゃんと典道くんの「くどくど」な寄り処が……幸せの道標となりますように。