加島祥造のレビュー一覧
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ポアロのもとに老婦人から依頼状が届くが、すでに彼女は2ヶ月前に亡くなっていて…という奇妙な出来事から始まります。
ポアロシリーズの中でも、愛犬家にはたまらない一冊。作中にはクリスティー自身も犬を可愛がっていたんだろうなと思える表現が多く、献辞からも愛犬への深い愛情を感じました。
作中に登場する犬・ボブの気持ちを代弁する場面にはほっこりしつつ、事件の推理はなかなか真相に気付けない!全員が怪しい!すっかりクリスティーの術中にハマっていました。途中、登場人物一覧を見返す人が多いはず。
そしてタイトルの"もの言えぬ証人"とは誰のことなのか、読み終えてから「そういうこと!?」と衝撃。人間の心理や、無意識を巧みに利用するクリスティーの凄さを改めて思い知らされる一冊です。 -
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audibleにて再読。読むのが20年ぶりでもさすがにこのトリックは忘れられない。クセのある登場人物が多くて、誰も彼も怪しい行動をして捜査を引っかき回してくる。楽しい。乗船客の犯罪者率高め。そして後半ぽんぽん人が死ぬ。いくらなんでももうちょい防げなかったのか。今まで読み返している範囲だと、クリスティーの3冊か4冊に1つは、意外な共犯によって不可能が可能になる話なのではないかという気がしてくる。どっちの犯人も早業が過ぎる。
頭空っぽ直情型みたいに言われているサイモンが意外と賢くかつ咄嗟の判断ができるのですごいなと思う一方、そんなに必死に取り合うような男なの?とはどうしても思ってしまう。明暗分かれる感のある女性陣それぞれの恋愛模様が楽しい。でもアラートン息子はやめといたほうがよい。 -
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『ABC殺人事件』で言及されていたポアロの理想的な事件。若い女性がやたら怖い、ってのと二転三転する真犯人までの流れが面白かったというおぼろげな記憶だけあった。
ブリッジを知っていたらさらに楽しめるかなと読み始める前にgeminiにルールを聞き、ゲームアプリでなんとなく遊び方が分かったところでスタート。思ったよりルールを知らなくても関係ないな?とはなったが、ロリマー夫人の記憶力が恐るべきものであることだけは分かった。なかなか出たカードも覚えられないし一回一回のカードを取れるかどうかだけに必死になってしまうんだけど、ゲームの振り返りを聞くにむしろ冒頭のオークション部分がゲームの鍵というか、流れを物語る&性格が出るものなんだなあ。あとたぶん味方が下手だと敵以上にいらいらするゲームである。CPUをいらいらさせた自信がある。
推理と言えるものなのかはともかく、話の流れがとても面白いし、ほか3人の探偵役も懐かしい。やっぱりキャラクター的には女の子が何考えてるか分かるけど分からなくて一番こわい。殺人がいっぱい。 -
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1937年の作品。
長編ポアロシリーズ14巻目。
ある日エルキュールポアロは、裕福な独身の老婦人、エミリーアランデルから調査の依頼の手紙を受け取る。しかしその手紙は2ヶ月前に書かれたものであり、手紙を出した彼女はすでに故人となっていた。彼女の死は病死で、少しも疑わしいところはなかった。が、彼女が死ぬ前に遺言状を書きかえたこと、階段から落ちて怪我をする事故があったことなどからポアロは彼女の死が殺人によるものではないかと疑い始める。
容疑者は、エミリーアランデルの甥のチャールズアランデル、姪のテリーザアランデル、同じく姪のベラ・タニオスとその夫でギリシャ人のドクタータニオス。彼女の死によって莫大な遺産を受け継いだ付添人のミスロウソンである。
一部始終を目撃していたはずのエミリーの愛犬、ボブは言葉を話すことができない…。
この作品は、ワンちゃんのボブがキーパーソン(キードッグ?)となって出てきます。
アガサクリスティの飼い犬がモデルになっているのかな?
ヘイスティングスくんの語りで書かれていますが、ヘイスティングス君はさすが、犬語も解すんですね!!
強い個性のキャラクターがいっぱい出てきますが、中でも強烈なのが、ミス・ピーボディというオールドミス。尖った傘の先でヘイスティングス君を刺して喜んだりしています。宮崎駿作品の湯バーバのようなイメージです(個人的見解)
いろいろな伏線も出てきますが、鮮やかなほどミスリードさせられたー!
やはりヘイスティングス君の語りの作品は軽妙で面白いですね! -
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デビット・スーシェのドラマを見ました。
白テリアのボブが可愛くて可愛くて。ボブに懐かれたポアロが、田舎には不釣り合いな完璧な紳士装束でボブのお散歩をする姿も可愛くて可愛くて。
そこで原作も読みたくなりました。ボブは原作では出番は少なかったのですが、やっぱり、かわいい!
ドラマでは、ポアロにボブを譲る話があったので「ポアロさん、ロンドンにつれて帰ろう!お散歩なら私がするから>▽<」と思ったですが、残念ながらポアロはボブを別のお宅に置いてきてしまった(´・ω・`)
しかし原作ではボブをロンドンに連れて帰ることに!!わーい(^o^)
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ポアロの事務所にエミリイ・アランデルという老婦人から手紙が届いた。田舎の古風な名家の頑固でしっかり者のオールドミスらしい。ポアロが気になったのはその手紙の日付だった。書かれたのは2ヶ月前なのだ。彼女はなぜ2ヶ月間手紙を出さなかったのか?ポアロとヘイスティングスがエミリイの屋敷「小緑荘」に向かう。
しかしエミリイ老婦人は1ヶ月前に持病により亡くなっていた。
ポアロは、エミリイは身の危険を感じて自分に依頼しようとしたと察し、エミリイの死の真相を探ろうとする。依頼人は亡くなっているが、ポアロの矜持なのだ。
エミリイは莫大な資産を持っていた。本来は三人の甥と姪に相続されるはずだったが、最新の遺言状でほぼ全財産が付き添い看護師のミニー・ロウスンに引き継がれることに変更された。当然甥や姪たちは猛反発。
果たしてエミリイ老婦人の死には、誰かの悪意があるのか…。
●エミリイ・アランデル:地方の名家アランデル家の屋敷「小緑荘」の女主人。エリザベス女王時代の頑固な価値観の持ち主。
クリスティの「前時代の頑強な老婦人」っていいですよね。
●ワイヤへアードテリアのボブ:エミリイ・アランデルの飼い犬。いたずらっ子。この物語はヘイスティングスの一人称事件記録なのですが、ヘイスティングスはボブの気持ちを代弁しているのがまた可愛いかわいい。「犬は私を見ると『やい、見かけないやつだな。噛みついてやる。それでそのボールを投げてくれよ』というように吠え立ててきた」みたいな笑
遺産受取人
●ウイルヘルミナ(ミニー)・ロウスン: エミリイの付き添い看護師。ほぼ全財産受け取ることに。
原作では、人々から階級も教養もあまり頭の良くない女性と見られていて、こんな人がそんな大金相続してもあっという間に騙し取られそう…と思った…
親族とその関係者
●チャールズ・アランデル: 20代前半のエミリイの甥。享楽家で遊蕩三昧で常に金に困っている。ちょっとした詐欺や、エミリイ叔母さんのお金をくすねている。今回も「遺産を取り戻すためなら違法行為も厭わない」と公言。
だが人間としては魅力的で、周りからの評判は割と良い。
●テリーザ・アランデル:20歳くらいだっけな。エミリイの姪で、チャールズの妹。美人で派手。現代っ子らしく生きることが大好き、今欲しいものが今欲しい、遊びもファッションも恋愛も最先端のため金欠。兄と同じく「遺産を取り戻すためなら違法行為も厭わない」しかしそれは自分のためだけでなく、婚約者で町医者のドナルドスンの成功のためでもある。
眼の前の華やかな生活を送ってきたテリーザが、真面目で堅物っぽいドナルドスンとの婚約は意外でもあるのだが「最初の男ではないけれど、多分最後の男」と言い切る。高飛車で身勝手だが潔良くて割と好感を持てる…自分の近くにいなければ(^_^;)
●レックス・ドナルドスン:将来有望の医者で生真面目くん。エミリイのような老婦人からは「頭は良いかもしれないけど、男としてはなっちゃいない」という低評価。
ヘイスティングの記述では、冷静で洞察力があると案外高評価。
読者としても、全く正反対のテリーザとドナルドスンが愛し合っているのはなんか良いのよね。
●ベラ・タニオス:エミリイの姪。夫はギリシャ人で子供が二人いる。子供のことで頭がいっぱいの「ハサミ虫のような女」と言われるような(^_^;) 金欠をやりくりして一生懸命レリーザのファッションを真似っ子するが、センスが悪くて野暮ったくなってしまう(^_^;)
どうやら夫に頭が上がらないらしい。
なんか、半径10メートルで生きる冴えない主婦って身につまされてツラい(^_^;)
●ジュイコブ・タニオス:ギリシャ人医師でベラの夫。この時代ギリシャ人は差別的な目で見られたが、陽気で親切でベラを「自分にはもったいないほどの素晴らしい女性」と賛美するので、ギリシャ人だけど話してみると案外いいやつ、みたいに
思われる。でもベラのお金で投資に失敗し、エミリイの遺産分与を期待していた。
村の人達
●キャロライン・ピーポディ:エミリイの昔からの友達の老婦人。ポアロとヘイスティングスはエミリイの死を探るために嘘をついて彼女に面会するんだが見破られている。そして道で出会ったヘイスティングの脇腹をパラソルで突っついたりする。ヘイスティングは嘘ついた負い目があるし、相手は老婦人なので逆らえない笑。食えない婆さんって感じで面白い。
●トリップ姉妹:霊媒師の中年姉妹。ドラマでは好き勝手に楽しそうに「きゃあきゃあ、お告げよお告げよ♪」などとやりたい放題だったが、小説では割と大人しめ・笑 しかし彼女たちが目撃したエクトプラズム?とかなんとかが解決のヒントに。
今回のポアロは「本来なら自分に依頼されるはずだった事件」として自主的に捜査しています。何の権限もないし、殺人だとしたら犯人に疑われないように(第二の殺人を防ぐため)しなければいけません。そこで関係者に身元を偽ったりします。ヘイスティングスからすると「嘘」は良くないという価値観で、ポアロは「必要な口実(要するに嘘)は別に悪くない」という価値観が現れます。なるほど。
しかしあくまでも「亡くなった依頼人だったらこういうことを望むだろう」ということを汲み取ったうえでの捜査と、始末の付け方をします。そしてポアロが出てこなければ起こるはずだった第二、第三の殺人も防いだことに。
犯人は身勝手ですが、最後に明かされた殺人者への「ちょっと思いがけない墓碑銘」がなかなか切ない。
この物語ではこの時代の、外国人差別、女性軽視、職業社会的地位による格差というものも現れていました。
ギリシア人のタニオス医師に対して「アランデル家の女が外国人なんかと結婚するなんて」「ギリシャってアルメニア人を虐殺したんでしょ。あらトルコだったかしら?」という扱い。タニオスさんは明るいし医師としても優良なのでエミリイ老婦人もちょっと見直すようですが。
ミニーの付添婦という職業も軽んじられています。「まともな人間が就く職業ではない」くらいの扱い。ミニー自身は悪意はない人(単純な人。悪いことを考える知能もないというか…)なんですが、彼女に余るほどの大金相続は、読者としても心配に(^_^;)
そしてあとがきで書かれていた「ポアロは120歳くらいで死んだことになる」には笑ってしまった。これって横溝正史も「ポアロは計算したら120歳くらいってことになる。現実と合うかは気にしなかったんだろう」と書いているので有名なんだろうけどさ。
そしてボブ(^ ^)
ヘイスティングスには犬友達が結構いることが判明。きっと犬の散歩している人を見かけたら話しかけて犬を触りまくっているに違いない 笑
そのためかボブの吠え声や仕草を代弁するのが楽しい楽しい。「ぼくはいい番犬だろ?ぼくが吠えたって気にするなよ。これがおつとめなんだからね」「ボールがそこにはないって?何言ってんだい。ボールは同じ場所にあるって決まってるのさ」などなど\(^o^)/
ボブはポアロへの報酬のようなもの。しかしヘイスティングスに取られちゃったみたい笑
ボブは他のお話には出てこないけど、今後ポアロ物を読むときには「お家に帰ったらボブがいるんだよね★」って思うことにします。(いませんが、いると考える) -
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「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」
アバネシー家の当主、リチャードが病死した。彼の葬儀の後、遺言公開の座上で末の妹、コーラが口にしたのはとんでもない言葉だった。
ポアロシリーズ25作目
上手い……上手すぎるんだよ、クリスティは(笑)
最初から最後まで、とてもクリスティらしいお話。お金持ち一族の主人が死んで、財産分与で揉めるヤツ。
それぞれのキャラがやっぱり上手い。やなヤツあり、カッコいい女性アリ、怪しい人あり。
問題発言をした末妹のコーラの造形がまた良い。
そして安定のポアロ。この食えないオジ様がたまらん(笑)
オチにはしっかり驚いたし、安定感抜群なんよなぁ。女王はすごい。 -
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1976年の夏、ぼくはフォークナーを三冊、続けざまに読んでいる。『サンクチュアリ』(1931年作品)『八月の光』(1932年作品)『フォークナー短編集』(1950年)。『響きと怒り』(1929年)も読んでいる気がするのだが、記録にはないので間違いかもしれない。いずれにせよ当時、ぐいぐい引っ張られたことを覚えているのと、何とも暴力的な世界だとの印象が残る。強烈な暴力の印象が。『サンクチュアリ』は二十歳のぼくにとってとても衝撃的で、しかも魅力的であった。それから半世紀近くが過ぎようとしている今、フォークナーの『野生の棕櫚』(1939年)が文庫化され目の前に出現。フォークナー作品で受けた衝撃は覚えているから、ただ事ではなかった。
そしてページを開いて呆気にとられる。この一冊の中には二つの小説作品が存在している。確かに本の帯には<二重小説>との特大文字が光る。目次を見ると『野生の棕櫚』の各章の合間には別の作品『オールドマン』が挟まれている。なので、二つの全く異なる作品を同時に読んでゆくという形式なのだ。いわゆる1930年代に書かれた極めて前衛的な構成の作品なのである。破壊的要素も強い印象のあるフォークナーだが、本書ではここまでやっていたのだ。
しかもフォークナーは、この作品を別々に書いたのではなく、『野生の棕櫚』を一章書くと、『オールドマン』の一章を連続して書き、また『野生の棕櫚』に戻るという書き方に徹したらしい。二つの小説を別々に書いたのではなく、二つの小説をセットとして意識して書いたのだ。
と、同じ構成の作品が何か身近になかったかと考えると一つだけ思い当たった。村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』である。アメリカ文学に詳しい村上春樹のことだからフォークナーへのオマージュは既にあったのかもしれない。
さて『野生の棕櫚』は、いくつかの夏用貸し別荘の建つ湖畔だが、季節外れになると誰もいなくなる医師夫妻のもとに、とある男女が辿り着くところから始まる。別荘の一つを仮住まいとして住み着いた夫婦は何やら訳ありの空気が見られる。第二章からは彼らの放浪の出発地点からのことが過去に遡って語られ始める。
一方『オールドマン』は、大雨洪水災害に見舞われるミシシッピ川の堤防の修復に駆り出される囚人たちの光景から物語がスタートする。未曽有の災害と言われる大洪水は、もう何度もミシシッピ川を襲ったことがあるらしいが、今回のそれはまた桁外れの様相だ。第一章では獄中にある囚人たちに看守から、堤防の補強に駆り出されるところまでが描かれる。その後、囚人たちのグループも看守たちを含め作業中にバラバラになってしまう。生死を賭けた自然の猛威との闘いがその後描かれてゆく。
若い不倫男女のあてどない逃避行と、飢餓感、餓えたような愛と性、救いどころのないロードノベルのような『野生の棕櫚』。
一方、流され翻弄される囚人が、被災した妊婦を助け、ともにミシシッピ川を下るエネルギッシュなストーリー。
作者は、あまりに救いのないギリシャ悲劇のような一つの物語を、もう一つの災害中でありながら救いに満ちた物語と交互に語ることで、バランスをとるという考えでこの一冊を書き上げたらしい。なのでそれぞれを別々にではなく、交互にストーリーを書きながら二つで一つの世界として構築してきたものだと言う。
文章は、とても長く、長ったらしく、段落替えが極度に少ないが、その文体とて考えられ考え抜かれたものなのか、フォークナーという独特の作品用文体なのか。ともかく描写能力は際立っているし、心の流れもどんどん文章化されてゆくように思う。前衛さと、文章のディープさと、フォークナー文学を支える原初的な野生。自分は小説家ではないと豪語しつつノーベル文学賞までかっさらった天才の物語作風は、やはり強烈そのものであった。半世紀前に受けた衝撃からこの方、いささかも緩ぎないものだったのである。 -
Posted by ブクログ
フォークナーの野生の棕櫚。ゴダールの『気狂いピエロ』だったと思うけど、映画の中でJ・P・ベルモンドが読んでいた小説。『Perfect days』で役所広司も読んでいた。野生の棕櫚とオールドマンが交互に配置されることでフォークナー自身が言うように独特の効果を発揮している。単に野生の棕櫚だけだったら普通の?恋愛小説になっているところに、全く関係のないオールドマンを重ねることで、野生の棕櫚にそもそも飽きが来ないようになっているし、関係性を探るような深読みも誘う。
生き急いでいるように感じる2人を描く野生の棕櫚と、どこか達観した2人を描くオールドマンの関係がなおさら、野生の棕櫚の2人の痛々しいまでの関係性を際立たせる。
文体はやや難しく、全ての出来事を拾い切れていないと思う。特に重要なイベントをぼやかして書かれているので、イベントに気がつかないところも多かった。ただ、その表現は散文だけれど詩的でかっこいい。何度も読みたい小説。