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Posted by ブクログ
国産ミステリーの犯罪のほとんどが、極めて個人的な犯罪を扱うのに比して、世界の賞を獲るような作品は必ずと言っていいほど、国家レベルの犯罪、あるいは政府機関の犯罪、もしくは制度の生み出す社会悪が生み出す犯罪を描くものが多い。単なる謎解き小説にとどまらず、犯罪を小説の題材として描くことで、何らかの社会的メッセージを描くもの、そうではなくても高位なレベルで行われる犯罪に、個人として立ち向かわねばならない状況を小説の背骨に据えているものが多いと思う。
国産小説にそれが皆無とは言えないけれど、あくまでそうした部類の読み物とは一線を画し面白さだけを追求して、家族や男女間の愛憎のもつれ、ちっぽけな利権の殺意などを題材にした、後に残らないその場しのぎの作品が作家の名を忘れられないためだけに年に何冊という勢いで続々出版されてしまう。それがまた、当面の面白さやゲーム性だけを求める読者に受け入れられるという現象や、そうした図書文化のスケールの小ささにぼくはいつも愕然とする。良い小説とは、ぼくらが生きる時代や社会背景に、物語の中で密接に関わらなければいけないと思う。その時代の碑としての軌跡を残すべきものでなければならないと思う。ミステリーとしての伏線やトリックなど技法がすべてではないということだ。いわゆる小説としての成熟度。そして試されるべきはむしろ読者の成熟度であろう。
さて、本書を読んでいて思ったのは、主人公の黒人探偵の「原罪」そして「贖罪」である。それを克服しなくては生き続けることができないほどの主人公の生への枯渇である。そして彼を追い込んだのは、ちまちました犯罪ではなく、社会的問題として断罪されてもよい種類の組織悪による圧倒的権力と社会構造なのである。それも警察という名の。
こうしたことはニューヨークを舞台にしたこの作品だけではなく、多くの映画にしても小説にしても、世界の娯楽小説の軸に使われることが欧米エンターテインメントの圧倒的主流である。国の悪に対し、己の身を守る。自分のために、家族のために。そして何よりも生きる意味を問うとき、沸騰せざるを得ない己れの尊厳のために。
そう、あのウォルター・モズリイが約30年ぶりに帰って来たのである。色のついたタイトルのイージー・ローリンズを主役とする戦後1940年代のLAを舞台にしたシリーズではなく、現代のニューヨークで。P287に、作者がしかけたオマージュには、モズリイ・ファンとしてはにやりとしてしまう。そしてイージーとは異なる現代のNYならではの生活スタイル、時代や場所が変わっても一向に変わらぬ男たちの持つべき尊厳と生き様。イージーの無法で無謀でコントロール不能な相棒マウスを覚えているだろうか? 彼を想起させる、強烈にアウトローなイメージを噴出させる重要助っ人メルの存在もがある。時代は変われど、ハードボイルドにはアウトローも欠かせない存在である。
新主人公の課せられた宿命や不運、それを乗り越える一途さや、周辺人物の魅力的な個性がものを言い、火を噴く怒りをどう収めるのか? この許されざる強烈な悪党どもを、どうやってぶちのめすことができるのか? 不安と緊張の中にも期待がうずく緊張の各ぺージ。
ハードボイルドとは、時代を変えては、その時代を映す鏡になり得る。面白さの中に、驚くほどの時代描写・社会への嗅覚が見られる事実と、そこへの参画意識、そして何よりも闘志というところにこそ、ハードボイルドのコアな部分が潜んでいるように思う。是非そんなポイントをこの作品の中に捜し当てて頂き、現代の小説というものの可能性に、改めてご注目願いたい。
Posted by ブクログ
主人公のオリヴァーは元警察官。
ある事件ではめられて警察を追われ、妻にも離縁され、生活をすべてを失った。
今は探偵として冴えない日々を送っている。
唯一の救いは娘が味方であること。
まだ高校生だが、探偵事務所の秘書としてオリヴァーを支えている。
原寮が「これが、人生を描くということだ」 と推薦文を書いていたので、チャンドラーばりのガチなハードボイルド小説かと思っていたが、オリヴァーは自分の失敗を忘れられず、娘に支えてもらいながら生きている等身大の、どちらかと言うと駄目な人生を歩んでいる主人公として描かれる。
だが、過去を精算できるチャンスを掴み、腹を括って命をかけて向き合っていく。一緒に立ち向かってくれる悪人メルカルトや祖母のキャラクターがいい。
オリヴァー自身にはあまり自覚が無さそうだが、周りの人たちが応援したくなるような生き方をしている。真摯に生きているのだ。正しいことは正しい、自分が信じた真実にブレない行動をする。そこに共感するさまざまな人たちが惜しみない協力をしてくれ、オリヴァーは自分の人生を取り戻していく。
まさしく、「これが、人生を描くということだ」なのだろう。
人生、いい時もあれば悪い時もある。一度の失敗で人生をあきらめるな。一人ではない、一緒に乗り越えてくれる仲間がいる。ハードボイルド風なある男の成長物語だ。
Posted by ブクログ
「濡れ衣への復讐のために耐え忍ぶ」という主人公の境遇から、デュマのモンテクリスト伯を彷彿とさせられる本書。作者のウォルター・モズリーは、本作に限らずギャング、ヘロイン中毒者、傷ついた魂、そして不屈の精神など、大都市ニューヨークのサバイバルをテーマとした作品をリリースしています。一連の作品でモチーフとなるのは、不正や腐敗の歴史を認めようとしない警察の暗部で、いずれも説得力のある物語は期待を裏切らない出来でした。今回も主人公のオリバーが自身に仕組まれた陰謀に翻弄されつつ、並行して発生した別の事件も交錯するという風に、いい話が展開されます。ですが、今作で私が一番興味を持ったのはストーリーそのものではありません。それはオリバーの世界観と作者の描写の仕方にあります。例えば、主人公のジョー・オリバーが新しい人に会うときには、肌の色だけでなく、その人が何を着ているのか?など、かなり細かい説明をするんですよね。このようにして、大都市ニューヨークの暗部を露にするような世界観の描写のディテールも本作の大きな魅力です。
Posted by ブクログ
主人公のオリヴァーはニューヨーク市警の刑事として鳴らしていたが、ハニートラップに簡単に引っかかりレイプ犯扱いされ、妻に見捨てられ警察をクビになり、いまは私立探偵をしている。娘だけを生きがいとして生きてきたが、そこにハニートラップを仕掛けた女性から手紙が届く…直後別のもう一人の女性から黒人ジャーナリストの無実を証明して欲しいと依頼がある。オリヴァーは2つの事件に繋がりはないが共通点を見つけ、自分の無実を晴らすためにも同時に調査を進めることにする。
出てくる登場人物が個性的で良いのだが、多過ぎて誰だ誰やら分からなくなりかけ混乱する。その中でも群を抜いて魅力的なのは元凶悪犯で主人公の相棒になるメル。メルの存在こそがオリヴァーを良人とし、いろんな意味で救っている気がする。
Posted by ブクログ
今のこの国のように、役人や警察が民衆のために働くのでなく、自分たちの利権を守るために働くのが当たり前になってくると、頭の切れる警官なら自分が正規のルールに従って動くことが自分の所属する集団の中にいる他の者の目にどう映るか、だいたい分かるだろう。法や正義を盾にとって、いつか自分に害を及ぼすことになるだろう相手に、本心を明かすことはなくなり、遠巻きにして眺め、警戒するに決まっている。
独善的でなく、周囲に気を配れるだけの器量さえあれば、腐った林檎でいっぱいの箱の中に入っていたら、自分だけいい匂いをさせているのがどれだけ危ういことか気づけるはずだ。ところが、自分の腕に自信があり、周囲の助けを借りることなどちらりとでも考えたことのない男には、それが分からない。張り切って仕事をすればするほど、お偉方の足元をすくうことになっていることに。
ジョー・キング・オリヴァーは十年以上前に、罠にかかった。その頃は自分の性衝動を抑制することができず、逮捕に向かった相手の色香に負けて、情を交わしてしまったのだ。強姦罪で訴えられた夫に、妻は怒りのあまり保釈金を払うことを拒否。檻の中で刑事がどんな目に遭うかはよく知っている。殴られ、顔を切られ、小便をかけられても、看守は何もしてくれない。親友の刑事が手を回し、隔離棟に移されたが、八十日余りそこで過ごすうちに元刑事は犯罪者へと変貌した。
一度失ってしまった誇りや気概はなかなか戻ってこなかった。十年余りを無気力に過ごしたある日、探偵事務所に手紙が届き、その翌日若い女が捜査の依頼をするために訪れるまでは。手紙の差し出し主はかつて自分を陥れたあの女で、過去を悔い、いつでも証言台に立つと告げていた。電話すると麻薬所持で逮捕され、釈放する代わりにジョーをハニー・トラップにかけるようにコルテスという刑事に指示されたと語った。
ウィラという女は弁護士だった。刑事殺しの罪で死刑囚となった活動家のフリー・マンの弁護をする弁護士ブラウンのもとで働いていた。彼女はブラウンが急に態度を翻し、熱が冷めたことにいら立ち、調査を依頼しに来たのだ。マンは少年少女が性奴隷として働かされている組織の壊滅を目指して活動していた。ウィラはそういうマンに心惹かれていた。ジョーは、警察が一枚噛んでいることに、自分の事件との共通点を認め、事件を引きうける。
自分を陥れた刑事を突き止め、復讐し、名誉を回復して復職するための行動と、マンの刑事殺しの事実を暴くための行動が、同時進行で綴られる。話は錯綜し、次から次へと芋づる式に新しい登場人物や手がかりが現れる。十年前とちがうのは、一人で行動しようとしなくなったことだ。警察内部に敵がいるので、親友のグラッドストーンの手を借りるわけにはいかない。しかし、探りを入れたら、敵はすでに動き出していた。独りで立ち向かうには危険すぎる。
ジョーが頼ることにしたのは元凶悪犯で、今は時計の修理屋をやっているメルカルトだった。以前、銀行強盗の従犯で逮捕した際、メルが仲間を売ったと偽証するよう検事に促されたが、ジョーは肯んじなかった。その結果何年か冷や飯を食わされた。メルカルトは、そのことを恩義に感じていて、何かあったらいつでも声をかけてくれ、と事務所に来たことがあった。今は足を洗ってはいるが、裏の世界に顔が利き、荒っぽい仕事も平気でやってのける頼りになる男だ。
メルカルトの登場により、謎解き主体かと思っていた物語は少し趣きを変え、ノワール色が濃くなる。私立探偵の調査は関係者の話を聞いて、事実を明るみに出してゆくことだが、元凶悪犯のやり方はかなり荒っぽい、自分のアジトである南北戦争当時、逃亡奴隷を逃がすために作られた地下鉄道の駅舎に拉致し、拷問によって吐かせる。片脚を撃たれて、次は左手を撃つと脅されたら、大抵の者はしゃべるに決まっている。
ジョーがはめられたのは埠頭でヘロインの売買をやっていた男とコルテスという刑事が組んでいたからだ。ジョーはその男を逮捕する寸前だった。それで罠にかけられたのだ。しかし、当時の証拠はすべて破棄され、関係者は今ではニューヨーク市や警察の幹部級だ。私立探偵一人を闇に葬ることなど簡単にやってのける。自分の復職は叶わない。マンは相手に狙われ撃ち返しただけだったが、それを裏付ける証拠はなく、判決を覆すことはできない。
八方塞がりの局面を転回するのは、やはりメルカルトだった。あっと驚く方法で一件は幕を引くことになるのだが、通常のノワールやクライム・ノヴェルの解決手段ではない。ここまで読んできた者としては快哉を叫ぶ気持ちにはなれない。主人公はこれで溜飲が下がるのだろうか。いくら社会が腐っているからといって、自分の生き方をそれに合わせる必要はない。何かもっと別の方法はなかったのだろうか。ああ、もやもやする。ただ、読み物としては面白く、リーダビリティの高さは保証する。チャンドラリアンには向かないだけだ。
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