『森から来た少年』は、奇想天外なアイディアで生まれた、いかにもコーベンらしい奇作であった。森に棲んでいた非文明的少年ワイルドは、40代にさしかかっている。彼は超奇妙な私立探偵存在として現代文明の中に沸き起こる現代的事件を解決に導いてゆく。解決できていないのが彼の正体。彼はなぜ独り森で育つことになっ
...続きを読むたのかという謎。
またワイルドとダブル主人公的に活躍するのが、何作ものシリーズや単発作をまたいで登場する女性弁護士ヘスター・クリムスティーンである。そう。このシリーズは続編である本書と併せてワイルドの出生の秘密に迫るのが本書なのである。なので『森の中の少年』を読んだ人はこれを読まなくては完結しない。そう言われて読まない人がいるだろうか? 一方でヘクターの家族の歴史が重要な分岐点を迎える物語でもある。ヘクターおばちゃんのファンであってこれを読まないなんていう読者が果たしているだろうか?
さて本書。主人公ワイルドがDNA鑑定を通じて近親者を探していたところ、DNAが50%マッチした人物がいることを知るが、特定には至らない。一方、ワイルドにメールを送ってきていた人物が母方の血縁者と知り、こちらでもDNAのマッチ確立を探るが、その人物がTV番組で名が知られた挙句、ネット内で追われ失踪中とワイルドは知る。ワイルドの追う人物がリアリティ番組の参加者がネット世界で怒りや攻撃の的となり炎上したと言う。そんななか、ワイルドは警察官らの悪辣な暴力に曝され瀕死の状況に追い込まれる。彼をも巻き込む闇ネットの存在は何か? スリルと謎の深さが半端ではなく、ジェットコースターなみのストーリー展開と、錯綜の複雑さが混乱とミスリードを呼ぶ。
読み進むにつれもつれた人間関係がほどけてゆくのだが、真偽や正邪の判断もつきにくい過去と現在の状況がネット情報とリアルの隔たりの狭間に溢れ、ワイルドとともに読者も混乱に突き落とされてゆく。何よりも見た目通りではない人物の多さと、何層もの虚実を剥いてゆくストーリーの複雑さが混乱を呼ぶ。
一気読みに近いが、登場人物が多く複雑に互いが絡み合っていることもあってキャラクター表での確認作業が読書中とても大変であった。リアルとバーチャルの多次元的ストーリー進行もあまりに現代的なので、コーベンの作品中最も難読度の高い作品であるように思う。森で育ったこどもが大人になってこれほどの多次元バーチャル化した世界に対応してゆく才能とその知性には驚かされるが、ワイルドという個性の持つたっぷりと溢れかえるヒューマニティが作品の殺伐さを根底で救っている物語であるとも言える。
いずれにせよ、設定も進行も奇才ハーラン・コーベンならでは個性に満ちている。語り口は平易で、場面転換も豊かで相変わらずのリズミカルなミステリーである。魅力的なヒーロー&ヒロインの悲劇と喜劇の多重構造の謎で構築されたこの世界。それらをしっかりと味わいながら是非とも丁寧に読んで頂きたい力作である。