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Posted by ブクログ
★特長
筆者は、京都のお寺の次男として生まれ、東京の仏教系大学を卒業後、いろいろなお寺で修行を積むかたわら、公園にたむろする暴走族の子たちに怪談話をつかみに布教をし、相談を受けるようになられたお坊さん。
ご自身のたくさんの不可思議な体験を、各テーマに沿ってまとめられています。
「恐怖」「怨霊」「輪廻」「邪気」「冥界」「京の闇」
各章の最初と最後にテーマに沿ったやさしい法話とまとめがあり、心がほっこりします。
不可思議な体験談は、一瞬鳥肌が立つものもありますが、多くは「怖い」というより「ほっこり」するお話が多いです。
本文171ページ。
★感想
それぞれの不可思議な体験談はいずれも身近なお話で、とても興味深く読めました。
単に不可思議な話を集めているだけでなく、仏法を通した教訓も添えられているので、心が楽になったり、勉強になったりしました。
長さも程よくとっても読みやすいです。
★魅力
出てくる話が実話で、身近なシチュエーションのお話であること。
「怖い」より「安心」させてくれる話が多いこと。
仏教を通した心の勉強にもなる。
読みやすい。
★おすすめの人
作り話の怪談ではなく、実話の怖い話や不可思議な話を楽しみたい方。
不可思議な現象に興味がある方。
心が楽になりたい方。
不可思議な現象に悩まされた経験のある方。
Posted by ブクログ
三木大雲「怪談和尚の京都怪奇譚」だ。著者の三木大雲氏は京都の蓮久寺という古刹の住職をされていて、怪談を交えた説法で知られている。
彼が怪談による説法を好むのには、あるわけがある。というのも、お坊さんの説法というのはなんとも退屈に感じられて、一部の熱心な仏教徒は耳を傾けても、さほど仏教に縁のない大勢の人は耳を貸さないのである。
そこで、彼が発掘した話術というのが、大衆が興味を抱きやすい怪談を交えた、怪談説法だった。
本作ではそんな怪談説法や、著者が実際に体験したと語る短いエピソードがまとめられ、全六章に分けて描かれる。
第一章 恐怖
第二章 怨霊
第三章 輪廻
第四章 邪気
第五章 冥界
第六章 京の闇
の六章である。彼の軽快な口調と、内容の軽重が小気味良くて、とても読みやすく教訓のある書であった。
どうしたって人間は、成長する過程で理性を養うと、幽霊とか神仏というものが妙に白々しく、幼稚に感じられるようになる。仕事やら、課題やら、日々の生活やら、目に見えるものだけでも精一杯なのに、目に見えないものまで意識するのは、なんとも面倒なのだろう。
そこで著者は、読者にある問いかけをする。「あなたは心を持っていますか」と言い放つのである。
なるほどどうして、不思議な響きをもつ問いかけだ。人は誰しも心があり、そこに疑う余地はないと思うが、ではどこにどのような形であるのかと質されても、なかなか答えようはないのではないか。
これこそが、俺に目に見えないものの実在を確信させる所以である。夏季に似合った怪談に、仏教の含蓄も込められた良書であった。またいつか、続編を読みたいと思う。
Posted by ブクログ
200ページもない薄い本だが、紹介されている話が思いの外多いので、ページ数以上のものを読んだ気になれるという。
ページ数に対するコスパがいい。
(ページ数に対するお値段は少し高めだが)
お寺に持ち込まれた話から、住職ご自身が体験された不思議体験まで、百物語を聞いている感じで手軽に、それでいてぞっと怖い話を堪能できる。
中には怖いながらも感動できる話(泣ける話)もあって、怪異譚にも様々な種類があるなと興味深かった。
実際に語り掛けるような口調で書かれているので、そういう意味でも読みやすい。
思わず叫び声を上げたくなるほどの恐怖話はあまりないが、暑い夏に楽しむ怪談としては、割と万人にオススメできる作品だと思う。
考えさせられる話もあるので(供養はちゃんとしよう、うん)
シリーズ化されているようなので、機会があったら続刊も読もうと思う。
Posted by ブクログ
◼️ 三木大雲「怪談和尚の京都怖〜い怪奇譚」
自分だけに見える子供、聴こえる声、深夜の道や線路に老婆の姿が。京都を中心とした霊の現象。
語り手は京都の寺のご住職。霊感があり、さまざまな体験をラジオやテレビでも話しているようだ。和尚のもとには、霊に関する相談が頻繁に持ち込まれるー。
背中が痛むと悩む男性はタクシーの運転手や湯治場の老人からお祓いを勧められ、訪ねてきた。読経中、和尚の耳に、男性の声である住所が聞こえ、依頼者に聞くと実家のあたりだと言う。一緒に行ってみると、そこにはー。
息子が知らないおじさんにつねられたと泣く。またおにいちゃんやおねえちゃんが見える、おばあさんが乗ってきて首を絞めたとばたつく。やがて食器が勝手に落ちて砕ける、家具が激しい音とともに動くー。
鉄道で老人を轢いたが、警察に通報して捜索しても何も出てこない、中には列車に痕跡があるケースもあったー。
女の子の霊が出るマンションにお祓いに行った時、女の子がついてきて寺に出るようになった話、一条戻橋の下に消えた宇宙人などなどのユーモラスなケースもある。おおむね過去に土地であった事件が原因のようだ。
だいたいが相談に乗ったり、お祓いを頼まれるというエピソード。加えて自殺のケースに現場に呼ばれ、捜査の前にお経をあげたり、また刑に服している者にお経やその教えを説いたりするなど、お坊さんの通常の仕事にも触れてあってふむふむ、である。
非科学的なことに抵抗がある科学者の家で突然地震があったり、廊下や寝室、押し入れに土が入っていたり、突然停電になったりする。隣近所では何もなく、電気の業者に調べてもらっても原因がわからない。和尚が行って見てみると、果たしてこれだというものがー。
もう夏。怪奇を好む、というのは文学的な本能かもな、とよく思う。源氏物語もそうだし、泉鏡花もふんだんに用いている。相談があった実話に基づく怪談。仏教的な教え悟しもあり、おもしろい読書だった。
Posted by ブクログ
現役のお坊さんが語り、記した怪談集だけあって、近所のお寺で怪談を聴いているような趣があり、他所の作品と比べて温かみがあり、恐怖感よりも親近感が持てる作品。
第一章の冒頭で【色即是空 空即是色】の話があります。『色』とは「物質(有るもの)」、『空』とは「空虚(無いもの)」のこと。「有るものは無いもの 無いものは有るもの」つまり、「有るものと無いものは同じもの」という仏教用語です。
例えば「心」は物質(色)ではありません。では「心」は無いもの(空)かと問われれば、問われた者全員が「いいえ」と答えるでしょう。この時点でその人は「有るものと無いものは同じもの」、同等のものと認識していることになります。
「物質(有るもの)」を『目に見えるもの』、「空虚(無いもの)」を『目に見えないもの』に置き換えれば、「見えるものと見えないものは同じもの」ということになります。
例えば、『物質』は「元素の塊」ということを学校では教わります。更に元素は原子の塊で、原子は更に陽子、電子、中性子の塊、そして陽子と電子は素粒子の塊と教わります(中性子は寿命を迎えるとベータ崩壊を起こし陽子に変化します)。つまり、『物質』は「素粒子の塊」だということです。「物質」は目には見えますが、「素粒子」は目には見えません。ですが、素粒子は原子を形作り、原子は元素を形作り、元素は物質を形作る。正に「見えるものと見えないものは同じもの」です。「自分には見えない。だから存在していない。」という認識は誤っているということになります。
『見えるもの』は「自分が体験したこと」、『見えないもの』は「自分が体験していないこと」に置き換えることもできます。「自分は体験していない。だから心霊はない。」という認識は、決して悪いことではありませんが、こうした怪談集を読むことで、「自分には見えないもの」「自分は体験していないこと」を知り、感じ、認識し、大切にすることは、心に潤いを与え、視野を広くする。私は、そう思います。
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