日本推理作家協会短編部門受賞作。日常の中で起きるミステリだけれど、最初にヒントがあるが、最後までなかなか本筋が見えない、卓越した面白さで楽しい。
「迷い箱」
前科があるために生活ができない人を受け入れる施設を開いている設楽結子と、利用者の一人碓井の話。
無骨で律儀な碓井の就職が決まらない、結子はいつもの頼みごとに少し気がとがめながら、幼馴染の工場に世話する。
盗癖があり、その上ごみあさりが趣味の佐藤は拾ってきたテレビを碓井の餞別代りにする。この佐藤、脇役だが味がある。部屋に溜め込んでいるごみに耐えかねて結子は佐藤に言う。「とにかく、部屋を今すぐ片付けるの」「分かりましたよ。・・・・でもなぁ」「何よ」「いざ捨てるとなると、なんかもったいなくて、決心がつかないんですよね」すると、いきなり碓井が口を開いた。
「この前、社長が言っていた。捨てるのに迷ったら、迷い箱に入れる。そしたら五.六日で捨てられる」
碓井は終業時から後に二三日不審な行動をして、川に飛び込んだ。
どこをうろついてなぜ死んだか。
彼が服役することになった罪の重みも悲しい。
「迷い箱」という言葉に象徴されるような、碓井の生き方と、結子という名前まで何かを意図したような、暖かい話がいい
「899」
消防士が恋した女性の家が延焼している。そこには赤ん坊がいたはず。赤ん坊を育てながら働いている彼女は、子供を家においてあっただろうか。
相棒の笠間と跳び込んだ育児室には、隅々まで見たが赤ん坊の姿はなかった。どの部屋にも気配がなかった
が、笠間が思いがけなく、いなかったはずの赤ん坊を救助してくる。笠間は男の子をなくして、それが大きな心の傷になっていた。彼は炊事当番の日、辛口好きの消防士たちに甘いカレーを作る。笠間が赤ん坊を救出した経緯、相棒になった恋する消防士の心理や、周りの消防士とのつながりも暖かい、結末はなんだかほろりとする。秀逸のミステリ。
「傍聞き」
母子家庭の母、羽角啓子と、娘の葉月との心理戦というか、親子喧嘩がそもそも話のメインで、面白い。
啓子は刑事である。仕事から帰る途中だった、なぜか近所のうちが騒がしい。「イアキ」に会ったというのだ。人がいるのに盗みに入るのを「居空き」と言う。被害にあったのは独り暮らしの老女フサノの家で、苗字が啓子と同じ「羽角」だった。逃げていく男は目の下に大きな傷があったという。まさか自分が手錠をかけた男の横崎か?近所に居るとしたら、薄気味悪い。しかしフサノのことも気になる、老人の孤独死の現場に、三,四回は出向いているし。
また娘からのはがきが郵便受けに入っていた、親子はまたしてもバトル中。娘は言いたいことをはがきに書いて投函する。「時間差攻撃よ」 といっている。そして何日か無言のバトルが続く。
同じ苗字のおばあちゃんのところに間違って配達されたことがある。恥さらしである。「郵便屋さんが悪いのよ」「悪いのはあんたの字でしょう、番地の9を7みたいに書くから」娘は小さいころはフサノのうちで世話になっていたからイアキ事件はもっと心配してもいいはず。通り魔事件も起きて啓子の仕事は忙しいのだ。
だが横崎が留置されて名指しで面会を求めているという。彼はそこで重大なことを伝える。それは「漏れ聞かせ」だったのか。タイミングよくというか僥倖に恵まれ、窃盗犯も逮捕される。
親子はまたもとの生活に戻ったが、まだ葉月のはがきはフサノを介して届いていた。啓子は思う、娘は「漏れ聞き効果を狙ったのだ」大雑把に言うけれど。読まなければ味わえない伏線、巧緻に張り巡らされた言葉の網が、「傍聞き」と言うテーマの通りキーワードになっている。
「迷走」
救急隊員の蓮川は救急要請で義父になる予定の室伏隊長と、初めで仕事をすることになった。
倒れたのは副検事の葛井だった。蓮川の婚約者で室伏の娘を、車椅子生活に追いやった車を運転していた検事。
受け入れ先はどこも医師が手一杯ですぐには空かず、走り続けている。乗っている葛井は命令口調で一人の医師を呼び出すように言う。葛井が不起訴になった事故、その事故の担当医師、ここにもつながりがあったのか。事故報告書に手加減を加えたのか。しかしその医師も出先のため役に立たず、車は走り続ける。
一度は病院の駐車場に近づきまた付近を走り回る。サイレンを鳴らして。
住民の苦情が届き始める。隊長はつないだままの携帯を蓮川に渡し、聞き続けるように命令する。患者の容態は少しずつ悪化している。病院から受け入れの連絡を受けた後もなぜ車は走り続けるのか。蓮川に音のない携帯を聞かせ続けるのは。
落ちは、すばらしい。
表題の「傍聞き」もいいが、この「迷走」を一位にしたい。トリックは思いもつかない方法で、新鮮だ。
すべて作品に、初期の段階で手がかりがある。情景描写だったり心理描写だったり、話の流れにうまく滑り込ませている。最後まで読んで、そうだったのか、と気持ちよい興奮を感じる。