佐々木閑のレビュー一覧
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宮崎哲弥氏が大乗の仏教者というの初めて知った。佐々木閑という仏教学者との対談。序章でブッダが教えていたことは何かということから始まるんだけど、最近ブッダの教えに関して読んでたからそうでもないものの、初めて知ったらえーってなりそう。
2章以降は仏法僧それぞれについて。まずブッダとは何者なのか。釈迦は神ではないと。仏伝だとか苦行では悟れないとか、梵天勧請とか。
法では仏教の基本OSとして縁起、輪廻、苦、無我、無常など。
僧では日本に仏教が外交や政治の道具として導入されたのでサンガが根付かなかったとか。
あとはテーラワーダ仏教がブッダ以来の教えが変わらずに受け継がれているという原理主義的な傾きをしないか危機感を抱いていた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者は佐々木 閑氏。WiKi情報では、「日本の仏教学者(インド仏教史、戒律)、真宗高田派の僧、花園大学教授」等と紹介されており、他サイトでは、「京都大学工学部工業化学科および文学部哲学科卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学後,米国カリフォルニア大学バークレー校留学を経て花園大学文学部教授」等の経歴も紹介されており、日本の仏教界では著名で権威ある方であると思う。
私自身のもつ信仰とは仏教という点では共通しているが、自身は真宗高田派ではなく、法華経を信仰しているため、その点で仏教の理解という点で角度の差が当然出てくるかもしれないと思ったが、科学と仏教を語られているという点で、非常に興味がわいたので読ませて頂いた。
目次は以下のようになっている。
第一章 物理学:科学のパラダイムシフトから進展の方向性を探る
第二章 進化論:過去に一度だけ起こった生物進化を巡って
第三章 数学:思考だけで成り立つ美しい世界は絶対の真理なのか(付論 ペンローズ説の考察)
第四章 釈尊、仏教
第五章 そして大乗:仏教の多様性はいかにして生まれ、どこに向かうのか
第一章は物理学の歴史を、第二章は進化論の歴史を、第三章では数学の歴史を非常に緻密にかつ分かりやすく説明されている。それぞれの学問の発展にキーとなる人物を取り上げ、それぞれの人物の理論を分かりやすく解説しながら、対立構造や理論の進化の流れについて理解することができる。ここまでの3章だけでも、近代の物理学、生物学、数学の概論を学べたような気分になれる。以上が、本書の「科学」の部分だと思う。
この「科学」の部分が本書の導入であり、そこに著者の柱となる考えが込められている。ひとつは「科学の人間化」という考え、そしてもう一つは、その発展系としての「下降感覚の原理」という考えが込められている。
また科学の進展には「パラダイムシフト」が不可欠であり、その「パラダイムシフト」の裏側には、「科学の人間化」の事実をみつけることができる、というように自分は本書の内容を理解した。
「科学の人間化」という言葉は、興味深く、これはそもそも科学がキリスト教を背景に発展してきたことをとらえ、歴史上の偉大な物理学者、生物学者、数学者も、その考えの中に絶対的な「神」の法則が存在していたことを指摘する。
極端な言い方をすれば、「人間に解明できない」法則については、「神」の法則とされていたし、ケプラーの言葉を借りれば「動きの美しさ、法則の数学的端正さこそが神の存在証明であった」というように、美しさが感じられる法則は、神の法則であり、そこにが人間ごときが手を加えることは不謹慎というような発想があって、それが真実の究明を遅らせる要因であったということを述べられている。
現に、勇気をもって神の法則に手を下し、新たな真実を発見し、科学を進展させた人物たちの業績は偉大であり、そのことを著者は「科学の人間化」(神の科学を人間の科学に引き寄せた…というような意味だろうか)と言っている。そして、その反対の「神の法則に人間が手を下すことは不謹慎」というような発想や感覚を「下降感覚の原理」と言われているようだ。
ここまでは、キリスト教の「万物を創造する神」の存在が、科学の進展を妨げる要素となってきたのではないかという指摘であり、そのキリスト教とは対照的な発想の宗教である仏教のとらえかた(自分の外に絶対神があるのではなく、自分自身がブッダであるというとらえ方、著者の言葉で言えば、自身の努力でブッダとなれる)には、もともと科学に親和性が備わっていると述べられているのだと思う。
科学のように「人間化」して真実を追求するまでもなく、宗教そのものが「人間」の宗教なのだから、科学の本質と仏教の考え方は一致していると述べているのだと思う。この点で、読者である自分自身も全く同感である。おそらく今後、科学の進展は、仏教の正しさを証明していくことになるのではないかと想像する。
第四章、第五章は、仏教の視点から述べられているが、著者は大乗仏教非仏説(大乗仏教は、釈尊の言葉に、後世の人びとが後付けしたものであり、釈尊の真実のかんがえではないというもの)をとられており、大乗仏教とりわけ「法華経」を信仰する読者には、違和感を感じることは否めない。
むしろ、著者が「法華経」の信者か、がっつり「法華経研究」を究められた方であれば、科学と仏教の関係性をより興味深く読めたのではないかと思う。大学者の著者に一般読者の図々しい要望ではありますが…(笑)。
本書の物理学、量子力学の説明のあたりで、不確定性原理(観察によって物理現象の発生は確率でしか述べられない)やパラレルワールドのところでは、例えば、現在の常識(科学)では不可能とされているものでも、例えば病気の治癒が確率的に1%しかなくとも、「祈りの力で不可能を可能に変えることができる」根拠などにつながるような話が出てこないかな~、などと期待しつつ読んでいました(その話はありませんでした)。
以上のような点を割り引いたとしても、全体として、非常に面白く読むことができました。 -
Posted by ブクログ
●本書抜粋
「どんな音にも驚かないライオンのように、網に捕らえられることのない風のように、水で濡れることのない蓮のように、犀の角の如く、ただ独り歩め」
お釈迦さまが考える仏道修行者の姿。今の自分に当てはめて、自分を奮い立たせることが出来る言葉だと感じた。
⚫︎本書解説
本書は、お釈迦さまの仏教、日本に伝わった大乗仏教、仏教と現代社会問題について古舘伊知郎氏と仏教学著名の佐々木閑氏における対談形式でまとめられている。
お二人とも、お釈迦さまの仏教を信じ実践しているが、大乗仏教には大乗仏教の良さがありどちらが良いということはないとの事だ。
自我を完全に無くすことは難しいが、少しでも我を抑えて生活、つまり釈迦の仏教の実践をして苦しみを減らしたいと思えた。(そもそも私というものは五蘊で構成されているだけであって存在しない)
また、科学と仏教は全く違うジャンルの話だと思っていたが、意外にも共通していることはあり、またこれからの仏教は科学の発展によってまた変化していくのではないかとのことである。