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Posted by ブクログ
自然の法則を研究し、宇宙の真理から粒子までの成り立ちを追究する近代科学。
人間の真理を追究し、涅槃に入る道を説いた釈迦の仏教。
この二つは一見全く違うもののように思えますが、世の中の真理を求めて両者が到達したのは、「人生の目的はあらかじめ与えられているものではなく、そもそも生きることに意味はない」という結論でした。
ではこのような世界で、どのように生きるのか、なぜ物事を正しく見ることが必要なのかを、一流の仏教学者と物理学者が語り尽くします。
最新の物理学は私の頭ではあまり深くは理解できませんでしたが、両者の共通点には驚かされるものがあります。
とにかく素晴らしい本です。
Posted by ブクログ
宗教者の佐々木閑、宇宙物理学者の大栗博司両氏の対談。対談と言っても普通の会話のやり取りではない。宇宙物理学と量子論、原始宗教と大乗仏教に関する専門分野のセッションを3回にわたって行い、間に質疑が入る。最新の科学情報と宗教情報が融合して、生きることの意味を考えさせてくれる。(大栗博士の超弦理論は理解できないが面白い、すごいと思う)以下は気になったメモ▼▼(大栗)死後の世界を佐々木先生はどう考えられますか。▼(佐々木)死んだ後の世界は信じません。釈迦の教えによれば、私たちの存在はたんなる構成要素のゆるやかな集合体にすぎず、それが生まれ変わり、死に変わりに際して離合集散していくのが輪廻だからです。そこには「自己」という不変の実在はありません。これを仏教では「諸法無我」と言います。もしも業のエネルギーがなければ、死によって発散した「私」は二度と再合成されないはずなのですが、そこに業が作用して、再び別の形で「私」を形成してしまうので、輪廻が繰り返されるというのです。▽私自身は業や輪廻という現象を信じませんから、結果として、私という存在は、「再構成の可能性を持たない、構成要素の緩やかな集合体だ」ということになります。それはつまり、私に死後の世界はない、ということを意味します。▽ここで申し上げておかねばならないのは、私自身が死後の世界を信じないからと言って、「死後の世界はある」と主張する人たちの立場を否定するつもりは全くないということです。大栗先生もおっしゃったように、「死後の世界があるかないか」という問題自体が、科学とは関わりのない宗教世界での問いですから、それに対する答えが科学的事実である必要がありません。▼(大栗)仏教では、意味がない人生をどうすればよく生きられると教えるのでしょう。▼(佐々木)釈迦は、「みんな同じようにこういう意味を持って生きろ」といったことは一切言いません。教えの内容は、日々の生活の具体的な方法を語る生活マニュアルなんです。そのマニュアルを実践することによって、自分が向上する、すなわち煩悩が消えていくことを確信する。
Posted by ブクログ
仏教学者とゴリゴリの物理学者の対話。
ビッグバン理論などで宇宙の始まりは「無」だった(宇宙の誕生は偶然だった)、という考え方が浸透してきた。こうした理解と、「超越者の存在を認めず、現象世界を法則性によって説明する」(P.144)原始仏教は実は似たところがある、と。
とは言え、「仏陀は量子論を知っていた」というような説は二人とも強く否定する。個人的には、宇宙とは何だろうと考えているときに、最新の物理の知見がない人も偶然に似たような世界観を思い描くこと自体面白い気もするが、学者二人はそれを以って「仏教と現代物理学は矛盾しない」などといったことは言わない。
西洋が、科学の発展とともに「宇宙に意味がなく、人間にはあらかじめ目的が与えられていないことを明らかに(なった)」(P.33)ことに思い悩む中、仏教はもともとそういう設定がなく、「苦」そのものである人生において「修行によって自分を変えていくプロセスそのものが、自分の生き甲斐になると考える」(同)という点が興味深かった。
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