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“自己鍛錬”を目的に興ったはずの「釈迦の仏教」は、いつ、どこで、なぜ、どのようにして、“衆生救済”を目的とする大乗仏教へと変わっていったのか――。原始仏教の第一人者とその研究室を訪れた一人の社会人学生の対話から大乗仏教の本質に迫る、類を見ない仏教概説書。
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Posted by ブクログ
とても面白かったです。
仏教がインドで興り、中国から日本に伝わってきた。色々な宗派がある、色々な概念を耳にした事がある。
けど、私の頭の中ではよく整理されておらず、混同していました。
本書は、釈迦の仏教から、多様な経へ派生していく様を、対話形式で分かりやすく解説されています。
その様は、釈迦の仏教をオリジナルとして、様々な二次創作というか、スピンオフというか、ファンメイドというか、まさに富永仲基の言う、加上の説ですね。
時代やその背景によって、それぞれの役割を果たしてきたのだと思います。
しかし、人は本当に、よく、色んな事を考えつくものだと思います。楽しいですね。
Posted by ブクログ
宗教における利他主義とは何かを知りたくて行き着いた大乗仏教。
100分de名著なら読みやすいだろうと思っていましたが、予想以上に分かりやすくて楽しめました。
頭の良い人の分かりやすい文章ってとことん分かりやすいから好きさ(どうした)
改めて読むと仏教ってものを私は全く理解していなかった。某悪徳Q坊主様にも是非とも一読願いたい。
さて、利他主義についてはそこまでフォーカスされていなかったけれど、個人的にほう!となった事をあげてみます。
ほう!その1
仏教という一つの教えが様々に枝分かれしながらも、それぞれが否定し合うことなく、仏教という一つのジャンルの中で並存できたことが、仏教が世界に拡大していった最大の理由。
(詳しい方からしたら何をいまさら!となるかな?)
ほう!その2
善行を積むことがブッダになるための修行だと大乗仏教では考える。わかりやすく言うと「利他の気持ちを持って行動しなさい」ということ。
勿論「釈迦の仏教」にも「利他」の概念は存在するが、そこでは「自利をベースにした利他」を基本構造としている。
自分が率先して厳しい修行に励む姿を見せることで、苦しみを抱えながら暮らしている人たちに「そうか、こういう救いの道もあるのか」と気付きを与えるころが「釈迦の仏教」における利他である。
言ってみれば、良き手本となってみんなを導くという形での利他なのだ。これに対して大乗仏教の利他はもっと直接的で「自分を犠牲にして誰かを救うこと」が基本となる。
(おいおい、利他にも種類があるのかい!)
ほう!その3
お釈迦様は実は「輪廻を断ち切り涅槃を目指すには、この世では善いことも悪い事もしてはならない」と言っている。
業を作るような、自意識に根ざした行動をするな、ということだ。
善いことも悪いこともせずに、ひたすら瞑想修行に励んで業のパワーを消して輪廻を止めること。それこそが「釈迦の仏教」の本質というわけだ。この観点から言えば『般若経』の考えは矛盾している。
「過去でブッダと出会い、誓願を立てて菩薩となり、そのあとの長い生まれ変わり死に変わりの中、ひたすら日常的な善行を積むことによって、自分自身がブッダとなり最後には涅槃に入る」と言うのだから、本来の業の定則が壊れている。
これで「般若経」の教えと釈迦の教えが全く別物であることがわかる。
(誰でもブッダになれる?!えらいこっちゃ!!)
ほう!その4
最初から『般若心経』には「このお経は呪文である」と記されている。
たとえば『般若心経』の後半にこのような一説が登場する。
「故知般若波羅蜜多 是大神じゅ(変換できねえ!) 是無上じゅ 是無等等じゅ 能除一切苦 真実不虚」
現代語訳すると「ゆえに以下のことを理解せよ。般若波羅蜜多は大いなる真言(マントラ)であり、大いなる知力を持つ真言であり、最上の真言であり、比類なき真言であり、一切の苦しみを鎮める真言であり、嘘いつわりがない真実なのである」となる。
つまりこのお経さえとなえれば、苦しみはすべて取り除かれる、どのようなことにも効く、万能の呪文だ、とはっきりと書かれているわけだ。ぎゃていぎゃてい…といかにも呪文らしいくだりが登場するが、これは原典のサンスクリットの音「ガテー・ガテー…」をそのまま漢字に置き換えたからだ。どうしてこの部分だけ意訳されなかったかというと、こここそが呪文であって、置き換えてしまうと言葉に秘められた神秘のパワーが失われてしまうからだ。
(当て字だったのか!!確かに誰かを呪殺できそう!え、そっちじゃない?)
ほう!その5
お経をとなえて寿命が延びたなどの事例はプラシーボ効果にすぎないと思ってもらっても一向に構わない。
感じ方は人それぞれであって良い。
しかし、大きな力の存在を信じることで心にパワーをもらい、そのおかげで病気を克服したり、救いを感じたりする人が実際にいるのも事実だ。
自分の力で苦しみから逃れようと思っても、一人ではどうすることもできず、何か大きな力に頼ることでしか救われない人もいるのだ。そうした人を救うという意味においては『般若経』が「神秘性」というものをベースに置いていることは、決して悪いことではないと思える。
(不調を感じたら皆さんお経を唱えましょう!生まれ変われます!)
いや、面白い。
ちょっと般若心経を読んでみたくなりました。ト書きしてくれてないと読めませんけれども。
ここまで読んでくださった皆さん、おめでとうございます。
これで皆さんは晴れて涅槃に行けてブッダになれます。南無阿弥陀仏…
ちなみに、これについて教授と話をしていたらいつの間にか俺の話を聞いてくれフェーズになり、お寿司と引替えに夜中まで話を聞いておりました。
どうせなら、仏教の話をして欲しかった。
酔った教授が俺の話なんて誰も聞かねえんだ、と悲しそうなので「僕が今聞いてます、半分寝てるけど」と言っておきました。
Posted by ブクログ
仏教の歴史の変遷をたどる本、と書くと面白みがわかりいくいけど、救いを求める人が、いかに物語を想像していったかをたどる本、と考えると面白い本かも。
元々厳しい戒律や修練の末にたどりつくとされた仏陀の唱えた「悟り」
それがどのような変遷をたどり現代まで変質していったかを、教授と学生の対話形式でたどっていく一冊です。
対話形式なので読みやすく、仏教の歴史の変遷も各時代を辿り、ちゃんと順を追って解説されていくので、内容も分かりやすかったと思います。
上に書いたとおり仏陀が始めた仏教というのは、一般の人が行うには厳しい部分も多いし、悟りという概念も難しい。その仏教がいかに民衆に根づいていったか。人々は仏教を独自の解釈を加えていきます。それによって教えは変質し、民衆に近いものになっていくのだけど、この解釈に人間の想像力の豊かさを見ました。
輪廻転生という概念くらいは知っていたけど、この本を読むと仏教の変遷の中に、転生やタイムリープ、さらにはパラレルワールドの概念のようなものまでも見て取れます。
自分は何度か「これ、もはやまどマギじゃん」とか「これ、もはや進撃の巨人じゃん」とか思ったりもしました(笑)
こうしてみると、宗教はある意味SFやファンタジーの概念すらも含んでいるのかもしれないとも思えてくる。
そして、古来からそうした概念があるなら、現代の物語にもその設定や概念が使われて、名作が生まれているのも至極当然のようにも思えます。
救いを求め、今と違う世界や自分を求めた古代の人たち。回り回って、それと同じ概念が物語に取り込まれ、名作に昇華されていることを考えると、仏教がより身近に思えたし、人の本質というものも変わらないのだと思えたりもしました。
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