佐々木閑のレビュー一覧
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いただいた本。
先日、松原隆彦『目に見える世界は幻想か』という物理学の本を読んだのだけど、大栗博司の話は難しいけど似た所に触れられていると感じた。
面白かったのは『「よく生きる」とはどういうことか』というテーマの対談。
なんで仏教×物理学?というところが、なるほど、に変わるから面白い。
神という絶対的(超越した)存在を外すことによって、なんなら自分という存在を世界の中心から降ろすことによって見えてくる世界について、どちらの側からも歩めるんだなぁ……。
仏教の、生老病死の苦しみの話や、南無阿弥陀仏の意味なども、知っているようで知らなくて、すごいなぁとちょっと感動したのだった。
岡潔は無明の話をよくしていた。
情緒を育てることの大切さに、物理学的な発展の仕方は合わないように感じていた。
けれど、この本を読むと、立っている場所が同じで、外を解明していくのか、内を解明していくのかという部分の違いのようにも思えた。
まぁ、安易な対比論だけど。。。
生きていることが苦しいとしたら、その苦しみを取り払うために自分自身はどうするか。
生きる意味がない中で、自分は一体何を見つめて死への確実な歩み寄りを続けていくのか。
佐々木静は「向上」という言葉を目的に位置させたけれど、苦しみがなくなっていく修行の成果は、「向上」という言葉とは厳密に同義でないようにも思う。
いただきものでなければ、手に取らなかった本との出会いだった。
こういうのも、いいなー。 -
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ネタバレおすすめ度:80点
ブッダの考えは極めて論理的で科学的であることが解る。
この世はすべて苦しみであるという「一切皆苦」。
有為:因果によって生まれ出るすべてのもの
無為:因果を離れた不変不滅のもの
諸行無常:(有為に対して=行)この世の中に常であるものはなにもなく絶えず変化している
諸法無我:(有為にも無為にも対して=法)本来、「これが私だ」と言えるような究極の自己などどこにも存在しない
この二種類の真理を念頭に置きながらものごとを考えることで、私たちは無明の束縛を断ち切り、世の在りようを正しく見られるようになる。それがひいては、誤った世界観から生まれでるさまざまな苦しみを消し去ってくれる。
人を要素の集合体と見るなら、その人が死ねば、その集合体は雲散霧消して消滅する。だが、その人が存在していたことの意味は消えない。なぜなら、その人が生きていた時にまわりの無数の人たちに与えた影響は、そのままそういった人たちの集合要素の中に残っているからである。その人の存在によって、まわりの人びとは別の状態へ変化させたかからである。
死んだ人はいまも一緒に生きているということになる。人はさまざまな要素の集合体だと理解すれば、結論はそのようになる。これがブッダの教えから導かれる、「死んだ人が今も生きている」という言葉の意味である。この考え方は、存在物そのものよりも、それを受け入れる私たちの心にこそ真実がある、という思想になる。 -
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ネタバレ律は、修行をするために自らを律するものというよりは、修行の便宜のために社会や集団に適応するシステマティックなもののようだ。
倫理の教科書からでは、仏教のシステマティックな部分に触れることができない。こんなにも修行のことを考えた宗教だとは思ってもみなかった。
修行という自分の好きなことに打ち込むために全力を尽くす、なるほど科学者集団と似ているかもしれない。
科学者の研究資金は僧への布施と同じというのもなるほど、である。布施を受けるのに尊敬がいるように、科学者も襟元正してやっていかねばならないのである。
結局は自分の趣味のために食わしてもらっているのだから。 -
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[ 内容 ]
仏教の本質は、すなわち修行である。
それは、自己改良による「苦」の消滅。
あらゆる苦を生み出すものが「この私」であるなら、心を鍛え、私自身を変えることで、苦しみから自由になれるはずだ。
現代に生きる私たちにとって、ひたすら信じる救済の宗教よりも、釈迦本来の合理的な教えの方が、むしろ馴染みやすい。
そこに「生き死に」の拠りどころがある。
本書では、初期仏教の思想をベースに、生活に結びつく叡智を一〇〇話で紹介。
仏教は、それを必要とする人を静かに待っています。
[ 目次 ]
最強の知恵者とともに
仏教の目指す生き方
修行を支えるものは何か
智慧を生み出す母胎
瞑想と自転車は似ている
正しい瞑想の“道具”
日々努力を重ねる覚悟
深夜の森で死体と二人
修行にはすぐれた師が必要
世俗に媚びず振り回されず〔ほか〕
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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『自分で自分を叱咤せよ。自分で自分を制御せよ。自己を護り、正しい思いを持ち続けるならば、お前は安楽に過ごすことができるであろう』
『戦場において百万人に勝つよりも、ただ一つの自分自身に勝つことのできる者こそが、最高の勝者である』
仏教ってマッチョな思想。というかストイックな哲学だと思う。
仏様やお坊さんの柔和なイメージよりも、風神雷神的なあの恐ろしさがある。それは他者に対しての恐ろしさではなく、自分自身への厳しさ。
あんまり自分に厳しくしないくてもいいと、私も思うし、最近そういう風潮あると思う。でも、基本的なスタンスとしては自分(自我なんてないからこその今の自分)を見つめ、正しくあろうとすることは納得できるし、そうしようと思う。
原典にあたらないといけないけど、そのためのとっかかりとしては良い本。 -
購入済み
大乗仏教を信仰する私達には…。
2024年10月読了。
先日まで禅宗(曹洞宗)の本を読んでいたが、いわゆる『大乗仏教』に関するものばかり自分は読んできたなぁと感じた。但しこの本(テキスト)の基であるテレビ番組は見ていたのだが、その後サッパリ綺麗に忘れているwことに気付き、本書を購入。
数年前に、呉智英先生の『つぎはぎ仏教入門』という本を読んで、頭を殴られたぐらいのショックを受け、「今まで信じてきた(大乗)仏教はまるで無意味なのか!?」と呆然とした記憶があった。
その後、『原始仏教』と呼ばれるものも、釈迦入滅後数百年を経てから作られたものと知り、又、上座部(=いわゆる小乗)仏教と在家信者との確執や、時間が経つにつれ変様していく教義や制度への反発等のややこしい歴史を経て『大乗仏教』が生まれたと云う経緯を知り、漠然と『採るルートは違うけど、目指すところは同じ』くらいの認識で、様々な書をあたっていたが、本書は入門編としては最適だった。
しかし読むにつれ、「こんなに違いが有るのかぁ…」と驚いたのは事実だ。特に『空』の思想の重さの違いなど、目からウロコだった。
これから、中村元先生の著作等を当たってみようと思う。それにしても『一切皆苦』とはなんという重い言葉だろう…。俗世に塗れ、そこら辺りで躓いている様な自分に、次の『四諦八正道』なんかへ辿り着けるのか、甚だ心許ない思いが残った。 -
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偉大なシャカムニが生きているあいだは良かったが、亡きあと、僧団は乞食遊行から定住化する必要などで「意見が対立しても定例集会に参加するうちはメンバーと認める」不文律ルール改正に迫られた。
シャカムニは「カルマ=業を断ち切れば自由になる」と教え、輪廻転生に言及しなかったが、「ブッダとなるには延々とした前世からの修行があったに違いない」また「厳しい修行を支える一般人にとってブッダの教えは何になるか」といった思いから、〈大乗仏教〉が興起した。
初期の大乗経典の般若経(群)は“空観”を敷衍して善業は仏になる途に通じると説く(カードポイントが「そんなことにまで使えるの!」に譬えている)。さらに、“一定の経文を、意味が分からなくても唱えれば効果(善業)がある”という画期的発想を打ち出した。現在の日本の般若心経ブームの源流。しかも、論拠として「(なんとなくでも)懐かしく感じるものがあるでしょう?それは、過去世にあなたが仏と会ったことがあるからなんです。『故知般若波羅蜜多 是大神咒 是無上咒 是無等等咒 能除一切苦 真実不虚…ギャ諦…』と唱えると、前世の記憶が呼び覚まされる…」と論駁不可能なところに行く。
転生修行を繰り返すボサツはブッダに会って「発心」し修行の第一歩を踏み出す。ブッダは「何億年に一人」とされていたのを、経文を唱え讃えることが仏に会ったことに匹敵するとした。
次に法華経は般若経から百〜百五十年後成立と推定される。
漢訳の段階で種種の経典が到来したのを、天台大師智顗は「五時八教」と体系化し、華厳→阿含→方等→般若→法華・涅槃の順で説かれたと「釈迦仏の本意は法華経で万人成仏の方途を示すこと」
偈(韻文、『妙法蓮華経』では漢字五字の連句で翻訳)の部分が先にできたと考察され、前半と後半で教説に違いがあるが、前半は“師弟関係の超世代”、後半は“永遠のブッダ”を説く。シャカムニの十大弟子である舎利弗などが、歴劫修行といって何万回も?生まれ変わり生まれ変わりして釈迦佛に出会いを繰り返し、今回ついに年限満ちて?成仏の記別(確定証明)をあたえられるという。それは仏が最終的仕上げの一撃!〈法華経〉を説くからだと。仏が法華経を説くのは生涯に一度だけで、心して聞くべきと。/後半ではなんと「仏の仏としての寿命は超遠大=半永久的で、生々世々に娑婆世界で法を説いて衆生を教化してきた」と述べる。それが法華経の核心で、
修行者は菩薩行のなかで『自分の命が永遠である』ことを自覚し、その教えである法華経を広めるよう励む。よう呼びかけている。
釈迦仏はもう転生しないのか、娑婆世界から他所に移るのか、前半では「塔を立てること」が推奨されたが、後半では経文が仏の全身であると自己言及が見られる。 -
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1 どんな本?
仏教を科学的に説明する骨太本。未来の科学と
仏教の解釈の相関にまで触れているのはこの本だ
け。
2 なんで読んだの?
(1) 仏教の本でレビューが高いから。
(2) 原始仏教の楽に生きる知見を学びたい。
(3) 学びを人生に活かせる状態になりたい。
3 構 成
全5章296頁
「科学理論の構築した偉人たちは皆瞑想の習慣を
持つ」と始まり、「釈尊に心からの敬意を表して
考察を終わる。」と締め括る。
1-3章で科学が「神の視点」から「人間化」へ
の推移した事実と歴史を。4章で原始仏教を。5
章で大乗仏教について述べている。
4 著者の問題提起
科学と仏教の関係を明らかにしたい。
5 命題に至った理由
科学と仏教が大好きな著者の考察から。
6 著者の解
科学が進化して仏教との関係が学術的に明らか
になるだろう。
7 重要な語句・文
(1) 神の意思
(2) 人間化
(3) 合理性だけで全う出来ないのも人生
(4) アーリア人
(5) 超越者
(6) 偉大な学者は瞑想している。
8 感 想
私には骨太な本で読破に骨が折れた。
刺さったのは合理性だけでは人生を全う出来
ない事。支えが必要だと思う。
深く知りたいことはヒトラーが迫害をするに
至った理由。アーリア人のルーツが関係あるのは
理解した。
人に勧めるなら科学者達は瞑想習慣がある事。
瞑想と言うよりも考え事だと思う。
ビジュアル要素は無し。(図とか)
タイトルの犀のたちは最後まで読まないと理解
できない。
私には非常に骨太な本だった。
9 TODO
(1) 再読
10 問 い
人生に必要なものは?
11 答 え
支え。
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青年と講師の対話形式で、大乗仏教の成立とその思想について解説している本です。
初期仏教と大乗仏教のちがいを押さえたうえで、『般若経』や『法華経』、『華厳経』などの大乗経典や、浄土教および禅などの教えについて、大胆な比喩を用いながらわかりやすく説明がなされています。また補講として、大竹晋による『大乗起信論』研究の紹介がおこなわれています。
「おわりにかえて」で著者は、「大乗仏教が釈迦の教えとどれくらい隔たったものであり、その一方でどういう点に共通性があるのかを、できるだけ客観的に提示すること」が本書のねらいであると述べています。それとともに著者は、富永仲基の仏教批判を紹介して、著者自身もまた、実証的な観点から大乗仏教の歴史を解き明かしてきた仏教学の立場に立脚していることを明確にしています。
実証的な仏教学の成果を、仏教についてのくわしい知識をもたない読者に紹介している入門書としては、親しみやすい内容の本だと感じました。大乗仏教が初期仏教からかけ離れた教説を含んでいることを明らかにしつつ、そうした多様な教説がさまざまな人びとにとっての救いとなってきたことに、宗教としての意義を認めるべきだということを、著者は随所で語っています。ただ、こうした著者の宗教観それ自体には、個人的にはあまり魅力を感じられなかったのですが、仏教学の研究者としてはこれが良心的な態度だというべきなのかもしれません。