佐々木閑のレビュー一覧
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科学と仏教。一見すると関係のなさそうなこの2つの間には、世界観を確立する方向性において重要な類似点がある、という。科学は神の視点を廃し、人間の視点によって納得できる物理的世界観を構築する方向に発展してきた(例:相対性理論、量子論、自然淘汰説、実無限など)。一方(釈迦)仏教は、神という超越的な存在をはじめから考慮せず、人間の視点だけで精神的世界観を構築する。神ではなく人間の視点で世界観を構築するという点が両者の類似点である、という考察は非常に面白い。科学は実験というコントロールできるミクロの現実を使って世界を捉えようとし、仏教は禅定によって世界全体を捉えようとする。この方法の相違も、先の類似点を
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大乗仏教では、凡人が仏陀になるためには仏陀に出会わなければならない、と考えるため、すでに釈迦が死んでしまったこの世界で如何にして仏陀に出会えるようにするかが要点となってくる。大乗仏教の主要な経典では、仏陀に出会える根拠付けが多様な仕方で説明されており、非常に面白い。人はみな過去(前世)に仏陀に出会っていると考えてみたり、釈迦仏陀は実は死んでいないとしてみたり(久遠実成)、パラレルワールドに仏陀はいると言ってみたり、仏陀はあらゆる世界にいて仏陀ネットワークを形成していると想像してみたり、1人1人の中に仏陀はいると主張してみたり、と想像力豊かで多様な仏陀イメージが出てきて楽しい。
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仏教の歴史の変遷をたどる本、と書くと面白みがわかりいくいけど、救いを求める人が、いかに物語を想像していったかをたどる本、と考えると面白い本かも。
元々厳しい戒律や修練の末にたどりつくとされた仏陀の唱えた「悟り」
それがどのような変遷をたどり現代まで変質していったかを、教授と学生の対話形式でたどっていく一冊です。
対話形式なので読みやすく、仏教の歴史の変遷も各時代を辿り、ちゃんと順を追って解説されていくので、内容も分かりやすかったと思います。
上に書いたとおり仏陀が始めた仏教というのは、一般の人が行うには厳しい部分も多いし、悟りという概念も難しい。その仏教がいかに民衆に根づいていったか -
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ネタバレ●大乗仏教に宗派がたくさんある理由
→ 信奉するお経が異なる
般若経→世界は「空」である
法華経→なぜ「諸経の王」なのか
浄土教→阿弥陀と極楽の誕生
華厳経・密教→宇宙を具現するブッダ
大乗涅槃経・禅→私の中に仏がいる
● 大乗涅槃経
大乗『涅槃経』の独自の教え
・如来常住
・一切衆生悉有仏性
→全ての人が条件さえ整えば、外から誰かに助けてもらわなくてもブッダになることが可能である
(他のお経ではブッダは外にある)
●禅
中国発祥
道教などをベースとした出家者コミュニティがまず存在し、それが「釈迦の仏教」の修行の一つである「禅定」と結びついて、仏教集団となっていったのが起源
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ネタバレどうも読む順番を間違えたかもしれない。本来なら、これを最初に読んで、「般若心経」「涅槃経」という形で読むべきだったような気がします。ダンマパダ=真理のことば=法句経ですが、ブッダの時代に近い古い段階のお経(ニカーヤ=阿含経)の一部ですね。
最初の方はブッダの教えと大乗仏教の話。流石に三回目なので良く判りました。
で、真理のことば。ブッダによれば、この世の真理には「苦諦」「集諦」「滅諦」「道諦」という四つの局面がある。苦諦とはこの世はひたすら苦しみであるという「一切皆苦」の真理。集諦はその苦しみを生み出す原因が心の中の煩悩だと知ること。滅諦とは、その煩悩を消滅させることで苦が消えるという真理。そ -
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ネタバレ(阿含)涅槃経について書かれたものですが、一般的に涅槃経とは「ブッダを追慕する経典」ととらえられているのに対し、佐々木先生は「ブッダ亡き後の仏教僧団をどうやって維持・管理していけばよいか、その基本理念を説いたものだ」という見方をしている。そもそも仏教は、「生きがいを追及する組織」であり、教えの実践をベースとした「自己鍛錬システム」にその本質があると考え、自己鍛錬の場であるサンガの維持をとても重要なことと考えてのことという考察。聖徳太子の十七条の憲法には「篤く三宝を敬え」とあり、三宝とは仏法僧であることは小学生でも知っているけど、これはもともと仏教から来ていて、仏はブッダ、法はブッダの教え、僧は
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佐々木先生の本は初期仏教を学ぶのはいいなと感じたので続けて.
先日、佐々木先生を絶賛する人とお話をする機会があった。以前からうっすら感じていた「佐々木先生は大乗仏教に愛がないのではないか」という疑念をぶつけてみた。佐々木先生は真宗の僧侶であるし愛情がないわけではない。著書にもそのあたりのことが出てくる本もある!といわれていたのだが、これがまさにその本だった。
佐々木先生は、大乗仏教と分けて小乗仏教ではなく「釈迦の仏教」という言葉で説明される。この本は一日で学ぶという仮定の一日講座を想定していて6時限単位になっている。
ただ「こういわれています」という事実に基づいた内容だけでなく、当時の人