やなせたかしのレビュー一覧
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やなせたかしという人物は謙虚さの塊で愛に溢れた方なんだなとこの本を通して感じた。
何かを続ける、貫き通すというのは非常に難しい。
だっていろんなところに逃げ道はあるし、
自分を守るためには必要な手段だとも思うから。
だけど彼は最期まであきらめなかった。
多分、彼は自分軸ではなく他人軸を大事にし、
誰かを喜ばせることに全振りされているのだろうな
だからこそ、亡くなった後も彼の築いた作品の数々は廃ることなく輝き続けている
きっとこれからも。
作品は嘘をつかない、
思いの籠った作品は受け取り手にしっかり伝わる。
朝ドラを通じてやなせたかしという偉大な人物を知ったように、これからもたくさんの素敵 -
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ネタバレ「戦争を語る人がいなくなることで、日本が戦争をしたという記憶が、だんだん忘れ去られようとしています。人間は、過去を忘れてしまうと同じ失敗を繰り返す生き物です。」
やなせさんが戦争時代を生き抜くことができたのは、偶然の重なりだったということが分かりました。親族がいないことで高知ではではなく小倉に入隊した、居眠りがばれて降格した、などの偶然から激戦地を免れたようです。
派遣された中国では紙芝居で村を回ったり、自作のお芝居を上演したりと、やなせさんらしい前向きな生き方が感じられました。アンパンマンが自分の顔を食べさせてあげるのは戦時中の空腹の辛さがあったからとのことです。
「ぼくが『アンパンマン』 -
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「アンパンマン」の作者やなせたかし氏が75歳の時にかいた自叙伝。最後の章は亡くなる1年くらい前に「おしまいのあいさつ」として老いと戦い、受け入れながらも彼らしい表現で綴られた言葉で締め括られている。
94歳まで生きたやなせたかし氏の人生は青春時代には戦争に駆り出され、アンパンマンの最盛期時にはすでに70歳近く。お子さんはおらず、家族や沢山の知人を天国に見送った。
彼が作詞したアンパンマンのテーマソング
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
わからないままおわる
そんなのはいやだ!
戦争を経験し、激動な時代を1世紀近く生きたやなせたかし氏が自分に問いかけた言葉。
そう思うととても重みがあ -
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やなせたかしが自分の人生を振り返る本。
漫画家になりたいのに、なぜか頼まれる仕事は漫画とは違うことばかり。それでも器用にこなして、ヒット作を生み出す。だけど、それで有頂天になるどころか「私はいったい何者なのだ?」と悶々とする日々。
名だたる人たちと一緒に仕事をし、そしてヒットするところを見ると、やなせたかしは紛れもなく「天才」なのだろうと思う。見よう見まねでシナリオ描いたり舞台演出するけど、それがちゃんと様になってるから、本当に頭がよくてセンスのある人だったのが伺える。本人は「なんか見よう見まねでやってみたら、偶然、うまくいってしまった」みたいに書いているが、これはぜひ、彼と仕事した人たち -
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今をときめく やなせたかし氏の自伝
朝ドラ「あんぱん」を観続けてきて、最終週が近づいてきたいま、この本を手に取ることができてよかった。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
アンパンマン マーチの歌詞は、子ども向けの童謡にはあり得ないような言葉が並んでいる。
やなせたかしの代表作は?と問われれば「アンパンマン」と答える人は多いと思う。私もそう思うが。しかし、アンパンマンが始まる前からやなせたかしの名前は知っていた。
やなせ氏は、どんな人生を送り、何をしてきたのか?
自伝の内容は、朝ドラの内容とオーバーラップし、現実のものとしてそこに描かれていた。
代表作のない漫画家?として、なんでもこ -
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著者は多分、死ぬまでずっと父と母の思慕(特に5歳の時に外国で亡くなった新聞記者だったという父親)と弟、千尋のことが胸にあったんだね。
あの戦争で亡くなったしまった優秀だった弟。
弟は伯父の養子として伯父夫婦の部屋で3人で寝て、著者は玄関脇の部屋に親戚筋の書生と一緒に寝てたとか、
それを不憫に思った若いお手伝いさんの朝やがみんなが寝静まった夜更けにおんぶして駄菓子屋さんに連れて行ってくれたこと、その朝やの背中で見た空いっぱいの星のこと、
このエピソードを読むと胸がきゅんとなるよ。
今ごろは天国でお父さんや千尋と再会して、アンパンマンが大人気で朝ドラにもなったことなど話してるかな。 -
購入済み
「あんぱん」を観つつ以前から読みたいと思いつつ、手にして読み始めたのと偶然の最終のラストスパートのタイミング。
何でも屋やなせさんの文章はすっきしていて読みやすかったです。 -
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やなせたかしさんの戦争体験。
中国福州にいるときは紙芝居で現地の人たちと仲良くなり、日本と中国が戦争している雰囲気でなかったとか、上海の朱渓鎮では日本軍が蒋介石や馬賊や匪賊から店や町の人を守ったとか。
また軍隊には聖人君主のような人やひどく堕落した人もいる。陸軍幼年学校から陸軍大学日本に進んで無菌状態で育てられた人が悪いのです。特に参謀がダメだったと。
戦争が終わると軍紀が乱れメッキがはぎれてくる。ヤクザがいっぱいいたとか。
日本への帰国後連絡船で下関から宇野経由で四国に渡るのだが途中広島のすがたを見て新型爆弾の恐ろしさを目の当たりにしたとか。
体験者だけが話せる内容。
戦争の悲惨