本田由紀のレビュー一覧
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日本における人間の「望ましさ」とは何なのかを他国との比較や戦前期から近年までの日本の制度や政策を「能力」「態度」「資質」の言葉の用法に踏み込んで論じている。その中で、垂直的序列化は格差を生み、水平的画一化はふるまい方や考え方を強要(同調圧力)してきた背景があり、これからの時代には水平的多様化が必要であると著者は述べている。
個人的にも格差や貧困、マイノリティ、少子高齢化や人口減少等を考える上でも、多様性や柔軟性は必須と考えるため、排除の仕組みを変えていくことや誰ひとり取り残さない政策は国としても、小集団のグループにしても必要と思う。そして、能力だけで人を判断するのではなく、多様な生き方を受け入 -
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私たち日本人が受けた学校教育が誰によってどのような人間になるように作られたものなのかを明らかにし、それが現在の日本の停滞感と閉塞感を生んでいると明らかにする大著。
2020年現在はコロナ禍の中、貧困と格差拡大が社会問題として大きくスポットライトを当てられており、現状に対する一つの解答を提示していることはまさに今だからこそ読むべき一冊。
特に漫然の学校教育の中で使われてきた「能力」「態度」「資質」などという抽象的な語の意味を読み解く良書。
現役教員はもとより、教員を目指す学生や教育行政に携わる方々、目指す学生にとって示唆に富む一冊になるだろう。
・日本の低成長、停滞感の原因は教育にある。
・日 -
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現高校生の者です。少し、自分の経験と照らし合わせながらスクールカーストについて書いてみたいと思います。
僕は、中学生の時どちらかといえば下位層でした。成績は良かったので、完全なる最下位層になることはありませんでしたが、劣等感というのは感じていました。スポーツも得意で無かったですし。
そんな僕に、中2の時転機が訪れます。下位層を仕切ってるような奴が僕に悪口を浴びせてくるので、僕はそいつと関わらないようにしました。どうやったかというと、中位層の人たちと仲良くなるようにしたのです。前述のように、僕は「どちらかというと下位層」であり、もともと中位層にも友達が何人かいたため、その人たちと良く話すように -
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相変わらず熱い本田先生による憂国の書。
「社会の維持さえ難しくなるような危機はもう目の前に迫っている(p4)」で始まり、「多くの人々が「このままではだめだ」という感覚を生々しく抱く度合いが高まっている(p52)」で終わっている。熱いけれど分析は冷静で極めてわかりやすい。
戦後日本の3区分で「戦後日本型循環モデル」がいかに成立・普及し、破綻したか、2つの図と4つの環境要因で明快に説明されている。そして「新たな社会モデル」では従来モデルにはない逆向きの矢印や仕事・教育・家族の3領域を覆う「布団」が示されている。
「このままではだめだ」と思う1人として、それぞれの領域での関わりを意識していきたい。 -
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ネタバレニートは「情けない」「甘えている」などの根拠のない精神論が一般大衆の間に罷り通り、膾炙される中、そんな風潮に異議申し立てをしているのがこの本。
一章では、ニートには、非求職型(仕事に就きたいが、今仕事を探していない)、非希望型(今仕事に就きたいと思わない)など様々な種類があること、各々に様々な背景があって(資格試験準備中、家事手伝い、療養中など)、一概には捉えられないこと、一般の固定観念と異なり、ニートと呼ばれる人の約4分の3が職に対する意欲を持っていることなどが挙げられていまる。
二章では、ニートを敵視する風潮は、97年の神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)により加熱した青少年ネガ -
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ネタバレ「スクールカースト」と呼ばれる、同学年の児童生徒の間で共有されている「地位の差」について、インタビューとアンケートで実態を明らかにしている。
あとがきの謝辞を読むと、著者が東京大学大学院教育学研究科に提出した修論がベースになっていると分かるが、本編を読んでいても論文っぽさをあちこちに感じる。インタビューは必要箇所を書き起こした上で、その回答の意味するところを一字一句誤りなく引用しながら解説していく辺りとか、すごく論文っぽい。でもそのおかげで、理解はスムーズに進む。とても分かりやすい。
スクールカーストにまつわる発見がいくつかあった。
「『スクールカースト』で下位に置かれている生徒が、『クラ -
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私も『マル激』を観て「では処方箋は?」と思って読んでみようと思った。問題提起に対して回答が薄かったので、★★★★。
なかなか深刻なデータをここ数年多くの国民が目にするようになってきている。(ハズ)。なのに、なぜか多くの人はそのことに対する反応を自らで抑えているのか、あえてじっとしているような感じを受けてしまう。
もしかしたら、それは選挙における自分の1票の価値のように映っているのかもしれない。「どうせ俺の1票なんて何にも変えられやないし、、、。」的に。 人間自分の行動の手応えの想像ができないと、達成できないことと思い込んでしまうようにできている。新しい世の中はこの思い込みの壁の向こう側にある