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Posted by ブクログ
本書は、出口治明さんの著書で触れられていたこともあり、興味をそそられたので手に取ってみました。
著者は、日本の教育の原理的な特性を、「垂直的序列化」と「水平的画一化」という2つのキーワードで表現しています。
「垂直的序列化」とは、相対的で一元的な「能力」に基づく選抜や格付けを意味し、「水平的画一化」とは、特定のふるまい方や考え方を全体的に要請する圧力で、「態度」と「資質」がそれと不可分の言葉だと指摘します。
特に「能力」について、明治以降の書籍の丹念な調査により、その意味の変遷をたどっていく過程はとても興味深いものでした。
かつては、単に様々な力を表現するだけの言葉であった「能力」が、徐々に優劣を決める測定可能なものに変化し、特に1960年代以降、学生の増加により普通科の高校が急増することもあって、「学力」(偏差値)による垂直的序列化が進んでいきました。
しかし80年代以降は、学力偏重の反省もあり、「生きる力」や「人間力」といったものが「能力」を構成する要素として重要性を増してきたということです。
この現象について、著者は、「学力」による垂直的序列化に対処しようとした政策が、皮肉にも「人間力」というもう一本の垂直的序列化の物差しを立ち上げたと指摘する一方、今世紀に入り法律や学習指導要領による「水平的画一化」の圧力も再浮上したとして、選抜と同調圧力が教室に充満する今、「水平的多様性」というベクトルを教育に張り巡らしていくことが必要だと主張します。
著者曰く、「水平的多様性」とは、一元的な上下(垂直的序列化)とも均質性(水平的画一化)とも異なり、互いに質的に異なる様々な存在が、顕著な優劣なく併存している状態のことで、異質であることの価値を認め、排除を可能な限り抑制することにある、と定義しており、そのために必要な施策について、高校に焦点を当てた提言を行っています。
この点についても、日本の教育制度の際立った特徴として、高校における普通科の比率の高さと専門学科の比率の少なさ(かつ序列内での低い位置づけ)を著者はその論拠として挙げており、高卒者の比率は過去から大幅に減少しているにも関わらず、(普通科が多いことで)高校には垂直的序列化が凝縮して生じていると論じています。
本書における著者の主張については、表現的なものも含め全面的に首肯するものではありませんが、教育のあり方を考える上で大いに示唆に富む一冊でした。
著者が解説を寄せる「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(マイケル・サンデル)も読んでみたいと思います。
Posted by ブクログ
日本の教育制度を振り返る本として、素晴らしい一冊であったと思う。
本田さんが「あとがき」で指摘しているように、確かにデータなどが多く、一冊の一般書としては読みづらい部分もあったが、その分、説得力を持って、現在の日本の教育制度を包括的に提示していると思った。
個人的な関心に寄せて、概要を振り返ってみたい。
現代の日本の教育制度は、以下の三つの中心的な要素によって説明可能だ。
「垂直的序列化」「水平的画一性」「水平的多様性」がそれであり、最初の二つが重視され、最後の「水平的多様性」が過小に取り込まれているのが現在の実態である。本田さんは、「垂直的序列化」×「水平的画一性」にとらわれる現代の教育制度を批判し、「水平的多様性」へとシフトしていくことを展望する。この点も、現状の批判にとどまらず、代替される仕組みをしっかり提案しているところに好感が持てた。
まず「垂直的序列化」については、「日本型メリトクラシー」と「ハイパー・メリトクラシー」によって決定される。前者は従来から日本にあった「お勉強ができるかどうか」という「学力」の物差しによって測る能力主義であり、後者は「学力」以外の「人間力」「生きる力」を測る物差しを持った能力主義である。これまで「学力」という一本のみ出会った物差しは、「生涯学習」(生涯学び続けることの重要性が高まり、教育においても主体性、自己教育力の技能を身につける必要がある)や90年代の若者不安(オウム事件などの若者の「心の闇」の指摘)、雇用問題によって見直しを要請され、「学力」以外の要素を重視する「新学力観」(学びへの主体性を身につけさせるために、「指導」ではなく「支援」を重んじる)や「生きる力」といった要素が、新たな「垂直的序列化」の軸として追加された。(この新軸は、「関心・意欲・態度」などの曖昧な基準の導入をもたらした。)そして、この詰め込み的な「日本型メリトクラシー」の処方箋として本来打ち立てられた「新学力観」によって始められたプロジェクトが「ゆとり教育」なのだった。
そして、「垂直的序列化」とは別次元的に、「水平的画一性」という圧力が日本の教育を支配している。これは「態度」や「資質」といった言葉によって象徴される。要は、この時代に生き抜くための「社会的性格」を育てるため、画一的な要素を全員に要求したものが、「水平的画一性」であり、例えば道徳教育の導入などはこれの具体例だ。また、この形成される「社会的性格」の問題点として指摘されるのが、「新自由主義」的なサバイバルに挑戦する性格にすること、日本に対する愛国的なナショナリズムを持たせた性格にすること、という方針が見て取れることだ。この「ハイパー教化」が「垂直的序列化」とは異なる大きな要素としての、「水平的画一性」をもたらしている。
「垂直的序列化」では、「学力」や「生きる力」など、絶対的な物差しを提示することで、例え教育水準が高まったとしても、確実に敗者が生まれる。また、「水平的画一化」においても、マジョリティの意見が規範となり、その規範に従わないものは排外される。
そこで重要となってくるのが、第三の軸「水平的多様化」である。「垂直的序列化」×「水平的画一化」の教育制度がもたらす、若者の無力感を解消するためにも、社会主義的な教育の寛容さが必要とされる。教育の実態は、日本という「国」の決めた制度がかなりの部分を方向づける。だからこそ、その全てを打開させるには、「国」による方策が不可欠なのだ。
Posted by ブクログ
日本における人間の「望ましさ」とは何なのかを他国との比較や戦前期から近年までの日本の制度や政策を「能力」「態度」「資質」の言葉の用法に踏み込んで論じている。その中で、垂直的序列化は格差を生み、水平的画一化はふるまい方や考え方を強要(同調圧力)してきた背景があり、これからの時代には水平的多様化が必要であると著者は述べている。
個人的にも格差や貧困、マイノリティ、少子高齢化や人口減少等を考える上でも、多様性や柔軟性は必須と考えるため、排除の仕組みを変えていくことや誰ひとり取り残さない政策は国としても、小集団のグループにしても必要と思う。そして、能力だけで人を判断するのではなく、多様な生き方を受け入れる社会が求められるのだと思う。自戒も込めて。
Posted by ブクログ
私たち日本人が受けた学校教育が誰によってどのような人間になるように作られたものなのかを明らかにし、それが現在の日本の停滞感と閉塞感を生んでいると明らかにする大著。
2020年現在はコロナ禍の中、貧困と格差拡大が社会問題として大きくスポットライトを当てられており、現状に対する一つの解答を提示していることはまさに今だからこそ読むべき一冊。
特に漫然の学校教育の中で使われてきた「能力」「態度」「資質」などという抽象的な語の意味を読み解く良書。
現役教員はもとより、教員を目指す学生や教育行政に携わる方々、目指す学生にとって示唆に富む一冊になるだろう。
・日本の低成長、停滞感の原因は教育にある。
・日本型教育の中心である垂直序列化(日本型メリトクラシー、ハイパーメリトクラシー)と、水平画一化が日本人の均一性を生み、イノベーションを生み出す妨げになっている。
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