加藤諦三のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
言いたいことが言えない人は、人に否定されることを恐れている人である。
恥ずかしくて怖気づいてしまうのは、ひとを信頼していないからである。したくてもできないからである。自分を自分で否定しているから誰も信じられない。
そういう現象と理由が滔々と書いてある本。
落ち込んで考えすぎてしまう癖をなんとかならないのかと思って手に取った本。
これを読んだからといって何も変わらないけど、心の整理にはいいと思う。そうそうそう、とすんなり入っていく感じ。
一つ気になるのは、「恥ずかしがり屋の大人」と「そうでない健康的な人たち」という比較調査の数値の出し方が曖昧な部分。比較対象を語るなら、グラフなり表なりアンケート結果をちゃんと出して欲しい。 -
Posted by ブクログ
たまーに出会う非常識な人は何考えてるんだろう、どう対処すべきかな、と思って読んでみた。結論としてはあんまり役には立たない内容だった。「きずな喪失症候群」の人間に気をつけろ、つきあうな、「燃えつき症候群」になるな、という事で、抽象的だったり具体的だったりするそのような人たちの例が、だらだろと似たような色んなお話が並べてあります。要は、人を利用して自分では努力しない不誠実なずるい人間(きずな喪失)はこんな人なので騙されないように気をつけなさい、そのためには、八方美人(燃え尽き症候)にならずにそういう人間を見分けることの出来るようにしっかりと自分を持ちなさい、ということのようです。しかし、症候群のネーミングが分かりにくい、と思う。面白いとは思うけど、本としてまとまっているとは言いがたい。この著者の本はたくさんあるけど、タイトルを変えて思いつくまま同じようなことを書いているだけかもしれん。
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Posted by ブクログ
当てはまらないところはあるが、大半が自分の行動規範によくあてはまってしまうため、途中から怒られているような気持ちになった。でもこれって大半の人に言えることなのではないか?占いの本(血液型)みたいな感じ。みんな違うとしたら結構ショックなんですが。
とりあえず好き嫌いはバッサリ分けた方がいいってことらしい。人間は多面的だから、好き嫌いの線引きってすごく難しいんだけど。
事例を見ながら、心の奥底に沈めてしまった自分の信号をキャッチできなくなっているのを感じた。大きな壁を隔てて、天井うえに作り上げた偽造された自分が応答しているような、中身のない自分自身を感じた。私は誰なのかもはやわからない。 -
Posted by ブクログ
この本で述べられている内容は、胸にとどめておいて損は無いものであるとは思う。
しかし後述するような、読み進めていくと引っかかる部分や荒削りな内容も多く、自分はその内容をなかなか素直に受け取ることはできなかった。さらっと呼んで要素要素を抽出して、頭に残していくほうがこの本の場合、自分には適していたのだろう。
『だいたい、そうした発言をするのは、有名大学教授は駅弁大学の教授よりえらいと決め込んでいる人々なのである。』(p174-175)
この文章を見たとき、もうこの本を読むのはやめようかと思った。
筆者は「駅弁大学」が地方国立大学を揶揄して言う場合にも使われる言葉だということを知っているのだろうか。特にこの本では、学歴を絶対視してはいけない、大学に何の目的も無く、ただ大学名に惹かれてはいるのはよくない、などと繰り返し述べられている。その文脈の中で「駅弁大学」という単語が出てきたことに目を見張った。生徒の発言を引用した形でこの文章は書かれたのかもしれないが、それにしてもそのような別称を使うべきではないだろう。
こうした著者の偏見、凝固してしまった価値観はほかにも散見される。
偏見を持ってはいけない、自分の価値観を絶対視してはいけない。そのようなことを著者がこの本の中で繰り返し述べているのにもかかわらず、である。
『恋人のいない女性ほど、この世にいないような理想的な男性について語る。』(p181)
文章中では比喩として用いられているのだが、事実かどうかは別として、はたしてここでこの比喩である必要があったのか。単なる筆者の愚痴が混ざっているのではないか。ほかにもこのような愚痴の混ざったような比喩や文章が何度も目に付いた。
『人間的魅力のない学生が、いくら教授の部屋を訪ねたり、研究室の扉をたたいたりしたところで、教師から伝わってくるものは期待できない。』
教授と学生の関係はなにも特別なものではない、普通の人間同士の、パーソナリティの問題だ、という文脈の中で唐突に現れる『人間的魅力』。 『人間的魅力』についての説明は、見受けられない。
また、著名人の言葉を引用して自分の説を強めようとする方法はこうした本でよく用いられるが、この本はやけにそれが多い。そしてそれは、本文中の筆者の主張に照らしてみれば、自分の主張に自信が無いから、ということになる。
最後に加筆されたという第6章。
文章の荒さが内容を捉えにくくしている。これならむしろ箇条書きにしたほうがよかったのではないかとさえ思う。
本文全体を通して著者の述べることはあくまで多くの見方があるうちのひとつであるのだろう。にもかかわらず筆者の主張が絶対で、ほかはすべて間違いであるかのように述べられている部分がいくつかあるのは注意していたほうがよいかもしれない。