天童荒太のレビュー一覧
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「家族」というものへの思い。
それはきっとひとりひとり違っていて当たり前なのだろう。
現実としての家族をしっかりと見据えて生きていくか。
それとも、幻想の中にある家族を追い求めて生きていくか。
答えはそれぞれの中にあるようで、実はどこにもないかもしれない。
親になりたくて親になる人ばかりではない。
親を選んで子どもになったわけではない。
もしも運命というものが本当にあるのなら、きっと親子になったことは運命なのだろう。
登場人物たちはみな一つの結末を迎える。
その結末を幸せだと受け止めるか、不幸だと嘆くか。
きっとそれも人それぞれだ。
生きていくことの意味。
家族である意味。
そして、ひとりであ -
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何故こんなに腹が立つのか、自分でもよくわからない。
馬見原の自分勝手さが嫌でたまらない。
結局、馬見原は自分の弱さに向きあうことができずに逃げているだけだ。
誰を守ろうとしているのか。
馬見原のような中途半端で覚悟も何もないような人間に、誰かを守るなんてことが出来るとは思えない。
もしも馬見原のような男が父親だったとしたら、真弓よりもずっと強い拒絶をしていただろう。
馬見原は、周りを見ているようで何も見えていない。
自分にとって都合の悪いことや向き合いたくないことからは、怒鳴って、体裁を取り繕って、逃げて自分を正当化する。
その繰り返しだ。
刑事としては優秀なのだろう。それなりに信念があって捜 -
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主要な登場人物たちはみな、「家族」という見えないものに囚われているように感じた。
親が子を虐待する。そして虐待された子は大人になって今度は虐待する側になる。
負の連鎖はいったいどこで止まるのだろう。
愛されて育った子どもは虐待には走らない…。
これも都市伝説のような気がする。
だって、虐待するもしないも個人の問題だと思うから。
虐待されて育った人間すべてが大人になって虐待をするわけじゃないだろう。
それとも、個人ではどうにもならない見えない何かがそこにはあるのだろうか?
馬見原や綾女にとって油井は絶対的な悪だろう。
立ち直るためには家族が必要だという言い分も、結局は自分の都合だけで相手への思い -
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徐々に壊れていく家族や個人。
電話相談に寄せられる叫びは、ときに切羽詰った状況で相談員にはどうすることもできない。
子どもが両親と祖父を殺害し自殺した・・・と思われている事件では、事前に電話がかけられていたにもかかわらず、誰もその重要性には気づかない。
異様な現場を見たために精神の安定を欠いてしまった美術教師。
彼はその後、あらたな事件に巻き込まれ内なる恐怖を抱えながら生活することになる。
児童相談員は、保護してきた少女の父親とのトラブルに悩んでいる。
どうしたら少女のためには一番いいのか、いまできることを考えながらも、ずっと保護し続けることなど出来ない現実も理解している。
一家4人が死亡した -
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児童相談センター職員は、虐待される子供たちを救うために躊躇うことはない。
刑事が相手でも、教師が相手でも、ひるむことなくむかっていく。
虐待に対する強い憎しみがあるように、強い態度で臨んでいく。
美術教師は、家庭を持つことに消極的だ。
家族というものに嫌悪感を持っている。
すべてに対して醒めた見方しかできず、苛立つことも多い。
厳格な父に育てられた刑事の家庭は崩壊していた。
自ら死んでいったような長男。その死を受け止められずに家庭を顧みなくなった刑事。
そして荒れる長女と、そのために自らを責め精神を病んだ妻。
だが、いまだに現実を受け止めていない、受け止めようとはしない。
「家族がつねによいも -
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私が常々思っていた事を代弁してくれているような言葉。「亡くなった人の人生の本質は、死に方ではなくて、誰を愛し、誰に愛され、何をして人に感謝されたかにあるのではないか」
祖母の死は脳梗塞からの寝たきり。意思を示すこともできず数年。どんなに辛かったかとつい思い出して、そんな最期だなんて…とそこばかりが思い出されてしまう。でも祖母だって同情なんていらないはず。どんなに私達に優しくしてくれて、どんなに皆に愛されてきたかを思い出してくれる方が、絶対に幸せなはず。誰だって生まれたら死ぬのだから、死に方は大した問題ではなくて、どんなに素敵な人だったかの方がずっと大切なんだと、改めて気付かされた。