天童荒太のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ読後の常として、わたしは受賞の際の選評を読む。
この作品は山本周五郎賞受賞で、著名人の鋭い指摘がずらりと並んでいる。
いつもながら、その選評には深くうなずいてしまう言葉あり、
また首をかしげてしまう言葉もあり・・・といった具合なのだが、
しだいに、選評にひどく興ざめしてきてしまった。
選定委員の姿勢が間違っているとは思わない。
ただ本来、小説とは、主観的な好みで判断するものであって、
公に評価を下すことに無理があるものである――百も承知のそのことを、強く静かに訴え続ける力が、この作品にはみなぎっているから。
神様や仏様を比べてみたり、
その長所と短所をまじめな顔して討論する会があったら馬鹿 -
Posted by ブクログ
平年より12日も早い梅雨の雨が降り濡つ中で、今日もどこかで静人は悼んでいるのか。
『なぜあんなことをしていたのでしょう…何が目的ですか…』 静人にも分からない答を蒔野や倖世が彼らなりに見い出すように、読者も自分なりに見い出すのだろう。
見い出すとすればその人なりにしか出し得ない答。他人に家の中を覗き込むような露悪な表現の中から生への静謐な感謝が湧き出てくる。
蒔野が亡き両親のことを『二人の善い面だけを考えていくと、自分の知る彼らの実像とは離れるが、二人が幼い頃にはまだ持っていたはずの〈無垢な魂〉に、ふれているような気がする』と語る時、巡子が高齢者の老人に対して『あの老人は寝ているだけの存在のよ -
Posted by ブクログ
死者の出た事件現場を訪れては、その死を悼む青年 坂築静人は「悼む人」という異名で呼ばれるようになる。
人の不幸や死を、色と欲で塗り込めたエゲツない風俗記事にしている雑誌記者 蒔野、末期癌で余命宣告を受けた静人の母 巡子、理想の伴侶と信じた夫から自殺幇助を強要されて夫殺しをしてしまった女 倖世、三様の視点から痛む人を描いていく構成になっている。
読み終わっても静人の行為の真意は漠然としていて理解が難しい。しかし、悼む行為を理解することが本作品の真意ではない気がする。
どのように生きるのか、どのように死ぬのか、どのように人と関わるのか、といった死生観を考えさせられる作品だった。 -
Posted by ブクログ
配偶者の呼び方について、あらためて考えさせられた。主人、旦那、夫。奥さん、家内、妻。
自分たちが使うなら「夫」と「妻」が最も相応しいと思える。ただ、他人から「あなたの夫は?」「あなたの妻は?」と問われると、どこかしっくりこない。まさに、配偶者を指すための“ちょうどいい日本語”が存在しないという事実を突きつけられた気がした。
「男は男らしく」「女は女らしく」。
私自身も、そんな言葉を当たり前のように聞かされながら育ってきた世代。疑問を抱くこともなく、その価値観の中で生きてきた。しかし今は、性別だけでなく、家族の形、働き方、さらには人と機械の境界まで揺らぎ始めている。
これまで確かだと思ってい