天童荒太のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
性犯罪とジェンダーについて描いている気がする。面白かった。
SNSを利用した半グレによるポルノ犯罪の摘発に鞍岡、依田の警部が向かう。三階から男たちが降ってきて逮捕に至る。
地域の小学校の近くで下半身を露出する変質者が現れた。巡回に行った警官が男の死体を見つける。発見した巡査は本当に死体かどうか確かめるためにさんざん現場を荒らしていた。別の場所で殺害されて遺棄されたようだ。中年男性、裸、後ろ手に回されて両手首にガムテープでうつ伏せで転がっていた。鞍岡は志波倫吏という新人と組む。被害者はレイプされていて、肛門に目には目をと書いた紙が詰められていた。
被害者は佐東正隆、54歳。インテリア部長。4日前から無断欠勤していた。女にダラシなく、若い女性社員を辞めさせたりもしていた。被害者の妻は息子の進人の名をつぶやいて意識をなくす。息子の進人は集団レイプで前科があった。その被害者の兄が仕事を辞めたところだった。元警官のニセ警官の伊崎がうろついている。鞍岡の娘の悠奈が帰ってこない。電話は電源が切れているようだ。悠奈は見つかった。
芳川家の前に次はお前たちだと書かれたメモと腹部を刺されたぬいぐるみが置かれていた。置き配だと思ったらしい。伊崎がなにがしか関わっているのではと鞍岡は思っている。
進人に集団レイプ事件主導者の余根田から連絡がある。レンタカーで向かう。返却期限の2日後だ。
伊崎と被害者の兄竜介は一緒にいたようだ。
進人は物陰から余根田と楠本をみていた。
余根田と楠本は刺され、二人救急病院に搬送された。伊崎は殺されていた。 -
Posted by ブクログ
本当に面白かった。
2日間で読み終わってしまうほど面白く素晴らしい作品でした。
誰もが親と子、祖父母と孫、兄と弟、または親友同士などの関係に属していていつのまにかお互いが自分の存在よりも大切になっている。
それが幸せなことばかり招くものであればいいのにそうなることは少なくて、今回はそれに戦争という難解な事柄が絡んでいたのでよりいっそう辛かったです。
動機の中には論理的なものでない感情も含まれていましたが、そのぶんその人が持っている事情を知れば知るほど納得せざるを得ないほどの複雑で繊細な感情が存在していてそれがちゃんと動機としても物語を締めくくる結末としても相応しく涙ぐみながら読んでいました。
ミステリーも感動も十分に楽しめる作品です。
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Posted by ブクログ
この作家さんの歴史小説は初めて読む。
「青嵐の旅人」の続編だと、後で知った。
この本の続編の「流星の旅人」も出るらしい。
主人公のヒスイと救吉、辰之進がとても人間として素晴らしい。
大政奉還で、幕府が終わった明治政府になるまでの、まさにカオスと化した日本を人間主体で良く書かれている。
勝海舟、坂本龍馬、伊藤博文、新鮮組、
または、夏目漱石、正岡子規の名前が出てくると、
戦の中で、よく生き延びたものだと思った。
学生の頃は、歴史とかとても苦手だったが、
大河ドラマなど、ストーリーがあると、
とても読みやすく、人間ドラマとして楽しめる。
学校の教科書も、もっと工夫をしたら、
子供達も歴史好きになれるのでは? -
Posted by ブクログ
【短評】
第140回直木賞に選出された『永遠の仔』と並ぶ天童荒太の代表作。
坂築静人(さかつきしずと)は不慮の死を遂げた人々の足跡を辿り、"悼む"ために日本全国を放浪している。これは、時に称賛され、時に嫌悪されながら、いつしか「悼む人」と呼ばれた彼に纏わる三人の人間の物語である。
「エグノ」と渾名される辣腕で知られた週刊誌記者・蒔野抗太郎(まきのこうたろう)。
末期がんにその身を侵されながら、息子・静人の帰りを待つ母・坂築巡子(さかつきじゅんこ)。
殺した夫の霊とともに各地を彷徨うなか、静人と邂逅を果たす奈儀倖世(なぎゆきよ)。
複雑な背景を抱えた人間が「悼む人」を思い遣るその心情にスポットを当てることで、読者自身が「悼む人」を見詰めることになる構成が上手い。老練の技である。
三つの章それぞれに違った趣があり、どの章も惹き込まれるものがあったが、なかでも坂築巡子の描き方はレベルが違った。どうすればそんな描写を思いつくんだ、と歯噛みするほどに圧巻な情景が散りばめられており、しばし呆然とすることが何回かあった。
特に「介護者」のラストシークエンスである雲の描き方は、凡百が到底到達し得ないレベルにあったように思う。その後の(一見、意味の通らない)台詞もまた何とも言えない力があった。あの辺りの文章だけで私は五点を進呈したい。ぜひ読んで確かめて欲しい。
【気に入った点】
●「死」の描き方。坂築巡子の章における死を受け入れた人間の思考に対する解像度の高さに舌を巻いた。「情景」という簡素な言葉では足りない程の、彼女が目にした美しいとしか言い得ない景色の数々が今でも頭の中にリフレインしている。特に「いよいよ」というところからは見事の一言。誰も経験したことのない「死にゆくもの」の一人称としてこれほどの者を私は読んだことがない。また、「悼む人」の意味のようなものに決着を付ける構成上の巧さもまた評価したい。
●霊の描き方が絶妙。超常とも本音の発露とも取れる絶妙なポジション。霊との対話を通じて一個の人間としての坂築静人が立体感を持っていく様も素晴らしかった。
●蒔野が「悼む人」に惹かれていく過程も悪くなかった。仕事柄、社会を冷笑するような立ち位置に居る彼は、ある種読者の代弁者なのだろう。
【気になった点】
●本編においては特に無い。素晴らしかった。
●評価上全く影響を及ぼしていないことを前置きした上で、帯が良くない。「世界にいま一番いて欲しい人」などというキャッチコピーを考えた誰かは、本作の妙味を理解していないように思う。「悼む人」フォロワーを増やしてもどうしようもないと思うのだ。また、引用部分もそこじゃない感がかなり強い。
『昭和探偵物語』で天童荒太を理解した気になっていたことを恥じたい。(いや、あれはあれでかなり面白いのだが)唸る程に綺麗な文に触れたのは久しぶりだ。こういう打ちのめされる類の読書も実に良い。『永遠の仔』にも近々挑戦してみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
直木賞作品。
どうやってこのストーリーを締めるんだろってずっと思ってたけど、文句なしの素晴らしすぎるラストでした。
静人が主人公のようで、静人目線は一度もない。取り囲む3名は誰も主人公じゃなく、彼らの目から見た静人を描くことで主人公を表現してる。
キリストやブッダのことを語る人々の声によって彼らが形づくられていったのと同じように。
それもまた圧巻。
蒔野のストーリーは、泣きそうになった。
父親との関係。生きたまま焼かれた女性のこと。
静人に対する蒔野の心境が変わっていく理由の描き方が素晴らしい。複数の出来事が重なってじわじわ、が見事。
倖世も見事にまとまった。
でも少し物足りない気がしてたら、エピローグにやられた。こんなん泣くだろ。
ただのありきたりな泣かせじゃないところがまた良い。 -
Posted by ブクログ
戦いの無くならないこの現実の中で、どう生きますか、どう行動しますか?
本書を読み終わって、まずはそう問われたように思います。
舞台は幕末・1862年の伊予松山藩。
主人公はヒスイ。お遍路宿「さぎのや」で、救吉と姉弟のように育てられた。2人とも戦を嫌い、人の命を守ろうとする。
冒頭、ヒスイが山中で坂本龍馬を助ける場面から物語が始まります。龍馬だけでなく、その後、新選組の沖田総司や近藤勇、土方歳三と出逢い、高杉晋作、桂小五郎とも出逢っていく。都合良すぎる設定かもしれませんが、それらを超えて、十分楽しめ、考えさせられる物語。
「異国の鬼畜らが、この国を領土にしようと攻めてきたら、貴様はどうする。家族が異人になぶり者にされんとするとき、刀を抜かぬか」と、問われたヒスイ。「それでも、わたしは戦はいやです」と言う。
しかし、救吉に医師見習いとして郷足軽隊の調練に同行せよとの命令が下ったとき、救吉がいずれは真の戦に行くことになると思ったヒスイは男装し、看護人として救吉に同行する。
そして、「敵味方を問わず命を救う」という自らの信念を貫こうとします。
それは素晴らしいことではあるけれど、自らを危険にさらすことにもなりかねない。
理想は大事。だけれども、理想を持つだけではきっと足りなくて、その理想を貫くには覚悟が必要。時には犠牲もかもしれない。
ヒスイは絶対に戦は反対で、人の命を守りたいと確固たる信念、理想を持っている。だからこそなのだろう、現実に起こっている戦から目を背けずに、自分が何をすべきか選び、行動する。
ヒスイだけではなく、救吉もまた同じ。坂本龍馬は国家の流れを変革するために、本当は望まないけれど、今は戦って未来を切り拓いて行こうとする。
ヒスイと救吉、坂本龍馬の在り方は対立するように見える。けれども、どちらも「よりよい未来」、「戦のない平和な日本」を願っている。
その2つの姿に葛藤を覚えもしました。ヒスイと同じく私も「戦いは絶対だめ」と思っているから。
「これだ」という回答はありません。と言うより、問われ続けているという感じです。あなたはどう行動しますか?と。 -
Posted by ブクログ
亡くなった人を「悼む」旅を続けている青年に関わった人達の視点の物語
以下、公式のあらすじ
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不慮の死を遂げた人々を“悼む"ため、全国を放浪する坂築静人。静人の行為に疑問を抱き、彼の身辺を調べ始める雑誌記者・蒔野。末期がんに冒された静人の母・巡子。そして、自らが手にかけた夫の亡霊に取りつかれた女・倖世。静人と彼を巡る人々が織りなす生と死、愛と僧しみ、罪と許しのドラマ。第140回直木賞受賞作。
"「この方は生前、誰を愛し、誰に愛されたでしょうか?どんなことで感謝されたことがあったでしょうか?」ーー事件や事故で命を落とした人々のためを「悼む」放浪の旅を続ける静人。 彼の問いかけはそのまわりの人々を変えていく。 家族との確執、死別の葛藤、自らを縛り付ける""亡霊""との対決、思いがけぬ愛。 そして死の枕辺で、新たな命が生まれ……。 静かな感動が心に満ちるラスト! " 映画化、舞台化された話題作。
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名前を覚えられる死と数でしか知らされない死にどんな違いがあるのか?
悲惨な事件・事故で亡くなった人、大勢が一度に大量に死ぬ他国の戦争や紛争、病気で亡くなるにしても孤独の中で亡くなる人もいれば、家族に看取られて逝く人もいる
そして、人は「あなたのことは絶対に忘れない」と言たとしても大切な人の死を忘れる
友人の死をきっかけに「悼む」ことに囚われたし静人
そして、関わりの持った人達
父母の離婚をきっかけに心がすさみ、自身も結婚したが妻子と別れ、下衆な記事を書き連ねる新聞記者の蒔野
末期の胃癌になり、死を迎えようとしている、静人の母 巡子
被虐体質でDV夫と別れ、聖人君子のような僧侶に請われて再婚したが、自殺願望を持つその夫に請われて殺してしまい、夫の亡霊が取り憑いたと思っている倖世
静人の父、静人のせいで結婚が破談になった妹、兄妹の従兄弟
「悼む」という行為の本質は何かを考えた際に、「故人を想う」かなと思った
故人が「誰を愛し、誰に愛され、どんな感謝をされたか」を記憶に留める静人の行為
でも、偽善とか、良い面しか見ていないとか、勘違いの情報だという人もいる
個人的には、それでいいのではとも想う
どれだけ親しい人でもすべては理解でいないわけだし
勘違いだろうが、悼む行為に違いはない
そもそも、悼む行為は人それぞれであって、万人に共通の想いではない
鴻上尚史の人生相談の記事で、震災で亡くなった人への黙祷の時間に席を外す同僚を批判する人に対して、その答えも似たような事を言っていた気がする
それこそ、悪いことをした人を悼んではいけない理由はない
静人は、殺人を犯した人の場合は被害者を三回悼んだら当人も悼むという基準を設けているけれども、今までその条件を満たした人がいない
殺人犯にも家族はいるし、悪人と言えど愛した人、愛してくれた人もいるかも知れないし、時には感謝された事もあるかもしれない
殺人や悪事という行為は良くないけれども、その行為がその人のすべてではないんだよな
事件で亡くなった人でも、静人は亡くなった状況や経緯、加害者について調べたり聞いたりしない理由
「加害者を憎むと、憎しみにとらわれて、被害者のことを忘れてしまう」という
となると、どうやって死んだか?よりも、その人がどう生きたのか?を重視した方がいいので
「誰を愛したか、誰に愛されたか、どんなことで人に感謝されていたか」を聞くようになったと
被害者の無念さを知っても、それがその人の本質ではないのだろうなぁ
視点人物の三人
母である巡子は静人を愛した人で
奈義倖世は静人が愛した人で
蒔野抗太郎は静人に感謝した人
静人が人を悼むように、静人は人から悼まれるとき、巡子は関係者として思い出されるかもしれない
でも、倖世と蒔野は他に悼む人が知り得ない人達
だけど、その悼みでもいいという事も暗に示されているような気がする
もしこんな人がいたとしたら
抗太郎が思ったように、死に際して、その死を受け入れられるようになるかもしれない
私自身が亡くなる時にもそう思えたらいいな
人は二度の死を迎えるというけれども
世の中、こんな人がいたらいいのにの本当に想う -
Posted by ブクログ
ネタバレ後半は一気読みに近かった。
序盤は静人の悼みに対して、自分の考えに合う死者の断片だけを切り取った解釈を行う事への理解が出来なかった。全ての死に同等の悼みが与えられる訳が無い。と。作中に登場する多くの人々と同じ否定的な考えを持った。が、後半は静人の人物像が深く掘り下げられ、共感とはいかなくとも理解は出来た。
巡子の死に寄り添いながら読み進めていくうちに、自身の生き方を考えるいいきっかけになった。
全てがままなら無いもの、人は不完全な生き物、そして完全に消化されずに逝く生き物、ただその先は決して暗い物ではない。そんな事を教えられた気がした。