福永武彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
面白いエンターテインメント小説ではない。
昭和初期に書き上げられた戦争時代を背景に青年の愛と孤独を描いた作品。
事件が起きて謎があってハートフルで大団円というようなものでは無く静かに、しかし激しく死と愛と孤独を描き出すような。
そういう、ある意味純文学的な小説が好きならおすすめできる。
特に難しい表現や言葉は無いけれど描き出させる孤独というのは果てしないもので
結局人と人とは完全には理解し合えない中で生きていかねばならない、と、こう書いてしまうとありきたりなんだけど、それが明日には赤紙1つで死に引きずられていくような戦時下であれば、どうにもならないほど切実な現実で。
そんな時代があったなどと、ただ、自分は形上、教育上、知っているだけで、その時代を生きた人の文章を読むということは、ある意味その時代のナマの感情に触れることに近いのだから、あらためて価値のある経験だと思った。
国家の采配1つで明日にでも戦地へ送られるかもしれない状況で、誰かを愛し、そして愛されているかを測りながら、生きることの孤独を、詩的で清潔に書き上げた「草の花」
自分もこんな小説を読めるようになったのだな、というか、自ら手に取るようになったのだなと、なんか不思議で仕方がない。 -
Posted by ブクログ
美しい文章という噂を聞いて読んだ。
物語の中心にあるのは信仰(愛とか生死とか)。
サナトリウム(現在)の場面から始まり、汐見の日記を読む(前半は18歳の時の忍との恋。恋なのか?後半は24歳の時野千枝子との恋)構成。
特に後半の千枝子のパートは、ジッドの『狭き門』を思わせるほど、清くあろうとする姿勢が強く、読んでいてどこか既視感を覚えた。でも清くあろうとしているのは無神論者の汐見の方だと感じた。キリスト教を信仰している千枝子は千枝子で、汐見への思いに葛藤しながらも神を通した愛こそ普遍の愛であるとの意志を貫こうとする。こちらの方が人間的では?
読み進めると主人公の汐見は、自己憐憫に浸るエゴイスティックな人物に見え、読んでいて苛立ちを覚える瞬間も多々あった。笑
彼の愛は相手に届かず、むしろ相手を遠ざけてしまう。藤木も千枝子も、汐見の視線の中に“自分自身”ではなく“神格化された像”を見てしまい、そこに息苦しさを感じていたよう。
お互いに、その視線は自分に向けられていないように感じられ、汐見と忍、汐見と千枝子はすれ違い続ける。
そんな物語の中で、汐見の言葉
「愛するということは最も人間的なことだよ」
――がひときわ強く響いた。
色々矛盾しているように感じる感情を抱えた汐見に、それでいいじゃないか、とそのまま言い返したい!
敢えて人間の姿をしている
ともあれ純文学らしい内省的で静か(?)な美しい文体の作品で、内容の割に心地よい余韻を感じている。
ただキリスト教について理解しきれていない部分がある。
※忍って名前で女子だと思い込んでいたけど、途中で「彼」って出てきてちょっと混乱した。思い込みは良くないね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ純文学。夏目漱石の「こころ」と似た構成。
冒頭は結核サナトリウムで同室の青年・汐見を亡くすシーン。主人公は無謀な手術を自分から依頼して命を落とした汐見を、ある種の自殺だと疑う。彼から渡されていた「のおと」を読むと、そこには生前手に入れられなかった二つの愛について書かれていた。
第一の手帳 弓道部の後輩男子・藤木への愛
第二の手帳 その妹・千枝子への愛
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耽美な情景描写と若い精神の迷走ぶりが延々と続き、自分の青春時代を思い出して心が乱された。
冒頭のサナトリウムでの汐見はかなり肝が座っていて素敵だと思ったけれど、手記で語られる性格はかなり自己中心的。藤木はまだ幼くて友だち以上を望まないと言っているのに、振られてまだ追い回す汐見は今でいうストーカーに近い。妹の千枝子は基督教に改心してくれない汐見との交際を続ける勇気がなく、汐見自身もかなり独断的。
汐見には常に孤独が付きまとっている。生き方はちがっても、人はみんなこうした孤独を抱えているよな……。
などと思いながらWikipediaを見たら、実は作者・福永武彦の私小説と知って驚いた。弓道部の後輩男子への失恋も、その妹も、結核サナトリウムも、作者の体験を元に書かれているらしい。ずいぶんアグレッシブな生き方をされていますね(笑)