ひこ・田中のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ児童文学だけではなく、テレビゲーム、テレビヒーロー(特撮)、アニメ、漫画も射程にいれて、子どもを描く物語が成長を語らなくなったのはなぜかを解き明かしていく。
膨大な数のメディアの中で、流布したもの、人気を博したものをピックアップして、近代社会が内包していた、大人と子どもの差異の現象が、情報の肥大化の中で、進んでいった結果であると分析する。その差異がなくなったとき、子どもの物語は全く別の物語となり、もしかしたら必要がなくなってしまうのかもしれない、とする。
児童文学作家でもある筆者が出した分析である。価値の変質に気づいている作り手がおり、それを問題提起していることが重要なのかもしれない。
それぞれの分野でサブカルとして分析している研究者は多いが、「子どもを描く」という視点で貫かれていて、なおかつ、読みやすく構成されていた。それぞれの分野の専門家にとっては、納得しがたいところもあるかもしれない。筆者の描いた構図におさまりきらない作品も数多く存在する可能性も高い。(たとえば、アニメではロボットアニメ以外、『銀河鉄道999』などはどうするのかな、とか、少女漫画にもその傾向は残っていて、ヒットしているものもあるけれど、などなど)
反例も含めた内容もうかがってみたい。 -
Posted by ブクログ
なぜ子供向けの本(文学、マンガ、アニメ、ゲーム、映画)は成長を描かなくなったのか。
結論には賛成できないけど、過程には傾聴に値する分析がたくさん含まれている。
著者の答えは、「そもそも子供という概念が近代に特有のものであり、大人という概念の合わせ鏡として生み出されたものにすぎない」「大人と子供の差は経済力と情報量の差であり、後者がなくなってきた以上、成長もなくなった」というもの。
前半はアリエスの『<子供>の誕生』だからいいとして、後半には賛成できない。むしろ、そういう、薄っぺらい大人観子供観に由来する成長観が病巣。
(もちろん、著者がこれを「そうあって欲しくはないが、事実として、歴史的経緯として、そうなっている」と書いたのであれば、それには同意するが、そこはよく読み取れない。)
成長譚というのは近代固有ではなくて、神話にも組み込まれている普遍的なものだと思う。成人になるための通過儀礼イニシエーションを考えると、連続した成長ではなく、非連続な生まれ変わりこそが本質なのかもしれないが。
なお、著者は成長は否定しても物語(の必要性)は否定していない。むしろ強く訴えているくらい。成長以外の物語を書こう読もうと。 -
Posted by ブクログ
初版は1990年、福武書店から刊行。2013年に福音館書店で刊行された版を読む。書き下ろしで「忘れたころのあと話(2013年)」が付いてくるがなくても良かったかな。
映画化されたとき(1993年)、ちょっと話題になっていたかもしれない。wiki見るとかなり面白そう。いかにも相米慎二監督にぴったりの作品じゃないか!小学6年生女子の一人称により、親の離婚の経験が語られる。父親が家を出ていくところ、母親と二人の生活を始めるにあたって「契約」を結ぶ場面、姓について検討する場面、旧友と会って酔っぱらって帰ってくる母親の場面、相米監督の映像が目に浮かびます。主人公の蓮子も母のなずなもいかにも現代風の精神性を持っている。(いや現代ではないな、1980年代後半の空気だ。)父親の賢一は昭和をちょっと引きずっている感じがするなぁ。両親の後輩にあたる布引くんとワコさんもすごく相米慎二映画っぽい存在。
感性というよりも知性を感じる、頭でよく考えた小説だなと思った。蓮子自身もいいけど蓮子から見える大人たちがとても魅力的で(蓮子よりずっと子どもっぽかったり)ついそっちに興味を惹かれてしまった。離婚の背景は詳しく書かれないけど、なずなの気持ちとかめっちゃ気になって。本当の子どもたちはどんなふうに読むんでしょうね。 -
Posted by ブクログ
『小公女』、『あしながおじさん』の結末が出てくる。
知ってて良かった。
本に限らず、日常のあらゆることからどんどん色んなことを吸収していくルカ。子供ってすごいなあ。
何か大きなことが起こるでもなく、どういう意図があるのかなと読み進めていくうちに、ルカが何をどう考えるのかに興味が湧いてきた。
もっと読みたかったなあ。
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「If you wish your instructions to be obeyed, you must have your secretary transmit them in less than two weeks.」
(Daddy-Long-Legs by Jean Websterより) -
Posted by ブクログ
ネタバレぼくはぼくで考える。
本の部屋にあった本をこっそり読んでいる。父親か母親が昔読んだ本らしい。『小公女』『あしながおじさん』わかるところもわからないところもある。幼馴染やクラスメイト、転校生とも話す。一緒に帰ったり、スーパーに買い物に行ったりする。そしてぼくは考える。
大きな事件は起こらない。主人公は本を読みながら、毎日過ごす。両親とも話すし、管理人や友人たちとも話す。小学5年生というのは自分がはっきりしてきて、両親をひとつの大人として捉え直したり、時間の流れを意識したり、自分と他者を比べたりする。その時に本を読んで考えを深めるのはとてもよい。時代も国も超えて、同じところと違うところを見出すのは、自分を広げ、深める。同時にリアルな人との対話から自分を育てていくことも大事だ。両方を自然に行っている主人公はとても健やかに感じた。