ひこ・田中のレビュー一覧
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小学5年生のルカ(男子)のクラスに大阪から女の子が転校してきた。本を読むのが好きだからそっとしておいて、とあいさつしたカズサ。ルカの後ろの席に座ったことから言葉を交わす。ルカの幼馴染のナナと仲の良い男子の安田。4人は時々一緒に行動するようになる。
カズサはなかなかの読書家だが、ルカもちょうど両親の本棚で見つけた児童文学の古典「小公女」を読み始めていたところ。父親か母親のどちらかが子どものころ読んでいたもののようだ。ルカは、どちらが読んでいたものなのかを想像しながら、こっそりと読んでいる。そうしてルカは3人の友人と知らず知らずのうちにネット社会についてや「知る」という行為についてを考えるようになる。
おもしろい発想から抽象的になりがちな「情報」というものを具体的に考えていく。出てくる子どもたちや両親が、皆ちょっと理知的(?)過ぎて現実味が薄れる感はある。そして、児童文学の古典とはいえ取り上げる本が古典的すぎないか? -
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ネタバレハルは桜谷小学校の2年生。8年間も生きているから、ハルはもう、たいていなことはわかっているつもり。
両親の事、学校での友だちの事、いろいろ見て、考える。
同じクラスになって、はじめて話すようになったカナは、赤ちゃんの時から友だちのユズの友だち。ユズは女の子だから、2年になってあんまりしゃべらなくなったけど、赤ちゃんの時から、母親が連れて出た公園デビューからの付き合いだ。
他の男子と違っって、休み時間に1人でいる事が多いハル。
カナとは、ユズたちと一緒の時にしか話したことはないけど、ハルはカナの事が気になってきた。
初恋のお話。 -
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成長しないとダメですか? 大人になる必要がありますか?
子どもの物語は、結局大人が与えるもので、それが子どもに必要なものであればウケるけれど、なぜか大人(年を取った子ども)にウケてしまう。アニメとか、ゲームとか、なにが子どものためなのさ、と思うことも。確かに、児童文学が下敷きのアニメやマンガや他メディアは多い。で、割と児童文学はシビア。
大人じゃない人が子どもなだけ。大人って年齢だけで決まる物でもない。けれど、私は「大人」には責任が伴うと思う。「大人」と「子ども」を分けるのは、経済力と情報量かもしれないけれど、それはそれらを扱うという責任に結び付くのではないか。「大人」にならなくても生きていける世の中でもいいかもよ。いつまでも「大人」になれない人しかいないんじゃ、世の中どうなるんでしょうね。 -
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ネタバレ≪目次≫
1章 テレビゲーム
2章 テレビヒーロー
3章 アニメ(男の子編)
4章 アニメ(女の子編)
5章 世界名作劇場
6章 マンガ
7章 児童文学
8章 子どもの物語が示すもの
≪内容≫
様々なメディアを通して、子どもの物語の世界に起こっている変化を読み解こうとするもの。
著者は、従来の物語は、”子どもが大人になっていく”物語だったというが、社会の変化(というのが一番ラクか)の中で、ヒーロー(ヒロイン)はその立ち位置を見失っている。それは、大人が「大人」ではなくなったから?大人と現代の子供の差異が減ったから、と著者は言います。だから、子どもの物語が、王道を走れなくなったのだと。
ただ、近代社会は「大人とは何か?」「成長しなければならないのか?」を問わない社会であり、「成熟した大人、成熟しない大人、大人にならないままの大人、大人を放棄した人、そうした様々な道筋が、子供が育とうとする先に見える社会こそ、本当の近代社会だと考えていいのではないか」っ著者は言っています。 -
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年代・ジャンルを問わず調べ上げ鑑賞し遊んでいる、その点には感服である。
ゲームの分野に関しては、「こども」という点に強調をおく一冊であるならば任天堂のポケモンシリーズやカードゲームにも触れるべきだったと思う。初代ポケモンの登場から2000年代をリードしてきた、子供にとってのゲームといえばポケモンは外すことはできないだろう。あと強いて言うならモンハンぐらいか?
本当に低年齢層向けの作品か、かkつてアニメやマンガ・ゲームに慣れ親しんだ人間がつくったオタク向けの作品かどうかもよくよく区別して書かないとそのへんがごっちゃになって混乱するだけの気がする。
問題提起と問題解決の道筋が弱い一冊なので、雑学程度に読む本だろう。この点はさすが新書、といったところか。