佐伯泰英のレビュー一覧
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ネタバレ佐伯泰英「助太刀家業(三) 新たな明日」(2025年1月文庫本書き下ろし)
江戸に来て3年目に入り26歳になった神石嘉一郎は、「助太刀稼業」で稼ぎながら、白井亨の剣術道場「味噌蔵道場(白井道場)」で師範方として稽古する日々を送っていた。
朝稽古を終えた後、めし屋で掛取り屋のお銀と知り合い、”白井道場の師範方というのは大きな肩書きになる”と言われた。江戸では白井亨の剣術家としての評判は多大な名声であることを初めて知った嘉一郎だが、その白井亨と嘉一郎の剣術の強さは五分か嘉一郎の方が上回っていることを白井は知っていた。
めし屋で朝餉を食べ損なった嘉一郎は「備前屋」で昼餉を世話になり、その後新しい助太刀稼業の仕事を請け負うことになる。「備前屋」の主の十右衛門のお供で品川宿の入会地にある「貴船社」へのお供で、その貴船社の破壊坊主5人は元は「備前屋」の取り立て屋だったが、取り立てた87両2分を「備前屋」に渡さないらしい。嘉一郎の請け負った仕事はその取り立て屋から取り立てることだった。
嘉一郎は破壊坊主の内4人はあっという間に倒し、大長刀を操る僧兵頭の闇主御坊こと黒雲涅槃坊と息詰まる対決を繰り返すが、躱しの技も見切られたかと思った時、闇主御坊の脳天に痛みが走り、闇主御坊の意識は途絶えていた。
87両2分を取り立てた十右衛門と嘉一郎が「備前屋」に戻ると、店の前で國蔵とみわが3人の侍に言いがかりをつけられていた。嘉一郎は刀を抜いた3人を素手であっという間に片付けると口の聞けないみわが何か言いたそうにしていていつもと違う感じがしていたが、嘉一郎はそれが何かはわからなかった。のちにそれはみわの嘉一郎への特別な想いだと知ることになるのだが。
白井道場で白井亨と嘉一郎が立ち合い稽古をしているとおんな武芸者の新免花月(21〜22歳)が道場にやって来て嘉一郎との勝負を望んだ。白井はまず門弟との立ち合いをと返答し相手に同じ女剣士の木幡花を指名し、花月はこれを了承する。木幡花は嘉一郎にことごとく敗北した大坂三宅道場の高弟7人衆の1人で、それ以降嘉一郎を師匠のように慕って今は江戸の白井道場で稽古を積み、白井亨もも嘉一郎も木幡花には一目置いていたが、二人の女武芸者の対決は結局は相打ち引き分けに終わった。
その後嘉一郎は二人同時に相手をし、結局1対2でも二人共嘉一郎には全く歯が立たず、二人の女武芸者の前に大きな壁が立ち塞がった日になった。
木幡花と新免花月は白井道場の女門弟となった。可憐で美しい花月がその強さを知らない篠竹道場の門弟達で直参旗本の跡継ぎ(新庄欽一郎)から言い寄られて迷惑していたのを、嘉一郎の助言で白井道場で立ち合い稽古に引っ張り出して、花月はあっという間に欽一郎を気絶させてしまう。
かと思えばある時キム・リーと名乗る異国ベトナムからの女武芸者が白井道場に入門を願い出て来た。武術は国の一族に課せられる使命だと言う。剣術を覚えたのは清国でのことらしいが一族を守るための剣術は実戦を積んで、その強さは見てすぐにわかるレベルであった。
白井亨は対戦相手に花月を指名し、立ち合い稽古をするが、見事な立ち合いに道場の門下生が全て稽古を中断して見入っていた。しかし明らかに花月が劣勢となり、花月は自ら竹刀を引いた。
その翌日、白井道場の表に一人の旅の途中と思われる武士が佇んでいた。もう忘れかけていたあの下野江睦だ。毛利助八郎に持ち出された毛利家の家宝の刀を追いかけて、名だたる白井道場に助八郎が門弟となっているかも知れないと思ってのことだった。その姿は痩せこけて身なりも汚くその苦労が滲み出ていた。
下野江はまだ家宝の刀が偽物だったということは知らなかったが、刀剣商を訪ね歩く内に何となくそうではないかと勘づいていたみたいだった。嘉一郎に取り入って住まいや食をたかろうとしていたが、嘉一郎は先に手を打ちあきらめさせる。
嘉一郎との会話で偽物だとわかった上はもう探す意味はなくなったのだが、国元へ帰っても歓迎されるはずもなくこれからどうするのかを聞く前に下野江は嘉一郎の前から姿を消す。
すると姿を消した日に今度は毛利助八郎が嘉一郎の前に現れる。助八郎はもう以前の助八郎ではなかった。下野江がもう助八郎を追うことがなくなったことを知っても淡々としていた。武家でもなく毛利家のお控え様でもない新しい生き方を見つけたようだった。
そして助八郎もあっさり去ってしまう。
ということで下野江睦も毛利助八郎も嘉一郎への関わりはこれで終わってしまうのだが、いやはや第一巻での関わりは何だったのだろうか。二人の存在は何だったんだろう。
それにしても嘉一郎のこの二人への立ち振舞いとその他への立ち振舞いの違いは何だろう。どちらが本当の神石嘉一郎なのか。武芸者としても人格者としても26歳の若者には見えない、博識な45歳くらいに見えてしまう神石嘉一郎なのに、下野江や助八郎と絡むと間抜けな馬鹿正直な男のように簡単に騙されてしまう。不思議だ。よくわからない。
次の嘉一郎の助太刀稼業の「備前屋」の取立て相手は真言宗の寺「阿遮院」で取立て金額は833両2分。難儀なのは阿遮院を取り仕切る妙信なる尼で、陰の主として君臨していた。そして妙信は女相撲の大関を張る巨漢でもあった。得意技の張り手で顎を砕かれた男の相撲取りが幾人もおり、廃人となり二度と相撲が取れなくなったと言う。
妙信を目の前にして嘉一郎は初めて恐怖を覚え、武芸者としての自信と誇りも失いかけていた。しかし平静を取り戻した嘉一郎は妙信の張り手を躱しの術で躱し、生涯初めて張り手を空打ちした妙信は潔く833両2分の金子を返し、嘉一郎の仕事は終わる。
そして神石嘉一郎の物語の最後を締めくくるのは、嘉一郎とみわの話だ。みわは「備前屋」の本店の娘で、押し込み強盗に身内を全て殺され一人生き残ったが、恐怖で言葉を失っていた。それが嘉一郎と接していく内に言葉を取り戻し、嘉一郎に心を寄せていくようになる。幾度となくみわの窮地を救ってきた嘉一郎に心が惹かれていくのは自然なことなのだが、あまりにも急展開で嘉一郎の心の葛藤もなく、波平行安を海の中へ放り捨て、みわと二人で生きて行く道を選び、助太刀稼業が終わる。
「刀を使わずに世の中を動かす」という考えに至った嘉一郎という風に締めているのだが、あまりにも早急な終わり方で何かしっくりこないのは私だけでしょうか。
第一巻で琵琶湖沿いの「山波結城道場」の娘(藍16歳)や息子(小太郎10歳)と必ず戻って来ると約束したのではなかったのか。
毛利助八郎や下野江睦との別れはこんな簡単な別れでいいのか。
助太刀稼業の取立て金額21,884両の5分の嘉一郎の取り分1092両は「備前屋」に預けたままなのか。まだ終わってない話はいっぱいある。無理矢理終わらせなくてもいいのでは。 -
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ネタバレ佐伯泰英「助太刀家業(ニ) もどき友成」(2024年8月文庫本書き下ろし)
一巻で助太刀家業をしながら武者修行の旅で豊後国(九州の大分あたり)から大坂、京へと渡った神石嘉一郎は目指した江戸を前にして小田原の直心影流長沼道場で稽古をする。滞在を請われたが何か応対が気に掛かったので辞去し、江戸へ向かうと川崎宿で毛利助八郎が待ち構えていた。何と安易な再会である。もっと劇的な再会を想像していたので肩透かしな感じで、自分勝手で横柄な立ち振舞いも変わっていない。
もうこの御仁との関わりには感動的なことは期待出来ないと判り、嘉一郎の前から完全に消えて貰って結構と思いながら読んでいくことにしたのだが、その助八郎を打ちのめすことが起こる。
佐伯藩毛利家から持ち出した銘刀“古備前友成”が偽物であることが、刀剣商「備前屋」の大番頭(国蔵)の鑑定で明らかにされたのだ。
そして助八郎と共に嘉一郎が「備前屋」と関わったことで“助太刀家業”に拍車がかかることになる。「備前屋」の裏稼業が“金貸し”であったためだ。すなわち国蔵の“貸し金取り立て”に嘉一郎の“助太刀家業“が大きく寄与していくことにになる。
それにしても借りた金を返さない御仁が次から次へと登場することに先ず呆れるが、いずれも腕の立つ用心棒を抱えており、勿論全て嘉一郎は難なく倒して何千両という大金を「備前屋」は簡単に取り返すことができてしまうのも気持ちいいを通り越して呆れてしまう。ちょっとリアル感がない。しかも嘉一郎の前任の「備前屋」の用心棒達が何人も死去していて、それで「備前屋」の稼業が続いているのも何か変な気がする。
因みに嘉一郎の「備前屋」の“助太刀家業”で「備前屋」が貸金の取立てでの金額は3件で20,924両になる。
1件目は『赤坂氷川明神社』、30年前に社殿建替えた折りの「備前屋」の貸金が574両。嘉一郎の立ち会う相手は明神社の権禰宜(正代祐禎)が雇った刃と柄が同じ長さの長巻を操る武芸者(大沼湛斎)だったが、稲妻が長巻に落雷しあっけなく死去する。嘉一郎の報酬額は29両。
2件目は『弔い屋/椙田伝兵衛』、8年前に平賀喜藏から借り受けた2350両の回収を平賀喜藏から請け負った「備前屋」、伝兵衛が雇った鞭を操る願人尼(文乃)を峰打ちで倒す。嘉一郎の報酬額は117両2分。
3件目は『丹後宮津藩 松平家江戸家老 佐久間万葉』、佐久間万葉がある目的の為に「備前屋」から借入した18000両、万葉は浪人や柳生新陰流の剣客を雇って国蔵や嘉一郎を殺して証文を奪おうとするが、ことごとく嘉一郎の剣の前に屈服し、「備前屋」は18000両全額の回収に成功する。嘉一郎の報酬額不明。
しかし嘉一郎は報酬を受け取らないのだが、「備前屋」国蔵は預り金として記し、いつでも使える資金として嘉一郎も承諾している。
助太刀家業が板について来た嘉一郎、1820年10月に豊後国佐伯藩を脱藩してから3年が経ち、もう1823年の春先になっているらしい。毛利助八郎と下野江睦がどうなったのか、またもやわからない。
嘉一郎の道場や助太刀家業での剣客としての並外れた強さに感動さえ覚えるが、この時代助太刀家業というのは許されたのだろうか、許可なく果たし合いで人を斬ってもよかったのだろうかと疑問を持っていたが、今回は斬らずに倒したので、助太刀家業はこういう方向なのかなと勝手に思ってしまった。
どちらにしても金のための用心棒であることに変わりなく、これでいいのかなとちょっと考えてしまう。並外れた剣術の強さが更に磨かれ、嘉一郎が目指した武者修行の目的を達成することを願わずにはいられない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ佐伯泰英「助太刀家業(一) さらば故里よ」(2024年7月文庫本書き下ろし)
時は1820年10月、主人公は九州の佐伯藩毛利家の家臣(神石嘉一郎、23歳)。貧乏侍ながら剣の腕は三神流の遣い手で右に出る者はいない。その神石嘉一郎が藩上役の不正の罪を被せられ、逃れるために脱藩して一人大坂への武者修行の旅に出る。
その嘉一郎を追ってその旅に同行を強いて来たのが、毛利家の妾腹の三男で若様とは呼ばれずに“ワの字”と馬鹿にされて呼ばれる(毛利助八郎、19歳)で、嘉一郎と同じ道場の門弟仲間でもあった。佐伯藩には自分の居場所はないと考えての脱藩だが、路銀の代わりに毛利家の宝である銘刀“古備前友成”を持ち出して来ていた騒動が降りかかることになる。
そしてその“古備前友成”を取り返す役目を負ったのが嘉一郎の上司で浦奉行兼銀奉行の(下野江睦、38歳)で助八郎を追う。
嘉一郎の旅の目的は”武者修行“で助八郎は邪魔な存在ではあったが、無理矢理同行してきて、嘉一郎の剣術道場での稽古を金儲けの道具にしようとする。嘉一郎は大坂で評判の”三宅八左衛門道場“の門弟との稽古に臨み、高弟7人衆との稽古で圧倒的な力の差を見せ、暫く三宅道場に居候して指導することになる。
そして嘉一郎が脱藩せざるを得ない状況を画作したのは助八郎かも知れないことを聞き、助八郎を問い詰めると助八郎は江戸へ行くために一人京へ向かったことを知る。ここでどう言う訳か嘉一郎と関わる助八郎の存在が消える。
そこに”三宅道場“の嘉一郎の元へ下野江睦が助八郎を訪ねてやって来る。助八郎が京へ向かったことを知ると嘉一郎を説得して助八郎を追って一緒に京へ船で向かうことになる。
その船の中で強盗事件が起き、3人の浪人の強盗を嘉一郎が川へ叩き落として、船の乗客をも助けるのだが、その乗客の一人、京の旅籠「たかせ川」の隠居(梅鴛)と親しくなる。
そして紹介された朝廷と関わりある京一と言われる金裏一刀流の「荒賀道場」で稽古をするとその特殊な舞うような動きを瞬時に会得してしまう。
その能力に驚いた道場主(荒賀公麿)と師範(和倉)に梅鴛は進言し、嘉一郎は臨時師範として通いながら稽古をすることになる。
梅鴛からその人間性をも蔑まされた下野江睦は離れざるを得なくなり、嘉一郎は一人武者修行に戻り、ここで下野江睦とも縁を切り、嘉一郎と関わる下野江睦の存在もここから消える。
次に梅鴛は嘉一郎に『助太刀稼業』と名付けた稼ぎ仕事を提案するのだが、その仕事とは大名家の京屋敷への借財の取り立ての用心棒のような仕事だった。そして最初の仕事で果たし合いの末、相手を斬ってしまうこととなる。評判が広まれば一緒に顔出しするだけで『助太刀家業』になると言うが、大金を稼ぐ『助太刀家業』ではなく嘉一郎は自分なりの『助太刀家業』で武者修行を続けたいと思い、京を出る。
また一人で江戸を目指そうと琵琶湖沿いの湊町に来たところで竹刀を打ち合う音に惹かれて「伊賀一刀流 山波結城道場」に寄り、門弟とすぐに稽古を始めるのだが、門弟にも請われ、道場主(山波結城)の家族(妻/和乃、娘/藍16歳、息子/小太郎10歳)とも打ち解けてひと月滞在後、必ず戻って来ると約束して、また武者修行の旅に出発する。
東海道を伊勢、尾張、三河、遠江と東行しながら剣道場等で稽古をする武者修行の旅だ。そして強い剣者になることが武者修行の目的ではなく、どのような剣術家を目指しているのかを見定めるのが武者修行の目的だと確信するのだった。
ふた月後、大井川の奥の寸又峡に仙人の噂を聞き会いに行く。仙人の視線を感じながらひたすら一人稽古をする毎日で、嘉一郎は見られることで嘉一郎の稽古が充実していくのがわかった。
時は1821年晩春、「寸又峡での稽古は終わり、また未知の土地を目指して武者修行を再開する」と言うことでこの物語は終わるのだが、一番気になっている毛利助八郎と下野江睦はどうなったのかが不明。
多分次の続編でまた登場するのだろうとは思うが、この第一巻では神石嘉一郎が武者修行の旅に出た背景と嘉一郎が桁外れの剣術遣いであると言うことだけはわかった。
そして多分嘉一郎を自分の脱藩の伴にしようと企てて陥れたであろう毛利助八郎、助八郎が持ち出した毛利家家宝の銘刀を取り戻す使命を受けた下野江睦、この二人の嘉一郎との関わりだけはわかったが、嘉一郎の武者修行の行方にこの二人が第二巻以降どう関わって来るのかが気になる。関わらないことはないだろうと思うのだが…