隈研吾のレビュー一覧
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隈研吾が、14歳の読者を想定して書いた本なのでとても分かりやすい。
東京オリンピックの競技場などで有名な建築家だし、東京大学出身なので、エリートコースのど真ん中を歩いているのかと思ったが、実際は紆余曲折があったことが書いている。
個人的には、アフリカに興味を持った背景や、大学院時代に自分で企業と交渉してプレゼンをして資金援助してもらいアフリカに調査した話、アメリカ留学時代に、自分でインタビュー企画を出し世界的に有名な建築家にインタビューした話などは、感銘を受けた。
14歳を想定読者としているのでわかりやすい言葉で書かれていたので読みやすいが、大人の仕事の進め方としてとても勉強になる
気に入った言葉
・自分で何かをやらなければ人は何もしてくれない
・建築の場合は子供の力だけでは建築が建たない
・実際の世の中に出るとこの説明のうまさが建築家にとってとても重要
・日本文化は日本人が思っている以上に大きな影響を欧米に与えている
・今のお洒落に惑わされない意地悪な目ひねくれた目を養ってほしい
・仕事がないことこそ大切
・恥をかくことを避けようとしている限り、今までのディテール、デザインをただ繰り返すことになる -
Posted by ブクログ
「小さな建築」隈研吾(著)
東日本大震災によって、建築物がいかに弱く、脆いものかを実感させられた。自然の猛威に破壊される。これまでの建築の考え方では通用しない。大きな災害が建築の世界を変えてきた。1666年ロンドン大火、1755年リスボン大地震、1871年シカゴ大火、1923年関東大震災、20世紀に入って、インドネシアの津波、アメリカのハリケーン、イタリア、中国、ハイチの大地震、そして東日本大震災。「強く、合理的で、大きく、高い建築」から「小さな建築」へ転換するときだ。
大火による多数の死者が出たことで、木造建築から石やレンガに変わり、鉄とコンクリートによって高層ビルが作られるようになる。高さ制限のないアメリカでは、高いビルが続々とたった。1930年クライスラービル 、1931年エンパイアステートビル381m、1972年世界貿易センター411m、2004年台湾101ビル508m、2010年ドバイBuriKhalifa828m。高さを競い合っていた。
超高層ビルは、金持ちの自己顕示欲にすぎないと言われるようになってきている。
小さな建築とは、大きな建築を縮小したものではない。みじかな材料を使って、自分の手と足で作り出すものである。自分の空間を認識して、自分で取り扱える単位が基準となる。
レンガは、自分で組み立てることができるサイズであるが、結局塗り固められてしまうので、小さな建築に向かない。そこから隈研吾は、水のレンガ、ポリタンクの活用、そしてウォーターブロックで家を作り始める。ふーむ。どうも、方向が、行き詰まっていく。屋根もウォーターブロックでつくる。まぁ。これは、日本の建築基準法では却下でしょうね。
模様替え、柱を入れ替える、取替え可能というのが、ポイントになる。
「積む」ウォーターレンガ。
「もたれかかる」竪穴住居はもたれかかることでできる。テントもそんな風だ。
「織る」木を織る。日本の伝統技術「千鳥」の応用。
「ふらます」東京ドーム、そして傘の家、空間を広げる。
ふーむ。小さな建築が、様々なアイデアが出されるが、どうも住みたい家にはならない。
隈研吾の頭の中では、小さな建築が重要だとわかっていても、自分で組み立てるような小さな家は、建築家として、総工費が少なくて、建築設計料が取れず、「建築家としてのビジネス」が成り立たないというジレンマがあるのでしょうね。結果として、大きな合理的な建築しか仕事はできず、趣味としての小さな建築づくりになる。その思考の始まりとアイデアは重要だ。
「組み立てやすく、移動性があり、軽くて耐震性があり、安い」という「小さな建築」を作るには、もっと工夫が必要だと思う。今 作ろうとしている特許を取った、ハニカムパネル建築が今後の展開になるのかな。 -
Posted by ブクログ
ほら ご神体は「鏡」だし
建物の材料は 全て「木」と「土」で
できあがっているでしょう
そうなんですよ
最終的には 全てが自然に還っていく
それが 本来の「神社」なのです
と 知り合いの宮司さんから
教えてもらった話を思い出した
本書は何気なく手に取って
さほど、思い入れもなく
なにげなく読みだたのだけれど
これが とてつもなく 面白い
単なる「建築」の話にとどまらない
その場所にどうあるべきか
その時代にどうあるべきか
それを どうとらえるのか
それを どう考えるのか
まるで 一人の哲学者のお話を
聞かせてもらっているようでした
反ハコ、反コンクリートの建物を
なぜ そういうふうに
なぜ そう考えるか
なぜ そうなっていくのか
世界各地に国内に
創り続けておられる
一人の建築家の
一人の思想家の
軌跡がこの一冊です -
Posted by ブクログ
前に読んだ2冊は対談の書き下ろしで、著書は初めて。ひとことで言うと面白い本だった(陳腐ですみません)。
隈さんという人は、先人にすごく憧れたかと思ったら割と簡単に失望したりする。はっきりしてて良い。歴史的建築家の先輩方に毒を吐きながら、それは悪口を言ってるのではなく、自分の価値観をしっかり確かめながら生きてきたということだ。
建築家や、建築が社会に与えた影響や、世界の建築行政などの歴史が、新書らしくきっちり書かれていて興味深かった。
国立競技場で、ザハが却下されて隈さんに変わった時、国の御用学者だから選ばれたのかと思っていた。予算オーバーの物件を上手くスケールダウンする技能を買われたのかと。この時の経緯もよく分かり誤解が解けた。その節は、失礼なこと考えてすみませんでした(汗)
国立競技場に行ってみたいけど、コロナが落ち着いたらまずは近場の建築を訪ねたい。確か岩国の獺祭の設計をしてたはず。本に書いてあったことを思い出しながら、美味い日本酒を買いに行ってみよう。 -
Posted by ブクログ
安藤忠雄はあまりにも有名だが、ひとつ上の世代。それに対して隈さんはリアルタイムで活躍してる建築家である。
とは言っても、初めて認識したのは太宰府のスタバなので、最近なんだけど。(そんなに建築家に興味が無かっただけです。すみません。)
でも時々ネットやマスコミの記事でお見受けしてて、そうしていると、ザハで話題になった新国立競技場を設計されることに。一躍時の人になられて、どんな人物か気になってました。
建築をアカデミックに学んだ戦後第4世代だからこその、反コンクリート志向。世界の国々や歴史と対峙しながら、ブランドに留まることなく、現場にこだわっておられる。バブル期の挫折があったからこそ、90年代の日本の谷での仕事があり、またそこから世界で活躍するに至った様は本のタイトルどおりでした。
別の著書も読んでみたくなりました。
もちろん建築も見に行きたいです、出来る限り。 -
Posted by ブクログ
隈研吾の 生い立ちから、建築家を目指し、
そして、建築家とは何かを 問いながら、建築家として行動する。
自分の中にある、真摯な心の叫びを 自分なりに受け止めながら現在の在りようを、真摯に認めて、どうあるべきかを問う。
自分の中にある建築家としての自己矛盾。
実に 思い切って、赤裸々に語る。その姿勢が尊いと思う。
高度経済成長は、自動車産業や家電製品の急速な発展だけでなく、自分の家を持つという住宅産業とそれを後押しする政府の政策に成り立っていた。
あまりそのように考えていなかったが、言われてみればそうだ。
近代化、高度経済成長は、鉄とコンクリートによって、大きさと高さを目指した。
しかし、それにも限界がある。その限界を突き破るためには、アフリカのサハラ砂漠の集落を見ることで、住処とは何かが理解できたのだが、それを現実に作るためには、バブルが弾ける。
アメリカの メトロポリタンアーキテクチャーを知ることで、反オブジェクトを目指すが、それにたどり着くには 都市ではなく田舎の木の手触りと木を扱う大工たちの技術によって、初めて再生する。
木造原理主義ではなく、木をどう生かすかの中で苦闘する。
ある意味では、これまでの鉄とコンクリートに折り合いをつけながら地元の木を使って組み立て直すという曖昧な方法でしか 対応できない状況にあった。
木造によって高さを競うというのも、過去の延長戦にあるかもしれない。
隈研吾が求めている 隈研吾の建築家として、建築とは何か?
が、言葉だけでなく、建造物でどうやってできるのか?
それが、私にとっても、大きな楽しみであることははっきりしている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレヴォリュームの建築ではなく点・線・面の建築へ。隈研吾さんがずっと挑戦し続けてきた概念が、近作も交えて更に深化する。建築を小さな部材の連なりでつくることで、人間の身体スケールに近づいたやさしく軽やかで、民主的で、持続可能な、動的平衡=生命的な建築が生まれる。
コンピュータの発展がこの微細なデザインを補助しているという記載も興味深い。もし時代が異なれば実現できなかったものもあるのだろう。運という流れを味方にしている点も面白い
この本のデザインにも感動した。読み終わった後、線である文字が粒子化し、点になった。かと思いきや粒子化が進むと背景であった白が際立ちはじめ、面にも見えてくる。まさにこの本自体が点・線・面を振動するブックデザインであると思うのは深読みだろうか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本人はどうも「妥協」という言葉をネガティヴにとらえがちですが、妥協とは大人が備えるべき高い能力のひとつであり、社会が必要とするのは、美しい妥協であるとぼくは考えています 木という素材は人々を調整する最高の道具です ヨーロッパ大陸は、ゲルマン的な価値観が支配する場所で、しぜんは制圧すべきものであり、崇拝の対象にはなりません ロジックでオレたち本当に幸せになれるかな なぜコンクリートのオフィスが必要だったかというと、柱のない大空間にたくさんの人を閉じ込めないと、効率的な仕事が出来なかったからです 里山資本主義 藻谷浩介 雲の上のホテル 日本人は、行間を読み合う人たちで、思考の強みは、茶道が象徴するように、空間と行為と言語の一体化にあると実感しました