現実に起こっていることを、正しく把握することは難しい。
人口減少は、今の日本で確かに起こっています。
しかし、自分達はまるで台風の目にいるかのように感じます。
実際、中心以外の外は、凄まじい混乱と今までと違う異質な問題が、
火山が噴火したかのように、日本のあちこちで発生しています。
現に、今日も、
...続きを読むどこかで起こっている、もしくは、起こり続けている重大な問題は、
もしかしたら人口減少によるものかもしれません。
しかし、○○なのは、○○だと考えること自体が、
人口減少を考える上で大きな障壁かもしれません。
以前とは、違う質の問題が、今、日本で確実に起こっていることは、
少なくない人が感じているはずです。
いったい、何が起こっているんだ?
以前とは違う、何かおかしいと?
しかし、問題の中心にいる私たちには、いったい何が一体起こっているのか、
また、起こるであろうか、よくわかっていません。
私たちは、問題に対して、知っていることや、わかることしか、認識できず、
そして、対応できないからです。
この著作では、人口減少社会をキーワードに、日本を代表する識者が、
学際的見方、俯瞰的見方、経済的見方、統計的見方、文化人類学的見方、
生物学的見方、ポスト近代的見方、国際比較的見方、建築都市的見方など、
様々な見地から、この人類があまり経験したことのないこれからの社会を考察していっています。
今まで、ありそうでなかった著作です。
問題は、基本はないことになっている国、日本、
そして、問題が発生・発覚したら、対応するのに莫大な時間がかかる国、日本
問題が起こる前に、防止策をこうじたり、変化をする動きが全くない国、日本
現状では、人口減少の問題に関して、
今残されている貴重な資源、人、モノ、金を有効利用するという動きや、
また、優先順位をつけて、問題を解決していこうという社会的雰囲気もなく、
ただただ、「こんな社会に誰がした!その敵を見つける」ことに、
多大なる資源を投入していっています。
これからも、この行為が日本の「問題解決」の王道として、破滅するまで、行われるはずです。
日本は、もう政治的には国際的に没落しています。
また、この20年で経済的にも没落していっています。
多くの人は、その原因を社会の誰かやシステムに求めますが、
それは、あまりにも幼稚なやり方です。
答えがない問題に対して、誰も動こうとしないのは、今の社会の病気です。
また、動いたとしても、その理由は、全て自己利益になるかどうかになっています。
いくら嘆いても、批判しても、怒っても、現実は全く変わりません。
また、行動を起こしても、私たちは、もはや、自己利益を感じことができないと、
物事を続けられなくなっています。
畢竟、日本は、これから、ほぼ確実に、この30年と同様に、
衰退、没落していきます。
残念ながら、今現在、すがるものが、多くの日本人には、ありません。
今も進行している社会変化に対して、
多くの人は、不安と怒りしかありません。
どこまで衰退するかわかりませんが、その衰退をどう受け止めるのかは、
個人、個人の、これからの生き方に強く反映されると思います。
もし、国、企業、組織に対して、これまで同様に期待と安定を求めるなら、
恐らくは、手痛いしっぺ返しをうけるかもしれません。
また、それらを自己利益のためだけに利用しても、同じことになるかもしれません。
日本は、今もなお、経済成長を追い求めています。
企業でいうならば、企業利益の増大、
個人でいうならば、賃金の増加です。
ただ、この数十年の日本を見ても、全体として、
それらが、実現できていないことは明白です。
経済成長の因子は無数にあります。
その中で労働者数(正確には労働生産人口)と
その増加率は一国の経済成長を決める上できわめて強く影響します。
日本は今も毎年80万人ほど労働者の数が減少しています。
この数は愛知県の人口に匹敵しています。
日本は経済成長を決定する上での絶対数のプレイヤーが、
この先半世紀に渡り減り続けていきます。
日本は戦後40年で4000万人生産性人口が増えましたが、
今後、日本は3000万に減ります。
その状況下で、生産性向上に期待する動きがあります。
しかし、この20年、私が知る限り日本企業は、
労働者の生産性を上昇させるために、
多くの改革を国や企業は率先して、労働者に対して行ってきました。
海外のマネジメントも多く取り入れました。
人事制度も大幅に、生産性が向上するように変更されました。
また、容赦ないリストラを行い、正規・非正規社員と分けたり、
制度的にも、労働者に対して発破を与え続けてきました。
結果は、残念ながら、先進国で最も低い生産性の成長となっています。
AI等の先端技術に生産性向上を期待する動きがありますが、
IT技術も他の先進国と比べて、現在の労働生産性向上には寄与されていません。
いまだにFAXとメール、膨大な紙資料を使用している国は日本ぐらいでしょう。
またIT産業ひとつとっても、世界的な企業は、アメリカ、中国、韓国になっています。
20年前とフォーブスの世界500企業と今の企業を比べてみるとはっきりします。
ランクを維持している企業の方が圧倒的に少ないか、以前、更盛を極めていた企業がなくなっています。
日本は既に先進国の中で、「マイナス成長国」になっていると考えます。
マイナス成長国とは、経済成長に絡む付加価値の増大を行えば行うほど、
既存の制度・社会システムが機能不全に追われ、結果、経済が停滞する国のことをいいます。
言い換えれば、今までの価値観で、ことを進めると、
すべて、マイナスに寄与してしまう国になってしまっているということです。
これは、悲劇だろうと思います。
なぜなら、既存の多くの価値観で、付加価値の増大に励んだとしても、
もう二度と日本は豊かになれません。
多くの人は、もう知っているはずです。
「あんなに、働いたのに、なんで、豊かさや余裕を、あまり感じられないんだろうと」。
そんなことを思っても、頑張ろうとします。
しかし、その努力や頑張りが、さらなる悲劇を生みます。
また、経済成長を重視する価値観が、まだあるのなら、
そして、企業規模の拡大と利益の増大も同一の価値観として、
多くの日本人の行動様式に今もなお「当たり前なモノ」としてあるならば、
これから、多くの混乱をさらに引き起こし、
日本全体を今以上の閉塞感、混乱に陥るだろうと思います。
今も、そしてこの先も、国民に待っている事態は、
この20年(バブル崩壊後なら約30年)と比べて比較にならないほど、深刻・複雑化します。
当たり前だとされていたことが、当たり前ではなくなり、
また、当たり前として考えられ、良しとされていたことが、
全く通用しなくなるからです。
こういった状況化で、今更ながら、現実を受け入れ、自己利益と他者利益をバランスよく考えて、
それを超越するような、個人の行動や思考が求められています。
しかし、それが本当の意味で、それらが本格化するのは、まだまだ先になるでしょう。
その時までに、果たして、どれぐらいの犠牲が出ているのか、
今はまだ、全然わかりません。